厳しい意見もある、だからこそ「拾えていない人」を拾う
清水:そうそう。『REAL VALUE』に出演した時も、感動してくれた声もたくさんいただいたんですけど、「音声なんて使わないよ」みたいな、厳しい意見もたくさんいただいたんですよね。自分が悩んでいることや考えていることをきれいに言語化してチャットで聞いて、ピンポイントで回答が来るのが楽で早いからいい、とみんなが思っているかというと、そうでもなくて。
自分の思考を言語化するよりも、柔らかく話している中でうまく合わせてくれるほうが楽だから、電話で聞いちゃうのが楽なんだよね、という人も世の中にはいっぱいいると思っていて。
稲荷田:むしろそのほうが多いかもしれないですね。
清水:ですよね。別にチャットを否定しているわけじゃないんです。なぜならチャットで10年やっている会社なので。
稲荷田:(笑)。そうですよね。
清水:チャットの良さをすべて理解している上で、「じゃあ、チャットがすべていいんだ、がゴールなんだっけ?」となると、拾えていない方がいる。最高の体験を提供できていない方がいる。
その人たちや、そのユースケースにとって、もっと自然でいい体験があるはず。その突破口が音声であり、マルチモーダルになる可能性はある。だからめっちゃ楽しみです。
倉敷で生まれ、中学で環境が崩れた「悔しさ」
稲荷田:そのあたりの展望も、後ほどまた聞こうかなと思います。マサさんみたいな起業家が日本にどんどん増えたら、本当に日本はぶち上がるんじゃないかなと思っていて。
清水:ありがとうございます。
稲荷田:ただ、マサさんが「いつからこのマサさんなんだろう?」というのが、僕、個人的にすごく気になっています。最近のことなのか、大学生ぐらいから片鱗があったのか、幼少期からなのか。このあたりが気になっていて、生まれとか、幼少期をどんな感じで過ごしていたのかも教えてもらえますか?
清水:僕は1992年に岡山の倉敷で生まれました。転機があったとしたら、中学校の時にお父さんが自己破産をして、ぜんぜん違う学校、ぜんぜん違う場所に引っ越すことになったことですね。
環境とか、すべてが変わっちゃう。ただ悔しくて、「起こることすべて自分のせいだ」なんて、中学1年生は思えないですよね。「なんでこんなことになっているんだ?」みたいな。そういう時に、周りがうらやましかったし、悔しかったし、「普通では終われん」というフラストレーションみたいなものを持つ機会がありました。
別にそこから特別がんばって何かやるぞ、みたいなのはなかったんですけど。そのまま工業高校に入って、普通に就職しました。18歳から地元の工場で働いていたんですけど、「仕事、つまらんな」と(笑)。
稲荷田:(笑)。
「仕事、つまらんな」の先に、3.11で人生が動いた
清水:言われたことをやり、決まったことをやらされて、「仕事、つまらんな」「早う土日にならんかな」「残業もしたくねぇな」と思っていました。
工場なので先輩がたくさんいるじゃないですか。1個上、2個上、3個上……といる中で、「25歳の時こんな感じか。30歳の時こんな感じか。35歳の時こんな感じか……」というのがイメージできてしまって、「何じゃこれ?」と。「つまらんな」と(笑)。
中学校の時は「何者かになりたい」「普通じゃ終われん」みたいな悔しさを持っていた自分が、気がついたら「仕事、つまらんな」と思いながら日々を過ごしている……。お金は稼がないと生きていけないから、仕方なくやっている。「自分が送りたかった人生はそんな日々だったかな?」と、フラストレーションと、もんもんとした気持ちでいたんですよね。
ちょうど1年目が終わる時に、3.11(東日本大震災)がありました。その時にいつ死ぬかわからん、というのを目の当たりにしたというか。
「つまらんな」とか「こんなんじゃなかったのになぁ」と生きている今の人生も、いつ終わるかわからん。だったら、このままじゃ終われんと奮い立って、人生を懸けて何かやろう、と決心したんです。
精一杯の思いで、残りの人生を懸ける感じ。地方で働いている人なら共感していただける方もいるかもしれないんですけど、転職という世界じゃないんですよね。東京にはスタートアップやホワイトカラーがあって、転職が当たり前だけど、地方は定年退職まで勤め上げるのが当たり前で、みんながそうやっている世界。その中で、すべてを捨てて会社を辞めて、これから何かやる、というのは普通じゃない。
稲荷田:はい(笑)。
清水:そんな選択肢も知らないし、先輩でそういうことをやっている人もいない。何もない中で人生を変える挑戦に踏み出すのは、本当に大きな決断でした。
それぐらい何もかもを懸けて、これから残りの人生を懸けて挑戦するんだ、と思った時に、「日本を変える」「日本をぶち上げる」という志を初めて自分の中で言葉にできたんです。でもその時、何か見えていたかというと、何も見えていなかった。
稲荷田:(笑)。
清水:本当に何も見えていなかった。「何をして(残りの人生を懸ける)?」みたいな(笑)。起業という選択肢も知らなかった。
何もわかっていなかったので、そこで「大学に行こう」と大きな決心をしました。「大学は東京に行かんといけん。学ばんといけん」となって、大学に行こうと思って、そこから必死にお金を貯めながら勉強して、大学1年生になったのが21歳の時です。
この時点で僕には、本当に情報がない。誰か同じことをやった知り合いがいるわけでもない中で、すべてを懸けた。多くの人から「お前、何やっとん?」「頭、おかしゅうなったんか?」と言われて、応援されない孤独な勝負に出た。
それをやり抜いて東京に出てこられた、というのが、起業家として求められる精神というか、意思決定して、それを正解にしていかないといけない、というものを育む機会になったかもな、とは思います。
大学で絶望し、藤田晋さんの本で「学生起業」を知った
稲荷田:そこで圧倒的に初めての成功体験を得つつ、東京に来たことで視野は広がったと思うんですけど、どんな選択肢が見えてきて、何に憧れて、どんなアクションに出ることになったのか。次を教えてもらえますか?
清水:大学に入学した4月ぐらいの時は、もう絶望していて(笑)。もう、意識高い系の亜種みたいになっているんですよ。
稲荷田:(笑)。
清水:すべてを捧げてやってきて、お金も貯めて、信じてくれない道を走ってきているわけじゃないですか。そんな思いで大学に来ました、となった時に、そんな人はおらんのですよ(笑)。
稲荷田:いないですね(笑)。
清水:しかも「志は日本をぶち上げるです」みたいな状態。クラスで、僕の初めましての声のかけ方が、「お前の志、何なん?」なんですよ。やばいやん(笑)。
稲荷田:(笑)。
清水:今思うと、本当にやばいなと自分でも思うんですけど。聞いていることがやばい。志!?って。でも、それにビビッと来る回答なんて一度もなくて。授業に出れば出るほど「何じゃこれ?」ってなっていく。
すべてを懸けてきた分、熱量をぶつけられる場じゃない、というか、見つけられなかったんですよね。そこでまた「あぁ、これどういうことだ?」と(笑)。「思っとった場所と違う」と。
でも、そんなので終われるわけがない。違ったなら違ったで、とりあえず大学生活を楽しんで、というわけにもいかんから。
何かせんといけんと思って、本を読んだり、人と会ったりしました。出会った人にいきなり志を問うみたいなやばいムーブをするから、すぐ「やばいやつ」になる。すると人を紹介してもらえたりして、いろんな情報に一気に触れられるようになる。
そういう中で、サイバーエージェントの藤田晋さんの本、『渋谷ではたらく社長の告白』を読んだ時に、学生起業という選択肢があることを知って、猛烈にワクワクして、「やっと見つかった」「日本をぶち上げる会社を作ればいいんだ」と思ったんです。
それで、すぐに会社を作ることを決めました。僕の次の席に島田想というやつがいて、松屋でそいつに、「お前、学生起業って知っとるか?」「学生でも起業できるんよ」「やるぞ」「とりあえず今から金貯めるぞ」って、そこからお金を貯め始めて、立ち上がったのがZEALSです。僕はそのまま大学を中退しました。