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#119 「食べられないをなくす」"お菓子屋スタートアップ"の物語/株式会社TREASURE IN STOMACH 代表取締役 柴田愛里沙さん・OASIS FUND 代表パートナー 橋田一秀さん(全4記事)

【スタートアップ】食事制限がある人向けのスイーツを作る理由 「食べられない」をなくしたい原体験 [2/2]

幼少期は目立たない子どもだった

稲荷田:続きまして、ぜひ柴田さんご自身についても迫っていきたいなと思っています。幼少期から学生時代のご経歴とか、そういったものを中心とした自己紹介を、ざっくばらんにお願いできますか?

柴田:今でこそ起業家として、わりと前でピッチしたりしているんですけど、私、小さい頃はもう、気配を消しているタイプの子どもでした(笑)。

稲荷田:気配を消している?

柴田:できるだけ目立ちたくないと、もう幼稚園の頃から思っていました。

稲荷田:へぇ。

柴田:長いものに巻かれていたほうが目立たないし、本当にもう気配をシュッと消すみたいな。前にも座らないみたいな感じで。目立たないようにして暮らすことを、コンセプトの1つにしていたような子どもでした(笑)。

大勢の人と関わることは本質的に今もあまり得意ではなくて。小学校入学の最初の日には、行きたくなさすぎて大泣きして、「行きたくない!」って言いながら登校したことを覚えています。

稲荷田:宣言したんですね。

柴田:宣言しました(笑)。本当に、毎日学校に行きたくなかったんですけど、不登校になる勇気もなく。

稲荷田:そこは、じゃあ、真面目というか。

柴田:真面目というか、ダラダラ通い続けていました。なので、「嫌だけど続ける」みたいなところは、小学校の頃に身に付いたなと、今思えば感じますね(笑)。

稲荷田:それぐらい嫌だったけれども、耐え抜いたということですね。

柴田:嫌でした。耐え抜きました。

外ではおとなしく、家ではワイルド

稲荷田:家の中でもわりとおとなしめの子だったんですか? それとも、家の中でははっちゃけているけど外ではおとなしいとか。どんな感じですか?

柴田:家ではわりと伸び伸びしていました。私は、山とか森とか海とかがすごく好きだったんです。海に行って泳いだり、山を走ったり、知らない山を探検したり、大きな切り株を見つけて入って、入ったけど真ん中が腐っていて落っこちて出られなくなったりしていました(笑)。

稲荷田:(笑)。生まれたのも札幌なんですか?

柴田:はい、札幌生まれ、札幌育ちなんですけど、親がけっこうアクティブで、毎年夏休みになると、キャンプ場じゃない山の中にキャンプをしに連れていかれたんですよ。

稲荷田:キャンプ場じゃないっていうことは。

柴田:もう、野営地みたいな(笑)。そこに1週間ぐらい(いる)。

稲荷田:1週間、けっこう長いですね。

柴田:父は前入り後泊しているので1ヶ月ぐらいいるんですけど、私と弟、母は1週間そこで泊まるみたいなことをしていました。湖があるからカヌーするんですけど、熊もいるし怖い、みたいな(笑)。

稲荷田:すごい。

柴田:キャンプって正直やることがなくて、山を歩くだけじゃないですか。歩いて「蛇だ!」と言って蛇を捕まえたり、ワイルドに過ごしていました(笑)。

稲荷田:めちゃめちゃワイルドで、わんぱく……。

柴田:はい、そうですね。

ドイツの血と「食」の違和感

稲荷田:それで、親族にドイツ系の方がいるんですよね。

柴田:そうなんです。おじいちゃんがドイツ人です。母がドイツ人とのハーフなんですよね。

なので、我が家のお料理はすごくヨーロッパ風というか、ドイツっぽいものがすごく多いです。私もドイツに行きますし、あちらから親戚の方が来ることもありました。

だから、小さい頃から異文化交流の機会はすごく多かったですね(笑)。小さい頃は、自分がクォーターとか、人種の区別はあんまりないじゃないですか。

稲荷田:そうですよね。

柴田:見た目ちょっと違うな、くらい。小学校中学年ぐらいの時に「あっ、私ってクォーターなんだ」と認識して、そこから「あっ、そういえば海外の人がうちに来るけど、親戚だったのか」みたいな感じ(笑)。

そこから認識し始めて、「そういえば小さい時に外国に連れていかれたけど、あれは遠い北海道じゃなくて外国だったんだ」と理解しました。

稲荷田:(笑)。幼少期から異国の文化に触れていたことが、今の起業のところにもけっこうつながっているんでしょうか。カルチャー的なものをそこからいろいろ学ばれたということなんですかね?

柴田:そうですね。日本の小学校ってみんな同じものを食べるじゃないですか。すごく印象に残っているのが、何かを残した時に全部食べるまで、お昼休みずっと給食とにらめっこするみたいな状況(笑)。

稲荷田:食べさせられ続けるやつですね。

柴田:はい。でも、ドイツを含めた海外は、そもそも宗教や思想によって「これは食べる、これは食べない」みたいな意思がすごくはっきりしていて、まぁ、オーケーだよ、みたいな。

お店に行っても、プラントベースとかヴィーガンとか、ムスリム対応みたいなものが普通にあって、ぜんぜん違うなって思ったんですよね。

そういうのを見ている中で、日本に知り合いのヴィーガンの方が来た時に、けっこう苦労されていたのを見たんです。私が子どもの時は、プラントベースもヴィーガンも何もないし。

稲荷田:そうですね。

柴田:(ヴィーガンは)一部の、ちょっと過激な人たちというイメージが世間的には少しだけあったので。それを見て、「あっ、大変だな」と、子どもながらにすごく感じましたね。自分自身も当時から、小麦とか卵とか乳製品とかを食べると、かゆくなっちゃっていて。

稲荷田:かゆみが出るんですね?

柴田:はい。それがつらかったので食べたくなかったんですよ。でも、普通に(給食には)出てくるし、アレルギーの検査も、当時はきれいにパキッと出るわけでもなかった。今もアレルギーの検査って、体調によってずれが出るんですよね。

だから、検査結果ではものすごく反応が出ているけど食べても出ないとか、逆に(検査結果では)反応がぜんぜん出ていないのに明らかにじんましんが出るよね、みたいな場合もあって。

食事制限に寛容じゃないところは、一種の生きにくさにつながっているなと、もう小学校ぐらいから漠然と感じていました。

稲荷田:その時は、そういう「生きづらいな」とか「かわいそうだな」みたいなものはあったものの、そこは個人の感情でいったんとどめたということですよね。

柴田:はい、そうですね。

高校で再燃した「疎外感」をなくしたい気持ち

稲荷田:それがまたふつふつと出てくるのは、起業の直前とかになってくるんですか? それとも中学校・高校・大学とかでも、そういうことを感じるシーンがあったんですか?

柴田:はい。私は、小さい頃からアトピー体質で、じんましんの症状が酷かったんですけど、血液検査では出ないタイプだったから、体の反応としてはつらいけど、食べられるでしょう、と、あまり制限していなかったんです。

でも、やはり食べたくないんですよ。その中で、高校生になると友だちと「一緒にカフェに行こう」となるじゃないですか。友だちと一緒にパンケーキかパフェを食べに行った時に、すごくかゆくなったんです。

楽しい時間を過ごす中でネガティブなことが自分に起こるって、楽しかった思い出が嫌な思い出になるからすごく悲しいし嫌だなと思いました。その時にあらためて、小さい頃に感じていた気持ちを思い出したんです。

こういう経験をすると、次からは友だちに誘われても行きたくないな、と思っちゃうし、あっちも(自分が)「こんなことがあったんだよね」と言うと申し訳ないみたいな気持ちになっちゃったりして。そういう、ちょっと薄い壁みたいなのがやはりできちゃう。

だからこういう疎外感や気持ちのハードルをなくすようなことを将来したいなって、なんとなくまたその時に思ったんです。でも、当時はまだ起業は考えていないですよね(笑)。

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