【3行要約】
・EC向け積立決済SaaS「Respo」は高額商品を貯金で購入できるサービスで、自分で貯金できない人や特典を求める人に支持されています。
・株式会社リスポ代表の黍田龍平氏は銀行員の母と人材派遣会社経営の父のもと、幼少期から金融リテラシーを身につけた環境で育ちました。
・2億円の資金調達を発表したリスポは、日本人特有の「後払いを避けたい」という心理に応え、貯金を通じた新しい購買体験を提供しています。
ゲストは資金調達直後のリスポ社・黍田氏
稲荷田和也氏(以下、稲荷田):声で届ける起業家の物語『Startup Now』。MCのおいなりです。本日のゲストは、株式会社リスポ 代表取締役 黍田龍平さんです。リスポさんは、EC向け積立決済SaaS「Respo(リスポ)」を提供されているスタートアップです。
2025年の9月、プレシリーズAラウンドにて、総額2億円の資金調達を発表されたばかりです。黍田さん、よろしくお願いします。
黍田龍平氏(以下、黍田):よろしくお願いします。
2年前からの縁を起点に深掘り
稲荷田:今回、黍田さんをお招きした経緯なんですけれども、実は2年前ぐらいから接点がありまして。
黍田:そうですね(笑)。
稲荷田:リスポさんの実務を少し手伝った関係性です。とあるVCさん経由で、広報の支援で入らせていただきました。2023年の12月ぐらいだったので、ちょうどリスポさんがプロダクトをリリースされるタイミングだったかなと思います。
黍田:そうですね。
稲荷田:もう2年です。
黍田:いやぁ、早いですね。2023年ってことですよね。
稲荷田:そうです、僕もびっくりしました。リリースしてからの2年、どうですか?
黍田:そうですね。リリースして2年でプロダクトの届け方もけっこう変わりました。コンセプトは変わっていないんですが、本当に、試行錯誤、紆余曲折した2年間だったなと。一言では語り切れないですね(笑)。
積立で高額商品を買える決済をつくる
稲荷田:この後、聞かせていただきたいなと思っています。今回の配信でも、試験的に前後編には分けずに一本撮りで、よりディープに黍田さんの人生の物語に迫っていきたいと思っています。
まずは事業について、簡単に1~2分程度で教えていただけますか。
黍田:株式会社リスポの黍田です。弊社は「Respo」というプロダクトをやっております。今ご紹介にあずかったとおり、EC向けの積立購入サービス、SaaSを提供しております。そういったサービスをやっている会社です。
簡単に言うと、4~5万円とかのちょっと高い商品に対して、後払いやクレカの分割を使いたくない日本人がたくさんいるので、ちょっとずつ貯金して買うとお得になったり、メーカーから何か特典がもらえるというところで、「貯金したら、何かユーザー便益がある」といった購入支援のサービスを提供しています。
主にECだけですが、旅行や別の領域のところにも提供させていただいています。
稲荷田:それは、自分で貯金をして買うのとは違うんですか?
黍田:2パターンいます。「そもそも自分で貯金できません」というタイプと、シンプルに経済合理性や「何か特典がもらえるからやりたい」という、2パターンがいる感じですね。
稲荷田:自分が何かを買う時にリスポさんを使うというよりかは、提携しているブランドさんがリスポさんをECサイトに導入をしていて、その決済を選ぶと、そこで積立が開始するというイメージですか?
黍田:あぁ、そうですね。決済の時にクレジットカードとか、PayPayとかあると思うんですけど、そこにRespoが出てくるかたちです。
金融が身近な家庭で育った
稲荷田:ありがとうございます。「なんでそれを仕掛けているのか?」みたいなところからも入っていきたいなと思いますので、黍田さんの人生にも迫っていきたいと思います。
ざっと幼少期から学生時代とか、生い立ちとか、そんなあたりを教えていただけますか。
黍田:出身は鹿児島県の出身で、大学に入学するまではずっと鹿児島で生まれ育ちました。僕が3歳か4歳の時に父が独立をして会社経営をしていました。
稲荷田:どういう仕事ですか?
黍田:2003~2004年で、法制度が変わったタイミングか何かの時で、人材派遣を14~15年ぐらいずっとやっていて、母が銀行で働いているという家系で生まれました。
いわゆる幼少期から、投資とか、お金の勉強をしていました。父は起業する前、楽天で楽天カードの部門でずっと働いていて、父と母どちらも金融だったので、そういったことをすごく小さい時から聞いていたところが大きくて。
稲荷田:例えば何歳ぐらいの時にどういう話をされていたんですか?
黍田:いやぁ、正直細かいのは1ミリも覚えていないんですが、例えば、記憶にあるところだと『半沢直樹』。あれって銀行や証券の話だと思うんですけど、そういうのを観ている時に、「いや、でも実際こうだよね」みたいなところを父と母が2人で話しているのを、内容はわかんないけどずっと聞いている感じでした。
そういったのが日常生活だったので、個人的にはそれがデフォルトだったんですよね。細かいのは、ぜんぜん覚えていないですけど。「具体的にどういうことなんですか?」ってよく聞かれるんですよね。
稲荷田:僕は親目線で、何を教えたらいいのか(知りたいです)。
黍田:「今自分には3歳の子どもがいて、マネーリテラシーを上げるために、どういった金融教育をしたらいいですか? どう教わりましたか?」って聞かれるんですけど。
唯一覚えているのが、「投資をする時は、絶対にお財布は3つに分けたほうがいい」というものです。まぁでも、言うてそれぐらいなんですよね。
私立の環境で育ち部活では挫折も味わった
稲荷田:そういう教育を受けていると、やはり真面目に賢く育っていくものなんですか?
黍田:どうなんですかね。お金を増やすという面では、真面目に賢くだったのかもしれませんが、それ以外の学校生活は、ぜんぜん真面目に賢くではなかったかなという感じですね。ぜんぜん(学校に)行っていない時もあったりしたので(笑)。
稲荷田:そうなんですね。
黍田:そうですね。でもそういった家庭で育って、小中高はザ・私立だったので、周りもそういった人が多かったんですね。同級生が、どこどこの御曹司とか、比較的多かったんです。
稲荷田:へぇ。鹿児島エリアで?
黍田:鹿児島です。開業医の子どもが多かったので、あらためて振り返ると良き環境で育ったなって思います。
稲荷田:部活とか、「小中学校はこういうことをしていたな」とか、覚えている記憶はありますか?
黍田:小中高はずっとバスケをやっていました。最後らへんで足をけがしちゃって、あまり思うようにプレーできなかった時期もあったので、自分的にはいい意味で、挫折経験を部活でできてよかったなって思います。上下関係とかを含めて、学びが深かったなというのはありますね。
課外活動は親の影響から自分の意思へ変わった
稲荷田:黍田さんがメディアなどで話されているのを見ると、中学生ぐらいから、めちゃめちゃ課外活動というか、外の活動もされていらっしゃる印象があります。どんな感じだったのかを教えてもらえますか?
黍田:父・母がどちらも外部の何かに関わる感じだったんですよね。最初は僕の意思は関係なく参加する感じでした。父が運営に関わっているから参加する面もありました。
最初に課外活動をしたのは小学校4年生の時です。 鹿児島って方言があって、戦時中、外部から通信を傍受された時でも(兵士が)言っていることがわからないという背景がある中で、「鹿児島弁っておもしろいよね」という鹿児島新聞がやっている子ども新聞記者みたいな企画があったんです。
それに最初に父か母が応募して、僕が鹿児島弁に詳しいおじいちゃんに話を聞きに行って記事を書くみたいな。本当に鹿児島新聞の一面に載るんですよ。
稲荷田:へぇ、うれしいですね。
黍田:そういったのがちょくちょくあったんですよね。中学校や高校の時に、「自分でもやってみたいな」と思って、中高から本当にいろいろな活動をしていましたね。
部活の朝練をやる時は市営バスを使うんですけど、めっちゃ遅いんですよ。なので市営バスの時刻表の改善案をバス会社に提案したり。本当に小さなことから、学生のメンバーを集めてやったり。いろいろやっていましたね。
文部科学省から研究費みたいな一環でお金をいただいて研究する、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)もやらせていただきました。本当に幅広く活動させていただいていた小中高だったなと思います。