サッカーとものづくりが起業のルーツに
清水:創業したのが約2年半前になります。その当時は子どもが7歳と2歳でした。その上で「ミズノから外に出て創業していいですか?」という話をした時に何が起こるのかは、いろいろみなさまにご想像いただけたらなと思っています。
学歴もご紹介しておきます。学歴の話ではなく、「私の背景はエンジニアです」という話がしたいんです。三重県にある鈴鹿高専(鈴鹿工業高等専門学校)の機械工学科におりました。
ものづくりが好きでこの学校にいたんですが、「身の回りにあるものの中で何を一番作りたいかな?」と思った時に、ずっとサッカーをやっていたので「サッカースパイクを作りたいな」と考えました。
「サッカースパイクを作るんだったらものづくりの話だけじゃなくて人の体の動きも勉強したいな」ということで、神戸大学にある発達科学部(現:国際人間科学部)という、体育学科みたいなところに編入しました。以来、学生時代は人の体の動きの勉強をしてきました。
就活の際にも目標は変わらず、ずっと「サッカースパイクを作りたいです」としか言わずに、そのまま就活を終えました。ありがたいことにミズノに拾っていただいて、新卒入社したのが2012年です。そのタイミングでは研究開発部に配属されました。
就活の際には「サッカーシューズを作りたい」の一言しか言っていなかったはずなのに、入社したら「ゴルフクラブの音の研究をやりなさい」と、なかなかシャープなご指令をいただきました。
スポーツ用品業界初となる出向起業
清水:そうやっていろんなお仕事もさせてもらいながら、それでも「シューズを作りたい」って言い続けて、2016年から念願のサッカースパイク開発に携われるようになったんですね。CADで図面を引いたり、インドネシアや台湾の工場へ行っていろんな生産現場と協議したり、物を作っていくお仕事もさせてもらっていました。
先ほど大長さんからご紹介があった「新規事業プログラムに応募して落選しました」という案件があったのは、2019年の話です。シューズの事業で考えていたものがありました。ミズノの中にあった、「3ヶ月ぐらい案をブラッシュアップしましょう」というコンセプトの新規事業プログラムにそれを持ち込んだんですが、最終のプレゼンのタイミングで落選しました。
ただ、その時のプロセスがけっこう楽しかったんですね。2020年のタイミングで組織再編の流れもあって、「事務局をやってみたいんですけど」と言ってみたら意外にも本当に事務局の仕事ができるようになってしまって、ここから事務局をやらせてもらっています。
そこから紆余曲折を経て、2022年にスポーツ用品業界初となる出向起業でDIFF.を創業するに至ったのが、私のあらかたのキャリアでございます。
通常業務と並行して新規事業を開発
清水:(スライドを示して)ここの横軸に2020年~2022年の時間をあらためて置いています。2019年の「落選しました」の後のタイミングの話です。「勢い余って『新規事業のプログラムの事務局をやりたい』と言ったものの、直前には落選しているし、そもそも私の背景はエンジニアだし、何をやったらいいのかわからん。ヤバいぞ」という話がありました。

東京でやられる予定だった「CHANGE by ONE JAPAN」という新規事業アクセラレーターの社外プログラムが、たまたまコロナ禍のタイミングだったのもあって、オンラインで受けられるという話がありました。ここに飛び込んでいって、「新規事業ってどうやって作るの?」みたいなことを学びました。
ピボットもしながらも、たまたまここで出したアイデアが後ほどご紹介する事業案の1つなんです。
ここでファイナリストに選んでいただいて、けっこう大きな場所でピッチをさせてもらう機会がありました。そこにミズノの担当役員の方が来ていただいていて、「やってもええんちゃうか?」みたいなところを勝ち取り、そこで本業の新規事業プログラムの運営と並行するかたちで事業の開発をしていったと。
ただやはり「本業の忙しさもあってなかなか進まんな」と、進捗に絶望するシーンもございました。一方で、社内新規事業のプログラムとして新しいことに挑戦する風土作りには一定の手応えも感じているところもありました。
経産省のプログラムでシリコンバレーへ
清水:そんな中でちょっと一念発起して、また新たに経産省がやっているプログラム(始動 Next Innovator)に新規事業のアイデアを出しました。これは「全国から100名が選ばれて、さらにその中の上位20名に選ばれるとシリコンバレーに派遣していただけます」というプログラムなんです。
これで上位20名に選んでいただいて、2022年の夏に、実際にシリコンバレーに行ってきました。
そんな中で、スタンフォード大学の校是で掲げている「Change Lives. Change Organizations. Change the World.」という言葉にちょっと衝撃を受けました。「組織風土作りをめっちゃがんばってやっていたけど、自分がまず変わらんとダメやで」という話でございます。
自分の軸足をどこに置くのかをあらためて考えた時に、帰りの飛行機の中で「出向起業するか、ミズノのシリコンバレーオフィスを作ろう」と決意して帰ってきました。その1ヶ月後ぐらいに出向起業の決裁が下りたというお話でございます。
着想から言うと、もう出向起業するまでにもけっこう長い時間が経っていました。その中での紆余曲折みたいな話と、あとは新規事業プログラムの事務局、社内でのあれやこれや、出向起業した後の起業家としての動き方は、このあたりの話で見てもらえたらなと思っています。
靴の常識を変える2つのサービス
清水:「じゃあ、この立ち上げた会社は何をやってんの?」っていう話なんですけど、「足が喜ぶ、あしたをつくる」というのを掲げながら、シューズの個別最適化に関する事業をやっている会社です。

大きく2つ事業をやっております。今回のテーマの「流通と生産の課題解決」にあるように、「シューズってそもそも片方ずつ買えないよね」という流通の課題にトライしているのが(スライドの)左側に書いてある1つ目の事業です。
2つ目の事業は、「シューズって金型を作るので、平均的な足をしている人のためにはなるけども、それ以外の人たちの足って守るのが大変だよね」というところでやっているのが、「3Dプリンターを使った足の機能を守るシューズの開発」です。ということで、今はこれら2つにトライしているところでございます。
「なんでこの2つをやる必要があるの?」みたいなところなんですが、「今の社会ではあなたに合ったシューズが提供されていて、手に取れますよ」という状況であるように一見思えます。しかし、このような状況の中で大きく2つの課題があると我々は捉えています。

それがさっきの「流通の課題」です。シューズは生まれた時から両足セットで管理されています。みなさまのもとに届く時も箱に1セット詰められた状態で手に届きますね。というところで、シューズを片方ずつ欲しい人は大きさが違うものを手に取ることができなかったり、片方しか要らない人は2足買って片方は捨てたり、「届ける」というところにも課題があるのが1つ目です。
左右で違うサイズの靴を購入できるECサービス
清水:もう1つが、先ほどもご紹介したように、シューズは金型を使って作ることを前提にしているので、外れ値の方々や特別な対応をする必要がある方への靴作りはかなりの難しさがある。こういう2つの課題があります。
「この課題を解決していくことによって、シューズの産業がより自分に合ったシューズを手に入れやすいかたちに変わっていくだろう」と、この2つに対してアプローチをしていっているところです。
では、「それぞれどんなことをやっていくのか?」というところです。こちらは、流通の課題に対するアプローチとして、シューズのサイズを片方ずつ選んで買えるサービスのECの運営をやっております。
「グッドデザイン賞」や、足の健康に寄与するというところで「FOOT HEALTH AWARDS」など、いろんな対外的なご評価もいただきながら前に進めていっています。
左右別サイズの靴が適している人は5人に1人
清水:5人に1人という数字があります。これはシューズを左右別サイズで履いたほうがいい人の割合です。人の足のサイズは左右で違うにもかかわらずシューズは両足セットでしか買えません。
だから、「けがをする」「パフォーマンスが落ちる」「不快感が続く」という課題に対して我々はトライしています。この当たり前を我々が終わらせて新しい当たり前を作るのに挑戦しているというのが1つ目の事業の話です。

数で表すと日本には2,500万人の対象者がいます。じゃあ、この人たちはどうなっているかというと、お店で「足の大きさが左右で違うんですよね。右足のほうが大きいんです」みたいな話をすると、店員から「大きい足に合わせて履いていきましょうか」と言われます。
その結果、爪が死んだり、片方だけ靴ずれしたりします。また、足がシューズの中で滑らないように、指にギューっと力を入れてがんばるんですが、その緊張が伝播していって関節のけがにもつながります。命を懸けてスポーツを長く続けていくことを考えた時に、ここで損なわれてしまっているロスは実はけっこう大きいものがあると思います。

彼らも黙っているわけではなくて、片方だけ靴下を二重に履いてみたり、インソールを右足だけ入れてみたりするなど、涙ぐましい努力をしております。
人によっては「2足買って余りを捨てる」ということまでされています。けれども、これはなかなか金銭的な負担もあって続きません。どこに落ち着くかというと、結局は両足で同じサイズの靴を買って我慢する。それが当たり前になっているのが彼らの日常です。
高齢者の健康支援にも
清水:これに対して我々は、両足セットで流通しているシューズを仕入れてきて、片足単位でシューズを買っていただけるECの運営や、連携小売店舗さんでの販売をすることで、足のサイズが異なるユーザーさんがそれぞれの足にマッチしたシューズを手に取っていただける状態を作っていくと。

その対価としてシューズの料金にプラスで3,480円の手数料をいただいているというのが、我々がやっている内容でございます。
自分の足のサイズに合ったシューズを履くことでパフォーマンスを発揮していきましょうというところもそうなんですが、高齢の方にとっては、自分の足を守ることにもつながります。

合っていないサイズの靴を履き続けることで、外反母趾や変形性膝関節症のリスクも高まっていきます。「歩けない」となったら認知症のリスクが高まります。それも含めて、健康な体、健康な生活を守っていく上においても重要な活動なんだと自負しながら前に進めています。
今はサッカースパイクを中心にやっています。「今までで一番のスパイクだ!」みたいな話や、「息子の足の大きさが違うんですよ」と、京都でのイベントに愛知県の方が足を運んでくださったことがありました。
多くの引き合いをいただきながら、「これがやりたかったんや」と言っていただいている方々に我々が果たすべき責任も日増しに大きくなってきているのかなと考えているところです。これが1つ目の事業です。