最近では、これまで続けてきたことから脱却し、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持って新しいビジネスを生み出す環境を創っていくことが重視されています。本イベントでは、
『図解・ビジネスモデルで学ぶスタートアップ』の著者である池森裕毅氏が登壇。本記事では、「大企業とスタートアップの協業」をテーマに、新規事業の担当者が覚えておきたい4つの心構えをお伝えします。
大企業はスタートアップとどう協業していくべきか?
西舘聖哉氏(以下、西舘):(拍手)池森さん、ありがとうございました。今、コメントでもいただいているんですが、名言がありすぎて、(今日のセミナーは)これで十分なんじゃないかと思っている自分がいますが(笑)。
まずはスモールビジネスとスタートアップ型のビジネスの違いですね。スモールビジネス的に起業していくのか、スタートアップ的に起業していくのか。
これまで自分の中であまり言語化できていなかったんですけど、わかりやすく学ぶことができました。「自分のやっていることはどっちなんだろう」とあらためて考えたり。
そして6つのマインドセットは「会社員時代の僕は絶対に持っていなかったな」とあらためて思いました。今日聞いてくださっているみなさんは、この時間だけでもすごくためになったんじゃないかなと思います。あらためて、第1部ありがとうございました。
池森裕毅氏(以下、池森):ありがとうございました。
西舘:ここまででもかなりの満足度なんですが、ここから後半戦ということで、トークセッションしていきたいと思います。今回ちょっと池森さんとお話したいことをいろいろと持ってきたので、ぜひ率直なご意見と言いますか、もうズバッと言っていただければと思います。
ではまず最初はこちらです。今回、企業に勤めている方もたくさんいらっしゃるので、「どうスタートアップを捉えていくのか」という話。新しいビジネスを作っていきたい企業さんが多い中、それを作るためにスタートアップビジネスをどう捉えていけばいいのでしょうか。
池森さんがこれまでやってきたことや、書籍で紹介されているビジネスモデルなどを踏まえて、最新のテクノロジーを活かしたスタートアップビジネスの捉え方や陥りやすいポイントと回避方法などをお話いただければと思います。いかがでしょうか。
池森:承知しました。うーん、大企業にとってのスタートアップの捉え方。大企業だからできることとスタートアップの得意としていることは、けっこう明確に分かれているんですよね。大企業はお金や人を持っているし、制度もしっかり整っている。アセットはあるんですよ。でもその代わりやっぱりフットワークが遅い、承認までの速度が遅いことも、けっこうあるじゃないですか。
西舘:間違いなくあります。
「大企業は倒すべき相手」と勘違いしている起業家
池森:逆にわれわれのようなスタートアップは金も人もないけど、フットワークの軽さ、速度感だけはあるんですよね。お互いにできるものとできないもの、いけるところといけないもの、得意とするものと得意としてできないもの、取れる戦略・取れない戦略がけっこうあります。
大企業にはできない領域にサクサク入るのがスタートアップなので、大企業側がスタートアップの領域を取りに行くのではなくて、スタートアップと協業しながらお互い伸ばしあうパートナーとして捉えてもらえればなといつも思っております。
大昔は、たまに「大企業は倒すべき相手」と勘違いしている起業家がいたんですよ。「大企業のシェアを奪ってなんぼだ」と。今はもう業界としてそんな雰囲気じゃなくて、大企業と連携してスタートアップを伸ばしましょう、その代わり大企業もスタートアップと協業して伸ばしていきましょうという方向性です。
もうお互いに「敵だ・敵じゃない」「請負だ、下請けだ・そうじゃない」と捉えるんではなくて、伸ばしあえるパートナー、お互いを補完しあえるパートナーとして捉えてもらえればなと個人的に思います。
駅に設置して成功した傘のシェアリングサービス
西舘:池森さんが知っている「こことここがうまくやっていたな」という事例はありますか? 過去に見かけたことや自分が関わっていたことなど、言える範囲で大丈夫です。
池森:大企業とスタートアップの例で言うと、書籍にも書いているアイカサというサービス。アイカサは、まさに大企業とスタートアップを活かしたいい事例なのかなと思っています。最初に説明すると、アイカサとは傘のシェアリングサービスなんですよ。みなさん、よく駅で傘スタンドに傘が置いてあるのを見ません?
アイカサの会員だったら雨の日にその傘をぱって取って使って帰り、家からまた好きなスタンドに返せるんです。これがアイカサというサービスなんですね。アイカサは当時どういう戦略をしていたかというと、映画館や百貨店に置いてもらっていました。
でも実は百貨店だとあまり効果がなくて。人の移動の起点になっていなかったことに気づいたんです。分析したら人の起点は圧倒的に駅だった。家から駅、駅から目的地と、駅がすべての起点になっていたんですね。
そこで駅に置いてもらいたかったんですが、スタートアップが公共の駅に傘を置いてもらうのは、けっこうハードルが高くて。
そこで大企業の東急やメトロとうまく連携することで、置くことができたんです。メトロはメトロで利便性が上がりますし、ビニール傘の廃棄もなくなりますし。アイカサはアイカサでたくさんのサービスを置いてもらってグロースする良さがある。アイカサの例は1つのいい事例かなと思っております。
強力なタッグになる大企業×「ヘラルボニー」
西舘:ありがとうございます。いや、まさにそうですよね。起業したばかりの会社で口座すら作れなかった話をよく聞くので、スタートアップにないものの1つに信頼はあると思いますね。一方企業は信頼や実績がある。社会に対して事業をやっている既存の力を借りて……というのは、まさにいい接点ですね。
池森:あとは大企業のアセットはスタートアップじゃ手に入らないですからね。駅は最たるものですが、例えばコンビニの出店店舗もそうですし。スタートアップは圧倒的なものを持っていない。大企業と協業して、大企業が長々培ってきたものにリーチができる点は、スタートアップにとっての良さだと思います。
ただその代わり大企業は大企業だけだと立ち上げられなかったものをうまく使えるので、本当にいい組み合わせなのかなと。
あともう1個事例があるとするならば、私が一番大好きなスタートアップのヘラルボニーですね。これも取材させてもらって本にも書いたんですが、ヘラルボニーも非常にすばらしい取り組みをやっています。
ご存じない方のために説明すると、アートの能力がある知的障害者の方とアートライセンス契約を結んで、知的障害者の描かれたアートをデジタルデータにして、さまざまな商品に転化するものです。
うちには水筒がありますし、スカーフも買っています。ポスターなどいろいろなものがあるんですが、これがヘラルボニーというサービスです。ヘラルボニーも大企業と連携をして百貨店に置いてもらったり、大企業の壁紙に使ってもらったり、航空会社の弁当の包み紙にしてもらったりと、さまざまな連携をしております。
その代わり大企業はヘラルボニーの持つ世界観やビジョン、道徳感や社会理念に共感することで、それをアピールできますし社会貢献に協力できるメリットがあります。これはすごく強力なタッグなのかなと。いい事例だと思います。
スタートアップを「下請け」として扱う大企業
西舘:ありがとうございます。そんな好事例が出た中で、ちょっと次のテーマにいきたいと思います。
これからさまざまな企業が「スタートアップと協業してなにかをやっていきたい」「その領域でもっと新しいことをやっていきたい」「自分たちのアセットナレッジを活用してほしい」などが増えていくと思います。
それを増やしていくために、今日の視聴者の大企業側の人たちが、準備としてできることにはどんなことがあるのかをぜひお聞きしたいです。企業側の制度や心構え的なことだったり、もしくは「こういうものもあるよね」ということがあれば、ちょっとお聞きしたいです。
池森:承知しました。これに関しては全部で4つぐらいありますね。1つ目は「自社都合をあまり押しつけないでほしい」ということです。客観的に見ると実現不可能なオーダーを無理に言ってしまっているケースがけっこうあります。
最近はないですけど、スタートアップを下請けの扱いで見ていたり。なんでもかんでも自社都合で、全面的に押しつけているケースがたまにあって。パワーバランスで上から押しつけることを言う人がいるので、それはやめていただきたいのが1点目です。
スタートアップと大企業では「1ヶ月」の概念がまったく違う
池森:2点目はもうシンプルに、大企業内部の手続きには時間がかかりがちなので「できる部分は迅速化に努めてください」ということ。
スタートアップの1ヶ月と大企業の1ヶ月はまったく別物です。スタートアップは明確にランウェイがあって、3ヶ月後、4ヶ月後に資金がショートするような日々戦いなんですよ。3年~5年後まで体力があるスタートアップなんていません。
毎月キャッシュアウトが発生して、その度にざっとランウェイがいくつかわかって、あと3ヶ月、半年は生き残れるという時に「じゃあ1ヶ月待ってね」「2ヶ月待ってね」と言われたら、その間売上が入ってこなくて止まってしまうんです。
大企業の社員のみなさんは1ヶ月延ばしても給料は出るじゃないですか。生活には困らない。でもわれわれは生活に困ってしまう。
それから大企業のみなさんは、会社としてのランウェイを考えることは絶対にないと思うんですよ。「あと6ヶ月で会社の金がなくなっちゃう」「1年後に会社の金がなくなっちゃう」なんて絶対に考えないと思います。
でもスタートアップはランウェイとの戦いなので、1ヶ月、もっと言うと1週間、1日単位でがんばって生きている。ここらへんは本当にわかっていただければなと思います。これが2点目。
せっかく工数をかけたのに…意思決定者の人事異動で戦略変更
池森:3つ目は「自責思考のメンバーでプロジェクトチームを組成してください」ということです。これもよくあるんですけど他責思考の人が入ってしまうと、どうしても回るものが回らなくなって事業の進捗が遅くなってしまうので、これだけはやめてください。
先ほど言ったように、われわれは常に自分のことは自分で責任を取る勢いで、リスクを取ってやっています。自分の名前で生きているので、他責思考の人がなあなあで入ってこられると非常に困るんです。だから「自責思考でやってください」ということです。
4つ目もすごく困るあるあるで。意思決定者の人事異動などを理由に「戦略を変えないでください」。
西舘:ありますね……。
池森:けっこう進んでいたのに、「いやぁ、上の人が変わって、そういう戦略ではなくなったんで、ゼロベースでペンディングで……」と言われても、ここまでかけた工数があるんだから「ちょっと待ってくれよ」となりますよね。だから意思決定者の人事異動などを理由に戦略を変えないでください。
もう一度まとめると「自社都合を押しつけない」「迅速な手続きをしてください」「自責思考のメンバーで来てください」「意思決定者の人事異動を理由に戦略を変えないでください」という4つをお願いする次第です。
出資経験がなく、とんちんかんなことをする担当者
西舘:ありがとうございます。なんかどこかで聞いたような話がたくさん……と思いながら聞いていました。ちょっと苦い気持ちになりますね。実際にそれでうまくいかないケースは多いので、それがわかるメンバーを固めて理解してやってもらうことが大事ですね。
池森:そうですね。あとは小さなことだと、出資する時にまったく経験がない人が担当になっちゃうと、とんちんかんなことを言ってくることがあって。初めて出資をする時には準備してからやりましょう。あまり出資したことがない大企業の人が出資すると、とんちんかんなことになってしまうので、そこらへんの期待値調整などを考えてやってもらえればなと思っています。
西舘:それは要望というか条件面ですか?
池森:要望も条件もどちらもそうですね。
西舘:新しいことをやっていくわけですから、やっぱり準備が大事なんですね。まったく知らない状態で「これまでのやり方じゃ通用しないぞ」ということですね。
池森:求めるもの、求めないものが違うんですよね。大企業の人はアセットがあるからね。