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スタートアップの生態系と起業家マインドの醸成(全4記事)

大企業との連携で、地方のベンチャーが受けがちな「業者扱い」 対等なオープンイノベーションにするために求められる仕組み

グロービス経営大学院が主催した「あすか会議2022」。本セッションでは、ユーザベース・稲垣裕介氏、東京大学教授・各務茂夫氏、そしてカーネギー国際平和財団シニアフェローの櫛田健児氏が登壇したセッションの模様をお届けします。「スタートアップの生態系と起業家マインドの醸成」をテーマに、日本のユーザーのペインポイントや、ビジネスサイドとエンジニアが並走することの重要性などが語られました。

日本のエコシステムの改善余地

柳川範之氏(以下、柳川):みなさんこんにちは。久しぶりのあすか会議ですが、会場の熱気がすごくてやはりいいなと思います。この熱気に負けないようにがんばりたいと思います。

このセッションは、「スタートアップの生態系と起業家マインドの醸成~日本全体を起業家マインドに変えるには~」ということで、ある意味でグロービスの本丸のテーマですね。

逆に言うと、今日ここにお集まりのみなさんは、相当起業家マインドを持っている方々だと思うので、「起業は大事ですよ」とわざわざ言う必要もないだろうと思っています。

ただ、なかなか踏み出せない方もいらっしゃると思いますし、日本のエコシステムはまだまだ改善の余地がたくさんあると思います。今日はそのあたりを議論して、みなさんのこれからにつながればと思っていますので、よろしくお願いします。

というわけで、まずは櫛田さんから。ご存知の方も多いと思いますけど、櫛田さんはシリコンバレーでずっと活動されており、アメリカ、シリコンバレーのエコシステムに非常に詳しいです。日本との比較も含めて、今の課題をお話しいただければと思います。よろしくお願いします。

櫛田健児氏(以下、櫛田):ありがとうございます。「シリコンバレーのようなエコシステムを作っていきましょう」と言った時、「いや、シリコンバレーはこんなにVC投資があって、スタートアップもいっぱいあるけど、日本は少ないですよね」という意見が一般的に挙がります。

データで見ると、アメリカとシリコンバレーのVC投資はものすごく多くて、他のG7の国を同じグラフに置くと縦線をいじらないと見えないんです。アメリカをグラフから取っ払ってみると、実は日本、イギリス、フランス、ドイツは、そんなに変わらないんです。

「いや、でも日本は人口あたりとかGDPあたりでは低いでしょ?」と。そんなにがんばらなくても日本のGDPはイギリスの倍で、大きいですから。人口あたりの話ではないでしょうということで、同じデータでもどんなストーリーに当て込むかによって、思考モデルがぜんぜん変わってくるんですよね。

熟成したエコシステムが生む、圧倒的な「できるよ」感

櫛田:この10年、15年ぐらいで、日本のスタートアップ・エコシステムはすごく発展しました。みなさんもそのストーリーの中の一部だと思っています。

スタートアップ・エコシステムのコンポーネントは、それぞれ補完関係にあるんですよね。1つだけ伸ばそうと思っても、他のコンポーネントと一緒だからそう簡単には伸びない。好循環スパイラルがそれぞれのコンポーネントに入っています。なので、仕込みの期間が必要です。でも、私から見ると日本はだいぶ仕込みの期間が終わっているので、ここから飛躍できると信じています。

コンポーネントですけど、ベンチャーキャピタル、人材の流動性、産学官のいろんな連携、そして大企業とスタートアップの共存関係があります。買ってもらえないとスタートアップはIPO以外のイグジットがないので、エコシステムを伸ばすという観点で見ると、大企業もスタートアップのエコシステムに入っているんです。

そしてサポートエコシステム。グロービスも、今回のあすか会議でもう17回でしたっけ? すごい数ですし、サポートエコシステムがどんどん育っています。

その全部の取りまとめと、底辺にあるのが社会的な受け入れ度合い。今、「スタートアップをやります」と言っても、「この人は怪しい人だ」という感じはないじゃないですか。それがスタートアップ・エコシステムなんです。

私は2021年までスタンフォードにいたので、シリコンバレーのスタンフォードあたりから見ると、熟成したエコシステムには、圧倒的な「できるよ」感ができあがっています。

例えば、私は日本育ちで、大学はスタンフォードに行き、そこは基本的に学生全員が寮に入りますが、いろいろな人がいます。もちろん寮には天才級の人がいて、10年後にものすごい成功をしています。

「あの人はやっぱり大活躍したね」という人もいるのですが、別のタイプの人もいます。天才級じゃない、自分とそんなに変わらない実力だったり、自分の方がちょっとできるんじゃないか、という人も、10年後は大成功していたりするのです。「そうか、この人も成功できるんだ。彼ができるんだったら、僕もできるんじゃないの?」という「できるよ」感です。

スタートアップの数が増えれば増えるほど、あるいは変革を起こすアントレプレナー(起業家)が増えれば増えるほど、好循環スパイラルは増えてきますよね。今の日本はこれがだいぶ進んでいます。

みなさんが置かれている環境で、どのコンポートネントが活用できて、どれがまだ足りないかを考えていきましょう。そうすると、次のステップが見えてくるかもしれません。

日本のユーザーのペインポイント

櫛田:そして、日本でのスタートアップの役割は、たぶんシリコンバレーとは違います。既存の大企業をぶっ壊して、業界を全部変えて、10年くらいでグローバルドミナントプレイヤーになるのは、まだだと思います。

日本の既存の大企業はものすごく強いわけで、すぐに置き換えられるというわけではないですよね。そうすると、大企業が単独ではやらないものを、スタートアップと一緒に組むことで勇気づけたり、方向づける。こういう役割はありかもしれません。

日本経済全体へのインパクトとしては、ずっと足りなかったフレキシビリティやダイナミズムを注入する役割もあると思います。

最後に、日本もシリコンバレーもかなり多く、練習の多さで磨きがかかっているもの。ユーザー、あるいはお客さんのペインポイント。彼らの課題や困っていること、ペインポイントは何ですか? どれぐらい深いペインポイントですか? それに対してソリューションを提供して、スケールさせましょう。

日本の優しい人たちは困っている人を見つけるのが得意です。アメリカは社会課題がたくさんありますけど、ものすごく分断しています。日本の場合は何かやろうとすると、「でも、これに対応していない人はどうするんですか?」というマインドになる。

高齢化や過疎化は大チャンスなわけです。非常に困っている人。自分の親も高齢です。相当UIをいじらないとDXはできません。免許は返上。でも、テスラのオートパイロットなら、このへんは大丈夫です。じゃあ免許を返上しないといけない人の代替をやろうとか、開発目標を変える。

ユーザーのペインポイントに寄り添って、それに対するオブセッションは、日本はあんまりがんばらなくても出てくるわけです。その次のステップの、スケールさせる。そして仲間を作っていく練習が必要かなと思います。私は以上です。

柳川:ありがとうございます。非常に重要なポイントをいくつか指摘いただきました。「できるよ」感が大事というね。だいぶ変わってきたんだと思うんですよ。5年、10年前と比べると、「スタートアップをやります」「起業します」「おお、やってみるか」という雰囲気が出てきているので、ここはものすごく日本にとって大きなチャンスですよね。

その中で最後におっしゃっていた、ペインポイントがいっぱいというか、むしろアメリカよりもそれを改善していく可能性もある。そういう意味では、日本にこそ新しいエコシステム、新しいスタートアップを作るチャンスが広がっていくことを実感させられるお話だったと思います。

企業の社内活性化プログラムの効果

柳川:では日本の実態はどんなかたちで進んできて、方向性が見えているのか。今ご活躍中の稲垣さんからお話しいただければと思います。よろしくお願いします。

稲垣裕介氏(以下、稲垣):ありがとうございます。特に東京になりますが、今私たちの環境をあらためて見ると、それなりのものが揃ってきたのではないかと思います。

事業の派生の仕方も、トップダウン型の会社もあれば、ボトムアップ型の会社もあったりしていて。うちはどちらかと言うとボトムアップも大事にしていますが、そこの調整の度合いはいろんな角度であるのではと思っています。

例えばリクルートさんやサイバーエージェントさんはわかりやすい事例かなと思います。社内でいろんな機会を提供して、社内新規事業を活性化させる動きを取っているので、その体験を持つ人たちが外に出てまた起業する。いい循環サイクルが生まれていると思うんですね。

私たちも2021年に、「think beyond」という社内の活性化プログラムをやって、2つの会社が生まれています。そうすると、社内のメンバーは勇気づけられますし、自分たちにもできるのではないかと、そこに続こうと思う人たちが出てくる。

社内新規事業については私たちが内部で統治する動きもあれば、私たちのミッションとは少し違う一部の事業は、「これは外に出たほうが可能性があるのではないか」と、それを応援するかたちで送り出すこともあります。

いろんな会社が投資したいと言ってくださっているので、ここの可能性は、私たちが14年前に創業した当時よりも、さらに良くなっていると、実体験として感じています。

もう1つ、それをどう社内外に伝えていくのか。遠い地で例えばイーロン・マスクさんがすごく活躍していることも、当然刺激はされるんですけど。私たちが「NewsPicks」というメディアをやっているのもあって、自分たちに近い距離感のところを広めていきたい。

東京からこんな会社が生まれたとか、地方の、私は愛知県出身ですけど、愛知県の人の起業もすごくエンカレッジ(励ま)され、ロールモデルがどんどん生まれていく。どういうかたちで創業されて、どういう支援を受け、どう成長していったかが見える化されることは、すごく価値があるのではないかと思います。

投資する側にとっても、先行事例をすごく大事にするケースも多いと思います。ですので、その循環サイクルがいいかたちでいけば、この事業に投資された実績があるのならば、「こういうかたちであればできるよね」という可能性もある。

いろんなマネーのかたちがあるとは思うんですけど、ロールモデルが相互に効くところは価値になるのではと思います。

大企業との連携で、地方のベンチャーが受けがちな「業者扱い」

稲垣:その上で、直近で地方に行く中で、2つ課題があると感じています。今、若干足元で投資の部分は冷え込んでいるとは思うんですけど、それでもまだマネーはあって、投資のあとの人と売上が課題だと思うんですね。

人に関しては、どうしても東京に集中しやすい構図があって、まだまだ賃金差もあります。かつ、コロナでリモートワークがより普及した結果として、地方にいながら東京での就職がしやすくなっていることも、東京の企業の競争優位性になっていると思います。

地方の方々にとっては人材の流出になっているところがあるので、どうしても人やお金が集中しやすい構図は1つの課題かなと思っています。

もう1つが売りですね。いわゆる業務提携やオープンイノベーションなど、いろんなかたちでベンチャーがもがいて大企業との連携をやっていると思うんですけど、そもそもその輪に入れない。

どうしても地方のほうが一見さんお断り的なところが強いので、結果、営業部隊を東京に持ってきて、東京で売りながら地方で作る構図がまだまだ起きやすい。仮に提携できたとしても、いわゆるオープンイノベーションではなく、業者扱いになってしまうという話はよく聞くんですよね。ですので、ここをどうクリアして対等な扱いにできるのかは1つの課題だと思います。

この部分は、今いろんな動きがあります。例えば金融庁さんの副業推進で、東京の人材をいかに地域に送るのか。地域の地銀さんたちと連携して、地銀の人たちがベンチャーや二代目、三代目の会社と連携して案件を明確に作り出して、東京の企業と提携を結んだところから人材を送る動きを取っていたりするんですけど。

こういった仕組みが普及することで、こじ開けられる可能性はあると思っているんですよね。ですので、まだこじ開けられていないものは、行政の方たちも一緒に仕組みを作って越えていくことができるのではないかと思います。

もう1つお伝えしたいのは、私はもともとエンジニアでして。今もCTOの肩書を付けてはいるんですけど、恐らく今ここにいらっしゃるみなさんでエンジニア出身の方はあまりいないのではないかと思います。

今の日本の構図を少し引いて見ると、もちろん意志を持ってエンジニアでCEOをやったり、CTOになる方もいるとは思うんですけど、どちらかと言うと受託開発気質になる構図をよく見ます。

例えば北海道は、いわゆる省庁の数がすごくあって、省庁のシステムの発注量がすごく多いので、結果的にそれを作っている人がすごく多いんですよね。その中で経済が成り立ってしまうと、自分たちでモノを作ろうという発想になかなかなれないところがあります。

ビジネスサイドとエンジニアが並走することの重要性

稲垣:僕がエンジニアとしてすごく感じているのは、かつての製造業ではエンジニアが比肩していろんなものを作り出していったのに対し、今のソフトウェアの領域は、どうしても発注される側になって、自分たちでモノを作り出していない。

エンジニアになかなか出会えなかったり、「一緒に作ろう」となれない構図は、私がCTOという肩書を持っているからこそ、いろんな方たちからすごく相談をいただきます。せっかく意志を持ったビジネスサイドの方がCEOとしてやろうとしても、エンジニアが並走できないことにかなり課題を感じるので、この部分はもっとエンカレッジしていきたいです。

事実、日本のエンジニアの方たちはすごく優秀だと思うんですよね。今であれば賃金差も、アメリカに比べると3分の1ぐらいになっているので、すごくチャンスな時でもある。しっかりエンジニアの意志を醸成して、ビジネスサイドと並走してモノを作る世界を作れると、日本の起業家マインドをもっといい方向に変えていけるのではないかと思っています。

柳川:ありがとうございます。実態がよくわかりました。いくつかポイントがあって、1つはロールモデルが見える化されつつあるのは、みなさんすごく感じているところだと思うんですよね。

先ほどの櫛田さんのお話ではないですけど、いわゆる本当にすごい、スーパースターのロールモデルが出てくるだけではなくて、みなさんの隣にいた人あるいは先輩ぐらいの人たちも、しっかりと活躍をして大きく広げていっている。これが見える化されているのは、みなさんのマインドの醸成にとってすごく大きなところなのではないかと思います。

一方では、地域をどう盛り上げて、地域のエコシステムをどう考えていくか。あるいはエンジニアの方々が活躍する場をどう作っていくのか。このあたりが課題というお話しになりましたけれども、それは裏を返すと、先ほどの櫛田さんのお話のペインポイントがここにあるということでもあります。

そういう意味では、ここにいらっしゃるみなさんが今のお話をうかがって、「ここでこういうビジネスをやればいいかも」というネタも、今日お話しいただいた中に随分あったのではないかと思います。そのあたりは時間があればまた、質疑応答をやってみたいと思います。

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