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日本企業に求められる「失敗のマネジメント」(全3記事)

ビジネスにおいて大切なのは、いかに「失敗を早く見極めるか」 海外事例・研究結果から学ぶ「失敗のマネジメント」の重要性

TECHBLITZ主催のオンラインセミナーシリーズ「BLITZ SEMINAR」。今回は、早稲田ビジネススクール准教授の牧兼充氏が登壇し、日本企業がイノベーションを進める上で求められる「失敗のマネジメント」について解説します。牧氏の研究テーマでもある「失敗のマネジメント」を通して、大企業で新規事業開発・研究開発・経営企画に携わっている方に向けた、イノベーションの成功法則を掘り下げます。本記事では、ビジネスにおいて「失敗」を早めに見極めることが重要な理由を解説しています。

正しい情報を判断するスキルは、ビジネスの必須条件

牧兼充氏:「エビデンスベースマネジメント」という言葉が少しずつ広がりつつありますが、例えば「このプラットフォーム上で広告を出すことで、広告を出していない企業に比べて、クリック数が2倍になります」「この広告を活用すれば、売り上げが3倍になります」「シリアルをよく食べる人は、心臓病になるリスクが下がります」とか、一見もっともらしいステイトメントに見えますよね。

でも、これは全部「ダイエット・コーラは人を太らせる」と同じレベルのエビデンスしか語っていないわけです。これをそのまんま信じる人は、科学的思考力があまり高くないということでもあります。

ビジネスの意思決定は、このようなステイトメントだらけで、どれが正しくて・どれが間違っているかを判断するスキルは、ビジネス・プロフェッショナルの必須条件であろうと思います。

ただし、特に日本では思った以上にこのスキルを持っていない人が多いと感じています。というのは、米国で授業を持っていると、米国の学部生はこのあたりの訓練をかなり受けているからです。たぶん平均すると、米国の大学生のほうが日本のビジネス・プロフェッショナルよりも、このあたりは得意かなと思うところですね。

因果関係と相関関係をチェックするには、「見せかけの相関」「第三の変数バイアス」「逆の因果関係」という3つの方法があります。このあたりにご興味ある方は、私の本をご覧いただければと思います。

「広告の効果」を測る際の間違った方法

あと、もう1個だけ後半につながるお話をします。どうやったら広告の効果をサイエンティフィック(科学的、学術的)に測れるのか、という話です。

ある街のレストランが、お客さんを増やしたいと思ってチラシの配布をしました。そうしたら、売り上げが月に10万円増加しました。さて、こういう時に広告の効果は10万円と結論付けることができますか? ということを考えていただきたいです。

結論から言うと、これは結論づけることはできないんです。なぜならば、街にあるレストランが広告のためにチラシを配布したとして、それが例えば6月から8月だったとしますよね。そのあとにお客さんが増えたら広告の効果なのか、夏休みになってより多くの人が集まるようになったのか、どっちの効果かわからないからなんです。

そういう時に行うのが科学的な実験なんですが、広告の効果を検証しようとすると、まったく同じレストランで「広告を出した場合A」と「広告を出さなかった場合B」という状態を作り上げなければいけません。

そして、まったく同じ条件下で広告を出した時の売り上げが120万円で、広告のない時の売り上げが100万円だとしたら、この差20万円が広告の効果だと言えるわけです。

ちなみに、この下のBのことを専門用語では「反事実」と言います。なぜかと言うと、1軒しかなくて同じレストランで広告を出しちゃったら、出さなかった状態は絶対に作れないので反事実という表現をするんですが、厳密に言うと、広告を出した場合と出さなかった場合を比較しないといけないわけです。

広告の効果を正しく測る「科学的実験」という手法

でも、実際にこのような状態は作れないですよね。その時に行うのが「科学的実験」という手法です。

例えば、ある街の中でレストランを100軒選んで、グループAに50軒、グループBに50軒レストランを割り振ります。しかもランダムに割り振るというのが重要なんですけど、Aのトリートメント群50軒だけに広告を出し、Bのコントロール群50軒には広告を出さない。

そしてその後の売り上げの平均を比較すると、それが広告の効果だと言えるわけです。こういうのを科学的実験と呼びます。この時に、トリートメント群とコントロール群をランダムにすることがとても重要です。

レストランのオーナーに立候補してもらって50軒集めたら絶対にダメなんです。なぜかと言うと、立候補するようなレストランのオーナーはそもそもやる気が高い可能性がある。そうすると、広告の効果なのかやる気の効果なのか、区別がつかなくなってしまうんです。

ちょっと専門的になりますが、ランダムにグループAとグループBに分けると、広告を出した以外の第3の変数、つまり想定しうるバイアスは平均を取るとすべてほぼ同じ数字に落ち着くということが統計的に言われているんですね。こういう方法を「ランダム化実験」と言います。

もともとは医学の知見、もっと言うと農業からスタートしている手法です。理系の分野でよくやっていそうに思われるかもしれませんが、今や世界中の企業が当たり前のように評価測定で使っています。オンラインやネットではA/Bテストなんかがその典型ですね。

「失敗」と「間違い」を正しく区別するために

後半でご紹介しますが、オンラインだけじゃなくて、いろんな企業がこういうことをやり始めているんです。これをやるからこそ「失敗」と「間違い」の区別が付くようになっていくという、厳密な手法なんです。

先ほどの科学的思考法の中で、仮説を検証していかないといけないという話をしましたが、ランダム化実験は比較的科学的なエビデンスが高いけれども、コストも高い手法なんですね。

それ以外にももっといろんな方法があって、例えば事例の観察をしても因果関係かどうかはある程度はわかるわけです。でも、それも一事例で見るよりは二事例で比較したほうが分析の方法としてはより厳密になりますし、定量分析でn数(サンプル数)を増やすのがいいとも言えるわけです。こういう手法を科学的思考法と呼びます。

さて、次はPart3の「新規事業創出プロセスと『失敗』」という話をしようと思います。私の本の中からいくつかアメリカの研究の事例を引っ張ってきているので、ご説明します。

よく企業から「アントレプレナーシップをどうやったら育てられるのか」という質問をいただくんですね。アントレプレナーシップ、起業家精神って先天的に生まれ持った素質なのか、後天的に見つけられるような能力なのかといろんな議論があります。

アカデミックな世界でも、「個人の性格による」とか「職場の特徴による」とかいろいろな説があるんですが、最近最も注目されている話の1つが「ピア・エフェクト」と呼ばれるものです。

「ピア・エフェクト」とは、周囲の人が及ぼす影響のこと

ピア・エフェクトとは何かと言うと、「ピア」は英語で「同僚」や「仲間」という意味ですが、「ピア・エフェクト」というのは、ある人の周囲にいる人々がその人に及ぼす影響のことを言います。つまり、周りに起業家が多いとその人も起業家になる確率が上がるんです。

逆に、周りに起業家が少ないと起業家になる確率が下がるんです。これはいろんなところであって、周りに煙草を吸う人が多いとその人も煙草を吸うようになるし、周りに禁煙者が多いとその人も禁煙者になるんです。もしくは、ダイエットも成功するかどうかは、周りの人でダイエットしている人が多いかどうかが重要だったりする。

あとは、なぜ静岡県にサッカー選手が多いかという話では、子どもの頃から周りにサッカーをやっている人が多く、上手い人が多いから。だから全体のレベルが上がっていくわけですよね。こういうのがピア・エフェクトです。

起業の分野でもピア・エフェクトはけっこう起こると言われていて、本の中では3つの論文を紹介しているんですが、今日はこのうちの3つ目をご紹介しようと思います。

ピア・エフェクトは、因果関係と相関関係の区別がとても難しいんです。なんでかと言うと、ある人の周りに起業家が多いという状態で、それによって本人も起業する確率が上がる場合には2つの説があり得ます。

それはつまり相関関係なので、周りの影響でその人が起業志向が高くなるのか、もともと起業志向が高いからそういう友だちが多いのか、データだけではどっちかわからないんですね。

周りに起業家が多ければ、起業家になる確率は上がるのか?

これを完全に厳密に検証しようとすると、さっきのランダム化実験をやらないといけないんですが、起業家をあるグループにランダムに割り振るなんてことは、なかなか実際は普通の社会ではできないわけですよね。

次にご紹介する論文のおもしろいところは、世界に1ヶ所だけそういう場所があるということを発見したことなんです。これが研究者たちのすごさなんですが、それがハーバード・ビジネス・スクールのクラスです。

ハーバード・ビジネス・スクールのクラスはランダムに決まるんです。ビジネススクールは同じクラスだと、ピア・エフェクトがめちゃくちゃあるじゃないですか。そして、起業家の数が何人割り振られるかはランダムなんです。

そうすると、そこで同じクラスに起業家が多ければ、本人も起業家になる確率が上がるはずだという仮説が立てられるのです。

さて、これが実際にどうなったのかを次にご紹介します。右の図で、x軸がこのクラスの中で起業の経験者の割合がどのくらいか、つまり右に行くほど割合が大きくなるわけですね。そしてy軸は、どのくらい卒業後に起業した人が増えたかという、卒業後の起業経験者の割合です。

これを見てみるとおもしろくて、起業家が多いと卒業後に起業する人が減るという、負の相関関係がありそうなんですよね。今まで想定していたピア・エフェクト、つまり「周りに起業家が多いとその人も起業家になる」というのと真逆の結果がハーバード・ビジネス・スクールのクラスで出たわけです。

成功例・失敗例のトータルで見ると、起業する数は減る

これは不思議なので、もう少し深く分析してみましょうということで出た結果がこちらです。x軸とy軸は同じですが、左側は卒業後に起業して失敗した人の割合、右側は卒業後に起業して成功した人の割合です。

これを見ると何がわかるかというと、失敗する人が明らかに減っているんです。成功する人の数はほぼ横ばいなんです。どうも周りに起業家が多いと、卒業後に失敗するような起業をする数は減るようだと。つまり、成功も失敗も合わせたトータルで言うと、起業する数は減るんです。

なんでこんなことが起きているのかということで、いろいろな検証をしているんですが、起業経験があるピアがいると、起業のアイデアについて何がよくて・何が悪いかアドバイスをもらえるので、悪いアイデアに関しては起業する前にやめるということが起きることが、この論文からわかるんです。

持っていたアイデアをやるのをやめたということなので、逆に言うと、これも広い意味で失敗ですよね。ただし、起業したあとにやめるよりも、起業する前にやめたほうが効率がいいですよね。したがって、失敗を早めることができたというのが、ハーバード・ビジネス・スクールのクラスメイトの役割なんです。

「起業のピア・エフェクト」は、起業者数全体にはマイナスの影響があります。しかし一方で、2つに分けて成功と失敗した起業者数を見ると、成功した起業者数はプラス、失敗した起業者数はマイナスだということです。

「社内起業家」を増やすために有効な施策

なので、今の日本企業では「社内起業家を増やす」みたいな話がとても求められていますが、その1つの方法は、積極的に起業経験者を雇って、戦略的に必要な部署に配置することなんだろうと思います。

ちなみに、これも成功した起業家である必要はないんですよね。なので、うまくいかなかった起業家も、積極的に大手企業が雇って戦略的に配置すること。これはかなり有効なんだろうというのが、この研究からも言えます。

あと、ぜんぜん違う分野ですが、新人研修でどんなグループを作って、どんな先輩のメンターを付けるかによってもピア・エフェクトは変わってくるので、新人研修なんかでも使えます。

ただ、マイナスの側面も考慮しなければいけません。今みたいに終身雇用が完全に成り立つことは難しいと思いますが、それでも優秀な人には企業に残ってほしいというのは当然あります。しかし転職志向の強い人が就業すると、周りが辞めることが当たり前の文化になっていくということが当然起き得る。

ピア・エフェクトというのは考え方によってはマイナスにもなり得るので、うまくマネージしていかないといけないというお話です。

ハイテクベンチャーに対するアクセラレーターへの影響

さて、もう1つの研究はアクセラレータ(スタートアップや起業家をサポートし、事業成長を促進する人材やプログラム)の話です。

これも私の本で紹介している論文ですが、「ハイテクベンチャーに対するアクセラレーターへの影響」ということで、アクセラレーターがベンチャー企業の成功にどんなふうに貢献しているのかを検証した論文です。

これは米国の研究ですが、企業や大学型ではない独立型のアクセラレーターで、すでに30社以上のベンチャー企業が巣立っているような、ある程度継続して成功しているところを選んで、そのアクセラレーターの支援を受けた企業とその後のパフォーマンスを比較します。

さっきもあったコントロール群、つまり支援を受けなかった企業と比較しないといけないので、傾向スコアマッチングという統計手法で、支援を受けた企業と受けなかった企業と似た特徴を持つ企業を作りました。

x軸が年で、y軸は累積資金調達額です。黒い線がアクセラレーターから支援を受けた企業で、青い線が非アクセラレーター。つまり、支援を受けなかったところです。

これを見ると「ん?」と思うところがあって。つまり、アクセラレーターから支援を受けないところのほうがお金が集まるんですよね。アクセラレーターの支援を受けた企業のほうが(累計資金調達額が)わりと横ばいになっている。

「アクセラレーター卒業時から買収までの時間」を見てみると、アクセラレーターで支援を受けたところは、平均して2年くらいが一番のピークになっている。そして非アクセラレーターは、もう少し時間がかかっているんですね。つまり、アクセラレーター支援を受けたほうが企業の買収までのスピードが速い。

失敗を早く見極められるのも、アクセラレーターの役割

次は失敗の話ですが、「アクセラレーター卒業時から廃業までの時間」を見てみます。これをよく見ていただくと、廃業するまでのスピードがアクセラレーター起業のほうが速いです。つまり、早く潰れるんですね。非アクセラレーターより廃業までのスピードが速い。

これを同じようなかたちで、もうちょっと厳密に統計分析するとこういう数字になります。サイエンティフィックにも差はあるわけですが、アクセラレーターから支援を受けた企業は、そうでない企業に比べて資金調達の総額が少ない。でも、M&Aはわりとうまくいっている。

そして、より早いタイミングで事業を閉鎖していることがわかります。なので因果関係にすると、アクセラレーターはこういう影響があります。

これは、一般的に思うアクセラレーターの役割と逆なんじゃないかと思うんですよね。多くの人は、アクセラレーターの入る企業のほうがより長く存続すると思うでしょうし、より資金を調達できると思うかもしれません。

なんで逆の結果が出ているのかは、そもそもアクセラレーターの役割を考えないといけないんです。そのビジネスがうまくいくのか・いかないのかをより早く見極められるのが、アクセラレーターのディフィニションですよね。

早めに失敗を見極めることは重要

アクセラレートには「前に進める」みたいな意味があるとすると、Go or No-goの判断をアクセラレートしている。逆に言うと、失敗するんだったら早いほうがいいんです。なので、早く失敗させるためのアクセラレーターでもあるということです。

なので「フィードバック効果」と言って、アクセラレーターは成功するベンチャー企業を育てるのと同時に、失敗しそうなベンチャーになるべく早くそのことを気付かせることが役割なんです。うまくいっているアクセラレーターは、必ず早く廃業するんです。廃業したほうがいいということを、より早く判断できるから。

早めに失敗を見極めることはとても重要で、能力のある人が成功の可能性の低い事業を長くやるよりも、さっさと早くやめて次のことに移ったほうが、本人にとっても社会にとってもいいわけです。

そして投資する側にとっても、より少ない金額でうまくいくか・いかないかを判断できたほうが、投資のパフォーマンスはよくなりますよね。したがって、投資家にとってもハッピーなんです。ですから、失敗のマネジメントがいかに重要なのかということをアクセラレーターも語っています。

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