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埼玉大学宇田川准教授と考える、「新規事業を生み出す上での組織の対話」(全4記事)

イノベーションのヒントは意外なところに隠されている 重要視すべきは「過去の成功体験」

2020年8月26日、Makuake Incubation Studioが主催する「埼玉大学宇田川准教授と考える、「新規事業を生み出す上での組織の対話」」が開催されました。企業内でイノベーションが起きにくい現状を踏まえて、『他者と働く』の著者でもある埼玉大学宇田川教授が、新規事業を生み出す上での対話の重要性や、推進していくためのコツなどについて語ります。本パートでは、イノベーションが生まれるヒントがどこにあるのか、どう新規事業を推進していくのか、社内の人間を動かすためのコツなどもわかります。

「過去の成功体験」=「会社の独自性」

矢内:では、後半戦も進んでいければと思っております。

矢内:新規事業に挑戦するために、過去の成功体験を捨てるなということですかね。

木内:そうですね。先ほど80年代、90年代の日本企業の話がありましたが、そもそも日本はイノベーティブなことにチャレンジして大きくなってきた企業が多い国だとは思います。

少し気になっていることとしては、過去は捨てて未来だとか、シリコンバレーだとか、もちろんそういうベンチマークをして学ぶことは大事ですが、自社が歩んできた歴史だったりか、必然性をちゃんと捉えて、自社「らしさ」の延長線上に、ちゃんと新しい事業を置かないと。ケイパビリティがないのに、やってもやってもうまくいくわけがないと思います。

そういった意味では、過去にどういう成功体験があって、かつ、昔はうまくいったことと、今とでは何がズレているのかといったことをちゃんと整理することが大事なんじゃないかと。そんなテーゼですね。

宇田川:本当にそうだと思うんですよね。例えばさっき出てきたキヤノンみたいな会社を考えると、自分の会社が今までやってきたのは「どうしてこれができたんだろうか」ということが、すごく大事な財産だと思うんですよ。

これを自分たちでもう1回紐解いてほしいと思うんですよね。それで、このときはすごく良かったんだけど、何が今変わっているのかということを考えていくと「ここの部分をもう1回やり直せばいいんだな」と。縦割りになっているので、この横のつなぎ方を考えていくのが、やり方としては大事だなと。

もちろん、それを何のためにというビジョンは、市場や世界の趨勢に合わせて考えなきゃいけない。でも、いきなり考えられるものでもないですよね。無理に考えると上滑りするし。だから、それを考えられるような装置は作っておかなければいけない。その装置、仕組みをちゃんと作る上で、今まで我々が何をやって、うまくやってきたのかというところをもう1回考えて、掘り下げて研究していく作業は、当事者である企業の人たちはぜひやるべきだと僕は思っている。

木内:そうですね。あとは、企業の社史、会社の歴史ですね。たいがい大きい会社はすごく立派な分厚い社史があるんですが、いろんなイノベーションや新しいチャレンジの歴史が載っていて。MISでもお手伝いする企業さんでスタックしそうになると、社史に立ち戻って「この大きなチャレンジによってヒットが生まれたのって、今回と近しくないですか?」といった話をしたりします。

あとは、そもそも創業者って大抵、破天荒で。今いたらたぶん「それはやめろ」と言われるような破天荒なチャレンジもされている創業経営者って多いと思うんです。彼らが今の時代を見たら、何をチャレンジされるんだろうかとか、何を提供されるんだろうかと考えることも、現状を突破するヒントになるなと思っていまして。

そこに「らしさ」に依拠した突破口が、ヒントが隠されているんじゃないかなって、いろんな企業さんの社史を読んで思うんですよね。

矢内:「過去の成功体験」と書いてありますけれども、「その会社の独自性を捨てるな」とも言い換えられるんですかね。

宇田川:そうだと思いますよね。独自性が形成されてきた過程を、もっと大切にしたほうがいいと思いますね。

矢内:なるほど。

宇田川:だけどイノベーションの推進という話で、だいたい質問されるところって、ギャップアプローチの質問です。「日本の企業はアメリカのここそこの企業のようになっていない。どうやったらこの差が埋まるのか」だったんですよ。

「埋める」という発想は止めたほうがいいと思いますよ。Google本とかも参考にしてもいいと思うけど「どうやったらいいんですか?」というのはいい加減に止めるべきで。

矢内:なるほど。

宇田川:自分たちが何者で、何をやりたいのかというところこそ大事だと思うんですね。さっきのMicrosoftの改革もそうだし、例えばトヨタ自動車だって、今、ウーブン・シティに取り組んでいるけど、あれだってやはり、もともとトヨタ一族は「一代一業」という取り組みがあるわけなんですよね。

その観点からすれば、極めて伝統に則ったことをやっているわけですよね。もともと自動車を作って、家を作って、今度、都市を作るという話ですよね。だからそういう意味で、そのレベルでの一段抽象化した観点から、それをちゃんと事業に翻訳する。それがイノベーションですよ。

矢内:なるほど。

日本とアメリカにおける成長過程の大きな違い

木内:どうしても聞きたいことがあるので、聞いてもいいですか? さっき、冒頭でおっしゃっていた80年代、90年代に成功してうまくいっているイノベーティブな例で、日本企業が多かったという話でいくと、たぶん今そこで起こっているアメリカの会社、中国の会社に学べみたいな、逆のシチュエーションになったと思うんですけれども。

そこから何を学んで、今のアメリカだったり、中国の企業の盛り上がりや生態系を作ることにつながったのか。要は「諸外国から学べ」だけだとよろしくないといった中で、その学びに関して、どうオリジナリティを持った考えをすると、またアメリカの経済が復活してきたのかというところの答えにもヒントがありそうだなと思ったんですけど。

宇田川:でも、アメリカの企業は日本的経営論が盛んだった時は、アメリカの企業社会が日本的経営をよく学んだということでもあるわけですよ。別に、日本的経営を礼賛しているわけではないんです。

勘違いしないでほしいんですけど、彼らはもともと何を注力してきたかというと経営戦略ですよ。彼らは戦略を注視してやってきたんだけど、そこに加えて事業開発や組織作りを、日本の企業経営から学んだ。だから、企業文化の重要性やアジャイル開発、スクラム開発を加えていったので強くなったわけですよね。

木内:なるほど。

宇田川:それは自分たちがこういう方向に行きたいと言った時に、そこで何が不足しているのかという話だと思うんです。不足しているのかという観点は「こうなっていないからこうしよう」という話とぜんぜん違うんですよね。

自分たちの湧き出る必然性に基づいた延長線上にあるもので、そこがないのに外のものとの比較で「日本はダメだ」とか「日本企業終わっている」とか、不満のはけ口としてはいいかもしれないですけど、やはりそれでは前に進まない。持っているものからでしか変革はできない。

ドラッカーが言っていることでもありますけれども、1942年だったかな。やはり今いる場所からスタートすることがとても大事ではないかなと思いますね。今いる場所はどこで、なぜここにいて、どこに向かおうとしているのかを問い直すというか。

木内:そうですね。勝つためにファクトとして、当時ぐんぐん日本企業を追い上げてきた時に、勝つために冷静にどんな要素が足りていなかったのかを、研究して取り入れたという話ですよね。

だとすると、自社の「らしさ」や成功体験に依拠して、今、起こっていることをどうやって取り入れたらまた勝てるのか、というところですよね。

宇田川:そうそう。そうやって、やっていくダイナミズム自体が、本来は会社の持っていた素晴らしさなんじゃないかと思います。

矢内:ありがとうございます。

物事を進める上で大事な「翻訳する対話力」とは?

矢内:では次のトピックスいいですか?

矢内:ちょっと締めのテーマになりますが。

木内:そうですね。今日ずっと話してきたことにもつながると思うんですけども、やはり自分だけの視点だけじゃなくて、1回俯瞰して立ち止まって観察したり、人だったり、確かな事業だったりするわけなんですけれども。

うまくいかない意味は、理由が何かしらあって、そのギャップや何がレバーなのかということを捉えて、そこにアプローチすることでしか前に進まないというか。

対象が人だったり、事業だったり、戦略だったりしましたけど、そこがけっこう通ずることだったのかもしれないなと、今話していて思いました。

宇田川:はい。よく見聞きするのは、若い人でせっかくアイデアを考えたのに上司に却下されたと。「すごいむかつく」みたいなのもあるわけですけど。

上司がなんで却下したのかということを「上司が置かれている状況を観察していますか?」「なんで却下したんだと思いますか?」と聞くと、「新しいことが嫌だからじゃないですか」「バカだからじゃないですか?」みたいな(笑)。

「もうちょっと大人になろうぜ」という話だと思うんですね。だから、相手の文脈、ナラティヴですね。解釈の枠組みや生きている世界を観察して、相手にとってやはり意味のあることを、自分は言っているんだと思ったほうがいいと思うんですね。ミドルやトップの人も「なんでも自由に出してくれって言ってるのに、出てこない」というのはよくある話なんですけど。

木内:はい。

宇田川:「ところであなたはそれに対してどういうフィードバックをしたんですか?」「1個も出てこなかったんですか?」と聞くと、「出てきましたよ」「くだらないからもっとちゃんとしたのを考えろと言った」みたいな(笑)。そんなことをやったら出てこなくなるのは当たり前だと思うんですよね。

でも、悪気があってやっていないんですよ。もっといいもの、何か実はいいアイデアを出すためには、アドバイスしているつもりで言っているんです。ただ、こっちの言語だって一人の世界で言葉が回っているだけのモノローグになっちゃっているので、相手は全然違う意味に受け取っていることがわからない。もっというと、わからないことがわからない。だから、対話、ダイアローグになっていないんです。

相手の言葉でちゃんと自分の考えを語れるダイアローグになっていない。つまり、翻訳ができるという対話力ですね。これがイントラプレナーシップにおいても大事だし、変革を推進していくという上司から、上から下への働きかけにも大事だと思いますね。

そういう翻訳する対話力を、ぜひ備えていっていただくというのが、物事を現実的に進める上では大事じゃないかなと私は思います。

他者の観点がわかれば、視点が変わる

矢内:ありがとうございます。ハシヅメさんからも最後にご質問ございますか?

ハシヅメ:そうですね。概念としては非常に「そうだな」って腹落ちしました。明日から具体的にどこから始めたらいいのかなというのはモヤモヤしているんですけれども、何かアドバイスがあったらいただけますか?

宇田川:やはり今回のテーマは、イノベーションの推進というところですよね。まず自分が今、関わっているお客さん以外の人の観点から、自分の会社の事業をもう1回捉え直すことから考えてみる。うちの会社がやっていることって、もっといろいろおもしろいことがあるんだなと、可能性があるということに気づくと思います。まずそこからチャレンジしていただくと、自分の中で芽生えるものが何かあるのかなと。

ハシヅメ:なるほど。ちょっと視点を多く持つというか。

宇田川:そうですね。違う視点、違う他者というものの観点から、自分を捉え直すことをやってみるのが、1つトレーニングというところでおもしろいんじゃないか。

ハシヅメ:ありがとうございます。

矢内:木内さんはいかがですか?

木内:会社の歴史を一度振り返って「自分の会社は何を提供してきたのか」ということに思いを馳せることでしょうか。それを現代の環境に合わせて考えると、たぶん既存の商品以外の領域などのヒントが見つかるんじゃないかと思っています。

自社が培ってきたもの、何を売ってきたのか。それは食品とか車とかではなく、車に乗るという体験だったり、レジャーだったり、自社の何にお金を払ってくださったんだろうということを考える。

今の環境に照らし合わせると、どんなサービスやソリューションが考えられるだろうと、何か新しいことを考えるフィードバックループを変えるきっかけになるんじゃないかなと思いますので、まずは社史を読んでみる。

そして、今の会社が何を提供してきたのかを考える。さらに、現在の環境に照らし合わせると、どんなことを提供することが考えられるのか、そんな三段論法で考えてみることが1つのヒントにならないかなと思いました。

ハシヅメ:ありがとうございます。

矢内:ありがとうございます。コメントもいただいています。「相手の立場を考えて翻訳して話すのと、おもねって話すことの境目が難しく感じます」。

宇田川:はい。これはすごく大事な点で。『他者と働く』の中でも書いたんですけど、「対話をするというのは戦わない戦いである」と。「溝を埋める」とはひと言も書いていなくて「溝に橋を架ける」と書いてある。「溝を埋める」というのが「おもねる」ことですよね。でも対話するというのは、こちらとあちらは違うんだということに立った話です。だから、こちらが持っている理想を、とても大事にしていただきたいと思います。

他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論 (NewsPicksパブリッシング)

だけれども、他者というのはどうしても必要なんですよね。しかも、自分の理想が、非常に狭いところに留まってしまっているのであれば、それは改める必要があると思います。

理想を持って諦めずに対話に挑むことが大事なのであって、それを持たずにただ問題を起こさないようにするのが「おもねる」ということ。それは根本的に違うものであると私は思います。

矢内:「橋を架ける」の話はすごく好きだったので、聞けてうれしかったです。ありがとうございます。

「多くの企業はイノベーションする体力がないように感じます。イノベーションを起こす過程には、もちろん失敗も覚悟しなければならないと思うのですが、それを許容する体力がないと感じています」。ちょっと切ないですが......。

木内:そうですね。イノベーションの定義にもよるかもしれないんですけど、体力がない企業や、今業績が悪い会社も多いので、それは事実としてあるかもしれないです。「多くの企業はそうだとして、自分はどうするんだっけ?」といった視点で取り組むしかないかなと。

矢内:なるほど。

木内:私が好きな本で、日本とアメリカの社内のインキュベーションで、4桁億円の事業を作ってきた人の共通項の研究の本では、結局諦めの悪い1人の人が何度も左遷されそうになったりしながら、新しいものを戦わずに戦っているんだと思うんですけれども、そこでアグリーしていくプロセスがあって。

結局そこはある程度、イノベーションを起こしたい個人から起こっているというのが、事実だと思っていまして。

そうすると、自社も他社も多くの企業がそうかもしれませんが「自分はどうするのか」「どうしたいのか」といった意志を持つことから始めると、捉え方が変わって来るかなといつも思っています。

矢内:なるほど。ありがとうございます。最後にいい質問をいただいたので1問だけ。「対話と聞くと地道で時間がかかる印象があります。続けるコツはありますか?」。

宇田川:2つあります。まず、自分が改められる機会として対話を捉えると、なかなか楽しめると思うんですね。我々はエゴイストにならないために、他者を必要としているところもありますので「いろいろあってラッキーだな」ぐらいに考えていただくのは大事だなというのが1つ。

矢内:なるほど。

宇田川:宣伝をするつもりじゃないんですけど。

(一同笑)

宇田川:今、2冊目を書いているんですよ。そこでは対話の具体的な方法論みたいなものも書いていますので、もう少し待っていただければ、そのことについてもお披露目できると思います。なので、ちょっと待っていてください。

矢内:最後、宣伝で終わるという(笑)。

(一同笑)

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