2024.12.19
システムの穴を運用でカバーしようとしてミス多発… バグが大量発生、決算が合わない状態から業務効率化を実現するまで
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木内:日本に限らないと思うんですけど、「新規事業の芽はミドルに合理的に摘まれる」ということで。これは(ロバート・A・)バーゲルマンの言葉がベースにあるんですけれども、いったん“共進化ロックイン”のお話をいただいてから、また議論を展開するのがわかりやすいですよね。
宇田川:はい。
矢内:共進化ロックインという概念をご存じない方も参加者の中にはいると思うので、私と一緒にぜひ学んでいければと思います。
宇田川:じゃあ簡単に。ロバート・バーゲルマンという経営戦略論の研究者がいます。彼が書いた本は『インテルの戦略 企業変貌を実現した戦略形成プロセス』で、原著は『Strategy Is Destiny』という、戦略は運命であるというタイトルなんです。
バーゲルマンは長らくIntelなどさまざまな企業の戦略を研究してきました。それでこの図ですが、彼がいろんな企業を研究する中でわかったのは、戦略が実際に変わる「プロセス」の重要性だったんですね。
一番左の「自立的戦略行動」というのが現場レベル。「戦略的文脈」「構造的文脈」というこの真ん中の2つの箱があります。これがミドルレベル。全社戦略のコンセプトというのがトップのレベルと、階層がわかれている。ロワー・ミドル・トップとわかれていると考えてください。
(スライドを指して)Eとeがありますよね。E・eはEnvironmentで環境のことです。Eのほうは、全社的に公式的に戦略でうたって取り組んでいる環境のこと。それでスモールeは、現場での事業機会の気づきのことを意味します。公式化されていないからeですね。
Intelはもともとパソコン用メモリのDRAMのメーカーだったんですけど、今はIntelがメモリを作っているイメージはないですよね。
矢内:はい。
宇田川:DRAMのメーカーだったんだけど、1980年代に日本の企業とか韓国の企業とかがDRAMの市場に参入してきて、コモディティ化しちゃった。収益性がどんどん下がってきちゃったんですね。なので、現場サイドで何か事業機会が他にないかということで探索したわけです。
その中で出てきたものの1つがCPUで。同じシリコンウェハーというものを使うんですけれども、やっていたら「これはけっこういけそうだぞ」ということで、現場サイドからアイディアが上がってきたと。0→1ができましたと。
それでミドルのほうに、この戦略的文脈に移るんですけど、ミドルのほうが「じゃあこれはちゃんとトップにあげよう」ということで、当時トップのアンディ・グローブとゴードン・ムーアに上申します。
それで、アンディ・グローブとゴードン・ムーアが議論をして、実際にその辺のプロセスはアンディ・グローブの本にも出てくるんですけど、DRAMのメーカーからCPUのメーカーに戦略転換をしようと決定したと。
それで下のフェーズ、赤いフェーズになっているのがこれは戦略遂行のフェーズで、組織としても取り組んで、現場にもそれを遂行していく。これでDRAMのメーカーからCPUのメーカーに現場発で事業戦略を転換していくということが、まずポイントです。
大事なのはどんなに優れた経営者がいても、やっぱり現場の事業アイデアの気づきをちゃんと育てることができなければ、戦略転換ができないということです。
宇田川:ただし、これでめでたしめでたしかというと、そんなことはないんです。次のスライドはIntelの少し後なんですけど、変化が生まれましたと。
それが共進化ロックインと言われるものです。僕は今43歳なんですけど、僕の世代だとよく聞いた言葉がウィンテル体制という言葉です。ウィンテル体制は、Windowsの進化とIntelの進化というものが、共進化しているということなんですね。
実際にWindowsのバージョンがアップすると、よりパワフルなCPUが必要で、お互いにすごく蜜月関係ができましたと。ここまではよかったんです。
ところで、矢内さんが今使っているスマートフォンのCPUはIntelのかというと、違いますよね。
矢内:はい。iPhoneです。
宇田川:iPhoneは確か鴻海(ホンハイ)が作っているんですが、ARMのアーキテクチャなんです。Intel製のCPUというのはぜんぜんスマートフォンの市場を取れていないんですね。
なんでかというと、大きく2つ変化が生まれたから。丸がついている「戦略の慣性力Ⅰ」というものがありますよね。そこは要するに今CPUの事業をやっているので、そこに注力せよと。今風の言葉で言うと「PDCAサイクルをガンガン回せよ」と。ガタガタ言うなみたいな。
矢内:(笑)。
宇田川:それが、現場のほうに自律的な戦略行動、つまり事業機会の探索ということをあまりする余地がなくなっちゃったということなんですね。だからこのeの新たな事業機会の発見というものが、非常に細くなった。
よしんばそこのところで何か新しい事業機会の発見があったとしても、ミドルにこれを増進すると「戦略的文脈」が作れない。具体的にどういうことかというと、「それって今やっているCPU事業よりうまくいくのか?」という問いが出てくるわけです。
新しい事業機会というものは、エビデンスという観点で言うと弱いですよね。当然、既存の事業に対して……。
矢内:そうですね。
宇田川:うまくいく可能性って証明できないし、だから既存の秤に乗せちゃうと「こんなものに価値がない」ということになっちゃう。
それでどんどん新規事業が棄却されていってしまって。この論文が書かれた当時はスマートフォンはまだなかったですけれども、Intelは新規事業が非常に滞って、スマートフォンのCPUで一番大きいメーカーのQualcommに一時期、時価総額を抜かれたんですね。
宇田川:その後、別の事業でIntel自体は復活するんですけどね。ともかく、コンピュータ市場を一時期支配したインテル、天才経営者のいたインテルでは、そういうことが起きたと。つまり、うまくいっていることが会社の経営資源配分のパターンを硬直化させてしてしまって、新領域の事業を育てることが非常に難しくなってしまうんです。
矢内:なるほど。
宇田川:うまくいっているから。別にみんな間違ったことをしていないわけですよ。今やっている事業のほうが、確かに新しいことよりもうまくいく可能性のほうが高いんだから、そこに張ったほうが、短期的には収益性が高いわけですよね。
だけども、長い目で見たらそれじゃだめだって、みんなわかっているけどできない。これがジレンマと言われているものですね。このバーベルマンの理論をベースに書かれた本が(クレイトン・)クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』。あれのオリジナルの理論のひとつはこれなんですね。
なので、こういうジレンマをどう乗り越えるかということが重要になってくるわけです。
矢内:なるほど。実際に宇田川先生がしてくださったお話と、通ずる部分がありますね。新規事業をやっていて、なんか新しいことが生まれにくいみたいな。
宇田川:そうなんですよ。
矢内:まさに今の日本の構造というか。
宇田川:そうなんですね。たぶん新規事業開発に取り組んでいる人って、この図で今のお話をすると「ああ、そうなんですよ」とおっしゃる方が非常に多くて。
矢内:なるほど。木内さん、その辺の現場の声みたいなところは……。
木内:そうですね。たぶん今画面の向こうでうなずいていた方がたくさんいらっしゃると思うんですけれども、どう考えても既存の事業として進んでいるもののほうが、ロジカルに説明ができますし、延長線上の事業としてうまくいく。
それは過去の蓄積があったから言えるのに、まったく新しいものと既存事業として蓄積してきたものと比較しちゃうと、なかなか新しいものがロジカルに言いにくい側面もあると思います。
でも、それをやらないと新しいものが生まれてこないので、そこに新規事業担当者が抱えるジレンマがあると思っています。それをどうやって狙って突破するかが腕の見せ所だったり、チャレンジのしどころであるように思うんですよね。
矢内:次のテーマにいきますが、共進化ロックインから意識して脱するというところがテーマになってきますが、その辺についての宇田川先生のお考えを。
宇田川:矢印は僕が考えたものですけど、その硬直化した環境の中でも新規事業を開発する人はなんとか突破して、資源配分を獲得していかなきゃいけないわけですね。
私がなんで対話に着目したかというと、もともとはこういう経営戦略や新規事業開発の問題からなんです。なんとか資源配分を獲得していくためには、いろんな社内の硬直化している中でも利害をうまく架橋しながら資源配分を獲得していく作業が必要なんですよね。
これをイントラプレナーシップと言いますが、その本質というのはやはり対話だと思うんですね。こちらにとっても相手にとっても意味のあることをこちら側でなんとか設計していきながら、橋を架けながら進んでいく作業が必要だと思います。
一方で、トップ・マネジメントはトップ・マネジメントで、下から上がってくるのを待っているんじゃなくて、自分たちはどういう会社でありたいのかということの、新たな方向性・ビジョンをしっかりと打ち立てなければいけないですね。それが縦の丸で書いたところです。
でも、それがあったらいいかというと、やっぱりそれだけではだめで。それをちゃんと現場の人たちに伝えていかなきゃいけない。共感を得ていかなければいけない。変革をちゃんと推進していく時にも、やっぱり対話が必要なんですね。
実際に例えばマイクロソフトのCEOのサティア・ナデラさんが、落ち目だったマイクロソフトを時価総額1位までに1回戻しましたよね。今はAppleが取り直しましたけれども。彼の書いた『Hit Refresh (ヒット リフレッシュ) マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』という本を読むと、自分自身とマイクロソフトのつながりの発見、そもそもマイクロソフトは一体何者なのかという問い直しがあって変革が始まっています。
技術的趨勢、市場の動向、そして自社の技術や知識、人々のスキルといったものは、まずその自分たちの問い直しという基盤があったからこそ、機能していることがわかります。まさに、生きている世界の語り直し、ナラティヴの世界です。
単にどういう事業領域が良さそうとか、どういうマネジメント方法がベストプラクティスで、それをどうコピーするかではなく、問い直す中で見えてきた自分たちの必然性と結びつけたところに、変革の推進があったということがとても大事な点です。必然性がないことをひたすらやってもだめなんです。自分自身、自分たちの組織、そして市場、この3つの軸で企業の変革、イノベーションの推進をやっていかなければいけないと思っております。
木内:あとは社内の対話もあれば、やっぱりマーケットとの対話をして、それをしかるべき意思決定者に届けることも大事です。
木内:あとは、新規事業を仕掛ける側のエゴにならないように、恣意的なゆがんだ市場の声ではなくて、本当にニーズがある商品なのか、それをフラットに取りにいくことで、顧客の声のフィードバックループを、既存の事業と違う新たな形で作っていく必要があると思うんですよね。
宇田川:それはそうですね。組織論の用語でタイト・カップリングって言うんですけれども、要するに既存の事業が確立しているということは、お客さんが固定化されているということも意味するわけですよ。お客さんが固定化されているということは、基本的にそのお客さんに対しての御用聞き。高性能化というところの勝負になっていくわけですね。自社と環境が共進化した状態であると言えます。
いかに我々が今アクセスしていない、まだお客さんとして確立していない人たちや、課題の発見からフィードバックを得ながら事業を作っていくのか。ここが企業のイノベーション推進にとっては鍵になります。
それをなんとかやっていかないと、事業領域が固定化されたままどんどん硬直化していくわけです。ここからを脱却しないといけないと思います。
木内:すごく高性能な御用聞きが、決して悪いことではないと思いますし、それによって成長してきたというのが事実だと思います。
宇田川:大事なことです。
木内:一方で、御用聞きに意識的に離れるというか、わりと日本企業って非常に実直で真面目なので。「いかにお客様の役に立つか」「期待に応えるか」という感じなんですけど、それがともすると自社事業のWin・Happyと離れていくこともあって。
当たり前ですけど、自社のHappyとお客様のHappyがイコールでつながらないと、商売にならないので。それでいくと自社としてどうすべきなのか、どう考えたいのか。もしくは個人としてどう取り組みたいのかといったことを意図して、お客様のおっしゃることや相手の行く末を100パーセント理解するだけではなくて、ちゃんと自分の取るべき情報、取りたい情報を取りに行くことを狙っていっても悪くないですよね。
宇田川:それはそうだと思います。基本的にはお客さんというのは、視点を変えればいくらでもいる。今見ているお客さん以外にもたくさんいるということです。だから、お客さんの役に立つといった場合に、広く考えればどう世界の役に立つかという話だと思うんです。
ただ、世界と漠然と言われても、どこからアクセスしたらいいかわからないわけです。解釈ができないので、結局そこの既存の幅に収まっちゃうというのがある。1回、違うところに視野を向けてみることが大事なことだと思います。
でも、何をやってもいいのかというと……。組織論の基本的な話にはなるんですけど「自由にやれ」と言われると、何もできなくなるんですね。
やはり自由を機能させるためには、一定の規律が必要であるということ。今のお話で言うのは、自由を機能させるためのある種の規律という。規律と言うと大げさに聞こえるかもしれないですけど、ある程度の枠組みと考えて……。
木内:そうですね。僕はわりとフェアウェイという言い方をよくするんですけど。
宇田川:そうですね。
木内:経営者や事業責任者が「このフェアウェイで考えてね」とか「このフェアウェイからは外れないでね」とか、ある種の制約を設けることで考えやすくなることがあると思うんですよね。
宇田川:そうですね。そのフェアウェイも範囲が広いとわかることが大事だと思いますし、何を目指したフェアウェイなのかを、もう1回考え直さないと、どんどん視点が下がっていくわけですよ。
視点を上に上げたときに、どこがゴールでフェアウェイなのかという視点の持ち方も大事です。
木内:そうですね。そういった意味でフェアウェイで、最初からよい顧客の声が拾えるわけではないし、既存のお客様の声も大事なんですけど、やっぱり新しいフェアウェイの新しいお客様の新しい声を、狙って獲得しにいくアクションもすごく大事なんじゃないかなと思います。
宇田川:大事だと思いますね。ある経営者の方とお話ししたときに、そこはBtoBを主に事業として展開している企業なんですが「うちの会社は別に、本来はBtoBの会社じゃないんだよね」とおっしゃっていて。
「我々も、本来は今やっている事業をやるための会社ではなかった」って。「原点ということで、やはり届けるべき価値というものをちゃんと届けるための会社だ」と。「なのに事業領域が確立していくから、BtoBの会社だとみんなアイデンティティを持つようになった」と。「それだけが我々の目指しているものじゃないから」と。
だから本来の企業というものがたどっていったときに、今は実は視野がタイトに、狭くなってきてしまっているのだと。それは共進化ロックインの結果として狭くなっているのだということが、まずすごく大事な点じゃないかと思いますね。
木内:そうですね。
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