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事業を創る人を創る人の集い#3 -天才を活かす組織とは?-(全2記事)

新規事業の担当者は損? 組織に負の学習をもたらす、「死の谷」の本当の恐ろしさ

2019年4月16日、One HR主催による「事業を創る人を創る人の集い#3 -天才を活かす組織とは?-」が開催されました。研究者やイントレプレナーなどの有識者が集い、組織内で合理的にイノベーションが生まれない構造を解き明かし、イノベーティブな組織へと変身する方法について議論を交わしました。本パートでは、立教大学 経営学部 助教の田中聡氏が登壇。「人と組織」の観点から捉えた大企業の新規事業の課題を解説しました。

大企業の新規事業を「人と組織」の観点から捉える

田中聡氏(以下、田中):みなさん、こんばんは。立教大学の田中です。今日は豪華なゲストが後ろに控えていますので、その前座として30分ほど話題提供させていただければと思います。まず簡単に自己紹介です。

さきほどご紹介いただきましたけれども、大学に転職する前、民間企業での実務経験が10年ちょっとあります。インテリジェンス(現パーソル・グループ)に新卒で入社をして、4年くらい子会社に出向してファッション業界向けの人材ビジネスをやっていました。

その後、新規事業としてシンクタンクをゼロから立ち上げ、約8年ほどパーソル総合研究所という組織で人材・組織に関する研究の仕事をし、昨年、立教大学経営学部に転職したというキャリアです。

今日のお話は大企業の新規事業を「人と組織」の観点から捉えてみようということです。

まず、なぜ「人と組織」なのかについてお伝えします。ちなみに、今日はいらっしゃっているみなさんの所属・職種について、おうかがいしてみたいのですが、どうでしょうか。新規事業開発に関わっている方ってどれくらいいらっしゃいます?

(会場挙手)

大半ですね。8割くらい。そうじゃなく、人事やってますという方?

(会場挙手)

ああ、ほとんどいない。その他、経営とかですか? 経営者をやってますって方?

(会場挙手)

ありがとうございます。じゃあ、今日いらっしゃるみなさんは、ほとんどが新規事業を実際に担当されている方ということですね。

新規事業を経験のない方がこれから新規事業を始めようとされる時、たいたい「これからくるテーマは何か?」「革新的なビジネスアイデアを生み出すにはどうすればよいか?」、あるいは「企画書を作るにはどうしたらいいのか?」といったアイデア創出系のテーマに関心があると思うのですが、みなさんのようにすでに新規事業に関わっている方の関心ってちょっと違うところにあるのではないでしょうか。

新規事業担当者の7割は、会社から指名された既存事業のエース

むしろ、新規事業のリアルはこちらなんじゃないか、ということをこれからお話しますね。北野唯我さんの『天才を殺す凡人』という名著の中で、物事はストーリーで語ったほうがいいと書かれていましたので(笑)、ちょっとストーリー仕立てでお話をしてみたいと思います。

天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ

まず、大企業のいわゆる新規事業を担当している人の約7割は自分で手を挙げてではなくて、会社から「お前行け」と言われて、新規事業に関わっている人だということを前提としてお伝えしておきます。だいたい既存事業のエースだった人たちです。この人たちが新規事業に行くとどうなるのかという物語です。

既存事業のエースがある日突然、新規事業へ。最初は既存事業側にいて、せっせせっせと会社の大事な日銭を稼いでいるんですね。先を行く先輩たちの背中を見ながら、「自分もあと5年したら部長かな」、あるいは「このまま大過なく過ごせば役員だって夢じゃない」などと淡い期待も抱いています。そんな出世コースに乗っている感を漂わせながら、意気揚々と既存事業に励んでるわけです。まあ、エースですから無理もないですよね。

そうすると、既存事業村に経営者がフラーッとやってくる。「うちの会社はこのままいくと斜陽だよ。既存事業をせっせせっせと耕すだけじゃなくて、新しい村を作らなきゃいけない。わかるよね? ここにある新しい村を作るんだ。そう、そこで君にはぜひこれまでの実績を評価して、新規事業村の開拓を任せたいと思ってる」と言われるんですね。

本音はこうでしょう。「え? あと数年このまま着実に成果を出していれば自分も役員だろうと思っていたのに、ここでいきなり新規事業かよー」と。想像もしていなかった内示なわけですから、動揺するのも当然です。

ただ、ここで断られてしまっては困るので、経営者も美辞麗句を並べたてます。「君は会社の救世主だ。君なら大丈夫だと信じている。君に託したい!」と。

ここまで言われると、気持ちがぐらつきます(笑)。「そうか。確かに既存事業村にこのままいてもしょうがないとは薄々感じていた。そこまで期待されているのなら、いっちょもう一踏ん張りして新規事業村を耕し、会社の救世主になってやろう」と思うわけです。

新規事業担当者が味わう、死の谷の修羅場

ただ、みなさんもうお察しのとおり、(画面を指して)ここに空白がありますよね。そうなんです、実際にはそんな高台に新規事業村なんて存在しないわけです。最初は見えていなかったこの死の谷というところに行くハメになるんです。

死の谷で何を経験するか。まあ一言で言うと「修羅場」です。新規事業村は、当初思い描いていたようなキラキラとした高台なんかにはなく、ここどこ? というような「ド沼地」にあるわけです。そこでは、お金がない。人がいない。育成する時間もない。上司のサポートもない。既存事業の理解がない。ちょっとやっていける自信がない……。既存事業では当たり前にあったはずのものが、とにかくないんです(笑)。

そうなるともう頼みの綱は経営者しかいませんよね。あれだけ株主に対して「これからは新規事業が大事だ」と言ってる社長であれば、きっと助けてくれるはずだろうと。しかし、現実はそんなに甘くありません。

なぜかと言えば、シンプルで、経営者にとって一番無視できないのは多くの場合、既存事業村の村長なんです。既存事業村の村長にそっぽを向かれたらガバナンスに影響が出る。だから、新規事業の重要性は理解しつつも、既存事業の意向に反するような意思決定はしにくいわけです。ということで、要するに死の谷って八方ふさがりなんですね。

おそらく、みなさんが抱えていらっしゃる課題の多くは、当初描いていた高台にある新規事業村とド沼地にある現実の新規事業村とのこの落差ですよね。みなさん、この認識のギャップに苛まれながら日々、新規事業をされているというのが、多くの大企業に起こってる現実なんじゃないかなと思うんです。

死の谷の本当の恐ろしさ

死の谷ではいろんな愚痴が出てきます。「うちの経営層はなにもわかっていない。口では威勢よく、株主に対しては『これから我が社は新規事業です』って言うけど、なんのプランもないし、人もお金も足りないんだよね」。既存事業の連中に相談しても「頭が固い」と。じゃあ、上司はどうか。これまた、ダメ出しばかり。

特に、既存事業と掛け持ちをしている上司の場合、あるときには新規事業に寄ってくるんですよね。ちょっと会社の都合が悪くなったときには、思いっきり既存事業に入ります。「ノープラン風見鶏上司」というのがけっこういると。「あれ、ひょっとして出世コースから外れちゃった? この先のキャリアはどうなるんだろう?」といった本音もちらほら。

僕らが実際に行った調査でも、新規事業のアイデアをゼロから生み出すことができないこと以上に、既存事業から必要な支援が受けられないという悩みの方が圧倒的に多いことがわかりました。既存事業からの反対に苦労している、困っている、というのが実際なんだということです。

もう一度この図を見ていただきたいです。この図の一番恐ろしいことはですね、一度、この死の谷の存在が村全体に広まってしまうと、もう誰ももう手を挙げて新規事業に行こうとはしなくなるということです。

つまり、「新規事業村に行くことは損である」ということを組織的に学習してしまうわけです。こういう「死の谷」が放置されている会社の中で新規事業が生み出され続けているということは、確率としてはほぼ絶望的だということがおわかりいただけますよね。

新規事業とイノベーションの違い

じゃあ、そういう現場の課題認識に対して、僕ら研究者たちがどれくらい応えてきたのか。30年間くらいのイノベーション研究を見てみると、「人と組織」に着目した研究というのはごくわずかなんです。

戦略とかマーケティングに関する研究はたくさんあります。ただ、人と組織に着目した研究というのはほとんどない。新規事業はアイデアを生み出すだけじゃなくて、それを実現する人と組織の問題が重要であるにも関わらず、です。

というわけで、前置きが長くなりましたが、今日は、「人と組織」の問題に着目しながら、新規事業についてお話させていただこうと思います。基本的には僕の意見や考えではなく、実証研究に基づいたお話をします。

今日ここにいらっしゃるみなさんが、どういう会社にいらっしゃるのか存じ上げないんですけれども、今日お話する内容のほとんどは、日本の大企業の事例だと思ってください。ここからいろいろ話をしていきますけども、新規事業の定義だけ簡単に共有しておきたいです。

要するに、新規事業とイノベーションは違うということを言っておきたいんですね。多くの人が想像するような、世の中にまったくない、新しい価値を生み出すことをイノベーションだと仮に捉えたときに、僕がここでお話する新規事業というのはそうじゃない。いわゆる、その会社において培ってきた既存事業とは一線を画した事業ということです。

ですから、「世の中新」じゃなくて、自社にとって新しい「自社新」だということをイメージしてもらえればよいかなと。新規事業というのは「三位一体改革」です。

ですから、今日は事業を「創る人」から始めて、それらを「支える人」という問題についてもスコープをひろげていきたい。時間の関係から、「育てる組織」については今日は割愛して、まず事業を「創る人」とはどういう人かということからお話していきます。

事業を創る人にとって、本当に必要な能力とは?

まず、みなさんの会社の経営者、経営層は、自社の新規事業に対してどれくらい満足しているのか。結論から言えば、不満だらけです。ちょっとデータは古いですけれどね。おそらくそんなにパーセントは変わらない。

何がうまくいっていないと感じているのか。経営層の4人に3人はやはり人の問題だと答えている。人の能力の問題だったということですね。

じゃあ、みなさんちょっと考えてみてください。事業を創る人に対して、どんなことが求められているのか。代表的な人物像ってだいたいこの3つくらいなんじゃないかなと。

いわゆる企画力に長けたアイデアマン。それから志の高い変革人材。他者を寄り付かせない孤高の一匹狼。どうでしょうか。このあたりが想像されるんじゃないかなと思います。「これらは違うよ」ということを、これからデータを基にしながらお話ししていきます。

これは僕らじゃなくて野村総研の研究なんですけど、おもしろくて。経営層が事業を創る人に求める能力・資質と、実際に新規事業を起こしてきた本人が求めている能力・資質。同じ項目を問うて、どれくらいギャップがあるのか、というのを見た研究です。

まず、経営層が重視するのはこの3つ。推進力、構想力、挑戦心ですね。いわゆる坂本龍馬みたいな感じです。でも、一方で本人が重視する能力である観察力や他者活用力、このあたりが出てくるんです。組織の状況を観察しながら、ときにはうまく周りを活用しながら、泥臭くトライアンドエラーを繰り返していく。豊臣秀吉のようなイメージでしょうか。

新規事業担当者の足を引っ張る、3タイプの“社内の敵”

では、どうして観察力とか他者活用力なのかということなんですけど、さっき言ったように、新規事業の敵が身内にあるのだとしたら、その身内をいかに仲間にできるかが重要なスキルだと言えます。

そう考えれば、必然的に周りを活用する力が重要だということが理解できますよね。僕らの研究でいうと、既存事業の人たちの4人に1人は新規事業担当者に対して、お金の無駄遣いだと思っている。新規事業に異動するときに家族から反対されたという人たちもけっこうな割合でいることがわかったんです。いわゆる「家族ブロック」です。

やはり社内に敵がいるんだなと。さらに代表的な社内の敵というのは、だいたいこんな人間なんじゃないかと。さっき言いましたよね。「ノープラン風見鶏上司」。本人には特にビジョンもなければ、プランもない。ただ、会社の経営層がどっちに向いているのかというところだけを気にして、新規事業のマネジメントをする上司です。

それから2つ目。「無責任なありがた迷惑ノイズ」。ふらっと寄ってきては「俺だったら新規事業をこうするけどな」と一言言って立ち去る人ですね。そこまで考えてるなら手伝ってくれても良さそうですが、決してそんなことはしないわけです。

特に悪気はないんですけど、そういう風に新規事業に近寄ってきては一言言いたくなる人ってけっこういるんですよね。でも、これがけっこうやっかいで。

とかく経験のない新規事業担当者の場合、「あ、あの人の話も一応聞いておいたほうがいいのかな」といって全部拾おうとするんですよね。実際にはだいたい95パーセントくらいは聞かなくて良いノイズなんですけど。このあたりにけっこう時間と労力が割かれてしまってます。

3つ目は既存事業。新規事業の悩みを唯一本音で話せるのは、既存事業で一緒に戦った古巣の仲間しかいない。そんな風に思って、例えばランチなんかを食べているときにポロッとこぼした新規事業の悩みが、どういうことか翌日にはすでに社内に広まっている。これを「同じ釜の飯を食った敵」と言います。

新規事業に対してどこかでやっかみがあるのか、あるいは嫉妬心があるのか、うまくいっていないという話がネタになるのか、そのあたりの真意はわかりませんけど。こういうことも事例としてはよく耳にします。

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