2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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嶋浩一郎氏(以下、嶋):すごくいろんな試行錯誤がありますよね? もちろん。できていく過程で。
寺尾玄氏(以下、寺尾):もちろんありますね。
嶋:失敗もあるんですよね?
寺尾:ありましたね。あと、理屈ではわかっていても、目標とする味に出会ったのは偶然の出来事だったんです。
ちょうど私が「トースターをやるぞ」と言い出した頃、会社でバーベキュー大会をやりました。
嶋:バーベキュー大会。
寺尾:小金井公園という会社に近い公園でやったんですが、当日はものすごい土砂降りだったんですね。「今日、本当にやるんですか?」っていうぐらいの土砂降りで。でも、「思い出になるからやろう」って言って。
嶋:すごいですね、それも。思い出になるからやっちゃう(笑)。
寺尾:バーベキュー広場ってふだんはけっこう人がいるんですけど。その日は土砂降りだったから誰もいなくて。我々だけタープを張ってやっていました。
嶋:誰もやらないですよね(笑)。
寺尾:たぶん、傍から見たら難民キャンプみたいに見えたと思うんですけど。
嶋:(笑)。
寺尾:そのとき、ある者が食パンを持ってきたんですよ。「社長が、次はトースターだって言っているから」「炭火で焼いていましょう」って言って。そして焼いたら、すごくおいしかった。周りがカリッとして、中がフワフワの熱々で。
「なんだこれ」ってくらいおいしかったんですよ。「もうバルミューダのトースターはこの味だね」という目標と、偶然であることができました。
嶋:雨の中やって良かったですね。
寺尾:良かったです。あれやってなかったら、これできてなかったかも。
次の日から同じグリラーを用意して、パンの炭火焼き実験を始めました。でも、あの時の味にならなくて。1週間くらいがんばったんですけど「どう考えても(味が)近づいてないね」となったんです。
そのとき、またある者が「あの時、土砂降りでしたよね」って言い出したんです。それでできたのが、スチームトースターです。「あ、水分が大事なんだ」となったんです。
嶋:これ、あれですよね。みなさんに説明してほしいんですが。これで水をここに入れるんですよね。
寺尾:はい。小さじ1杯分の水を入れます。1杯分の水がボイラー部分に移ります。その水がすべて蒸発して、パンの表面に薄い水の膜を先に作ってしまうんです。そこからヒーターの制御が始まります。
水分は、気体よりはるかにはやく熱くなります。つまり、パンの表面だけが軽く焼きあがった状態をなるべくはやく作ってしまう。それがこのトースターの特徴なんです。その後、普通のトースターと同じように加熱制御がかかっていきます。
このとき、表面が軽く焼けた状態になり、中の水分が外に逃げません。逃げようとしたところで、中の庫内全体が蒸気で充満している状態です。湿度が高い状態だから、外に逃げられない。結果、中に水分や脂分をたっぷり残したまま、表面をカリッと焼き上げることができるトースターになりました。
嶋:じゃあ、土砂降りの雨の中で焼いたやつがこれによって。
寺尾:それを再現する機械です(笑)。
嶋:実現できた、と。ひたすらそれを再現するために、いろんなパラメータをいじって?
寺尾:もう、やりましたよ。パンを5,000枚くらい焼きましたからね。
嶋:5,000枚(笑)。全部食べたんですか?
寺尾:いや、全部は食べなかったと思いますけど。でも、どんどん痩せてきましたね、それをやってた人間は。なぜだかわかんないですけど。
嶋:なんでですかね(笑)。
寺尾:わかんない(笑)。
嶋:トースターダイエットができるんですかね(笑)。
寺尾:かもしれないですね(笑)。
嶋:これはやはり、雨の時のキャンプ場で食べたパンの味をほかの人にも伝えたいというのが、開発のモチベーションに?
寺尾:そうですね。
嶋:これを共感してほしい、みたいな。
寺尾:共感してほしいっていうか。今お話をうかがっていて思ったのは、ただの強いレコメンドなのかなと思いました。
自分がすごいと思ったから「いや、これすごいですよ!」ということをしたいだけなんですよね。みんなを土砂降りのバーベキューに連れて行くわけにはいかないですからね。そもそも土砂降りは、(回数は)そんなに降らないですから。
嶋:そうですよね(笑)。そう考えると、基本的には市場調査とかマーケティングはしない?
寺尾:我々はまったくやりません。
嶋:あの時に食べたパンがおいしいから、それを再現する装置はきっと売れるはずだっていう。もう、強い意志で作られている。
寺尾:そうです。これ傍から見ると、「なんて勝手な奴なんだろう」と思われるんですけども。
ではちょっとお尋ねしますが、マーケティング調査して人々の声を製品の発表前に聞いたところで、本当に役に立ちます? というより、信じられるほうが少ないんじゃないかなと思うんですよ。自分の気持ちも信じられないです。でも、責任は取れる。
自分の気持ちで失敗するのなら「それはしょうがなかった」と思える。でも、人の言うことを聞いて行動して失敗した時は、恨みしか残らないじゃないですか(笑)。
嶋:だったら、自分の好きなものを作ったほうが。
寺尾:そのほうがいいと思います。だって、我々も立派な消費者ですよ。ストーリーを抱えている一人ひとりが人間。そこにある自分を信じずに、なにを信じればいいのかな、という気持ちです。……これも勝手に聞こえちゃったかもしれないですけど(笑)。
勝手な気持ちでやっているわけじゃないんです。例えば、私にとってバルミューダという会社は人生を捧げているプロジェクトであり、ものすごく大事な存在です。これを潰していいのは、自分で責任を持って決めた行動だけだと思っているんです。
どんな商品にもリスクがある。これまでも「絶対に売れるだろう」と自信満々に出した商品はありません。毎回、心配しながら商品開発をして出して。もう、ギリギリのところで勝負をかけているつもりなんですよ。
その勝負のもとは、やはり自分で考え抜いて決めないといけないと思っています。そういったことを言いたかったんですけどね。
嶋:あと、バルミューダの最初からある特徴ですが。(寺尾さんは)ミュージシャンをやめて家電を目指した。そのとき「デザインはすごく大事だ」とおっしゃっていました。トースターでこだわったデザインや部分を教えてもらっていいですか?
寺尾:私たちはトースター以前に扇風機や空気清浄機など、空調周りの家電を作っていました。そこから一気に、社長のわがままと言われればそれまでですけど、キッチン家電を作ろうとなったんです。だから、デザインはすっごく困りました。
モダンでシャープでシンプルなデザインを、それまでの家電にくっつけてきました。でも、(トースターに)その通りにやるとぜんぜんダメでした。プリンターにしか見えないんですよ。プリンターって、紙に印刷するやつですよ。「ああいうところからトーストが出てきてもな」とすごく困ったんですよ。
「これはぜんぜん違うところから考えないといけないな」と思って。そこで「我々はこの商品でなにをやりたいのか」を考えていったんです。そうすると「すばらしいトーストを人に食べていただきたい」となった。
では、すばらしいトーストとはなにか。それはどういうところから出てくるべきかを考えました。カタチからじゃなくて。
嶋:すごいですね。「トーストはどこから出てきたらおいしそうに見えるか」をひたすら考えた。
寺尾:はい。それで当時「あそこからでしょ!」っていう場所が決まって。
嶋:え、どこなんですか?(笑)。
寺尾:それはあれですよ。『魔女の宅急便』の、主人公に親切にしてくれるおばあさんの家の壁についている、かまどです。
嶋:そこから出てきたらおいしそうですよね。
寺尾:ニシンのパイが出てくるところですよ。
嶋:はい(笑)。
寺尾:おいしそうじゃないですか?
嶋:おいしそうです。
寺尾:「あそこからでしょ!」っていうふうに、デザインチームとの話し合いで目標が決まって。「じゃあ、あれが今の時代のトースターという道具になったらどういう形であるべきかな」を考えてたんですよね。
嶋:あと、音とかもすごい……。
寺尾:音も、何種類も作りましたね。
嶋:タイマーの音とか光の具合とかも絶妙な感じ、使ってていつも「心地いいな」と思うんですけど、そこらへんはどういうふうに?
寺尾:もう、徹底的にこだわりました。結局は「すばらしいトーストをお客さんに食べてもらいたい」と思ってるんですけども。今私たちの会社では「物よりも体験」という考え方で事業を推進しています。
これはさっきの話とも通じますけれども、「物はいらないでしょ。すばらしい体験がほしいんじゃないのかな」ってなったら、「じゃあ、体験ってなにかな?」を考えてみる。
例えば、テレビの向こうでレポーターが大変そうにしている台風中継を見たとき。あれは、体験って言わないですよね。見ているし、聞いてもいるのに、顔に当たる雨粒も感じないし、あやしい嵐の匂いも感じない。
体験を私たちが認識するためには、五感すべてで感じる必要があるんじゃないかと思っています。見て・聞いて・固さを確かめるために触って・匂いを嗅いで。この五感すべてを使うめずらしい行為が「食べる」なんですよ。
実際に使う時も、もしトースターに見えなかったらデザインしません。いらないから。でも、どういうところからパンが出てくるかで、最後の味を感じる時の感覚が変わると私は思っています。そのためにデザインをやります。
例えば、味作りもそうです。音も聞こえるじゃないですか。五感で感知できるものすべてに商品がアプローチする可能性がある。可能性がある部分は、その品質が最良になるように仕上げていく。そういった考え方ですね。
嶋:では、デザインもそこからトーストが出てきたらおいしそうだなっていうデザインだし、音も「あ、おいしそうなトーストできた」みたいな。
寺尾:そうそう。
嶋:基本はすべてトーストを食べる時においしいって感じてもらうための逆算もして、デザインも音も作っていく。
寺尾:そうですね。
嶋:じゃあ、実際にこれを開発する時、いくつかのデザインとか音とか聞きながら、トーストとか食べちゃったりしたんですか?(笑)。
寺尾:あ、もちろんです。
嶋:すごいですね、それは。
寺尾:ずっとトーストの匂いがしてましたからね、会社の中。腹が減ってしょうがない。
(会場笑)
嶋:トーストの匂いって、本当に人が寄ってきますよね。
寺尾:いい香りですよね。
嶋:これ、実際にどれぐらいヒットしてるんでしたっけ? 相当売れてますよね。
寺尾:数十万台、出ましたね。これまでに。
嶋:そもそも家電業界というのは、後発者が参入しづらい。そこへ入っていった時の大変さとかってあったんですか?
寺尾:いや。もともと始めた時は「ハードウェアをやりたい」と思っていたんです。なので、家電じゃなかったんです。ノートパソコンの冷却台を町工場で部品を作って、自分で組み立て始めたのがバルミューダの最初だったんです。
次にデスクライトを作り始めました。そこへリーマンショックが来て、会社が倒産しそうになりました。当時は売上が年商で4,500万円。決算が赤字1,400万円。借金が3,000万円。私と社員1人、アルバイト1人の3人の会社だったんです。
そして2009年1月、注文が本当に1ヶ月間なくて「あ、これは潰れた」「もういいや」と思って。「潰れるなら最後に好きなことをしよう」「倒れるなら前に倒れよう」と思って開発したのが扇風機だったんです。
扇風機の企画は、以前から温め続けていたものでした。ただ、構想しかなかったんですけどね。「次の時代の新しい扇風機があったら、絶対に売れるのにな」と思っていたんです。でも、会社の規模が規模なんで、それに着手せずにがんばろうとしていたんです。
そうしたら、会社が潰れそうになった。そしてヤケクソで開発にかかったのが扇風機だった。それがヒットしたんですよ。ヒットしちゃってしょうがないから作ったのが、空気清浄機とかサーキュレーターでした。
嶋:いきなり作るっていっても、技術開発陣も販売チャネルも、工場も。全部ないところからやられるわけじゃないですか。それってどういう挑戦があったんですか?
寺尾:資金調達や、設計やデザイン、あとはコミュニケーション、販売など、あらゆるチャレンジをしました。これ、『行こう、どこにもなかった方法で』という新潮社から出ている私が書いた本にも書いてあるんですけど(笑)。
話すとですね……、「今日(このセッションが)45分と言われているんですけれど、4時間50分にしていただいてもいいですか?」といくらいのボリュームです(笑)。
嶋:炊飯器の話までいかないかもしれない(笑)。
寺尾:そうですね(笑)。
一言で言うと、知らないことでもやったことないことでも、がんばればできます。……です。
嶋:でも、そうですよね。うちの会社も広告会社なんですけど、本屋をやったりとか、雑誌を作ったりとか、普通なら広告会社がやらないようなことをやってるんです。そこで「広告業界の人って、なんでそういうことができるんですか?」ってよく聞かれるんですけど、「やりゃあいいじゃん」っていう同じような結論しかなくて。
寺尾:はいはい。
嶋:意外にやってみるとできる、ってことですかね?
寺尾:だと思いますね。確かに家電は参入障壁が高いといえば高いですが、ただ(トースターを指して)こういった事例もあります。あとは同業他社が物(商品)のことしか考えていない。本当に人々がほしいのはアートなのに、それをほったらかしにしているので勝ちやすいんですよ。
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