2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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高場大樹氏(以下、高場):まず、ゲストの皆さんから自己紹介をしていただきたいと思います。じゃあ、澤田さん。
澤田翔氏(以下、澤田):澤田と申します。現在SupershipというKDDIの子会社的なところでエンジニアしています。
たぶんベンチャーからすると、KDDIはちょっと遠いイメージがあるかと思うんです。ただ、彼らは今まで携帯電話でやってきて、(これからは)インターネット領域でサービスをやっていきたいと。
そうしたニーズに応えるかたちで、おもしろいことをやってやろうと集まった集団でございます。よろしくお願いします。
桂大介氏(以下、桂):リブセンスの桂です。よろしくお願いします。僕は2006年、大学2年の時にリブセンスを創業して、10年目くらいです。
僕は元々プログラミングを中学の時に始めて、高校の時に個人事業主でフリーランスをやっていました。高校生の頃からサービスの開発をしていて、大学に入って、会社を作って、今に至るという感じです。今日はいろいろ話せればと思うので、よろしくお願いします!
藤本真樹氏(以下、藤本):藤本と申します。グリー株式会社のCTOをやっています。ぼくのお話がなんかの役に立つのかと、色々とモヤモヤしているところがあります。が、(そういう)微妙なことを言ったら、「そういえば、ここに内定者いたんだ」と今気付いて(笑)。
(会場笑)
いま弊社は業績伸びてるってタイミングじゃないんですが、会社ってやっぱり波があって、これからもう一段成長がないとおもしろくないんで。「さまざまなアセットはあるので、それを活かして、これからのグリーをどうしていくか」という、なかなか楽しいタイミングではあるので、わりとチャレンジしている今日この頃です。よろしくお願いします。
高場:トランスリミットの高場と申します。よろしくお願いします。私はギリギリ20代の29歳です。サイバーエージェントに新卒で入社しまして、5年ほど働いて会社を作りました。トランスリミットという会社を創業して2年目、2016年の1月に創業からちょうど3年目を迎えます。
「Brain Dots」と「Brain Wars」というサービスを作っていて、累計3000万ダウンロードというところですが、まだまだ大きいところを狙って頑張っているという状況です。比較的皆さんと歳が近めかなと勝手に思っているので、今日はどうぞよろしくお願いいたします。
高場:じゃあ、ちょっと質問というところで、Skyland Venturesの木下(慶彦)さんからお題が出ているので、それを皆さんに聞いていこうかなと思います。
初めにやろうと思っていて、忘れてたんですけど、この中の皆さんにアンケートを取りたいなと思います。僕らが会話する上で、どんな話をしようかなというのもあるので聞いていきたいと思います。ではまず、20代の人?
(会場挙手)
高場:全員?
澤田:10代の人もいますよね。
藤本:10代もいるの?
高場:お酒飲んじゃダメですよ。
(会場笑)
高場:じゃあ、この中でエンジニアの人?
(会場挙手)
藤本:半分ぐらい。
高場:デザイナーの人? デザイナーはいない。じゃあ、それ以外の人? はい、というところで。会場の皆さん、そんな感じということで。では、頑張っていきたいと思います。
今日の趣旨で、「天才を探す」というのがあるらしい。その天才の定義ですが、木下さんから語ってもらうのが一番かなと。
木下慶彦氏(以下、木下):(天才というのは)「ずっとマニアックにやり続けられる人」です。そういう人はどこかで花開くタイミングがあって、そういう人は何かを始めた1年目から天才なんだ……ということを大事に今回はやっています。
ということで、これまでゲストの皆さんがどのようなことをやってきて、なんでそれを始めたのか、逆に毎日なぜ続けられるのかをちょっと聞いていきたいなと思います。ざっくりで申し訳ないんですけど、桂さんからよろしくお願いします。
桂:なんでしょうね。僕がプログラミングを始めたのが中学ぐらいで。基本的に中高はそれをずっとやってました。
本当に当時は何でもないきっかけで、高校生の時からフリーランスというとカッコいいんですけど。高校生になると、周りがセブンイレブンとかでバイトし出すじゃないですか?
「プログラミングできるのにセブンイレブンもないかな」と思って、当時は今でいうクラウドワークスやランサーズみたいなサービスがなくて、@SOHOとかで仕事を探して「会社の問い合わせフォーム作って7000円」みたいな仕事から始まって、だんだん仕事がステップアップしていろいろ手がけて、その後大学に入って会社始めてという感じです。
木下さんが「毎日、50年くらいのスパンで何かを続けられる人」という天才の定義をしているんですけど、そういう意味では、プログラミングとかこういう(IT)界隈の話じゃなくてもいいと思うんですけども、勝手にやっていましたね。
僕も最初、プログラミングをお金にしようと思ってたわけじゃなくて、たまたま周りがバイトを始めた機会で、「なんかそれで稼いでみようかな」とか。そうやって自分に芯があるということが大切で。
会社も別に僕が始めたわけじゃなくて、ウチの代表の村上太一から誘われたんですけど。当時、プログラミングを長く続けてる人間があんまりいなかったので。
そういうふうに自分の芯とか続けているものがあると、たぶんいろんなチャンスが舞い込んできたり、そうじゃなくても何かやらなきゃいけないことがあった時に、そこに絡めて付加価値が出せるようになっていくんじゃないかなと思います。
もう会社も大きくなって、あまりプロダクトのコードを書かせてもらえないんですけども、今も開発合宿に行ったり、土日に家でコードを書いたりして、プログラミングを続けていて、それをずっとずっとやっていくんじゃないかなと思っています。はい、そんな感じです。
藤本:ちなみに、何があると中学からプログラミングを始めるんですか?
桂:それは本当にカッコいい理由がなくて。当時、インターネットにドハマりしたんですよね。
当時はSNSもなければブログもなくて、ネット上で発信しようと思ったらHTMLを書くしかないんですよね。ありがちな感じです。
高場:はい、ありがとうございます。じゃあ、続いて澤田さん。
澤田:僕も桂さんと同じように中学校……いや、もっと前からかもしれませんね。
昔から機械いじりが好きで、おじいちゃん、おばあちゃんの家に行って、ビデオデッキの時計がずれていて、「これ直そう」と直すとことぐらいから始めてました。その延長線上でパソコンやプログラミングもしてました。
だから「本当に僕、プログラマーなんだっけ?」と考えると、必ずしもそうではないかもしれない。ただ、最先端のテクノロジーを触り続けることがひたすら好きで、それをずっと続けていたところがあります。
今はスマートフォンもたくさんあるんですけど、たぶん携帯電話を今まで100台か200台くらい買っていると思います。
それも「なんでこの携帯は流行るんだろう、なんでこの携帯はクソなんだろう」と思った時に、やっぱり買わないと気が済まないんですよ。何でもかんでもインプットして、遊んで、売り飛ばすみたいなことを全部やります。
藤本:直近では何がダメでした?
澤田:直近ではAndroidを載せたフィーチャーフォンは「これ、おばあちゃん使えないだろ」という気がしました。そういう系もいじったりしてます。
最近は中国にもけっこう行って、今僕の腕に「Mi Band」という中国のバンドがついていて、なんと3000円で1ヵ月間充電せずに動き続けます。Apple Watchの100倍くらい充電が持ちます。
こういうものが中国にあったりして、そのために未だに世界中のガジェットを探しています。日本国内だけを見ていると、そこって見えなくて。
結局技術というのは「何かを作り上げること」ではなくて、「何かと何かをつなげること」だと思うんです。
ということもあるので、物をつなげるということは、あらゆるものを知っていることが一番の強みなはずなので。そういう意識があったかどうかわからないんですけど、機械をいじっていたら、こんなオッサンになっちゃったということでございます。
高場:ありがとうございます。じゃあ、藤本さんお願いします。
藤本:何だっけ? 何しゃべればいいんだっけ?
高場:「何をずっと続けているか」「なぜ続けているのか」ということです。
藤本:プログラミングはテンプレですけど、同じく中2ぐらいからずっとやっていて。
桂:当時何年でしょうか?
藤本:今僕36歳なんで、あの時は13歳だから23年前(1993年)かな。
桂:Windows95が20年前だから、出る前になるんでしょうか?
藤本:そうですね、ぜんぜん前。PC98とかです。
桂:もう誰もわかんないですね(笑)。あれですか、『ベーマガ(マイコンBASICマガジン)を図書館とかで借りて。
藤本:そういう世代ですね。当時の若者は……この話、誰もおもしろくない。話題変えよう(笑)。
(会場笑)
でも、桂さんもそうかもしれないんですけど、何でかわからないけど、とにかく楽しかったんですよ。本当に機械に触っているということが理屈抜きに楽しくて。
当時、家族でPC1台だったので、スマートフォンもないから、親が使っていると遊べない。親が寝たらPCが空くので、午前2時に目覚ましを掛けて、そこから朝まで机でいろいろ考えていたプログラムを書くみたいな。
だから、なぜこれが楽しかったのか、続けられてるかどうかなんか知らないよと。本当に、ただただ楽しくて。中学ぐらいの時に、「このプログラミングでご飯食べられるといいな」と思いつつ、本当にできると思わなかったんで。僕はPCに向かっていればけっこう幸せなんですよ。幸せ偏差値が超低い気がする(笑)。
(会場笑)
ただただ楽しいし、やっぱり天職だなと感じているから、こういうものに出会えたのはラッキーだったなと思う。そういうのを「(続けるためには)どうしたらいいんですか?」と言われても、「知らん」という話だし。
ただ、そういう体験をしたり、見つかっている人は本当にまい進してもらえばいいなと思ってる。その1点においては、「僕はそういうものに出会えて人生幸運だったな」「こんな楽しいと思えることってなかなかないよね」と思いつつやっています。CTOになって10年経って、まだまだなんですけど、こっからどう自分を変化させるべきかとか、いろいろあります。
木下:ベテランじゃないですか。この業界で10年CTOやってる人はいないです。
藤本:なんかベテラン扱いされて、面倒くせぇなという感じなんですね。自分もほんとまだまだだし、若者と闘っていきたいっす。
(会場笑)
高場:関係者いますよ(笑)。
藤本:けっこう会社でも普通にそういう感じです。だって、その人からしたら、ぼくとか倒すべき敵だったりするかもじゃないですか? なので正直、若い人の役に立つ話とか1個もしたくないというのが個人的な思いです。でも頑張ります(笑)。
(会場笑)
高場:ありがとうございます。ちなみに僕は、皆さんほど深くはないにしても、小学校ぐらいからパソコンを触り始めて、高校生ぐらいでホームページやサイトを作ってました。
福岡にある工業大学の情報工学部に入って、インターネットとかプログラミングというエンジニア道みたいなやつを(通ってきて)。「それで飯食っていきたいな」というのが小学校、中学校ぐらいの時からありました。
かつ、「会社を作りたいな」というのも大学ぐらいからずっとありまして。僕の中ではその思いが一番長いのかもしれないなと思います。
「初めは就職して、自分の力をつけてから会社を作ろう」というので、下積み期間を経て、会社を作った感じです。僕もエンジニアとしてずっと働いてきて、今でもコードを書きながら新しいサービスを作ってます。
ここの皆さんは、全員がエンジニアで、プログラミングとか機械いじりとかをずっと続けているというのが共通して言えることかなと思います。
藤本:なんかジェネレーションギャップが……。
桂:本当はすごい昔の音響カプラの話とかしたいの。誰もついてこれないけど(笑)。
(会場笑)
桂:例えば、ドワンゴって皆さんご存知だと思うんですけども、昔「Bio_100%」というゲームクリエイター集団がいたんですよ。フリーでお金をもらわず、サークル活動みたいにやってる人たち(の1人)が今のドワンゴの創業者だったり、ニコニコ動画を作った戀塚(昭彦)さんとかにつながっているわけで。
そうやって、まだ世間が「プログラミング、プログラミング」と言う前から趣味でやっていた人たちが今この業界を牽引しているということでもあるし。
逆に言うと、今プログラミングを学ぶのもいいんだけど、次にまだお金になっていないテクノロジーとかがたぶん10年後、20年後に業界を牽引しているかもしれないですね。
藤本:ちなみにBio_100%知ってる人っているんですか? 絶対みんな知らない。いや、いいんですけど。
桂:別にパソコンをやりたかったということよりも、たぶんパソコンをやったらテンションが上がったからそのままやり続けていたというのが正しいはずで、テンションが上がるものが見つかったら、それが天職なのかなという気はするね。
深夜2時に起き出してパソコン触っている子どもなんて、自分が親だったら絶対止めるじゃないですか。ちょっと怖いですよね? そういう意味では、(藤本さんの)家庭環境が良かったのか、うまく潜り抜けたのかわかんないですけど。
高場:隠れてやってたんですか?
藤本:深夜2時は親寝てるから。目覚まし鳴ると向こうも起きちゃうと思って、ヘッドホンして寝てた。
桂:そういう情熱はあるよね。
高場:では、どうしましょうか。お題は全部終えたので、ぜひ皆さんから聞きたいことがあれば。質問ある人、どうぞ。
質問者1:(元・頓智ドットの)井口尊仁さんに聞いたら、「そんなの聞いてくるな」って怒られた質問なんですけど。
(前の桂さんの話でも)プログラミングを学ぶのもいいんだけど、今はお金になってないところから始めたほうがいいということで、それって今だったらなんなのかなと。
桂:なるほどね。まあ確かに「聞いてくるな」という感じですね(笑)。
(会場笑)
桂:でも難しい話で、もちろん唯一の答えは絶対にないし、別に誰も予測できないんだけども、わりと答えは見えていると思ってます。
当時のプログラミングも、わりと見えている人には見えていた。そういう種レベルでいうと、いくらでもあると思う。3Dプリンターもそうだし、ビットコインもそうだし、IoT周りで他にもいっぱいあると思うけども、そういうものはもうすでに出尽くした感がある。
質問者1:当時のプログラミングというのは、今でいうビットコインぐらい……。
桂:そうではないです。もっと言うと、プログラミングって単に普遍的な技術がまずあって。そもそもプログラミングは、僕たちが始める数十年前からあったんだけど、パソコン通信がインターネットに変わったというのが僕らの世代でいうと一番の大転換だった。
逆に言うと、インターネットが始まった時に起こった大転換はビットコインや3Dプリンターとはぜんぜん比較にならないサイズ、印刷ぐらいのレベルのイノベーションだと思っていて。
スマートフォンだって、別にインターネットがなければただの携帯ゲーム機で、インターネットがあるからあれだけいろいろなことができる。
そう考えると、インターネットの上に何が乗っかってくるかということ。だからそういう意味では、インターネットそのものにどっぷり浸かったほうがいいと思うし、その後にそこから何が入ってくるかという話でしかない。
質問者1:どっぷり浸かった後に、見えてくるんですか?
桂:さっき言ったように、単にそこにハマるものが出てくれば、それはもう勝ちだし、何もハマらなかったらたぶんつまらない人生になるというだけの話。
質問者1:具体的な正解というのはいただけないんですね?
桂:逆に言うと、答えから探しても答えにたどり着かないんじゃない?
澤田:リブセンスのインターンじゃダメなんですか?
桂:リブセンスのインターンは、僕のアシスタント1人募集してるんだけどね。それはいいんだけど。要するに、逆なんだよね。けんすう(元nanapi代表取締役・古川健介氏)さん的な言い方をすれば、方法・プロセスにハマらないといけなくて。答えからは逆算して出てこない。
質問者1:わかりました!
桂:オタク文化ってやつだね。「けんすうブログ」「オタク」で検索すると出てきます。
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