【3行要約】
・離婚後の共同親権制度が4月から施行されるが、父母の合意なく強制される点に懸念が残ります。
・ 憲法学者の木村草太氏は、父母が対立する家庭への強制共同親権は、医療・進学などの決定を滞らせると指摘しています。
・ 家庭裁判所が「合意なき場合は単独親権」を原則とする運用を定着させるよう、国民が関心を持ち声を届けるべきです。
永瀬九段が魅せた不屈の香車
西村志野氏(以下、西村): ここからは前半レギュラーのラジマガコラム。火曜日は木村草太さんの『木村草太の「今朝の一手」』です。今日はどんなお話でしょうか。
木村草太氏(以下、木村):はい。今朝の一手は、藤井王将の巻き返しがすごいことになっているALSOK杯王将戦第6局より、92手目、後手永瀬九段の「5四香」を紹介したいと思います。
王将戦は野球の日本シリーズと同じ7番勝負で、先に4つ勝ったほうがタイトルを獲得するシリーズです。この対局は、藤井王将が1勝3敗と追い込まれたところから、怒濤の巻き返しを見せました。3勝3敗のタイに戻して、最終局を迎えているところです。
私が紹介する第6局は、藤井先生が3勝3敗に戻した一局です。それぞれに香車の妙手が出ました。藤井王将は67手目に「4九香」と、攻めにも守りにもよく利く一手を放ちます。これに対し、永瀬挑戦者の92手目「5四香」は、劣勢がかなり明らかになったところで、相手の攻めを潰して敵陣を睨みつけるという不屈の粘りの一手でした。
永瀬九段は緻密な研究や正確な攻めとともに、悪い局面でも諦めない屈強な棋士として有名です。この対局は、残念ながら永瀬九段の粘り及ばず、藤井王将の勝ちに終わりました。しかし、最後まで諦めない姿勢に感銘を受けた一手でした。
武田砂鉄氏(以下、武田):前しか見ない、目的がはっきりしていますね。
木村:「自分をそう見てくれ」ということですかね。自分をひねくれ者として見てほしい人は「桂馬」と言います。自分は偉いんだという人は「王将」と答えるのが「好きな駒は何ですか?」という質問への定番の答え方ですね。
武田:僕は桂馬のほうがいいな。
西村:私は飛車が好きです。
木村:橋下徹さんも飛車が好きと言っていましたね。
さて、この「諦めない姿勢」に関連して、この4月から施行される、私が反対していた法律についてお話しします。
4月施行の共同親権制度、合意なき強制が子どもに与える弊害
木村:4月から、父母が婚姻していない場合、つまりもともと、さまざまな事情で婚姻届を出していなかったり、離婚したりした場合であっても、子どもの親権を共同で行使するシステムが始まります。父母がお互いに納得したうえで、子どもに関わっていこうというのであれば心配はありません。
しかし、4月からの制度の問題点は、父母の合意がない場合でも、未成年の子どもの共同親権を裁判所が強制できる点です。父母が合意しないのは、お父さんとお母さんの仲が悪く、話し合いができない状態だからです。
共同親権となれば、医療や進学について両方の合意がないと決められない状態になります。話し合いができない父母に共同親権を命じれば、子どもが適切な医療を受けられなかったり、進学や修学旅行についてトラブルになったりする事態が生じます。病院や学校もトラブルに巻き込まれてしまうでしょう。
この法律が作られた背景には「離婚後に父か母が一人で決定しているケースは、子どものための決定ができていない」という偏見や差別がありました。
しかし、父母が話し合いをできない状況では、双方に同意拒否権を与えると、一人で決定するケースよりも子どもの利益を害することが多くなります。仲の良い父母の下で育った人には想像もつかないかもしれませんが、父母の関係が悪いと、相手の言うことには何でも反対する事態になりかねません。
民法改正の際には強い批判があったため、DVや虐待がある場合は加害者を外して必ず単独親権にすることや、子どもの利益にならない場合は共同親権を命じてはならない、といった条文が作られました。また、子どもが自分で、共同親権を単独親権にするよう申し立てられる条文も作られました。これは反対派の粘りがかなり利いたかたちです。
子どもが困らないようにするためには、家庭裁判所でも4月から「父母の合意がない場合は単独親権にする」という運用を定着させてほしいところです。条文上も、合意がない場合には単独親権にすることを原則にしてまったく問題ない内容になっています。
親権をめぐる歴史的経緯と欧米での強制共同親権の広まり
木村:野球でもそうですが、負けそうだからと淡白に終わってしまうと、その後も諦め癖がついてしまいます。そうであってはいけないという永瀬九段の一手でしたが、法律の改正も同じです。
問題のある改正に対して反対の声を上げることは、仮に多数派に押し切られても無駄にはなりません。諦め癖をつけないことが、将棋でも野球でも、そして法律でも重要ではないかと思います。
武田:まずは基本的なところですが、この共同親権の議論は、以前から長く続いてきたことなのですか?
木村:これには文脈があります。もともと、親権は「お父さんの権利」だという考え方がありました。お父さんが医療や教育のすべてを決めるという親権法が、20世紀の半ばくらいまで日本だけでなくドイツやフランスでも続いていたのです。
それが男女平等の流れの中で「婚姻中は共同親権、離婚後はどちらか一方が持つ」という仕組みが整えられました。しかし、離婚後の単独親権となると、どうしても看護の実績があるほうが親権を持ちますから、お父さんが親権を持たないケースが多くなります。
お父さんとお母さんの仲が良ければ問題ありません。しかし、別居親が同居親から拒絶されているケースでは、子どもの決定に関われないことに別居親(多くの場合父親)が不満を溜めます。「強制的に共同親権を導入してほしい」というロビー活動が、どの国でも行われてきたという文脈があります。
欧米では、それを導入したあとに実際どうなるかをあまり考えずに「男女平等なのだから、離婚後でも共同親権を強制していいだろう」と議論を進めました。それが日本にも波及してきた状況です。とはいえ、強制型の共同親権を導入した国では、いろいろな問題が起きています。
例えばアメリカでは、仲の悪い父母の間で、別居しているお父さんが母乳育児に反対してやめさせるようなケースがありました。母乳育児だと赤ちゃんがお母さんから離れにくくなり、お父さんの面会時間が減るのが嫌だという理屈で、生活に介入してくるのです。