公明党の原点「平和と福祉」と自公政権の総括
中島:公明党は創価学会が母体となっていて。創価学会が戦後にぐんと伸びたのは都市部で。田舎の共同体から逃げて、あるいはそこから切り離されて都会に出てきた人たちが、宗教的に連帯してコミュニティを作っていく、宗教コミュニティ運動だったと思うんです。
当然ながら地方から出てきたバックグラウンドのない人たちですから、低所得者の方に非常に支持層が大きかった。1つは福祉を非常に重視した政党なんですね。
もう1つは戦争中に初代の牧口常三郎という人と、二代目の戸田城聖という人が弾圧を受けて、特に初代の牧口常三郎という人は獄中死をするんですね。
そういったことから、「この戦争はおかしかったんだ」という平和という問題が非常に大きくて。平和と福祉という価値が強い、そういう政党なんです。
なのでむしろ、自民党と立憲民主党という対立軸からすると。立憲民主党のほうに明らかに考え方が近かった。ですけど自民党とくっついていたのが、そもそも公明党のねじれだったんですね。このねじれを解消しようというのが、今回の動きだったんだと思うんですけど。
しかし立憲民主党と公明党が、1つの政党になる必要まではなかったと思うんですけど。選挙で小選挙区を入れていると、どうしても難しくて。1つの政党にならないとなかなか比例名簿とかがうまくいかない事情があって、こうなったんですけど。
公明党は「自分たちと立憲民主党が一緒だったんだ」というゾーンに立ち返って理念を語ってほしいんですね。
これには自公政権の総括が必要だと思うんです。安倍内閣などを推進してきた自分たちが、どういうことをやってきたのか。政治とカネの問題を隣にいて止めることができなかったのも事実だと思います。
武田:総括・統括は、なかなか選挙戦の間では足りていなかった印象がありますよね。
中島:安全保障の問題についても、今、ホルムズ海峡の問題に響いてきていますけど。集団的自衛権の問題に踏み込んだのも、やはり公明党もそこに大きな力があったわけですね。
そういったことについてどうだったんだということについては、しっかり時間をかけて見つめ直して。今の高市内閣とは違う船を浮かべていく在り方を示さなければいけないなと思います。
今、話題になっている『新しいリベラル』という本があります。橋本努さんと金澤悠介さんが、ちくま新書で書かれた本です。サブタイトルが「大規模調査から見えてきた隠れた多数派」というものなんですけど。
どうもリベラルというのが今、旗色が悪いように見えるけれど「違う」というんですね。それはリベラルを掲げている政党に人気がないだけで。国民の意識は、やはりリベラルというところに多数派があると。
ただし、このリベラルと言われているものが、かつての左翼とか左派とはだいぶ違います、と。新しい隠れた多数派である「新しいリベラル」の存在を見ないと、これからリベラル政党は勝てないんじゃないか、というふうに言うんです。
「新しいリベラル」が求める社会的投資と政党のズレ
中島:一番大きなポイントは、社会的投資を新しいリベラルの人たちは望んでいることなんです。
武田:社会的投資。
中島:私はあんまり「投資」という言葉は嫌いなんですけど、どういうことかというと、単に福祉といっても。これまでは高齢者になられたり、そういうところにお金を渡しますという再配分が中心だったけれど。
そうじゃなくて、現役世代とか子育てとか、これから未来を担っていく現役世代のところに、どんどんお金が回っていくような。そして未来に対して、どんどん日本が成長していけるようなゾーンに対してお金が使われるような。
例えば奨学金とかそうですよね。学びたいという意欲がある人たちが頑張って学べるように後押しできる、そういうカタチでのサポートに拡大していくのが。新しいリベラルの人たちの思考性なんです。ここが一番ゾーンとしては大きいというんですね。
しかし政党のほうが、そこにまだキャッチアップができていない。ここを見つめ直さないと、そのズレを埋めていかないと、リベラルな政党は勝てないんじゃないかというふうに言っている本なんです。
武田:むしろ与党自民党なり日本維新の会。あるいは、こないだの選挙で躍進したチームみらいなどは、現役世代とか若者に、という言葉をかなり意識的に使って。見せ方も含めて、むしろ新しいリベラルの中で語られているようなことをどちらかというと与党側のほうがやっている、という分析もありましたもんね。
中島:そうなんですよね。むしろ古い左派的な考え方に固執するがゆえに、自分たちはぜんぜんターゲットになっていない、見放されていると思っている特に若い現役世代になってくると、そういう感覚が、リベラル政党と言われるところには向いていないということなんですね。
この本の中でも、普遍的な価値に基づいて、新しいリベラルの7割近くの人たちは、女性の活躍とか教育、スポーツなど、多様な分野に予算を投入することが政府の役割だと考えている。
新しいリベラルの人たちは、人々の成長を支援するような政府を支持しているんだと出てくるんですね。
このゾーンにやっぱりリベラル政党は拡大して支持を広げていく。「こちらに乗ったほうがいいですよ。こちらのほうがみんなが自由で、これからの可能性を追求できる土台を支援するんですよ」と。
それは何か困っている人たちを見放す話ではありません。そこをしっかりサポートしながら現役世代が力を持つことが、循環してサポートにもつながっていく。その大きなビジョンを示さないと、やっぱり新しいリベラルに届いていないんだと思いますね。
武田:とはいえ、旧来の左派と言われるような政党が重点的にやってきた、人権の問題とか。あるいは人間誰しも高齢者になり、健康なままずっといられるわけではないので。健康面のケアなどは非常に重要なテーマであり続けます。
人権が今、軽視されている中で、旧来の左派が訴え続けてきたところは、すごく大事なテーマだと思います。それが票につながらないからといって軽視していいものでは当然ないわけですもんね。
ここらへんをどういうふうに合わせながらやっていくことができるのか、非常に難しいところです。
批判と連帯を両立させる胆力が左派には求められている
中島:重点の置きどころがそっちに偏りすぎると、自分たちには関係ない政党なんだと思われてしまっているところが問題だと思うんです。
同時に左派の側も、ちゃんと反省しなければいけないところがあって。これはすぐ喧嘩をするんですよ、「自分たちが正しい」と思っているので。それとは違うことが出てくると「一緒にやれない」とかになるんですね。
仲間を、今の選挙制度で言うと、一緒にやっていくということを考えなければいけないんです。これがすごく苦手なんですね、市民運動とかいろいろなところを見てきましたけど。
なんか自分自身が否定されていると思っちゃうのか、違うことを言う人に対して攻撃的になってしまう。若者たちはあんまり受け入れがたいところなんだと思います。
むしろ学校ではグループワークとかをやりながら、他の人の意見を聞きながら合意をしていくことを教えられてきた世代なので。こうやって自分と違うと攻撃的な態度を見ていると、どんどんそこから距離が出てくる。左派の人たちもリベラルなあり方を身につけてほしい、というのが私の率直な思いです。
武田:これだけ明らかにおかしい政治的な案件とか事案が起きている。人権を無視するようなことがたくさん起きている時に、それに対して見放すことはできないわけだから、強く言うわけですよね。
「これはおかしいぞ」「明らかにしてください」「ちゃんとしてください」という。そういう指摘自体が怖いとか、そういう方向に流れてしまうのはおかしいと思います。
それに対して、若者が、という主語は大きいかもしれないんですけれど、「それはちょっと怖いので止めてほしいんですよね」となっちゃうと、その先にある問題が放置される、ということになってしまいますものね。
中島:そうですね。仲間内でやりすぎるんですよ。ちょっと違うことについて「私は正しい」ということを非常に強く言う傾向があって。
なんでこれが一緒にやれないの、ということが多く存在するんです。自民党の抜け目ないところは、そのへんを清濁併せ呑むところがあって。
自民党のあるベテラン議員から聞いたのは「野党の人たちは好きな人同士でお酒を飲みに行っているでしょう。僕なんかは嫌いな奴から順番に名前を書いていくんだ、紙に。嫌いな奴から順番に電話して『お酒でもどうだ』と声をかける。そうやって仲間を作るもんだ」と言うんですね。
やっぱりそれぐらいの胆力が、政治を担うためには必要で。それがちょっと欠けているところがあるんだろうなと。けど批判をしないということとは違うんです。批判はしっかりするべきです。しかし連帯も重要なんです。
西村:このコーナーは「PodcastQR」でも配信しています。ラジマガコラム『中島岳志と解く』でした。 続きを読むには会員登録
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