【3行要約】
・個人情報保護法は「プライバシー保護」として認識されがちだが、統計的差別という問題が議論されています。
・ 情報法専門家・高木浩光氏の研究により、同法は差別禁止の発想で作られた可能性が浮上しています。
・ 木村草太氏は、統計を個人に当てはめる行為自体が差別であり、同意ではなくデータ利用側への義務付けが重要だと説きます。
常務理事を兼務しながら名人挑戦を決めた糸谷八段の偉業
西村志野氏(以下、西村): ここからは前半レギュラーのラジマガコラム。火曜日は木村草太さんの『木村草太の「今朝の一手」』です。今日はどんなお話でしょうか。
木村草太氏(以下、木村):はい。まず「今朝の一手」ですけれども、名人戦の挑戦者を決めるA級順位戦プレーオフが行われまして。永瀬拓矢九段対糸谷哲郎八段戦で出た37手目、5六金を紹介したいと思います。
武田砂鉄氏(以下、武田):はい。
木村:この対局に勝って名人挑戦を決めた糸谷八段は、日本将棋連盟の常務理事としても多忙な日々を送るなか、実力者ひしめくA級リーグを勝ち抜いたということで、将棋界から称賛の声が上がりました。
武田:A級リーグというのは何でしょうか?
木村:一番上のリーグということで、名人戦というのは5つのリーグがあって。その一番上のA級リーグ、10人の総当たり戦を勝ち抜いた人が名人というタイトルに挑戦できるという仕組みです。
武田:うん。
木村:その一番上のリーグで常務理事が勝ち抜いたというのは、かなり珍しいことでして。これより前になると大山会長の時代ということになるということで。
武田:うん。
木村:やはり非常に忙しい仕事なので、常務理事をしながら、かつA級リーグに所属するだけでも大変ですけれども。それを勝ち抜くというのは、なかなかできることではないということです。
武田:そうすると、常務理事、みんなやりたくなくないですか? そんなことない?
木村:大変苦労しながら使命感のある方、能力の高い方ががんばっているという状況だと思います。確かに、野球で言うとフロントやオーナーをやりながら、プレイヤーとしても活躍するようなものなので。
武田:バッター俺ってやつだね。代打俺ってやつね。
木村:それは現場監督ですよね。フロントとかですね。
武田:フロントか。そっかそっか。ああ。
西村:ものすごい二刀流ですよね。
木村:ものすごい二刀流ですね。先日糸谷理事と仕事でご一緒した時に、このプレーオフの対局で一番指していて楽しかった手は何ですかとうかがったところ、5六金という手を挙げてくれました。
この手は序盤の工夫の一手で、この後飛車という強力な駒が縦にも横にもフルに使えるようになって。のびのびとした局面展開になっていったという状況でした。
武田:うん。
木村:この一手から私が想起したのは、原理原則はその射程の広さを生かして縦横無尽に使おうということです。
武田:うん。
個人情報保護法の改正で問われる「不当な統計的判断」
木村:ここで考えたいのが、最近話題になっている個人情報保護法の改正問題です。今、個人情報保護法を巡って、不当な統計的判断をどう防ぐかということが議論されております。
武田:不当な統計的判断をどう防ぐか。
木村:統計的判断というのは、この商品を買っている人は借金を返さない率が高いとか。この地域に住む人は犯罪率が高いといった統計はいくらでも作れるわけですけれども。こういう統計を当てはめて個人を評価・決定するということです。
ただこういうことを際限なく許してしまうと、買い物の傾向や住む場所を理由にローンを組めなかったり就職できなかったり。あるいは職務質問の対象になったりということになりかねない。
そこで不当な統計的判断をどう防ぐかということが議論されているわけですが。まず考えられた発想が、個人情報保護法にデータ主体の同意なしに統計を作ってはいけないという規定を入れる発想でした。
武田:うん。
木村:例えば商品を買った人に関する統計を作る時に、買った人に統計を取っていいですかと同意を取れば、あまり同意もしないだろうし、変な統計は作られないだろうという発想です。
しかしこの発想は二重に問題でした。まず、たとえ自分が同意しなかったとしても、他の人のデータからは統計を作れてしまいます。
例えば、浜松町に住んでいる人という統計の時に、たまたま浜松町に住んでいるAさんが統計拒否しても、他の住んでいる人が同意してしまえば、住んでいる人の統計ができてしまいます。
なのであまり有効なコントロール手法ではないということ。もう一方で、統計を作る時にデータ主体全員の同意を取るというのは非現実的で、医学や経済学などの研究ができなくなってしまうという問題もあります。
武田:うーん。
木村:他にも、例えばこの番組でどういう人がラジオのお便りをくれているかということで。年齢と性別で統計を取ってみようという時に、全員の同意をいちいち取らなければいけないということになると。番組づくりはかなり大変になりますよね。
そこで有識者は、統計を取る時の同意に基づいたコントロールではなくて、差別禁止原則で対処すべきだという議論が最近強くなってきています。
個人情報保護法には統計を取る時のデータ主体の同意は規定としては入れないと。そこから先どうするかを今議論しているんですけれども。やはり重要なのは、仮に統計があったとしても、その統計が個人に当てはまるとは限らない。
それにもかかわらず、こういう統計があるからあなたはこうですねと、統計的相関性で評価決定することは、差別の一種ではないかということで。差別の一種として禁じていこうという議論の方向性が今打ち出されてきたところです。
武田:うん。
統計を「使う場面」での差別禁止へ議論が転換
木村:例えばこの地域に住んでいる人の犯罪率が高いという統計があるという理由で、その地域に住む人たちを片っ端から職務質問することは、いわゆる差別の典型でありまして。
そうすると不当な統計的評価、すなわち統計的差別は、統計を作る場面の同意要求ではなくて。統計を使う場面での差別の禁止によって解消しようと、こういう議論が強まってきています。
こうした議論の流れは、実は差別禁止という原理原則が個人情報保護などの分野にもつながっていたということで。糸谷八段の飛車のような、縦横無尽に原理原則を使うことがいかに重要かが現れる。そういう議論の流れだったかなと思います。
武田:個人情報保護法の話の前段階と言いますか、そのまた前の段階として。我々は「〇〇な人はこうだ」と言うのが好きですよね。
一番シンプルな、例えば血液型などで、A型の人はまめだとか。AB型の人は変わっているよねという言い方があって。「えっ、AB型なのになんかけっこうまめなのね」と、「Aの人はこうだ、でも違うよね」という話をするのがやたらと好きじゃないですか。
そこから話を広げていくことが非常に好きだったりもするわけですけれども。そういうことの繰り返しを、けっこうありとあらゆるところで、私たちはしたがりますよね。それをやりすぎるとやっぱりよろしくないわけですよね?
木村:やりすぎるというか、やってはいけないんですね。これは情報費用の節約と言うんですけれども。相手がどんな人かを判断する時に、属性を統計に当てはめて判断すると簡単に判断ができるので。人間はそっちに流れやすいんですけれども。
そもそも統計を使って人の行動を予測すること自体が、相手を人間ではなくてサイコロのように確率があって、その確率を発現するだけの存在だと見ているということで非常に失礼な態度だと。
そういうことを考えると、相手を統計で当てはめて判断することはやってはいけないんだと考えるべきです。非常に大事なのは、統計的な差別って、どういう相手にやるかというと相手を侮っている時にやりますね。
武田:相手を侮っている時。
木村:というのも、相手を尊敬して、この人は尊重しようと思っている時に、統計的に処理しないと思うんですね。
武田:ですね。うん。
木村:自分の子どもや大切な人などは、この人はこういう属性を持っているからこういう傾向があるからこう評価しようということはやらずに。やっぱり個人の特徴や、これまでやってきたことの積み重ねとして評価するわけです。