KCIAと統一教会が始めた「アメリカ政界工作」の全貌
鹿島:これでちょっと裏付けが取れなかったので、じゃあ当時の証言が得られなかったので、今度は90年代からワイドショーにも出演していて統一教会問題を発信していた、あの有田芳生さんに取材を申し込んだんです。3年前ね。
実際お会いして2時間ぐらい話を聞いたんです。そしたら有田さん、まず歴史から振り返ってくれたんですよ。今でもためになると思うんでちょっとおさらいしますけど、統一教会は1954年に文鮮明が韓国で作った。日本への布教は1958年から始めた。
で、61年5月16日に韓国で軍事クーデターが起きて、朴正煕(パク・チョンヒ)が大統領になり、KCIAという情報機関ができたと言うんですよね。ただアメリカで69年にニクソン大統領の政権になると、ベトナムから段階的に撤退すると。韓国のアメリカ軍も段階的に縮小しようと言い出す。
当時北朝鮮と対立している、今もそうですけど、朴正煕大統領からすれば、アメリカ軍がいなくなったら困る。なのでKCIAと一緒になって統一教会を使ってアメリカの政界工作を69年から始めると言うんですよね。
その経緯の中で、文鮮明が72年からアメリカで活動を始めるんだけど、脱税をやっていたことがわかって、84年に刑務所に入れられた。その時に岸信介が当時のレーガン大統領に手紙を2回書いて「助けてやってくれ」と頼んだ。
そのおかげで1年1ヶ月で出所できた。だからさっきの脱税で捕まっていたんだけど、出所はできたんだけど、日本には入国できないというところにくるわけですよね。
ちなみにその出所できた85年というのは、日本ではどんな状況だったんですかと有田さんに聞いたら、「霊感商法がピークだった」と言うんですよね。そうするとどうなるか。被害相談も増えた。
教会としては逆に、被害相談が世間一般で増えると、信者の人たちにもっとがんばってもらわなくちゃいけない。そのためにはトップに日本に励ましに来てもらわなくちゃいけない。
だからアメリカで実刑判決を食らっているけど、日本になんとしても入国してほしかったという、この背景がやっぱり見えてくるわけですよね。
じゃあ、あれだけ「反共」と言っていた文鮮明がなんで北朝鮮の金日成(キム・イルソン)と会談したというアピールをし始めたんですかと言ったら、やっぱり東西冷戦が崩れて、アジアには中国と北朝鮮が残っていて、だから金日成と会談をした文鮮明に話を聞く意味があるという理屈をつけて、北朝鮮とのコネクションアピールもしだしたと言うんですよね。
で、統一教会は北朝鮮と接点があるところにいろいろ声をかけた。その中で猪木さんにも声をかけたんじゃないかという、これは有田さんの見立てです。
なぜ猪木議員に白羽の矢が立ったのか
鹿島:じゃあなぜ猪木なんですかと聞いたら、力道山という方が師匠で、実は力道山さんは朝鮮半島のご出身だったんですね。だから、もう向こうでも本当にスーパースター。その弟子という猪木さんだったら、やっぱりパイプを作れるんじゃないか。だから猪木さんに最初に声をかけたんじゃないかという。あくまで見立てです。
そうなるとやっぱり僕も辻褄が合っていて、猪木さんって80年代、プロレスラー全盛時代ってあんまり「北朝鮮」「力道山先生の墓参り」とか行っていなかったんですよ。むしろ国会議員になってからなんですよ、「北朝鮮」「力道山先生の墓参り」って言ったの。
だから逆に言えば統一教会からアクションがあったから、「そっか、自分は北朝鮮ではすごく力道山先生の名前があるから、自分は優遇されるのかもしれない」って気づいた可能性もあるんですよ。
武田:だって晩年はけっこう行きまくっていましたもんね。
鹿島:いや、めちゃくちゃ行っていましたよ。プロレス興行もやっていたし。だから僕プロレスファンとして、猪木がなんで国会議員になったら急に北朝鮮って言い始めたんだろうという謎が、有田さんの1つの見立てですよ、これによってでも辻褄が合ったわけですよ。
ただ、そうは言っても1回生の猪木さんが動いたところで入国はできなかった。結局金丸信さんに話を持って行ったということで、つまりこれ元々歴史を調べると、安倍さんのお祖父さんだった岸氏からずっと付き合いがあったんですけど、当時はもう金丸信という、竹下派の人ですよね。だから自民党全般ともつながっていたということがわかるわけなんですよね。
その時取材した時、有田さんがおっしゃっていたことですごく印象的だったことがあって、95年の秋に統一教会について警察が全国の公安幹部を集めて、「オウムの次は統一教会を摘発する」という説明をしたというのを聞いたと言うんですよね。
じゃあそうなるのかなと思ったらぜんぜん動きがないと。で、その後10年大きな動きはなかったので、有田さんが2005年に警視庁の幹部に聞いたら、「いや、あれ政治の力でね」と言われたと言うんですよね。
武田:政治の力でね。
鹿島:だから「オウムの次、統一教会、動くのかなと思ったらそれがなかったから、なんでですか」と聞いたら「政治の力でね」ということを言われた。
同じようなことは別の状況でジャーナリストの青木理(おさむ)さんも言われたと証言していますので。だから同時多発でそういうことを各ジャーナリストが、「いや実はあの時政治の力でね」と。
だからもし90年代に政治の力がなく、ちゃんと摘発、チェックをしていたら、その後の莫大な被害というのは果たしてあったのだろうか、もしくは少なくなっていたんじゃないかというのは、これ自分で調べてね、国会図書館で猪木さんの話だったんですけど、やっぱりここに戻るわけですね。「90年代の時点でなんとかならなかったのか」というね。
武田:僕も82年生まれですけれど、わりと中学校入りたてぐらいの時からけっこうワイドショー見るの好きだったんで、当時やっぱりこの統一教会の問題というのは、いろんな芸能人の方も含めてね、ずっと報じられてたというのはみんな覚えていますもんね。
鹿島:そうですよね。
オウム事件後に消えた報道
鹿島:僕が覚えているのが、これも文春なんですけど、日本の著名な芸能人が合同結婚式に参加したというので、そこからですよ、90年代ワイドショー的には。
ところが、そこで霊感商法、これは朝日ジャーナルとか70年代からやっていたんですが、そこでやっぱり世間一般にもわかってくるわけですよね。
ところがオウム真理教事件というのが95年にあって、その後、なんかこう入れ替わるように統一教会の話はどんどん小さくなっていった。それはなぜかという。ま、有田さんね、2000年代は鈴木エイト君みたいな人がこつこつとがんばってくれてみたいなのもやっぱりおっしゃっていたんですけど。
でもそれがあってやっと体系的に僕らはこう見ることができるんですけども、じゃあこの95年に何があったのかということですよね。
武田:でもこれだけ長い歴史の中でこの特定の団体と政治家のつながりがあるということになって、今回再び解散命令が出たということですけれど。
その段階になっても今この時点で、今の自民党の体制として、この旧統一教会とどういうつながりがあったのかというのを、きちっと清算しようとしていない、試みていないという状況は残ってしまっていますもんね。
鹿島:いや、清算して調べて検証したほうがいいと思いますよ。そのほうが、だって何か過去にあった人が再出発するってなったら、普通の企業だったらそれちゃんと、それこそ第三者委員会とかで調査に入ってもらって報告書とか出すじゃないですか。
「一応自分とこの調査はやっているんだけど」みたいな感じで。でもやっぱり選挙があって大勝して、もういいよみたいなムードになったんだけど、昨日改めて解散命令のニュースが出て、これ問われているわけですよね。
武田:そうですよね。ま、高市さん取ってみたら、安倍元首相、ああいうあってはならないかたちで亡くなられたわけですけれども。
その原因となった団体というのがどういう団体なのかとか、そことどういう付き合いがあったのかなかったのかというのはこれ、むしろあの立場であれば、きっちり明らかにするということが非常に重要なことだと思うんですけども、なぜかそれをしようとしないというのはね。
鹿島:だからこれ自民党って狡猾な面もあるから、いろんな宗教団体とお付き合いがあって、だからこれもちゃんと調べないからこうなんか陰謀論的な、「統一教会に乗っ取られている」みたいな。
僕はそこまでではないと思うし、それはエイトさんとかもよくおっしゃっている。でもだからこそ、報告書でもそうなんですよね。自民党って調子がいい時は近づいてこないし、だけど選挙で弱くなると来るみたいな体質があるという、そこらへんですよね。
でもそこを反省しないと、今はすごく議席があるけど、これから何かあって、という時に、「じゃあ誰か組織票持っている人いないかな」という同じ行動をする可能性だってあるわけじゃないですか。
武田:うんうん。
鹿島:だからそこですよ。
武田:いや、再調査しないのかね。
鹿島:したほうがいいと思いますけどね。
西村:このコーナーはPodcastQRでも配信しています。ラジマガコラム『プチ鹿島の「朝からタブロイド」』でした。