【3行要約】
・オリンピック報道は国民的関心を集める一方、国別メダル至上主義がアスリートへの過剰なプレッシャーやSNS中傷を生んでいます。
・ プチ鹿島氏は「新種目の登場とSNS普及により、旧来の国家間競争的な報道とアスリートの意識にズレが生じている」と指摘します。
・ メディアは「お家芸」「国としての勝利」という枠組みを見直し、個人のパフォーマンスを称える報道へのアップデートが求められています。
新聞を「おじさん」として読むと、世界が変わる
西村志野氏(以下、西村): ここからは前半レギュラーのラジマガコラム。木曜日はプチ鹿島さんの『プチ鹿島の「朝からタブロイド」』です。今日はどんなお話でしょうか。
プチ鹿島(以下、鹿島): 今日はとっておきのネタをご用意してまいりましたよ。「オリンピックとオヤジジャーナル 最新総括」ということで、五輪、オリンピックですね。
僕は新聞を14紙購読しています。一般紙、スポーツ紙、夕刊紙、タブロイド紙、すべてひっくるめてなんですが。
前にお話ししたと思いますが、新聞を擬人化するとおじさんだと思っていまして。例えば社説なんて本当に難しいんですけど、いろんなおじさんがワーワー言っている、小言を言っていると思えば楽しめるよという読み方を開発して以来、ちょっと新聞を読むのがおもしろくなったんですよね。
例えば朝日新聞。正義とか道徳的なことを言うんだけど、なんかどっか偉そうなおじさんもいるし。産経新聞は、和服を着た保守おじさん。読売新聞は、ナベツネそのものですね。ナベツネさんが今も小言を言っていると思うと、各紙がおもしろいんですけども。
まあ、そんなおじさんが書いて、ともすればおじさんが読むという旧来からのスタイルを「オヤジジャーナル」と僕は呼んでいるんですよね。いわゆるオールドメディア批判の前から、僕はオヤジジャーナルと呼んでいて。
ただ自分で言うのもなんですが、変わるべきところは変わればいいし、変わらなくていいところ、例えば組織的な取材とか、そういうのは守っていったほうがいいんじゃないかということで。愛を込めて、僕はオヤジジャーナルと呼んでいます。必要な分も絶対あるんじゃないかと。
そんなオヤジジャーナルには4年に1回、お祭りがやってくるんですよね。それがオリンピックなんです。僕はいきなり結論めいたことを言えばですね、日本でメディア論、新聞論を語るんだったら、もうオリンピック報道を見ればいいとずっと思っているんです。
産経が「メダル冬季最多24個」を一面トップにした違和感
鹿島:というのは、僕は一面トップの記事を毎日X(旧Twitter)でメモしているんですが、2月23日。これが印象的だったんですね。読売はトランプ関税です。朝日はウクライナ。日経もベラルーシに兵器設備供給、中国企業という話で、いろいろそれぞれ国際色豊かなんですが。
産経新聞が一面トップで「ミラノ五輪 メダル冬季最多24個 日本躍進 スノボ牽引」ということで、産経新聞は日本のメダル獲得数を一面トップに持ってきたんですね。しかもそれを牽引するのがスノボで、日本の新しいお家芸だとうれしそうに書いていた。
これやっぱりうれしそうですよね、着物を着た保守おじさんとしては。「日本はこんなに活躍してるぞ」と。
武田砂鉄氏(以下、武田): 「よくやってくれたじゃないか」と。
鹿島:ただ、オリンピック憲章には、オリンピックというのは個人種目、もしくは団体種目での競技者間の競争であり、国家間の競争ではないと明記されているんです。だから、国別でこんなにメダルを取ったぞという報道自体は、正直どうなのと僕は思うんですよね。
で、僕がしみじみしたのが、今回産経新聞が新しいお家芸だと言ったスノーボードなんですよね。スノーボードって歴史を調べてみると、1998年の長野大会から正式種目としてスタートした、比較的歴史が新しい種目なんですね、オリンピックとしては。
今日、僕がこのコーナーで考えたいことの一つに、こうした新しい種目こそが、オリンピックにおける、あたかも国家間の競争であるかのような呪縛を解いてくれる存在なんじゃないか、ということなんです。
「不良の遊び」と書いたスポーツ紙が、ベテラン記者に価値観を壊された日
鹿島:というのは、2021年に東京オリンピックがあったじゃないですか。あそこでもけっこう新しい種目が増えて。じゃあそこでオヤジジャーナル、まあおじさんが書いておじさんが読んでいる新聞がどう取り組むのかなと思ったら、おもしろかったんですよ。
ちょっと5年前を振り返るんですが、スケートボードで13歳の西矢椛選手が、あの時金メダルを取ったんですね。新種目です。これって、この13歳で金メダルを取るというのは、1992年のあの水泳平泳ぎの岩崎恭子さんが、14歳6日ぐらいで立てた最年少の金を抜いたんですね。
そうすると、当時のスポーツ新聞のコラムがおもしろかったんですよ。例えばサンスポのコラムでは、オリンピックを何度も取材した大先輩の元記者が苦笑いした。「陸上と並ぶ競泳というオリンピックの基幹競技、本当に基本となる競技で打ち立てられた記録が、昨日今日の競技に抜かれるとは」。
だからこれ、岩崎恭子さん、あの水泳の、あのオリンピックの目玉だったのが、昨日今日のスノボ、スケートボードに抜かれている? みたいな。
「かつては不良がやる遊びのイメージが強く」、スケートボードですよ(笑)、「深夜の街で滑られるとうるさくもある。中高年には最も縁遠いスポーツだろう」って書いているんですよ、スポーツ新聞が。
武田:オヤジ臭が強すぎませんか(笑)。
鹿島:かなりオヤジ臭ですね(笑)。「かつては不良がやる遊びのイメージ」。
実はタブロイド紙も、スノーボードについて単なるガキの遊びって書いていた時があるんですよ。それぐらいオヤジたちからすると、なんだよ新種目って。しかもこれで何、13歳が金メダル取った? いや俺達の岩崎恭子を抜くんじゃねえよって、5年前怒っていたわけですよ。
一方で日刊スポーツが当時、新種目ができたというので、あえてスポーツ取材35年を超えるベテラン記者にサーフィンを取材させていたんですね。東京オリンピックの時、サーフィンも新種目だったんです。
するとこのベテラン記者がカルチャーショックを受けたと正直に書いていて。「どうやらサーフィンの選手というのは、俺達が今まで見たオリンピックのアスリートとメンタリティが違う」と言うんですね。つまり、勝つことだけを重視しない。
しかも、得点するためだけに小さな波に乗るというのは、彼らはどうも嫌みたいだ、と。だってメダルを取りに行くんだったら、そういうことを狙ったっていいじゃないですか。でも彼らは波を選んで、ベストなパフォーマンスを見せる。
ファンを魅了し、観客を感動させる一発にこそ価値があると、どうやらオリンピックでも思っているらしいよって、ベテラン記者が気づいたんですよね。
これでやっぱり新しい競技を取材して、オリンピックへの価値観は崩壊したって日刊スポーツは書いているんです。選手たちが壊してくれたと。
頭の堅くなった古い記者に新しい物の見方、考え方を教えてくれた選手に感謝したい、と。
武田:なるほど。
鹿島:これ僕読んでいて、オヤジジャーナルと言っていましたが、新しい競技を取材して、おじさんも変わらなきゃいけないという姿勢を見て、僕はそういうおじさんにはやっぱり拍手を送りたいんですよね。これ自分のことも含めてですよ。
さらに国境も順位もないというテーマにも触れていて、「スケートボードには国境はない」。で、国際サーフィン連盟の会長の言葉も引用して、「我々のカルチャーは変わらない。オリンピックが変わるんだ」というのを、もう5年前に日刊スポーツは書いていたわけです。