【3行要約】
・衆院選で自民党が圧勝したものの、政策論争の不在や「推し活選挙」の台頭など、勝ち負けの裏で民主主義の課題が浮き彫りになっています。
・ 勅使川原氏は「疲労困憊社会では判断コストを下げたい人々が勝ち馬に乗りやすい」と指摘し、ファンダムマーケティングの政治への浸透を警告。
・ 民主主義を守るには「負けても終わらない社会」の構築が必要であり、選挙結果だけでなく政策内容の検証を継続すべきだと提言しています。
改憲も「推し活」選挙も待ったなし 勝ち負けの裏で何が起きているのか
西村志野氏(以下、西村):ここからは前半レギュラーの「ラジマガコラム」。水曜日は、勅使川原真衣さんの『勅使川原真衣の「今日もマイペースで」』。今日はどんなお話でしょうか?
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原):今日はやっぱり、衆院選もあったし、受験シーズンだしというところで、みなさんお疲れなんじゃないかと思います。そこで「勝ち負け」について考えたいと思っています。
武田砂鉄氏(以下、武田):はい。
勅使川原:国論を二分するとかも結局わからず、郵政はほとんどその話をしたとか言っていますけど、消費減税、「悲願」と言ったではないですか、途中から。だけど、まったくおくびにも出さなくなっていきましたよね、選挙戦の途中から。
そもそも「政治とカネ」の問題であるとか、Dappiの特別報告の件、これらにぜんぜん向き合った形跡がありませんでした。台湾有事発言も謝っていません。どうなっているんでしょう。
高額療養費制度、これ怖いですよ、本当に。そして本丸は改憲にほかならないと思います。憲法改正だと思いますけども、早いですね、仕事が。2月9日にはもう、憲法改正に向けた調整も進めてまいりますと首相はおっしゃっています。
さらには、憲法改正国民投票が最後にありますので、それについても、もう2月9日に「少しでも早く賛否を問う国民投票が行われる環境をつくれるよう、粘り強く取り組む覚悟」と首相自ら述べました。
早い。早すぎる。いったいどうなってるの、と。でも勝ったんですよね、これは。選挙戦という話でいうと。さらには、2月10日、昨日の日経新聞ではこんな記事が出ていました。
「『推し活』選挙が溶かした政党政治」というタイトルで、印象的だったのは「決められない政治から、決めすぎる政治に変わっているんじゃないか」というような警鐘が鳴らされていました。
武田:民主的に決めるなら、それはそれでいいんですけどね。
勅使川原:おっしゃるとおりですね。
武田:「私がやります」と。
勅使川原:もう国民は置き去りでしたね。ですが、一応勝った負けたというのはあるので、勝ち負けについて、今日は右だ左だという思想以外から、多角的に検討してみたいと思っています。
論点は3つあります。1つは、勝手に名付けたんですけど「一億総疲労困憊社会」だと思っているんです。忙しいでしょう、お疲れじゃないですか。そういった社会における判断コストはどう考えたらいいのかなという話。
そして2点目は、ストーリーとか、ちょっと嫌な言葉ですけどナラティブみたいなものに、私たちは弱いよねという前提で何をどうしていくべきかというお話。そして総じて3点目として、これから人が人を選ぶってどうあるべきなのかというお話を考えていこうと思います。
武田:その手元のメモの、3つ列挙する「1、2、3」がもう「2、2、3」になっていますからね。相当お疲れだなと思いますよ。もう「1、2、3」じゃないですからね。
勅使川原:マジ? 本当だ(笑)。
武田:みなさんお疲れさまでございます。
勅使川原:「2、2、3」ね。そうですね。じゃあ「1」に戻らせていただきます。
今回の自民圧勝も、しっかりトランプ政権も似たようなものがありそうですけども、こうやって民意というものが、かっこ付きですけど明らかになると、こういうふうに言われませんか。
「有権者が考える力がなくなったんじゃないか」とか、「思考停止している」「主体性がない」「右傾化し始めている」「保守回帰だ」という声が上がりやすいですけども、ここはひとつ冷静にいきたいなと思っています。
「使える脳が残っていない」疲れた有権者が省エネで選ぶ理由
勅使川原:私、以前のコラムで「チョイパ(チョイス・パフォーマンス)」の回でもお伝えしたんですけど、心理学とか組織論でも、人というのは基本的に脳の構造的に、意思決定コストをそんなにたくさんは維持していられないと。コストを下げたいと願っている生き物であるというお話をしました。
毎日仕事で「やれこれどうなった、あれどうなった、判断しろ」と言われ、家庭でも「あんたどうすんの」と言って判断を迫られ、人間関係でも迫られ、ニュースでも「ああどうしたのかな、こうしたのかな」とやって、その上で選挙。
今回正直、もう使える脳が残っていないよという方もいらっしゃったんじゃないかなと思います。
武田:いろいろと選挙のあとの報道を見ていると、街中で「どういうふうに投票を決めましたか?」というふうに聞いたら、「AIに聞きました」というふうに言うと、「おい」というふうに言いたくはなるけれど、その脳が残っていない感じというのも、確かにわからんでもないなと思いますけどね。
勅使川原:本当にそうです。それくらい追い込まれたというところもあるような気がします。外食をする時じゃないですけども、だいたい外食する時ってすごく疲れていると、前にも行ったところ、前にも買ったところ。
ないしはすごくおいしいわけじゃないけども、すごくまずいわけでもないという「大きな失敗がないところ」。ないしは「もう一番近いから」みたいな、考えなくて済む、これぐらいの選択肢しかないんですよね、本来。
選挙は違うだろうと言いたいところだけども、有権者がお忙しくてお疲れというのを考えると、かなりそれに近い、ある種の省エネ状態で行われた選択なのかなとも見えます。
意思決定コストを下げたいという話もあるんですけどね、もう1つ知っておきたいのは、これぐらい限られた労力と時間になってくると、最善の選択をしようと思うと、わかりやすいものにまず飛びつきますという話はあるけども、さらには「どうせやるんならば、自分の一票を無駄にしたくないな」と。
選挙に行くことも、何か意味があったと思いたいなという気持ちが出てくるというのも、人間の性かなと思うんですよね。
武田:「ここに入れたら勝つんじゃないかな」という感じの投票行動になるということですね。
勅使川原:そうなんです。自ら勝ち馬に乗るということを自然とやってしまう。気持ちはすごくわかりますね。だって、やってもやらなくても変わらないことって、この社会では愚行とされるじゃないですか。
何か労をなすならば、意味があることと言われているので、どうしてもどこに入れれば自分の一票が無駄にならなかったのかなという意味での投票行動もあったのかなと思います。
武田:もちろん自分が投票したところの候補なり政党が受からなかったり、芳しくない結果のその票にもものすごく意思表示という意味はあるわけですけれどもね。そこまで考えられずに、どこに入れれば勝てるかなというふうに考えてしまうと。
勅使川原:そうですね。まあ今年は雪も降っていたし、寒い中行ったんだからみたいな気持ちにも、これの善し悪し(の判断)はなくなってしまうのかなとも思います。これ、信念とかそういう話じゃなくて、単純に疲労管理の話なんですよね。個人がどう疲労をコントロールするかとか。
あとは「認知的不協和」という言葉が心理学でありますけども、やっぱり自分が願っていることと現実に起きていることにギャップがある時って、人間はモヤモヤとするんですよね。そのモヤモヤは自然と解消したくなる。そういった心理も働いてしまったのかなとも思いました。
「勝ち馬に乗る」のは愚かだからじゃない 政策なき選挙戦で何が拡散された
勅使川原:これを「なんだ勝ち馬に乗って」という言い方で批判だけしていても、ちょっと仕方がないのかなと思うので、今回これを機に、やっぱり「疲れた人」という前提で、判断コストが低いほうに流れる時代の「選ぶ」という行為、これを引き続き探求する必要があるだろうなとは思っています。
武田:そういう勝ち馬に乗り上がってということではなく、もう乗りたくなってしまうものなんだということなんですね。
勅使川原:そういうことです。もう大前提として、じゃあどうするのかを考える必要はありそうです。
そして、タイパ社会であるとか疲労社会を生きる私たちの勝ち負け問題、論点の2番目ですけども、「ストーリーに弱い私たち」という言い方を私はしました。
昨日の日経新聞の記事でちょっとギョッとしたんですけども、こういう一文がありました。「高市早苗氏がもたらした熱狂の背景からは、政策すらも消え去った。あるのはわかりやすい構図に支えられた『早苗推し』という『推し活』だ」と。「ギャー」って感じでしたけども。
これまでね、Nなんとかとか、参政党とか、問題がある政策があったとしても、「政策がない」ってことはなかったんじゃないかなと思うんですよね。でも今回はどうでした? 政策という政策、よくわかりませんでした。討論もしませんでした。
拡散されたのは「早苗動画」ぐらいだったのかなと思うんですよね。しかもその早苗動画も、政策は説明していません。イメージ、ストーリーでしたよね。逆境に立ち向かうヒロイン。笑顔。笑顔なんか随分上手になってきましたよね。
叩かれている、かわいそう、だから応援して、みたいな。政策が曖昧、いいんですそれはと。実現可能性、そんなの知りません。財源、知りませんと。いうところでも、勝てちゃったわけですよね。
武田:これたぶん、その「逆境に立ち向かう」という感じが僕はよくわからなかったんだよね。つまり高市さんって、ここ最近自民党に入った人とか、自民党の外から何か大きな力で立ち向かおうとしているわけではなく、ずっと中にいた人だから、そこでなぜそれが逆境に立ち向かう感じになるのかが……。
そのために、対メディアであったりとか、対別の国であったりとかっていうことを作り上げていったということなんだとは思いますけどね。
勅使川原:そうですね。まあ自民じゃない人からするとツッコミどころしかなかったので、いろいろと指摘、という意味での批判をしてきたわけですけども、批判がもう「非難」だと思い込んでいらっしゃる様子なので、指摘がすべて逆境と捉えられたような気はしますよね。
でもこれおもしろかったのが、批判されればされるほど、彼女の糧になっていったわけですよね。燃料になっていきました。これもう選挙戦、戦だとすると無敵じゃないですか。エネルギー無尽蔵だったわけですから。
でも政治家と有権者の関係でいうと、これは負託でもなければ、期待でも支持でもないですよ。でもこのゲームだとすると、ここに持ち込んだもん勝ちだったということではあるのかなと思います。