解散権は「国民のため」に行使すべきもの
武田:で、この解散権の乱用の話ですけれども。でもこれ、時の為政者からすると、このままやらせてくれよと、このまま権限を持たせてくれよというふうに意地はしたがりますよね。
木村:そうですね。結局樋口先生がおっしゃっているのは、それは虫のいい話だというところでして。
そもそも解散権に限らず、国家権力、あるいは憲法で与えられた立法権も行政権も司法権も、すべて国民みんなの公共の福祉のためにあることになるわけですね。ですから、自分の私利私欲とか党利党略とか、自分の都合のために解散権、あるいはその他の権限を行使するというのは間違っている、要するに憲法違反でして。
やはり解散をするのであれば、解散によって行われる総選挙、あるいは解散自体が国民のためになるんだと、公共の福祉のためになるんだというところが、大前提だということです。
一応、このことは実務でも否定されているわけではなくて、必ず解散というと「大義」が必要と言いますけれども。大義というのはつまり、選挙をやる理由ということですよね。それがないのに解散するというのは、やはり違憲だという意識があるからこそ「大義、大義」と言うわけです。
ですので、解散権を行使された場合に、厳しくその理由がきちんとしたものだったかが問われると思っていいと思います。
武田:まあでも、私は私利私欲で解散しますとは言わないわけですもんね。「理由がきっちりあります」というふうに言いながら解散をするわけですけれども。
いざこの現行制度の中で解散になった場合に、「いや、でもそれどういう理由なんですか」って今回もかなり問われましたけれども、結果的にまあ、そうは言ってもこういうふうに選挙戦に突入をすると、なぜ解散になったのか、その大義はどうだったのかというところは問われはするけれども、スタートしましたよってことになると、もう始まりましたよねってことになりますもんね。
木村:なってしまいますね。だからこそ私は手続法を作るべきではないかという提案をしたわけです。今の解散手続きってあまりにも唐突にできてしまって、一方的にできてしまうということです。
本来、現在の解散権というのは、君主が一方的に懲罰で「お前らの議席を奪ってやるぞ」というものではなく、衆議院と内閣との間に何か対立があると。その対立点を国民のみなさんに裁断してもらいましょう、そのためにあるわけですから。
何が対立しているのかということを明確にしない、これが大義のない解散になるということではないかと思いますよね。
武田:うーん。
木村:例えば予算が通らないとか、そういうことであれば十分解散の理由になります。一度予算を通そうとしてみて、いろんな政党が「こうしないと予算案の成立に協力しないぞ」と言うから予算が通らなかった。「この議会ではもう国政は運営できません」ということであれば、まあそうだなということになるわけですよね。
なので、そのチャレンジをする前に解散をしてしまうということになると、何のためにやっているんですかということになってしまいます。
ドイツから学ぶ「解散権」と「政権を作る責任」
武田:この国のトップがこの解散権を持っているというのは、かなりイレギュラーなことなんですかね? 諸外国と比べても。
木村:解散権自体は珍しい仕組みではないんですね。いわゆる議院内閣制という仕組み、行政あるいは執政の長を直接の国民の選挙ではなくて、議会の中で決めるという仕組みの場合には、解散権自体はある仕組みです。
ただ、その解散権というのが「いつでも好きな時に打っていい」というのは、あまりいいやり方ではないという考え方もありまして。例えば有名なのはドイツですけれども、ナチス政権ができる直前、解散権が頻繁に行使されて、国政の不安定化を招いたという反省から、日本風に言うと、首相が欠けた、内閣不信任決議案を議会が可決した場合だけ解散できるという仕組みになっていたりします。
一方でドイツから学ばなきゃいけないのは、もう一個別の方向で、不信任決議にも実は限定があるんですね。つまり「次の首相を選ばないと不信任決議をしちゃいけない」っていうルールが、議会の側にはあるんです。
それはなんでかっていうと、ヴァイマル期にナチスが3分の1、共産党が3分の1、残りが3分の1みたいな議会ができていたわけですが、そうすると常に倒閣のための不信任は通るんだけど、それぞれのグループがまったく違う世界観を持っているので、統一して首相を選べないということになるので、破壊的なことしかできない議会になっちゃってたわけですね。
こうしたところから、下院の議員には政権を作る責任があるんだということが、ドイツで意識されたわけです。そのことを考えますと、日本でも野党として政権・政策を実現したいっていうのはやっぱりちょっと都合のいい、虫のよい態度で、衆議院に議席を獲る以上は「どういう政権を作るのか」という、政権を作る責任があるということになるわけですね。
なのでこれはどの党でも、どんなに小さい党でも、政権構想というのを示して、政権を作るためにどういう責任を果たすのか。それを果たしてもらうのが政党としての責任だし、衆議院議員としての責任ですよということが、ドイツの憲法などからは示唆されますね。
議院内閣制というのはやはり、各議員が立法だけではなくて政権を作る責任を担うという責任感も問われているということです。
「なぜこの選挙が行われたのか」を問い続ける
武田:今回解散に向かうまでに、高市さんにいろんな記者が「これ解散するつもりあるんですか」と言ったらば、昨年末までは「そんな暇ありませんので」なんていうふうに言っていたと。で、徐々にその言い分というのが変わってきて、今回解散になったわけですけれども。
そういうふうに首相側に「解散するんですか、どうするんですか」みたいなことを聞きながら、その言葉のニュアンスの違いで「いや、なんかちょっとあるっぽいぞ」みたいなものを察知しながらっていうのが、わりといつもの流れになっちゃってるじゃないですか。あの流れ自体が、本来おかしいなと。
木村:そうですね。もっと公明正大に説明してほしいと思いますし。
今回やっぱりしんどいのはですね、高市内閣と今の衆議院に潜在的な対立はあるんだと思うんですね。要するに少数与党というところもあるし、野党のみなさんも「これに協力しないと予算案の成立に協力しないぞ」という交渉の仕方をしますから。そうすると、国政の一貫性とか計画性っていうものが損なわれてしまうというところがあるわけですよね。
なので、衆議院として高市さんを首相として選抜したわけですから、高市さんに投票した人にはもっときちんと支える義務があるはずなのに、ちゃんとやってくれないところがあって、だからこそどこかで政権基盤の安定のために解散をしたいというものがあったわけですよね。
だからこれ、背景には高市内閣だけではなくて、衆議院の側にもいろんな理由があるというところは、ぜひ見てほしいと思いますよね。
武田:いよいよ選挙が始まるわけですけれども、「なぜこの選挙が行われたのか」という、そこのスタート地点にやっぱり何度でも繰り返し戻る必要があるのかなと、お話を聞いて思いましたけどもね。
西村:このコーナーは「PodcastQR」でも配信しています。ラジマガコラム『木村草太の「今朝の一手」』でした。