【3行要約】
・情報過多で選択を諦める「チョイパ」現象が拡大――米国では70パーセントの人が決断を諦め、140兆円もの経済損失が生じていると報告されています。
・勅使川原真衣氏は「選択肢は進化しているのに選ぶ営みは旧態依然としており、AIレコメンドも必ずしも中立ではない」と警鐘を鳴らします。
・私たちには「わかりやすいものだけ」に頼らず、「もやもやすること」への耐性を高め、選ぶ主体としての能力を進化させることが求められています。
「タイパ」の次は「チョイパ」? 情報過多で“選ぶ”を諦める人々
西村志野氏(以下、西村):ここからは前半レギュラーの「ラジマガコラム」。水曜日は、勅使川原真衣さんの『勅使川原真衣の「今日もマイペースで」』。今日はどんなお話でしょうか?
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原):はい。今日は「チョイパ」を考えたいと思います。
武田砂鉄氏(以下、武田):チョイパ。何ですか、チョイパというのは。
勅使川原:昨年、確か12月だったと思うんですけど、「タイパ」の話はしました。覚えていますか?
武田:覚えております。
勅使川原:ありがとうございます。言葉の成り立ちからして、時間対効果と時間効率の両方を含んでしまっているので。効率と効果は相いれないんですよね、本来は。なんで「端から無理ゲーなんじゃないの」という話をしました。
今度は「チョイパ」。これも考えないといけないようですよ。日経新聞、今年の1月7日付のものを眺めていましたら、こうありました。「情報多すぎ選べない、損失140兆円。選挙も消費もチョイパで進化」という記事を見つけたんですね。
武田:やっぱりもう「パ」で、パフォーマンスを「パ」で省略しようとする働きかけからは逃げたいですよね。
勅使川原:逃げたいですね。量産されています。「正しい選択が情報過多で難しい」と記事にありまして。アメリカのデータのようですけども、世界のデータ通信量増加率は2024年と2010年を比べると87倍。ちょっと、どれだけすごいのかわかりませんが。
あと情報過多で決断を諦めたアメリカ人の割合だと思いますけども、70パーセント。その人が何かしら諦めていると。そして興味深いのは、過剰な情報による米国の経済損失は140兆円と。
「ジャムの法則」とか聞いたことありませんか? 心理学みたいなんですけども、実験なのかな。スーパーの試食ブースにジャムを24種類並べた時と6種類並べた時とで、購買率はどっちが高いと思います?
武田:それはもう話の流れでいくと、少ないほうが購買率が上がるということなんですかね。
勅使川原:そういうことなんです。24個並んでしまうと「もういいや」となってしまうのが人間らしいぞ、という実験があるようなんですけどね。そういう意味で、「もういいや」になってしまう人を入れると140兆円ぐらい失っているんじゃないの、ということみたいです。
この「選べる」ということですけども、基本的にうれしいじゃないですか。選べないより、自分で選べるのは。これを経済学者のフリードリヒ・ハイエクも、民主主義の基本だと言っているようですよ。「自由社会の維持には個人の選択が不可欠だ」と言ったり言わなかったりしているみたいです。
15年で商品数は激増しても、人間の脳の処理能力は変わらない
勅使川原:私の専門は教育社会学という学問なんですけども、生まれで将来がほぼ決まっていた時代が日本にも、士農工商ありましたからね。その時代からしたら、ある程度公平な試験を受けて、いかようにも未来を選択できるのは素敵なことだと思います。
ただ、選択できることを諸手を挙げて喜んでばかりもいられないのかなという話なんですね。まずなんで喜べなくなったかといいますと、選択肢はありとあらゆる分野で増大している一方で、人間の、当たり前なんですけど脳の処理能力ってそんなに進化しないですよね。
武田:そうね。脳の処理能力が100倍になっていたら、対応できますけどもね。
勅使川原:そうなんです。何の問題もない。そうなんですよね。選択肢がどれぐらい増大しているかといいますと、また別のデータでですね。これは国内の日経調べのようなんですけども、例えば任天堂のゲーム数。2010年は約200種類ぐらいあったそうです。これが2025年はなんと3,400種類ほどあって17倍。
武田:大変だ。
勅使川原:そんなにあるんですね。あと楽天市場ってショッピングサイトがあるじゃないですか。楽天の扱い点数も、2010年に5,500万点あったものが、2025年は約5億点。
武田:大変だよ。5億。
勅使川原:5億でございます。小さな話で言っても、歯磨き粉とか歯ブラシの種類で言っても、2010年の576点から、2025年は1,200点ほどということで。何でもかんでもバリエーションは増えている。
武田:すごいね。歯は増えないからね。
勅使川原:そういうことなのか(笑)。
武田:増えればまた磨いてもいいけどね。
西村:減っちゃいますもんね。
勅使川原:よく言いますね、お母さんとかが「あんた足2本なのに靴なんでそんなにいっぱい買うの」って。言いますよ。市場は常に競争していますので、差別化の要因が必要なんですよ。そうすると選択肢を増やすのが妥当なラインになるじゃないですか。
あとは技術の進展、発展も、細化されたラインナップを量産しやすくなるとか。先ほどの楽天市場じゃないですけども、それを売りやすい、我々も見つけやすいという。インターネットのない時代は、店に行かなきゃ買えなかったのにね。
そういう背景があって、増えるは増えるんですよ、選択肢。ただ、社会の進展と平仄(ひょうそく)をとるようにして人間の生物学的な進化は起きるわけじゃないよということ。これ大事なポイントかなと思います。
いまだに一部の脳科学者が言うにはですね、同時に扱える選択肢って人間はせいぜい数個だそうなんですよ。10個にも満たない。
武田:10個にも満たない。
勅使川原:確かにそうかもしれないですよね。となると「タイパ」のようにですね、効率的で効果的な選択をしたくなるのが世の常だなというのはわかります。ただやっぱり考えたい。チョイパで得るものもあれば、失うものもあるんじゃないかなと私は思っております。
武田:チョイパってそもそもそんなにみんな浸透しているんですか。チョイパっていう言葉が。
西村:初めて聞きました。
武田:チョイパって何? チョイスパフォーマンス?
勅使川原:そういうことです。
武田:そういうことなんですね。
西村:選択する、のチョイス。
勅使川原:ちょいとパーマをかけるとかじゃないです。
武田:「チョイパしてきた」ってことではないんですね。
勅使川原:違います。ごめんなさい、大事なとこでしたね。そうなんです。なんでも「いやいい」と思ってね、チョイパなんて。
選択肢は進化しても、人間の「選ぶ」営みは旧態依然のまま
勅使川原:4つぐらいちょっと考えてみたいポイントがあります。
1つ目は、まず大事なのは問題の本質はどこなのかなということなんですけどね。これ「選択肢多すぎて選べないよね」というのはもう問題でもないですよ。選択肢を広げるための技術革新と同等に「選ぶ」という人間の営み、これが進化していないってこと。ここにこそ目を向けるべきじゃないかなと思っています。
変じゃないですか。これだけ選択肢が進化しているのに選ぶ我々と言えばですよ、相も変わらず例えば目についたものを選びやすいとか。だからスーパーの棚の位置とか重要なわけですよね。あとは馴染みのあるもの。まあうざくても何度も何度もCMを聞いているうちに好きになっちゃったりとかってある現象ですよね。
とか、はたまた価格に競争力があるので「安ければなんでもいいや」と言って安いものを買うとかね。選択肢がすごい進展している割には、我々の価値判断というのは非常に旧来的。プリミティブと言えると思います。
どうなんですかね。私は市場の発展と人間の選択技術の発展とがすごい乖離しているような気がしておりますが、砂鉄さんどう思いますでしょうか。
武田:まあでもこれはずっと繰り返されてきていることだと思いますけれども、選択肢の膨らみ方のスピードはね、先ほど紹介してくれたように膨大になってしまってはいるので、そこで混乱した状態というのがずっと続いていますよね。
勅使川原:ずっとですね。いたちごっこ。本当にそうです。
武田:私はまあ飲み込まれないようにしようとは思っておりますけども。
勅使川原:ああ、なんかしてそうですね、飲み込まれないように。「騙されないぞ」と。例えばどういうことをされているんですか。
武田:例えばそうですね。でもなんかこう、それこそ本を買うとかCDを買うとかそういうことにしても、ネットで買うよりも実店舗に行って。実店舗に行くと自分の目当てのものがなかったりするんですけど。
その目当てのものが「ない」ことに興奮して、なんか別のものに手を出してみたりっていう。その「そこで選択するしかない」っていう状況にするみたいな。そういうふうにしますけどね。
勅使川原:いやー確かに。素敵です。余裕綽々の大説教で。
今わかりやすさのために一応ショッピングをメインにお話ししてきたんですけども、お気づきのとおりこの「選ぶ」っていう考え、これまさに選挙。今話題の選挙とか、あとは試験という意味での選抜。これ実は主戦場ですので、くれぐれも考えていかないといけないなと思います。