「冷静に見ていこう」という姿勢がウケる危うさ
武田:最初の本田圭佑さんのツイートなんかも、非常にそこを象徴する投稿だなと思いましたけどもね。「なんかもう、こういうことになっちゃったんだから、まあしょうがないよね」っていう。でも「結局こういうふうになってきたんだから、冷静に見ていこうよ」みたいな。
またちょっと「冷笑」とは違うような、「自分はもう冷静にこうやって見ていくから」みたいな姿勢というのが、すごくウケますからね。これに関しては非常に批判的な見解も当然多いですし、どうなのかな、これどうかしているよと思いますけれどもね。
勅使川原:まさに砂鉄さんのおっしゃる「イキり」に近いのかなという気もいたしました。
「わかり合い」って簡単に言ってしまうんですけど、要するに話し合う前にやるべきこと、権力勾配の是正とかですね、山ほどあるよということを私は言いたいと思います。
「対話」なんていう少しぼやけた標的を設けることで、言語言説でそもそも厚顔無恥のまま決定権だけある人に、ますます有利なゲームが繰り広げられないといいなと。もしそんなゲームがあるとしたら、乗らないというのも一手なんじゃないかなと思ったりもします。
ちょっと閑話休題なんですけども。私、冒頭で申し上げました通り、正月は気が抜けちゃうみたいで、例年体調を崩します。2年連続、3年連続かな。今年もね、正月に(体調悪く)させていただいたんですけどね。具合が悪いとラジオを聞きますもんね。
見なきゃいけないというものでもないので、すごくいっぱい聞きました。ラジオだけじゃなくてポッドキャストでもいいなと思っていて、一つご紹介したいんですけど、予てから愛しているポッドキャスト『
Swing鼻クソRADIO』というのが。
武田:『
Swing鼻クソRADIO』。
勅使川原:そうなんですよ。ちょっと朝からすみませんって感じなんですけど、こちら障害の有無にかかわらず、自由な働き方や表現活動を行う京都の福祉事業所「スウィング」の代表の木ノ戸昌幸さんと、スタッフの沼田亮平さんがされている番組です。
モットーがいいんですよ。「世の中、意味のあることが多すぎる。鼻くそみたいにどうでもいいことを話したい」と。
武田:すばらしい。
勅使川原:だいたい30分の番組なんですけど、25分ぐらいマジでどうでもいいことを話しております。ある時、後半で彼らの事業所のことを、たまに「居場所」と称されることに違和感があるよねってお話を木ノ戸さんがされていて。
この言葉、よく使われることがありますけど、「いや、居場所な……」と思って聞き入ってしまいました。彼ら曰く、「居場所だと思って活動をやったことはないよ」とおっしゃっていたんですよ。以前、実は彼らのスウィングの事業所を訪問させていただいたことがあって、そのスタンス、なんとなくですがわかるような気がいたします。
「居場所を作ってあげている」なんてね、とんでもない感じなんですよ。行った時は朝礼から拝見したんですけど、まあ本当にどうでもいいことを朝礼で交わし合うというのが、もうこれがルールなんですよ。
「昨日スパゲッティサラダ作ったんで、今日は夜ご飯もそれにします」とかね。「お母さんが作ってくれたおでんの味が染みてました」とか。いいじゃないですか。
何があると「ちょっとな」と思うかと言えば、野次ったりする人がいると安全な場じゃなくなりますよね。そういうのもないし、逆に言うと無理やり「素敵」とか「すばらしいね」とか、感動をインフレさせるようなこともありません。スウィングで行われているのは、淡々と「あ、ええやん」とか「おもろいやん」とか、ボソッと言い合うっていう。
この状態を指して「居場所」とかね、多様性とかもちょっと似ているかなと思いますけど、「対話」って呼ぶのは本当に白々しいなという気がいたしました。
形式張った会議より「雑談」
武田:木ノ戸さんの本がね、『
まともがゆれる』という本があって、その本に僕も推薦文をちょっと書かせてもらったことがありましたけども、ここに僕は何て書いたかというと、「ここには最高の信頼のカタチがある」という文章を書いたんですけど。
でも信頼って、ともするとこれまで語られてきたところ、絆とか強固なつながりというイメージがありますけど、今勅使川原さんがおっしゃったように、そこにある信頼というのはすごくある種適当で、雑味があって、どうでもいいことなんだけど、それの連なりというか、重なり合いがまとまりになっているところが非常に素敵だなと。
これまでお邪魔したことはないんですけれども、その『
まともがゆれる』というタイトル自体もね、勅使川原さんが話してくださったようなところに近いと思いますけど。
勅使川原:本当にそうですよね。だから揺れるから「スウィング」なんですよね。そうそう、朝日出版社でしたっけね。「揺れる」、本当に名著だと思います。
よってスウィングさんから思うことは、わかり合うというのは、やっぱり徹底した並列関係を組むってことだとまず思いますし、あとは続けられる温度感で続けていくことも大事なのかなと思います。
無理するとね、祟りますんで。「ええやん」ぐらいの感じがいいのかなと思います。本当にスウィングを思うと、会談とか議論とか対話が、どこか短期的なパフォーマンスと化しているような偉い人たちに、ぜひ見せたいなと思うぐらいです。
武田:この番組始まって3ヶ月か4ヶ月、3ヶ月ですかね。一度も会議やってないんですけど、いいんですかね?
勅使川原:それなー。
西村:本当だ。
武田:会議やってんのかな、みんな。
西村:あ、知らないところで……あ、やっていないみたいですよ。
武田:これ問題ありますか? 組織コンサルタントとしては。
勅使川原:いえいえ。なんて言うんですかね、型張った、形式張った儀礼的な会議をやるぐらいだったら、会議に費やされるような時間を……。
武田:我々、始まる前と後に、何か適当な話はしていると思いますけど、それでいいんでしょうかね。
勅使川原:その雑談がなくなった日は、本当にやばいでしょうね。
武田:終わった瞬間みんなピリッと、じゃ、とか。
西村:あの雑談にも意味があるんですね。
武田:ということなんでしょうかね。
勅使川原:いや、すごくどうでもいいこと話してますもんね、けっこう。
武田:このお菓子の減りが悪いとか早いとか(笑)。
西村:そうなんですよ。「やっぱり早いね」とか。
武田:そうそう、「これ残ってるね」みたいな。
勅使川原:放送作家さんが何に怒ったとかね。大事な情報ですもんね。このまま続けます? あの感じでいいんじゃないかなと思いますよ。
武田:まとまりましたか。
勅使川原:一言言っていいですか? すみませんね。
今後も「意思疎通」って言葉が、姿形を変えて流布されていくと思います。ただ、パフォーマンスに終わるだけで、わかり合う日が来ないような気もしちゃっているんですね。
なので今年も「なんちゃって対話」とか「なんちゃって居場所」とか「なんちゃって多様性」とか、そのへんの耳に心地のいい言葉に目を凝らしたいなと思います。そして社会の構造的な問題解決に、微力ながらも一石を投じていきたいなと思います。
武田:でも、そういうよく聞かれる言葉で、一歩踏み込んでその言葉を浴びたくなりますけど、入るとけっこう肩が縮こまって、(肩が)凝っちゃうみたいな言葉というのはありますからね。本来はもっとほぐす言葉だったのに、身を拘束する言葉に変化しちゃっている場合はありますもんね。
勅使川原:規範になっちゃうんですよね。
西村:このコーナーはポッドキャスト「
PodcastQR」でも配信しています。ぜひチェックしてください。ラジマガコラム、『勅使川原真衣の今日もマイペースで』でした。