【3行要約】
・トランプのベネズエラ攻撃は「モンロー主義」の復活を示唆し、国際法違反の行為が世界秩序を揺るがす危険性を孕んでいます。
・中島岳志氏は「裏庭主義」がロシアや中国に誤ったメッセージを送り、台湾やウクライナ問題に波及する恐れを指摘。
・日本は曖昧な態度を取らず国際法の原則を尊重する立場を明確にし、アジアの安全保障を主導的に考えていくべきだと提言しています。
トランプが掲げる「モンロー主義」の危うさ
西村志野氏(以下、西村):ここからは前半レギュラー、火曜日は中島岳志さんのコラム『中島岳志と解く』です。今日はどんなお話でしょうか。
中島岳志氏(以下、中島): アメリカのベネズエラに対する攻撃について、少し俯瞰(ふかん)的に見ていきたいなと思います。
お正月の眠気が一瞬で覚める感じだったんですけども、まさかここまでやるとは僕も思っていなかったんですが、本当にびっくりしました。戦闘機によってピンポイントに爆撃をして、ヘリコプターの降下作戦でマドゥロ大統領の……僕はこれ拉致だと思いますけれども、平然と行ったということですね。
これは明らかに国際法違反だと思います。国連憲章についての違反ですし、安保理の決議もないままにやっていますね。さらにマドゥロと夫人を拘束しているわけですから、国際人権規約のB規約(自由権規約)に明らかに違反をしているということで、国際法並びに現在の国際秩序のルールをまったく無視した行為が行われたということなんだと思います。
アメリカとしては、マドゥロ政権の打倒という限定的な目的は果たしたから、成功だと思っているとは思うんですけども。しかし中長期的に見た時に、これが世界情勢にどういう影響を与えるのかについては、必ずしもアメリカの国益にもならないし、世界を非常に不安定な方向に向かわせる可能性が十分にあるんじゃないかなと思うんです。
何が関わっているのかというと、先ほどのニュースでも「裏庭主義」と言いましたけれども、アメリカの言い分で言うと「モンロー主義」という考え方が前面に出てきている問題があります。昨年の12月、1ヶ月ほど前にトランプが国家安全保障戦略を打ち出して、あらためてこのモンロー主義を取っていくんだと唱えたわけです。
モンロー主義とはいったい何なのか。これもだいたい200年ぐらい前の話なんですけれども、モンローという第5代のアメリカの大統領が、北米から中南米まで含めたアメリカ大陸は自分たちのテリトリーであると(宣言した)。
ヨーロッパのほうに自分たちは手を出さない代わりに、お前たちこっちに手を出してくるなよというバーターですね。自分たちの裏庭だということを明確に宣言したのがモンロー主義というもので、これを現代に採り入れていくんだというのが、トランプが公然と発言をした方向性なわけです。
つまりこれはバーターなわけです。アメリカは中南米の利権は自分たちのものですよと。だからキューバも、あるいはグリーンランドも、カナダは51番目の自分たちの州だとか言い始めていて、アメリカの権益をここでしっかりと確立しますよと。その代わりのバーターなわけですよね。
つまりこれは、ロシアや中国に対して非常に誤ったメッセージになりかねない。「そうですか、それぞれ裏庭を持っていいんですね」ということになると、「じゃあウクライナはロシアですよね」「台湾は中国ですよね」みたいな話に波及していきかねない。アメリカはそれに対して口出しできない可能性がある。そういう国際秩序の大きな転換になる可能性があると思うんですね。
曖昧な日本政府の声明が招く「ダブルスタンダード」のリスク
中島:なので、日本としても対応を間違えると大変なことになる現状に立たされているところだと思います。高市さんはどういうふうに、あるいは外務省がどう発言、表明しているのかというと、「日本政府としては、これまでも一刻も早くベネズエラにおける民主主義が回復されることの重要性を訴えてきます」と。
これなんか、ベネズエラの民主主義、もちろんマドゥロは非常に権威主義的で、選挙に対しての不正があったと見られていたりしますから、その面ではけしからんわけですけれども。どうも「マドゥロが悪い」という文言にも聞こえますよね。ベネズエラが民主主義の原理をちゃんと遂行していないから、当然のことが起きたんだと。民主化がこれからアメリカ主導で着実になっていくのがすばらしい、というような解釈もできる文章が出ている。
もう一つ、「我が国は従来、自由民主主義といった基本的価値を尊重してきました。また一貫して国際社会における国際法の原則の尊重を重視してきました」ということで、国際法を重視してきた表明はしているんですね。
けれども、じゃあアメリカの今回の行為が国際法上どうだったのかについての言及はないんですよね。という、非常に曖昧な態度で、日本の方向性についてはしっかりとは示していないという状況です。これが誤ったメッセージになってしまいかねないと、私は非常に強い懸念を持っているところです。
武田砂鉄氏(以下、武田):現時点で、高市首相の声明に「アメリカ」という文字がなかったことに対して、「なぜ言及しないんだ」という言い方もあれば、「現時点でそういったことを出してしまうと、それこそ機嫌を損ねることになってしまう」みたいなことも言われたりもしますけれども。そのあたりの選択が難しいといえば難しいんでしょうけれどもね。
中島: ですから、こういう国際法あるいはこれまで作ってきた秩序に対するルール違反をやった国に対して、日本が(言わないのは問題です)。イギリスとかはちゃんとおかしいよと言っているんですよね。けど日本が言わないということは「あ、そうですか」と。
例えば、本当に例えばですけれども、中国が台湾侵攻ということが一つ考え得るわけですけれども。そういった時に日本は、いやベネズエラについてアメリカを非難しなかったじゃないかと言われるわけですよね。
なんで中国に対してだけそれを非難するんですか? おかしいじゃないですか? ダブルスタンダードじゃないですか? と言われてしまった時に、日本はそこで非常に大きなカードを失うわけです。
トータルで見た時に、局所的に見たら日本としてはアメリカに気を使わないといけない話になるんですけれども、やっぱりトータルのバランスで複合的に社会は動いていますから。中長期的に見た時にこれで本当にいいんですかということですね。
と、同時に、日米安保を軸に日本の安全保障をずっと考えてきたわけですけれども、それだけではもうどうやっても太刀打ちできない状況が生まれているのも厳然とした事実になってきているので、日本の安全保障政策もやはりまた大きく考え直していかなくてはいけない、という重要な岐路にあると思いますね。
「麻薬」を名目にした攻撃、その先にある石油利権
武田: マドゥロ大統領を拘束した時に、トランプ側の言い分としては「あの男は麻薬の密輸に関わっている、中心的な人物なんだ」という言い方をして拘束をしたわけですけれども。
実際に拘束したら、その後裁判にかけられてはいますけれども、麻薬がどうのこうのというところはあまりトランプ自身は言及せずに、まさに中島さんが最初におっしゃっていたような、裏庭をどうやって広げていくか、「コロンビアもいいね、グリーンランドもいいね」みたいなことを言い始めてしまっている。
ここまで露骨に言っていることに対して、国際世論がなかなか手厳しく言えない状況が出てきてしまっていますよね。
中島: そうなんですよね。麻薬の問題が仮にまあ、もちろんあったわけですね。確かにけしからんことだし、あるいはベネズエラの国内についてもマドゥロの政治は非難されてしかるべきだと思うんですね。
だからと言って他国を侵略して、住人となっている人たちを殺して、大統領を拉致してくることが正当化されるわけがないですよね。これはまったく別の話で、国際法上も別のカタチでマドゥロをちゃんと裁く在り方はあるんですよね。
けれども、こういう強引な方法を使うとなると、「こういうことしていいんですね」となってしまうのが非常に危険ですよね。これにロシアや中国が同調して、自分たちの権益を広げていくなんていうことになると、この第2次世界大戦後の80年間にわたって、細かくいろんな議論のすり合わせをして国際法を整えて、なんとか戦争しない状況を作ろうとしてきた営為が吹っ飛んでしまうわけですね。
こんな帝国主義の時代に本当に戻っていいんですかということが、ちゃんと国際的に問われないといけないと思いますね。
武田: これ、トランプ自身は「第2次世界大戦以降これだけ成功した作戦はなかった」みたいなことを自慢げに語っていたけれど、実際にその拉致をする時にも80人ぐらいの方が亡くなられている事実もある。
つまりアメリカは誰も死者を出さなかったことを、彼自身は成功と言っているんでしょうけれども。これを成功としてしまうと、彼自身また同じような行為をいろんなところでやっていく可能性を警戒しなくてはいけなくなってくるわけですもんね。
中島: そうなんですよね。本当に国際社会に対する誤ったメッセージ、こういうことをやって正当化されるんだという認識を持たれるのもあると思います。
もう一つ、トランプが露骨に言っているのが石油の利権という問題ですね。ベネズエラって僕たちも中学校の時に習ったように、OPEC(石油輸出国機構)の結成メンバーでもあると。もともとアメリカもベネズエラで石油会社が入っていろいろやっていたんですけども。1999年ですかね、チャベスが大統領になった時に、ベネズエラは国有化を進めて、アメリカの大手の石油会社がここから資産を没収されたりしながら出ていかされた経緯があって。
トランプは「アメリカの石油が奪われた」みたいな発言をしているわけですね。そしてこれを取り戻すんだと言っていると。けれど、こういうことは本当に帝国主義というか、他の国の石油の問題に「これアメリカのものなんだ」と言って突っ込んでいくことが本当に正当化されるとしたら、けっこう恐ろしい話なんですね。
じゃあこれを日本は本当に認めるんですかと。他の日本の周辺の国が、そういうことを日本に対してやってきても正当化できるんですかという問題に置き換えて、ちょっと考えてみないといけない話ですね。