2025年2月に新刊『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』を出版した橋口幸生氏をゲストに迎えたトークイベントです。DEIに関するネガティブなニュースの受け止め方など、「企業と倫理」をめぐる課題に向き合うためのヒントを語ります。
社会意識を持ったクライアントとどう出会うのか
なつみっくす氏(以下、なつみっくす):今、チャットに辻さんからご質問が来ました。「社会に想いを持ったクライアントにどう出会うのか、あるいはエシカルの種をクライアントに植えることも大事な気がするのですが、そのあたりにどう向き合われているのかをうかがいたいです」と。
橋口幸生氏(以下、橋口):辻さん、ありがとうございます。これは非常に難しい問題です。ただ、僕がいつも思うのは、クライアントさんも自分たちが必死になって稼いだお金で自分たちの事業をやろうとしているので、そのお金をどう使おうと僕は完全に自由だと思うんですよね。なので、僕は「どのクライアントもエシカルなことをやる意識を持つべきだ」と言うつもりはぜんぜんないんです。
でも、エシカルな志を持ったクライアントって必ずいるので、僕たち広告クリエイターが出会えていないとすれば、出会えるまでがんばるしかないのかなと思っています。

例えばバービーの展示だったら、実現まで3年近くかかっているんですけれども、伊藤忠商事さんと出会ってからは「すぐやりましょう」みたいな感じで、ほぼ即答で実現を決めてくれたんですよね。伊藤忠さんはそこがすばらしくて。
なので、『ジョジョの奇妙な冒険』の「スタンド使いはひかれ合う」じゃないですけれども(笑)、志を持っていると似たような人が集まってくるものなので、そういうクライアントと出会うまで志を持ち続けることが大切なのかなと思います。
過小評価されている日本企業の取り組み
なつみっくす:自分の変化って感じますか? 例えば、いろんなことを手掛けるほど、そういう案件が増えるとか。
橋口:僕の話はさておき思うのは、たぶんみんなざっくりと「日本企業ってイケていない」って思っているじゃないですか。エシカルとかSDGsの文脈でがんばっている印象って、そんなにないと思うんです。
調べてみると、それは必ずしも本当ではなくて、例えばジェンダー平等とかは確かに厳しいですけれども、気候変動とか、日本は相当にがんばっていると思うんですよ。
そもそも中国やアメリカほどCO2を出していないし、日本企業は再生エネルギーの先進的技術もすごく持っていたりするんですよね。例えば「ペロブスカイト太陽電池」という、板みたいにペラペラしていて、壁に貼れる太陽光パネルがあるんですよ。
日本って平地面積がなくなってきているから、ビルの壁とかに太陽光パネルを貼らなきゃいけなくなっています。いろんなふうに形を変えて貼れる太陽光パネルの技術って、今は日本企業が世界トップだったりするんですけれど、そういうことって、意外と知らないじゃないですか。
なつみっくす:知らないですね。
“日本人は世界にダメ出しされるのが好き”
橋口:あと、脱炭素のSBT認証(Science Based Targets)という、科学的な根拠を持った脱炭素の排出削減目標を持っている企業って、確かイギリスと日本が世界トップレベルで多いんですけれども、みんな知らないんですよね。
そういうニュースはぜんぜん広がらないのに「化石賞(気候変動対策に消極的な国に対して国際NGOが授与する賞)を受賞した」みたいなニュースだけは広がるわけですよ。たぶん日本人って、良くも悪くも世界にダメ出しされるのが好きなんですよね。
なので、いいところをもっと広げてもいいと思うんですよ。日本企業は良くも悪くも奥ゆかしくて、かなり先進的な取り組みをしている企業でも、「私たちはまだまだ」みたいなマインドで、あまりアピールしなかったりします。
でも海外の企業って、ぜんぜんできていないのに「私たちはできています」って言い張って、10年ぐらいかけてその状態にバックキャストして持っていったりするんですよね。ずるいっちゃずるいんですけれども、やはり世間的には後者のほうが先進的な企業に見えてしまうんですよね。
なつみっくす:確かに。そうですよね。
橋口:なので日本企業には日本企業の課題があるけど、いいところもたくさんあるので、それを認めることも大切なんじゃないかなって思いますね。
なつみっくす:すごく勇気をいただけるお話ですね。実は(日本企業にも)いいところがいっぱいある。
フジテレビ問題に見る社会の変化
なつみっくす:あと、今日のタイトルに入れたんですが、「バックラッシュ(揺り戻し、反発)を乗り越える」。橋口さんの本でも最後の章に書いてあって、やはり日本側にもアメリカの影響があると思います。DEIのバックラッシュについて、お考えをうかがってもよろしいですか?
橋口:はい。やはりみんな、バックラッシュという言葉を使いたがるんでしょうね。なので、逆の動きがあってもあまり報道されないなと思っています。
例えばマクドナルドとか、有名企業がDEIの取り組みをやめましたみたいなニュースはめちゃくちゃ広がるんですけれど、マッキンゼーは今後も変えないって言ったんですよね。でも、そういうことはみんなぜんぜん知らないじゃないですか。
なぜかあの企業が多様性目標を取り下げましたみたいなニュースは「ざまあみろ」みたいな感じで拡散するんですけれども、逆の動きってなかなか広がりにくいと。
なつみっくす:確かに。
橋口:なのでバックラッシュが過大に見えているところはあると思うんです。けれども、そもそも世の中がそんなに一直線に良くなるものではなくて、やはり行ったり来たりして、10年ぐらい経って振り返った時に、「あっ、ちょっと世の中が良くなったかな」っていう感じになる。そうやって進歩していくと思うんですよ。
日本のジェンダー平等とかも、この10年で進んだかと言われたらぜんぜん進んでいる気はしないと思うんですが、例えばフジテレビの問題が15年前に起きていたら、たぶん「そんなの飲みに行くほうが悪い」で終わって、こんな騒ぎになっていないんですよ。
ちゃんと社会問題化されるようになったので、世の中は行ったり来たりしながら進歩しているんですよね。なのでバックラッシュがあったとしても昭和に戻ることはないよ、とは思いますね。
なつみっくす:確かに。右肩上がりに変化していくことじゃなく、緩やかに行ったり来たりするということですよね。バックラッシュのニュースは聞くけども、「うまくいっています」とは確かに聞かないので、イメージを植え付けられている感じがしました。
橋口:目の前が良くならないことと、10年、20年引いて見ると良くなっているということは両立するので、両方の視点を持つことがすごく大切だと思っています。
長い目で見れば良くなるからといって、目の前で起きている悪いことを矮小化してはいけないですし、目の前で起きている良くないことで頭がいっぱいになって中長期的な視野を失うのは、どっちも良くないと思うんですよ。
なつみっくす:そうですよね。ついつい話題になっていることというか、(目の前の情報に)踊らされているような気がしました。