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社会的共通資本の現在と実践(全2記事)

これからの時代のカギを握る「社会的共通資本」とは何か 占部まり氏が説く“共感力”をベースにした社会システム

「人間はゴリラに学ぶべきだ」と説く霊長類学者の山極壽一氏と、経済学者・宇沢弘文氏を父親にもち、社会的共通資本の提唱と社会実装に向けて活動する占部まり氏が登壇したイベントが開催されました。本記事では、占部氏の基調講演の模様をお届けします。宇沢弘文氏が問い続けた「ゆたかさ」とは何だったのか。経済学の観点から、人々がよりゆたかに生きるための道筋を探ります。

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社会的共通資本があるからこそ、現実との差分がわかる

占部まり氏:2022年5月に京都大学で「社会的共通資本と未来寄附研究部門」が発足しました。

我々は、月に行く科学技術を手に入れました。そして、このように青い美しい地球がのぼってくるのが見られるようになりました。では、このような地球をどのようなかたちで未来世代に繋いでいくのかというのが、我々の研究のミッションです。理論と実装の両輪を回していく研究部門です。

基本的に、人間は成長を求める生き物だと思っています。日々変化していく、その差分がポジティブなものであり、成長であると感じたい。資本主義は人間の特性に合っています。自分が作ったプロダクトが売れた・売れないという非常にわかりやすく“評価”されます。

社会的共通資本は、時に理想論だと言われますが、その理想があるからこそ、現実との差分がわかります。そして、その差分をどのように埋めていくか葛藤し、成功したり失敗したりを繰り返す。その経験をシェアすることが非常に重要なのではないかと考えています。

メンバーも、かなり興味深い方に集まっていただいています。まずは内田由紀子氏です。「人と社会の未来の研究院」の院長になられていますが、彼女のテーマはウェルビーイングです。内田由紀子氏は、ウェルビーイング研究の第一人者で、さまざまな研究結果を発表されています。

特に、個人のウェルビーイングが最大化するような場とはどういうものか。その場のウェルビーイングを最適化するために、個人のウェルビーイングを多少犠牲にしても、という文脈ではなくて、個人のウェルビーイングが最大化されるような場はどういったものなのだろうかという研究をされています。

「昇進した、昇給した」という西洋的なウェルビーイングに対して、「誰かの役に立っている」「大きなことを考えている」といった、東洋的なウェルビーイングを調査した研究では、日本人は西洋的なウェルビーイングが諸外国に比べてやや低めです。ただ、が「社会の一員として幸せかどうか」という東洋的ウェルビーイングの視点で調べると、なんら遜色がないというデータが出ています。

地球温暖化に対する農業の寄与は約20パーセント

もう1人が広井良典氏です。『人口減少社会のデザイン』など多くの書籍を出版されています。、研究範囲も広いのですが、日立との共同で、「2050年、日本が持続可能であるような社会はどのようなものが考えられるか」と、2万例のシミュレーションを行って社会を考えていこうという、おもしろい研究があります。

彼らの試算によると、東京に対して都市機能を一極集中させると、確かにインフラコストなどは低くなりますが、ある程度は都市機能を分散させる。それは行政コストをある程度受け入れるということなのですが、分散させたほうが幸福度や出生数といったものの持続可能性が高くなるといった研究結果が出ています。

そして3番目にご紹介するのが、ソニーコンピュータサイエンス研究所のシニアリサーチャーで、クロスアポイントで研究していただいている舩橋真俊氏です。協生農法・拡張生態系を中心に生物多様性や表土の再生の研究をされているのですが、協生農法はなんとブルキナファソの砂漠を1年で農地化してしまったくらいのパワーがあります。

果樹の周りにいろんな植物を混成密生させて植える、「耕さない・肥料をやらない・殺虫剤をまかない」という三原則を満たしたものです。食糧生産を目標にした場合は協生農法といい、それ以外も含めた場合を拡張生態系と表現しています。表土を再生するとともに生物多様性も上がります。

農業は植物を育てているので、地球環境に対して負荷が少なそうに見えるのですが、地球温暖化に対する農業の寄与が20パーセント程度あると言われています。

農業のかたちを変えることで持続可能な社会へ

土を耕すことによって、土中に固着していた温暖温室効果ガスが放出されますし、大規模な農業を行えば、機械を使ったり、作ったりするものは全部化石燃料を利用することになるわけです。農業に対しての新しいかたちを考えていくことで、持続可能な社会を生み出すことができるのではないかと思っています。

アフリカでは、農地として、単一の植物を育てていると土の中の特定の養分が枯渇して、砂漠化してしまいます。砂漠化したら次の農地となる場所に向かいますので、食料生産が砂漠化につながってしまうんですね。

協生農法の理論に則りフィールドを作った場合に、1年で砂漠が密林になり、育った野菜は150種、ブルキナファソのとある農家の農業収入は30倍にもなり、ブルキナファソは協生農法の導入をきっかけに、憲法の中に「持続可能な農業」という文言を入れるまでに変わりました。

拡張生態系は、医療、介護、教育に応用できます。漢方の薬草等々を植えると、お互い切磋琢磨するので、慣行農法に比べて薬効成分の濃度が高くなるんですね。

また、老人ホームのフィールドで育てることで、拡張生態系に接する機会が生まれ、ここで採れた野菜を食べると、体内の微少な炎症を抑えるという研究結果が出ています。

アルツハイマー型の認知症では脳内に、アミロイドβタンパク質が沈着しているので、それが原因なのではないかと、多くの研究者が多額の研究費をかけて研究を行いました。しかし残念ながら、完治に至るような、もしくは非常に効果がある治療薬は生まれていません。

アミロイドβタンパク質が沈着することが問題ではなく、その前段階としての微少な炎症反応があり、そこに沈着することが問題なのではないかとの研究もあります。協生農法の植物を摂ることが、人間のいろんな健康状態に対して良い影響があるのではないかとという研究結果が出てきています。

腹落ちしづらい「多様性」を理解するための道筋

教育というのは化石燃料を一方的に使うだけで、教育機関だけではサステナブルを目指すことはできません。しかし、教育に対するフィールドを協生農法で行うことがあれば、大きなインパクトが出てくるわけです。

こちらの写真は、六本木ヒルズのシネマコンプレックスの上で行われている拡張生態系の実証現場です。ご覧のとおり、本当に多彩な植物が混成密生し、楽しく育っています。

ハーブティも非常においしいのですが、先ほど教育応用と申し上げたとおり、人間の多様性や生物多様性を、現代社会、特に都市で感じることは非常に難しいんですね。

この部屋の中で可視化できる生物は、人間が95パーセント以上を占めます。虫がいればそれだけで、ということです。人間に関しても、確かに人それぞれ違って多様ではあるのですが、基本形として、頭が1つで胴体が1つで、手足の数は多少変わるものの、かたちは変わりせん。

なので、いくら多様性の大切さを言われてもなかなか腹落ちしないですが、このようなフィールドで、実際に自分が育て始めた野菜や花々が多種多様に助け合って育っている現場を見るのは、教育に対して大きな効果があるのではないかと思っています。

世の中を変える「変人」を、時に凡人が壊す

ダスグブタレポートのパーサ・ダスクプタ氏とは、ケンブリッジの大学院生時代から父との交流が始まりました。

かれはレポートの中で「今から3倍の速度でイノベーションを起こると、2030年にエコロジカル・フットブリントが地球1個分、つまりサステナブルな地球にすることができるけれども、これは現実的ではないよね」といったレポートをまとめています。

舩橋さんの試算では、拡張生態系からGDPの4.3パーセントを生み出すことができれば、2030年にはエコロジカル・フットプリントが地球1個分になるだろうという試算が出ています。

簡単に言いますと、1,000円儲ける時に43円は拡張生態系から儲けるシステムを構築すれば、サステナブルな地球が2030年には戻ってくる可能性があるという、勇気づけられる試算です。

こういった研究を踏まえ、我々はローマクラブの「成長の限界」への実践解を出したいと思っています。

先ほど「理論と実践」と申し上げました。父は数理経済学を使い、理論的なものを深めていましたが、自動車問題・水俣病といった環境問題、成田空港問題は日本の農業とも非常に密接な関係があるのですが、そういったものに対して手を動かしながら、理論を深めていった珍しいタイプの学者でした。

変人が世の中を変え、凡人が支える。しかし、その変人を時に凡人が壊してしまいますので、みなさまの周りにいる変人は、ぜひ大切にしてください。当然のことながら、変人が理解されるのには時間が必要となりますので、長い目で見守ってください。

いじめや嫁姑問題の一因はオキシトシンの分泌

そして今、均質であることが求められている気がしますが、周りと違うことの価値、周りと違うからこそ社会変革を起こせるということを、肝に命じていきたいなと思っています。そして、多様性が非常に重要視されています。

共同体・コミュニティは共感から成立するのですが、共感に対して非常に大きな役割を果たしているホルモンが、オキシトシンです。

例えば、マッサージをされると気持ちいいじゃないですか。その時に、当然マッサージされている人はオキシトシンが出るのですが、実はマッサージをしている人もオキシトシンが出ます。ハグをする時にはお互いにオキシトシンが出るんです。お互いに幸福な感情をコミュニケートする、非常にいいホルモンなんです。

このオキシトシンは男性も出るのですが、一番多く分泌されるのが、子宮収縮、出産の時です。そのオキシトシンが最大化された時に、母親と子どもの緊密な関係性が出来上がるのですが、オキシトシンで強く結ばれれば結ばれるほど、他者に対する攻撃性が高まります。

奥さんやその他家族、ご自身で出産された方も経験されたことがあるかもしれませんが、出産後は他者に対する反応が厳しくなる、パートナーに対して厳しくなる、嫁姑関係が悪くなるというのは、実はこのオキシトシンによって緊密な関係性が出来上がることが一因です。

小学校などでのいじめの問題もオキシトシンで分析することもできます。女の子の仲良し3人グループのうち、2人がオキシトシンで結ばれてしまうと、そこの関係性を強化するために、もう1人の子を攻撃し始めるといったことがあります。

オキシトシンは活用しつつも、対外的な攻撃性を上げないようなシステムを作っていくことが重要となります。ですのでコミュニティを緊密にしすぎると、コミュニティ外の人が排除されてしまいます。

病院のお見舞いに来る人数で死亡率が変わるというデータも

共感についてもう少し述べると、例えば、大雪の中で政治家が自身の考えを言っている。その考え方に共感はできないけれども、「この大雪の中で大変だな」ということに対しては共感できる。

多彩な共感があるのです。「あなたの考えていることは理解はできないけれど、そこで立って話していることは大変だよね」というかたちの共感もあります。そういった、多彩な共感で多様性を受け入れられる社会が必要なんじゃないかと思います。

そして基本的には人間の根本はわかり合えることはないということも意識することが重要だと思います。

とはいうものの、医療でも人とのつながりは非常に重要です。これは急性心筋梗塞の患者さんの死亡率で、アメリカのデータなので日本に即応用できるわけではありませんが、誰もお見舞いに来ない人は7割が死んでしまいます。

それが、1人来ると43パーセント、2人以上来るとなんと26パーセントにまで下がります。このインパクトの大きさ、おわかりいただけるかなと思うんです。

森川すいめいさんという精神科医が「自殺希少地域」へ行くという本を出版されました。日本の中でも自殺が特異的に低い地域があり、そこを訪れたときの様子を書かれています。

北欧などはコミュニティが良くて、家族関係もいいという面が強調されて報道されますが、クリスマス前後の自殺率が非常に高くなります。先ほども申し上げたように、家族などとオキシトシンで結ばれなかった人の孤独感は、大きなものになってしまうのです。

愛があるからこそ生まれる怒りや悲しみとの向き合い方

では、自殺が少ない日本の地域で何が起こっているかというと、「ゆるやかなつながり」がたくさんあるのです。緊密なつながりができてしまうと、数は増えないのですが、ゆるやかなつながりはたくさん作ることができるのです。

そういったものは、先ほど山極先生がおっしゃっていた音楽やリズムで結ばれる、言語ではないつながりなのではないかなと思っています。

「ゆたかさ」ってなんだろうなと。先ほどは余剰であると申し上げましたが、受け入れられる経験、受け入れる経験が、ゆたかさにつながるのではないかとも思っています。

恋と愛の違いは、心はどこにあるのか。恋は心が下にある、愛は真ん中にある。愛とは何かというと、「相手がこうしてくれたらいいな」という気持ちである。法然院の梶田真章さんの言葉なのですが、たいていはうまくいかないのですね。

「愛するあの人が、あんなことをしてくれればいいのに」「愛する子どもが、しっかり勉強してくれればいいのに」というのは、たいていはうまくいかない。そこで生まれる怒りや悲しみを、怒りは置いておいて悲しみをもって願っていきましょうというのが、仏様の言う「悲願」だそうです。

そうすると、我々の悲願は平和であるなと心から思います。父も、平和というものが一番大切な社会的共通資本であると言っていました。

悲劇が起きる前に、あらためて社会の枠組みを見直す

これは、ベネッセアートサイト直島に置かれている李禹煥氏の「無限門」という作品です。草間彌生氏の黄色いカボチャで有名ですが、実はこの「ベネッセアートサイト直島」というのは、福武總一郎さんというベネッセコーポレーションの名誉会長が、現代資本主義に対する怒りに対して、現代アートで闘っている場所なんです。

ただアートで人を呼んでいる場所ではないのです。「無限門」という作品は、ただの鉄の板ですがこの鉄の板があることで風景が切り出され、より鮮明に心の中に残る。社会的共通資本も、この「無限門」のようなものであると私は考えています。

誰しもが大切な、ゆたかに暮らすために必要な社会的共通資本ですが、ふだんはなかなかその大切さに気がつかない。それが災害や戦争などによって奪われた時に、初めてその重要性に気がつく。

できればそういう悲劇的な問題ではなく、もっと違うかたちで、あらかじめ社会的共通資本という大切なものを考えていく。そういった枠組みとして重要なのではないかなと思っています。

父は「原典にあたれ」とも申しておりまして、ぜひ興味を持たれた方は本を手に取っていただきたいなと思います。

いつもこのスライドで最後にしています。私の父は、冷静な頭脳と温かい心を持っており、その手元には、大好きな“魔法の水”が必ずありました。彼が講演していれば、たぶんここにもありました。そして、右手に見える湯飲み茶碗の中にも必ず魔法の水が入っていました。

スピリッツほど濃いものは好きではなかったのですが、彼の中には、やはりゆたかな社会を経済学から考えるというスピリットとともに、スピリッツがありました。「a warm heart and a cool head with spirits」という複数形のスピリッツで、終わりにさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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