2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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山極壽一氏:難しい経済の話は占部さんにお任せするとして、私はわかりやすい話をしていきたいなと思います。
2023年の7月に地質学者が、「人新世(Anthropocene)」を1950年代以降にしようと提案しましたよね。これは本当に考えなくちゃいけないことで、2022年に人口は80億人を超え、この100年間で4倍になってます。
人の影響が非常に大きいということで、まさに地球の限界を表す「プラネタリーバウンダリー」の指標の4つが、もう限界値に達しているということです。これはやはり人類の進化と文明史を振り返って、「我々がどこかで間違えたんじゃないか?」ということを考えなければならない時代にきていると思うんですね。
人新世に至った考え方を振り返ってみると、「我々は進化の勝者である」という驕った考え。それから「言葉」というもの。これは特に欧米の人たちがそうなんですが、言葉の獲得が人類の知性を向上させたんだという考え方。
それから1万2000年前の食料生産によって人口の拡大が始まり、人類の人類的な生活が始まったんだという考え方。そして産業革命によって新たなエネルギーを獲得し、現在の経済や政治のシステムができた。
無限の成長を続ける経済システムは今の時代も続いておりますが、それに依存する考え方。そして今、我々が直面しているのは情報革命ですよね。このグローバル化は正しいんだろうか。
でもよくよく考えてみると、科学技術によって富を増やし、これまでの集団内外のコンフリクトを、富を再分配することによって解消してきた。
これは先ほど申し上げたように、プラネタリーバウンダリーで地球の限界に達しているんだから、もうパイは拡大できないですね。そうしたら今までとは違った考え方をしないと、このコンフリクトは解消できない。
今はロシアによるウクライナの軍事侵攻だとか、あるいはイスラエルとパレスチナの衝突が起こっている。この解決の糸口がぜんぜん見えてないわけでしょう。
人類の進化をちょっと振り返ってみると、3つの大きなエポックがあったと思います。700万年前にチンパンジーとの共通祖先から分かれて、二足で立って歩き出した。
これによって、自由になった両手で食料を運ぶということが起こって、安全な場所で人々は食事ができるようになった。これは人類だけの特徴です。チンパンジーは食物分配はしますが、食物を運ぶことはしないですからね。これが人類の最初の文化、「食事」という文化の始まりだと思っています。ここから人類の社会は出発した。
200万年前に脳が大きくなり始めた。これは集団規模が拡大し始めたことと連動しているという仮説があります。人類は初めて誕生の地・アフリカから出て、ユーラシア大陸へと足を踏み出した。この時大きなことが起こったということです。
それから最後に言葉が出てきた。これは7万年から10万年ぐらい前だと言われています。言葉をもって、人類はユーラシアだけではなくて、新大陸やオーストラリア大陸へと足を伸ばしたということになります。
それを概観してみると、人類は弱みを強みに変える戦略によって社会力を強化してきたと思います。だって直立二足歩行は、弱みがいっぱいあるわけですよね。速力に乏しいし、敏捷力に乏しいし、木に登る力も失った。だけど手が自由になったことによって、食物を運べるようになった。食事という文化はその成果ですね。
もう1つ最近私が考えているのは、直立二足歩行が「歌う能力」を向上させたということです。二足で立つことによって、手が体を支えなくてよくなった。胸の圧力が解けて、いろんな声が出せるようになった。
そして直立したおかげで支点が上がって、上半身と下半身が別々に動くことができるようになって、踊る身体を手に入れた。これで「同調」という人間特有の能力が生まれたわけですね。
人類の脳はゴリラの3倍大きいんですが、みなさんは脳が大きくなった理由は何だと思ってらっしゃいますか? おそらく言葉を話すことによって、世界に名前をつけて、物語を作り、物語を仲間と共有することによって、記憶量を増やす必要があった……みなさんそう考えてると思うんですが、我々はそうは考えません。
だって先ほど言いましたように、言葉の発明は7万年から10万年前で、人類の進化の99パーセントは言葉がなかった。そして脳が大きくなり始めたのはいつかというと、200万年前です。この時、人類は言葉を話していなかった。だとすれば、いったいどういう理由で脳が大きくなったんだろうか。それを考えた人がいます。
脳容量が現代人並みになったのは現代人の時代ではありません。現代人の2つ前のホモ・ハイデルベルゲンシスは、すでに現代人並みの1,400ccに達する脳容量を持っていた。
だから、言葉をしゃべり始めたことが脳を大きくしたのではなくて、脳が大きくなったことが結果的に言葉をしゃべるようにした、というふうに考えたほうが正しいんですね。
ロビン・ダンバーというイギリス人の霊長類学者が、人間以外の霊長類の脳を比較しました。脳は新皮質と旧皮質に分かれていますから、その比率を取ってx軸にその値を並べた。そして縦軸にはそれぞれの種が暮らす集団の規模、集団サイズを取ってみた。
そうするときれいな右肩上がりになるということは、仲間の数が増えると、仲間と自分の関係や、仲間同士の社会関係をよく記憶しておくほうが有利に生きられるので、そのために脳が大きくなったんだということが予想できるわけですね。
この相関係数から、化石人類の脳の大きさの推定値から、当時の人類の集団のサイズを出してみました。
200万年前に脳が大きくなったわけだから、その前はゴリラと同じ集団サイズで、10人から20人です。この時は脳が500cc以下で、それが600ccを超えた時に30人になり、そしてだんだんと50人、100人、150人となって、現代人の脳の大きさに匹敵することに気がつきました。
そうするとおもしろいことに、「ダンバー数」と呼ばれる、現代人の脳に匹敵する150人という数は、実は食料生産を自分たちでせずに、自然の恵みに頼って暮らしている人……いわゆる狩猟採集民の集団の平均値に匹敵するということがわかってきた。
ということは、言葉を話し始めても、1万2000年前に食料生産が始まるまでは、人類は150人ぐらいの集団で暮らしていた。脳はそれ以上大きくなってないわけですから、これはぴったりきます。
だけど、そのあとが問題ですよね。農耕・牧畜によって食料生産が始まったあと、人類はだんだんと集団規模を拡大しました。現在は数千人、数万人という規模の社会で我々は暮らしているわけだけれども、脳は大きくなってないんです。逆に脳のサイズは縮んでいるという話があります。いったいこれはどういう現象なのか。
もっとおもしろいことがあって、現代でも、人類が進化のプロセスの中で達成してきた集団規模とコミュニケーションタイプは生き残っているんですね。これが次の占部さんの話につながります。
「10人から15人」という、ゴリラと同じ集団サイズとはいったい何なんだろうかというと、スポーツの集団です。ラグビーが15人、サッカーが11人、バレーが6人から9人でしょう。これ以上のスポーツの集団ってほとんどない。これは、言葉がなくても身体を共鳴させて、1つの動きを作れる集団なんですね。
実際に私が調べてきたゴリラも、言葉をしゃべらないのに群が1つの生物のように動くことができる。この能力を未だに人類は持ち合わせているってことですね。
「30人から50人」は何かというと、学校のクラスの数です。毎日顔をあわせているから顔と性格が一致していて、誰かがいなくなったらすぐわかるし、その欠落を誰かが埋めることができる。
そして誰かが提案して動き出したら、その集団はかろうじて分裂せずに動くことができる。だから、学校のクラスは先生が1人でコントロールできるわけですよね。
学校のクラスだけじゃなくて、宗教の布教集団や軍隊の小隊もこの規模だし、そして会社で言えば、課や部の規模がこれに匹敵します。こういうものを未だに我々は持っている。これは原則として、言葉が触媒になっていないということですよね。
じゃあ「150人」というダンバー数は、いったい何を表しているのか。これは「社会関係資本」だと私は思っています。占部さんが話すのは「社会共通資本」ですが、社会関係資本とはいったい何だろうかといったら、英語で言えば「ソーシャルキャピタル」です。
何かトラブルや悩みを抱えた時に、疑いもせずに相談できる相手の数の上限です。上限ですから、ふだんは150人も持っていません。これも実は言葉を原則としているわけではなくて、過去に喜怒哀楽を共にした、身体を共鳴させたことのある仲間の数の上限です。
身体を共鳴させるとはどういうことかといったら、スポーツをしたとか、音楽を一緒に歌ったとか、あるいはボランティアワークを一緒にした、という経験です。それがこの社会関係資本を作る。だから、それ以上大きくならないわけですね。
実は言葉というのは、その社会関係資本の外にいる人たちと交渉したり、商売したりするために生まれたのではないかと私は思ってるんですね。
それを現代の日常生活に落とし込んでみると、10人から15人の「共鳴集団」というのは、家族や親族だと思うんですね。生まれつき一緒に暮らしているから、後ろ姿を見ただけで気分がわかる。それが10から15個ぐらい集まって地域集団を作っている。これは基本的に音楽的コミュニケーションによってつながっていると思っています。
じゃあ、音楽的コミュニケーションっていったい何かといったら、お祭りのお囃子が良い例なんだけれども、これは音楽そのものです。
だけどマナーやエチケット、それから服装、食事、家の調度品や家の構造、家並、通りの作り方は、すべて人と人とが自然の流れに沿って交流できるように作られる。これは音楽的な流れと一致します。
だから我々は、言葉という意味のあるかたちでつながり合っているわけではない。地域コミュニティというのは、音楽的な流れに沿ってつながり合っている集団ではないかと思うんですね。その外にいる人たちと、情報処理能力を増加させて、言葉というコミュニケーションを使って付き合っているのではないだろうかと思えるんですね。
じゃあ言葉のない時代は、我々は何を触媒にしてコミュニケーションを取っていたのか。今、我々は言葉を手放すわけにはいかないから、それを確認するわけにはいきません。それを、言葉をしゃべらない猿や類人猿たちが教えてくれる。猿と類人猿の間に大きな壁があるということを私は知りました。
ニホンザルは対面交渉を長続きさせることができないです。というのは、相手を見つめるのは強い猿の特権であって、弱い猿は強い猿から見つめられたら視線を避けなければいけないわけです。
あるいは、ニッと歯を剥き出すことをグリメイスというんですが、自分に敵意がないことを相手に知らせないと、挑戦したと思われて攻撃を受ける。だから対面交渉が続かないんです。
でもゴリラは、10センチから20センチぐらいまで顔を近づけて対面します。これはけっこう頻繁に現れるんですね。あいさつや仲直りといった、社会交渉の非常に重要な手段として使われている。
省みて、人間も対面交渉ができるんだろうかと思って見てみたら、やっていたんですね。みなさんもここに来るまでに、何人かの人たちと対面交渉をしてきた。いったい何をしているのかといったら、おそらくしゃべっていますね。
でも、我々研究者は天邪鬼だから、しゃべるという行為は声を出して意味を伝え合う行為だと思うんですね。そうしたら別に、声は聞こえるわけだから、後ろを向いてたっていいわけでしょう。なんで対面するの? という話になりますよね。
しかもゴリラの対面交渉と違うのは、顔をこんなに近づけないってことですね。人間は1メートルぐらい離れて付き合うのが得意なんですよ。じゃあなんで離れるのかといったら、その理由が目にありました。
「対面する」という行為は、ゴリラや類人猿と人間はよく似てるんです。ところが目を見ると、類人猿の目は猿の目と一緒で、人間の目だけが違う。
何が違うかというと、横長で、なおかつ白目があるってことですね。このことによって、対面すると目の微細な動きをとらえることができる。目の微細な動きから相手の気持ちを読むという能力が人間にはあるんですね。
しかもこれは親から教わったこともないし、学校で習ったこともない。人間が生まれつき持っている能力です。これがチンパンジーにないということは、700万年前に人類がチンパンジーと分かれてから、人間だけに現れた特徴なんですね。
そして世界中の人間が白目を持っているということは、人間が世界中に広がる前に白目が現れたということを示している。そして相手の気持ちを知るために必要だということは、人間はどこかの時点で共感力を高めたということがわかりますよね。
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