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パネルディスカッション「遠距離介護・同居介護、どう考えていくのがベスト?」(全4記事)

ビジネスケアラーが語る、介護と仕事の両立で失敗したこと 「事前の知識がない」状態で介護に突入しないために

団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、仕事をしながら介護もする「ビジネスケアラー」が増加していきます。「大介護時代に、『すべての人の物語』が輝く世界を。」 をビジョンに掲げる株式会社リクシスが主催するビジネスケアラー会議では、「働きながら介護している人が、当たり前に輝く社会」を目指すためのヒントを、働き方の専門家や介護経験者が語ります。本セッションでは、後半のパネルディスカッションをお届けします。ノンフィクション作家の松浦氏が、8年半にわたる母親の介護生活の、後半から現在にかけて出来事を語りました。 ※前半の基調講演はこちら

介護のストレスがピークを迎え、母親を叩いてしまう

佐々木:そして(介護の不安レベルの)次のピークが2016年11月に来ています。

松浦:この時期、母の状態がものすごく悪くなっていったんですよね。もう軋轢がひどくなって喧嘩になって、本に書いたのをあまりにもあちこちでしゃべらされるんで、今、後悔してるんですけれども。母を叩いちゃったんですよ。

佐々木:そうだったんですか......。

松浦:そこで、妹とケアマネさんが非常にうまく介入してくれて。僕は「これはもう同居は無理だ」と発想を変えたわけです。ただ、母自体は「もう絶対にこの家で暮らしていくんだ」と主張し続けていて、それ自体がもう、ストレスだったわけですけれども。

「こういうことが起こるって知っていた」と語る妹

佐々木:ちなみに、妹さんとケアマネさんの適切な介入は、どんなかたちで始まって、どんなタイミングであったんですか。

松浦:ドイツにいる妹はだいたい週に1回Skypeでつないで、僕自身もふくめ母に顔合わせしてたんですよね。とにかく、何が起きてもとりあえず話すという下地ができていたのは大きいです。

佐々木:そういうことなんですね。

松浦:「母を叩いちゃったよ」って話をしたら、彼女(妹)は僕を責めるんだけど「わかった。じゃあ、ケアマネさんに私から連絡しとくから」と言ってくれた。

「できた妹だなぁ」と今でも私自身は思ってるんです。それには前段階の話があって。実は彼女の親友のお母さんが若年性認知症で、親友が大変苦労している姿を妹は横で見ていたんです。だから彼女は、僕が何を思っていたかをだいたいわかってたみたいですね。

その若年性(認知症)のお母さんは、お父さんが最後まで面倒見たんだそうです。でもやっぱり自分の妻の介護をするのは大変なストレス。そこで暴力沙汰が起きて、娘さんは大変に苦しんだと。それを妹は横で見ていたもんだから、「こういうことが起こるって知っていた」って。

施設に入れて罪悪感は残るものの、ストレスレベルは低下

佐々木:そういうプロセスを経て、最後まで嫌だとおっしゃっていたグループホームに入れられたのが2017年ということですか。

松浦:2017年1月末です。

佐々木:こちらにも、どうしても罪悪感が残るって書いてありますが。

松浦:そうですね。結局最後まで母は嫌だと言っていたものもあるし、騙すようにして連れてっちゃったというのが正直なところですから。「どうせ記憶が続かないんだからなんとかなるだろう」みたいな計算もあるんですけれども、それでもやっぱり罪悪感は残るわけですね。

罪悪感があるから、せっせと通う。そんなもんだから、その次に書いてあるように「家に帰せ」「飯がまずいからなんとかしろ」「退屈だから本を持ってこい」だとかって攻撃してくるようになるわけです(笑)。

佐々木:そういった意味では、心理的にも、(ストレスレベルが)3までは……。

松浦:それでも距離を取ると、それだけストレスは下がるわけですね。

佐々木:同居されている時よりは少し距離感があって。落ち着かれてというところが続かれたわけですね。

入退院を繰り返し、介護レベルが上がる「病気ロード」の始まり

佐々木:ただ、グループホームにいれば少し距離感があるので、その後の(スライド資料に書いてある)「病気ロードが始まる」で、また(ストレスレベル)10がやってくるのが、とても意外だったんですけれども。

松浦:そう。グループホームは介護保険で運営されていて、これが病気になって入院すると健康保険になるんで(介護保険の)管轄から外れるんだそうです。つまり病院に入院すると、世話は全部家族に戻ってきます。

佐々木:となると入院してしまうと、一度グループホームから出るかたちになるんですか。

松浦:そうですね。母の場合、さすがにそういうことはなかったんですけれども、入院が長期になると1回退所することになるんだそうです。いつまでも(グループホームを)空けとくわけにはいきませんから。

佐々木:なるほど。

松浦:病院に行くと、今度は(母の)世話がこっちに戻ってくるんで、また、せっせと病院に通うことになるわけですね。6月に脳梗塞、年を越してその次の4月に今度は転倒で大腿骨の骨折、よくあるパターン。

佐々木:介護の段階ががっと上がるパターンで、典型ですよね。

松浦:そうです。これで、もう(母は)この後歩けなくなって、車椅子生活になっちゃうんですけれども。

体調不良から寝たきり、そしていつ死んでもおかしくない状態に

松浦:この母が転倒骨折して入院している時に、病院にオートバイで通っている私が交通事故で骨を折るという。

佐々木:それは、本当に大変でしたね。

松浦:結局、骨を折っている母のところに自分が松葉杖で通うことになってしまって。

佐々木:お疲れだったこともあるのかもしれませんけど、そういう時はけっこう重なりますね。

松浦:偶然なんでしょうけれども、本当に悪いことは重なる時がある。その後、11月に母に体調不良があって。まぁ、何が体調不良の原因なのかわかんなかったんです。それで状態が悪くなって、要介護5になっちゃう。寝たきりってやつですね。

寝たきりになって、その1月に熱を出して緊急搬送して、病院でCTを撮ったら「大動脈瘤ができてます。大動脈解離も起きています」って。

佐々木:ええ、そうなんですか......。

松浦:本当に「え?」ですよ。大動脈解離って普通なら起きた時点で死んでしまう病気じゃないですか。大動脈瘤だって、破裂したらそこで一巻の終わりです。

ところが母の場合大動脈解離は起きてるんですが、まだ生きてるっていう状態になって。たまにそういうことがあるのだそうですね。で。お医者さんに「ここからいつ死んでもおかしくないです。普通ならすぐにでも手術しなくてはいけませんが、手術ももうお年ですからできません」って言われました。

コロナ禍で会わなくなり、「お前は誰だ」と言われる

松浦:ホーム長から「そろそろ心構えしてください」と言われてからは、精神的にものすごくきつくなりましたね。でもここから(ストレスレベルが)10、8、6、5、4って下がっていくのは、そういう状態に慣れていくんです。

佐々木:そういうことなんですね……。

松浦:今度はいつ死ぬぞというのに慣れていくというのが2019年です。頭の上に「いつ死んでもおかしくないぞ」という剣が下がってるような状態が当たり前になってくる。

佐々木:そして、コロナもあって2020年。

松浦:そうです。だけど、コロナで今度は楽になるわけですね。会わなくていいから。ある意味会わない言い訳ができるわけですから。あんまり会わないでいると、今度は僕が(誰か)わかんなくなっちゃう。これは行ってなかったからではなくて、もう完全にアルツハイマーの進行からですね。

佐々木:そうですよね。

松浦:ええ。その年の10月に、今度は胆管炎からの胆のう炎発症という病気をやりまして。普通だったら、胆のう除去手術を受けるんですが、今度はお医者さんから「もう身体の衰弱が進んでいるので手術できません。とりあえず応急処置として体の外からドレーンっていうチューブを差し込んで、胆のうの中に入れて、胆汁を排出し続けるようにしましょう」って言われました。

看取り介護に切り替わることでの家族側の変化

松浦:そこから先は、お腹にチューブを刺した状態で寝たきりになり、「ここからは看取りにしましょう」とホーム側から言われて、「はい、看取りにする」ということに。看取りってことは、何か大きな、生命に危険があるような状態になっても、積極的な治療というよりも、むしろ苦痛を除く方向に力を入れるという。ホーム側の対応が変わるという意味がある。

あともう1つ、家族の側で違うのは、この時、実はずっと新型コロナ肺炎で面会謝絶になっていたんですが、看取り対応になると、若干それが緩みます。つまり、もう時間がないからってことでしょうね。ですから、窓越しに顔を見ることができるようになる。

佐々木:そういう意味で言うと、ストレスレベルが下がっては上がり下がっては上がりで、やっぱり平均で言うと、7~8ぐらいのところがずっと続いていらっしゃる感じですよね。

松浦:特に、ここ1~2年は「もう死ぬ、もう死ぬ」って言われて引っ張ってるみたいな。もう「やめてくれ」という感じです。

佐々木:そうですか......。いや、でも松浦さんは、お仕事もされていらっしゃいますよね。当然ジャーナリストとして、物を書いたり、取材もされたりされていらっしゃると思うんですが。

松浦:なんとか生きていてちゃんと収入が入ってきてるんでなんとか……。税金払ってるからたぶん仕事はしてるんですけれども、実のところ、この間の自分の仕事はあんまり記憶がないですね。

佐々木:。そうでした......。

介護の最中は、執筆の仕事はほぼ止まっていた

佐々木:山中さん、この間そばでご覧になっていたと思いますけれども、お仕事をされている松浦さんの変化など何か気がつかれたことはありますか。

山中:そもそも松浦さんが介護をしていることを、私にはまったくおっしゃってくださらなかったので。これまで順調に続けてきた航空宇宙関係の連載の記事の出稿が、いきなりパタっと止まって、あれ? となっていました。

佐々木:なるほど。

山中:「松浦さん、何をやっていらっしゃるんでしょう」って思って、2年ぐらいしたら、「いや、ようやく親が施設に入ったから、これから原稿を書けるよ」って松浦さんがおっしゃって。「え、介護をやっていたんですか!?」ってこちらはびっくりでした。 

それで「介護っていうのはね、撤退戦なんだよ」という松浦さんの経験に基づくお話を聞いていたら、「航空宇宙よりもその介護の話のほうがおもしろそうですね」ってことになり、「日経ビジネスで連載してください」って。そしたら、すごくおもしろくて大反響になって、おもしろいってのは言い方が……本当に我ながらひどいなと思うんですけれど。

佐々木:いえいえ。

山中:「こんなに読まれるんですから本にしましょう」ってことになったわけです。つまり、介護の最中は、こちらのお仕事はほぼ止まっていました。

仕事と介護の両立は、基本的に1人ではできない

佐々木:松浦さん、介護と仕事とちゃんと一緒に両立できたなぁって思われてる時期はどのあたりからですか。

松浦:僕は、介護については何もわかってない状態でそのまま突入しちゃったので。良いケース、理想的なケースではないですよね。むしろ、これはやっちゃいけない集みたいな。べからず集みたいなことばっかり、やってますよね。

佐々木:どのあたりが一番べからずだと思っていらっしゃいますか?

松浦:事前に知識がなくて、全部抱え込んじゃったのが一番良くないところです。結局のところ、1人のリソースは、労働力にせよ、時間にせよ、もう限られているんですよ。

だから仕事との両立は基本的に1人ではできないと思ったほうがいいです。どうすればいいかって言ったら、周りから力を借りてくる以外の手はないです。

その周りの力で一番ありがたいのは、公的介護の仕組みです。逆に、そこをうまく使いこなすのが、自分が潰されない、一番大きなポイントじゃないかなと思います。

佐々木:知識で言うと、公的な介護の仕組みについて、ちゃんとわかっていることが一番大きいってことですよね。

松浦:はい、とても大きい要因です。

「誰もが認知症になる可能性がある」と前提にした準備を

佐々木:「認知症も、実はもっと早くわかっていれば」というなことを一番最初におっしゃってましたけど、そのあたりもけっこう大事なポイントなんですか。

松浦:そうですね。ただし、今のところ早くわかっても、認知症の発症と進行は止められないですよね。例えばよく「認知症にならない頭の体操」とか(うたっている本など)が売れてたりするわけですけども、何をやったら防げるのか、本当は今のところわかってないですから。(※注 現時点で決定的な認知症の治療方法はありませんが、生活習慣病への対策が認知症リスクにつながるといわれています。)

仕事柄、僕も論文などを調べたんですけども、はっきりとわかっている危険要素がいくつかある。例えば糖尿病だとか、例えば耳は聞こえないより聞こえるほうがいいとか、そういうのはある程度わかってるんだけれど。

決定的に「これをやれば認知症にはならない」というものはない。今のところ、誰もがなる可能性があるし、いつなるかもわからない。

むしろ、そういうことがありうると前提において、起きてしまった場合に、社会制度をどう使うか知識をつけていく。それも自分がなっちゃったら忘れちゃうわけですから、周りが持っておくしかない。

佐々木:まさに先ほど大嶋さんもおっしゃってたような、事前に知識を得て、なるべく周りに助けてもらう関係性を築く、なんですね。

松浦:そうですね。僕は1人で仕事してますから、「助けてくれ」と仕事相手に言うしかないわけですけれども。職場で、要するに会社で働いてる人と会社の中でそういう関係を事前に築いておく。あるいは、そういう話をできる環境を作っておく。例えばそういう話をしておくルールがあってもいいと思うんです。

佐々木:わかりました。この松浦さんの状況をご覧になってから、山中さんがどうご自身の介護に挑戦されたのか、ぜひうかがいたいので、この後は山中さんのお話もうかがった上で、両ケースを振り返って、比較をしてみたり、パネルディスカッションに移りたいと思います。

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