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日本文化 × Web3の可能性 どう伝統を継承するか(全3記事)

文化は「残すもの」ではなく「必要であれば勝手に残る」 能楽の若き家元が考える「今の人たち」に向けてできること

新型コロナウイルスによって国際観光がストップし、2019年には4.8兆円あった市場が消滅したことで、インバウンド業界は遭遇したことのない嵐の中にいます。今回のインバウンドサミットのテーマは「日本の底力」と題し、観光の枠に囚われない日本が持つ底力、可能性を多様なメンバーによって議論しました。本記事では「日本文化 × Web3の可能性 どう伝統を継承するか」のセッションをお届けします。日本の伝統文化を残すためにはどうすれば良いのか、能楽、香道の家元に話を聞きました。

日本文化 × Web3の可能性を考える

岩本涼氏(以下、岩本):あらためまして、本日はお集まりいただきありがとうございます。このサミットは今回で3回目の開催になります。カンファレンスのテーマは「日本の底力」です。

それこそ、製造業やIT企業なんかはずーっと概念的には負けてしまっている日本国において、「日本国の底力」ということで、観光とか文化とか風土というものを使って、もう一度日本国の力を証明していこうという大目標を設置し、有識者のみなさんにご参加をいただいています。

この中ですと、宝生さんとかは今ご公演の手前で、大変お忙しい中ご登壇いただいています。日本のこの文化を使って、どうやって世界中にこの価値を伝えていけるかというところを一緒に考えていける時間になると、すごくうれしいなと思っております。

YouTubeでも同時配信がされていて、そちらでみなさん見ていただいてるんですが。本当にビジネスマンをはじめとして、文化に対して関心のある方々とか、最新のテクノロジーに対して関心がある方々とか、本当に多種多様な方々が見てくださっております。この議論を通してなんらかのネクストアクションにつながるような動きができると、すごくうれしいなと思っております。

本日ご参加いただいているのは、宝生会から宝生さん、志野流から蜂谷さん。それから竹茗堂の実家の娘さんでありながら、今はオープハウスの社長室で、Web3とかメタバースといった最新のテクノロジーを担当されている西村さんと、私の4名で本日のセッションをお話しいただこうと思っております。

22歳で能楽の宝生流の家元に

岩本:まずは、宝生さん、蜂谷さん、西村さん、私という順番で、1人2分ぐらい、それこそお家元など、みなさんご存知だとは思うんですが、簡単に自己紹介からいただいてもよろしいでしょうか。

宝生和英氏(以下、宝生):トップバッターは私ですね。

岩本:お願いいたします。

宝生:自己紹介させていただきます。ただいまご紹介にあずかりました、能楽の宝生流第二十代宗家を務めさせていただいております、宝生和英と申します。能楽といいますと、日本の伝統芸能では舞台劇のジャンルに含まれるものです。

先代に諸事情があって若くして舞台をできなくなってしまい、その関係で、私が22歳で二十代宗家を継ぐことになりました。そこから思えば14年ぐらい経つわけです。

やはり自分自身、若い家元でした。今でも他の流儀の家元は60代、70代の方という中で、私は30代ということで、比較的若い世代でもあります。そういった意味では、現在のネット環境だったりとか、DX化にも、わりと柔軟に対応できる。

その他に、戦略的な活動を大事にしております。よく言う「普及のために」というような旗印ではなくて、「何をどう普及して、能楽というものでお客さまの幸せに貢献できるのか」ということを思いながら、常日頃活動をさせていただいております。とりあえず、まずはこのあたりで。

自然・地球と向き合う「香道」の文化

岩本:ありがとうございます。次に蜂谷さん、お願いしてもよろしいでしょうか。

蜂谷一枝軒宗苾氏(以下、一枝軒):みなさん、こんにちは。私は、宝生さんの能楽と同じ時代、室町中期に誕生した香道という文化になります。宝生のお家元が二十代だとおっしゃって居ましたが、実は私の父も二十代です。父は82歳ですけども、まだまだがんばって動いています。

私はそこの長男に生まれましたので、将来、さらにこのまま精進して、勉強して、みなさまに認めていただけるのであれば、二十一代目を継承させていただくという段階です。

コロナで不規則ではありますけども、私はどちらかというと国内よりは海外に目を向けておりました。もともと香文化は中国で始まっておりましたし、世界にはみなさまご存知のとおりの「香水」をはじめ、食べるものも飲むものもそうですよね。例えばワインは香りをとても大事にしています。香りと関係ない国や人はいないと思います。

人間としても、また、動物としても、香りというものと親しみがある。そんな文化が室町時代に香道というものに昇華されて、現代まで継承されてまいりました。

私は、これからどのようにして家元を継承するのか。また、素材である香木は日本では採れません。すべてベトナム、ラオス、カンボジア、インドネシアといった東南アジアの国々でしか採れません。そういった国々との関係だとか、自然・地球と向き合うことを考えていかないといけない文化ですので、私はまだまだ「これからどうするか」ということを考えている最中です。どうぞよろしくお願いします。

岩本:ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

実家は天明元年から続く茶店

岩本:次は西村さんお願いしてもよろしいでしょうか。

西村依希子氏(以下、西村):西村依希子と申します。本日はよろしくお願いいたします。

お二人の後で大変緊張するんですけれども、テーマでいくと、私が一番Web3側というところで設定いただいたのかなと思っております(笑)。

現在はオープンハウスに勤めております。そもそも為替のディーラーだったところから、2015年ぐらいからビットコインや暗号資産について興味を持ちました。金融庁さまのほうに「金融機関が暗号資産を扱うにはどうすればいいのか」とお話ししてまいりましたところ、業界団体、あるいは自主規制団体を立てるようにというご助言をいただいて、協会を立てました。

それからずっとブロックチェーンのど真ん中を歩んでいるわけなんですけれども。最初にご説明いただいた通り、実家が静岡の竹茗堂茶店というところで、お茶の関係をずっとしております。

前のお二人に比べると最近始めたばかりなんですけれども、父で九代目になりまして、天明元年の創業となります。文化というよりかは、本当に顧客接点でお茶をずっと売ってきたというところです。

静岡に「狐石」という観光名所がございまして、そこの石にうちの初代が詠んだ「やっと静岡のお茶の色が安定したんだ」という内容の詩が刻まれております。その代から「やっぱりイノベーティブな血がずっと流れているのかな」とこじつけますが、今もやっぱり最新のテックが好きというところで、血を感じるところでございます。

本日はよろしくお願いいたします。

岩本:ありがとうございます。お願いいたします。

9歳で茶人の姿に感動して、裏千家に入門

岩本:最後になりますが、あらためまして自己紹介させていただきます。

私は岩本涼と申しまして、実家がお茶屋さんでもお家元でもまったくないんですが。9歳の時にテレビを見て、茶人の姿に感動してお茶を始めたというかたちで、裏千家に入門しました。そこから16年、一生懸命精進をしてまいりました。

自分が9歳から16年間やってる中で、文化というものに価値があると自分自身は思いながらも、社会がそれを受け入れてないといいますか。文化の価値が社会になかなか伝わりにくい環境にあるなというのが、すごく悔しくて。

自分自身が価値を感じたものを、もっともっと社会に浸透させるようなかたちはどうやったら作れるの。そういう思いから、21歳の時に学生起業をいたしました。今はTeaRoomという会社の代表をしております。

具体的には、文化の普及、文化の接点による産業作りという事業をしています。その中で、それこそ「伝統文化」と言われるものですとか、あとは日本に眠っているアセットですね。本当に無形・有形問わず、日本には文化のアセットが大量に眠っております。それをどうやって社会、世界全体に伝えていくかというところを一生懸命考えてまいりたいなと思っております。

本日はみなさんよろしくお願いします。

なぜ海外から人気の高い日本の伝統文化が「衰退」するのか?

岩本:最初の5分で、私から簡単にこのセッションの前提の共有をさせていただきます。その後に、伝統文化をどう残していくかという具体の施策について、より深く議論ができればなと思っております。

まず、前提の共有です。それこそ日本文化というのは、ここ10年20年、お稽古場に通う人数はずーっと衰退・減少を続けているという状況です。お稽古場は具体的に「学ぶ場所」ですよね。これは事実かと思います。

その中でも、新興世代をはじめとして、この文化にどう可能性を生み出すのか、価値を生み出すのかということを世界中が考え始めたような、すごく良いタイミングかなと思っています。

今は「衰退」という言葉がすごく近く見えてしまっているけれども、まだまだこれから希望のあるものです。世界中の方が日本にいらっしゃって、インバウンドという文脈では世界で一番行きたい都市に京都とか東京とかが挙げられ、みなさんが日本に行きたいと思っているんです。

世界中の方々がこの文化、風土を求めて日本に来ているにも関わらず、実際のこの文化を供給するサイドは、ずっと衰退を続けていると言われている。これは何なんだろうってことがすごく気になって、今回のセッションをセットさせていただきました。

衰退は事実としてそうかもしれないけれども、これからは希望しかないという前提のもとで、その希望にたどり着くためにはどういうプロセスを踏めばいいんだろうとか、どういうテクノロジーがあれば、課題を解決しながら文化を発展させていけるのか。

もうちょっと大きく言えば、次の世代、また次の世代にどうすればつないでいけるんだろうか、ということを議論していきたいなと思っております。

文化は残すものではなく、必要であれば勝手に残る

岩本:実際の課題としては、それこそ文化産業内の高齢化ですとか、若年層がなかなか新規参入をしてこなかったり。あとは、よく伝統と言われながら、産業との接続がなかなかうまくいっていなくて、それこそお金の循環とか、持続可能なかたちで運営や経営をされてなかったり。それを支える法整備とか、制度のような話も課題かと思います。

課題は多数顕在化してる中で、どこに対して課題があるかというものをもう1回あぶり出し、それをどういうテクノロジーのもとでどう残せばいいのか、Howの理論を後半でお話しできればいいなと思っております。

今回のセッション名は「日本文化をどう残すか、Web3の可能性」です。「どう残すか」というHowの議論ですので、その具体のネクストアクションにつながるような施策をディスカッションできればいいなと思っております。まず宝生さんから先におうかがいしたいです。

宝生:はい。

岩本:文化の課題を、あらためて宝生さんの口からお話しいただきたいです。非常に核心的な質問だとは思うんですが、それに対して宝生流という一流派を支える方として、どう残したいか、おうかがいしてもよろしいでしょうか。

宝生:私がトップバッターで大変恐縮ではあるんですけども。

岩本:(笑)。

宝生:ちょっと今、岩本さんからすばらしいお話をいただいて、私も同意見なところも多いと思いつつ。あえてちょっと言い方を変えさせていただくと、僕の考え方として「文化は残すもんじゃない」というのがありまして。

残すためのアクションって結局、あまり効果をなさないんですよね。その時代時代に生きてる人たちにとって必要なものであれば勝手に残っていくというスタンスでいます。

「いかにして今の人たちにとってプラスになるか」ということを常々考えて、それによってコンテンツそのものをいじらなくても、イノベーティブなアクションにつなげていくような方策を考えたりはしていますね。

SNSやネットを使った広報・営業能力の課題

宝生:具体例でいうのであれば、今回コロナになりまして、Webとの接点、特に配信という事業に関しては非常に大きな可能性と限界の両方を知ることができたわけなんですね。

結果的にいうと、今この業界で有料配信をして残っているところは、たぶんうちらぐらいしかないと思うんです。なぜかというと、ただ能楽を垂れ流すだけでいい、「能楽そのものにすごい力があるから、ただ流すだけで人は集まるんだ。世界の人が見るんだ」って、希望を持って始めた人が多かったと思うんです。

でも結果的には、もともと知られてないし、そもそもSNSやネットを使った広報能力や営業能力が非常に弱すぎたところもあって。まずはその解決が急務だったんですね。

そういったところで、弊会ではもともと「夜能」という、俳優さんや声優さんの朗読とセットにしている公演がありました。非常にSNSやオンラインでの訴求に強い面があったので、そこと結びつけて、配信事業を今でも続けさせていただいております。隔月ですけど毎回500人ぐらいに視聴いただいております。

セグメンテーションをしていくと、先ほど話に出たアジア圏のアクセスが非常に多いと言うことがわかってきております。市場に関しては、とにかくブルーオーシャン(に出ていくの)ではなくて、まずは絞って、どこに訴求するかを考えたりしていますね。

「外国人」と括るのではなく、セグメンテーションが必要

宝生:その他、海外に関してでいうと、日本の悪いところで、よく「外国人に向けて」と言いますよね。「外国人」という言葉で一括りにしてしまうんですけども、基本的にコンテンツに対する文化や嗜好は、国によってぜんぜん違うんですよね。

今回、岩本さんにご一緒させていただいたUAE(アラブ首長国連邦)とかオマーンと(いった中東地域と)、私のホームグラウンドでもあるイタリアは、ぜんぜん文化風土が違う。じゃあ、この2つの国(地域)に同じもの見せてちゃんと通用するかといったら、そういうわけじゃないので。

やはり課題としては、国ごとにセグメンテーションして、どういったサービスだったりコンテンツが良いのかといったリサーチや準備が必要だということです。地道で、派手ではないけども、そういった研究を時間を重ねて調べていく。そういったフェーズは、今の時代非常にしやすくなったとも感じておりますね。

岩本:ありがとうございます。宝生さんはSNSの使い方がバッチリといいますか......。

宝生:いや(笑)。

岩本:非常に広報戦略も、コンテンツに対していろんな方々が興味を持つような発信をされていますよね。それに対するちゃんとリプライもいただきながら、うまく情報収集をされているなと思いました。ありがとうございます。

「500年続いてきた」という事実がある

岩本:西村さんにはWeb3の話とか最新のテクノロジーの話をいただきたいので、いったん蜂谷さんからも、伝統をどう残していくかというお話をうかがってもよろしいでしょうか。

一枝軒:そうですね。宝生流のお家元のおっしゃるとおりだと思いますよ。そもそも「どうしたらいい」っていうマニュアルもないですし。

ただ事実としてあるのは、「500年続いてきた」ということ。うちも宝生さんと同じ二十代(続いてきて)、それぞれ一人ひとりがどういう思いで、その時代に合わせてどう生きてきたかということだと思うんですよね。

今は江戸時代じゃないし、室町時代でもない。今私が何をすればいいのか。変な話、朝から晩まで自分と向き合う日々ですよ。

どんどん5Gだとか(が普及して)、世の中もデジタルも変わっていくし、モノの価値だとか考え方が変わるスピードもとんでもなく速い。その時に、自分の確固たる思想を、揺れ動かさずに持つこと(が必要です)。また私の場合「香り」ですから、その香りがみなさんにとってどういう価値があって、どんな意味があるのかってことを考えますね。

香りを通して自分の命を問うのが「香道」

一枝軒:今はアロマセラピーなんて言葉が巷で流行っています。また、コロナにかかると嗅覚をなくすっていう話を聞いたり。あとは、アルツハイマー病になると、まず嗅覚からなくなるという話も聞いたりしてます。

とにかく、嗅覚は動物的感覚の中で一番、脳と直接つながってるものでもあるので。私は父の代までつながれてきたものも大事にしつつ、今の時代にどういうものができるのか、考えていますね。

今健康はとても大事ですから、香りは健康にも役に立つと。実は香木って漢方でもあるのでね。体にも良いし、メンタルにも作用しますね。うちのお弟子さんでもやっぱり「お稽古日は熟睡できます」とか話しています。決してどこかの研究ベースがあるわけじゃないけども、こんだけ続いてきたってことは、当然なにか意味があるんです。

昔、大名や武士たちみな香道をやっていました。そもそも寿命が今より短いけども、当時は戦に行って、生きて帰って来れるかどうかわからなかった。その時に、無事に帰って来られれば、命があったらば、自然のすばらしい香りと向き合っていたんです。

その香りは儚いものですから、その儚さに自分の命を照らし合わせて、日々「自分はどう生きるのか」「正しいとは何か、そうじゃないとは何か」って、香りを通して問うていた。それが香道だと思うんです。

産業革命以降、ずーっと「物質」で来たんです。目に見えるものを信じてきたんだけども、それが行き着いたところが今の状況かなと。もちろん、デジタルの進化・進歩による恩恵を私も受けてますけど。

情報が増えれば増えるほど幸せになるとは限らない

一枝軒:果たして情報が増えれば増えるほど幸せになっているかっていったら、僕は幸せになってるようにはちょっと思えない。実は(多数の情報を)削ぎ落としていった中に、「自然と向き合う」だとか、私たちでいうと「香りと向き合う」という「目に見えないもの」のがあるのではないかと思います。

変な話、昔の戦国時代と今とで、ひょっとして似てるところがあったりするのではないか。そういう時に、やはり一度、日本の文化と向き合う。時計を外して、携帯をオフにして。心を静かに、香りを聞いたり、お茶を飲んだり、舞をしたり、謡(うたい)をしたり。直接的に答えは見えづらいかもしれないけども、その日本文化の奥底にはすごいエネルギーが秘められていると私は思っています。

自分も当事者としてそこにいるんだけども、日々勉強しながら進んでいる状態ですね。

岩本:ありがとうございます。今のお二人のお話にはけっこう共通項があって。まず「伝統を残す」という手法論を考えていくよりも、どちらかというと、その時代時代に合った価値提供をどうできるのか。その結果、残っていくのだというのが1点。

あとは、視聴者の方々とかでも「お家元は何を考えてるんだろうな?」って思う機会が多いと思うんですが。予想以上に「どんな価値を社会に提供できるのか」というところを考えているということですね。本質的に変わらなければ、手法論は多様にありますので。

その多様なかたちに対して、受け入れる姿勢があるんだなって、おそらく視聴者の方々とかは感じられたと思います。私はいつもコミュニケーションをとらせていただいてるので存じ上げているんですが、社会一般の方々は「お家元ってどんなことしてるんだろう」って気になっていらっしゃると思います。

手法論については、それぞれ時代によって変えながら、どんな価値を社会に提供できるんだろうということを常日頃から考えられてるんだ、ということをお二人の話から感じました。

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