2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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澤円氏(以下、澤):僕、スキーの正指導員の資格を持っていて、一応スキー教えることができるんですけど、僕の場合、ものすごく年をくってからその資格を取ったんですね。
僕はもともとスポーツがめちゃくちゃ苦手で、スポーツは僕のコンプレックスの歴史でもあるんですね。考えてみたら、僕が苦手だったのはスポーツじゃなくて学校の体育なんです。
澤田智洋氏(以下、澤田):体育ですよ。違いますからね。スポーツと体育。
澤:もう1つ、学校でやらされるスポーツは基本団体競技で、僕は団体競技が苦手です。なので、やってみてしっくりハマったのが空手とスキーだったんですね。運動神経が鈍いので上達は遅いんだけれども、なんとかものになって空手は三段だし、スキーも正指導員になれたんですよ。
これだけ見ると「スポーツが得意ですね」と言われるんですけど、スポーツは苦手です。ただ、教えるのがめっちゃ得意になって、スキーに関してはすごく喜ばれるんですね。
澤田:できない人の気持ちもわかるから。
澤:そうそう。その人たちが、転んだ瞬間に見ているであろう風景がわかるわけですよ。そうすると「なんで転んだの?」「ダメじゃん。言ったとおりやってよ」という言葉は、僕からは出てこないですね。
その時点でも、ちょっとでもできているところを見つけて褒められるので、「今のあの感覚よかった。さっきよりぜんぜんよくなっているから、あれをもうちょっとやってみましょうか」みたいなことが言えるんですね。
「この瞬間にむっちゃ怖くなかったですか?」「この瞬間、助けてくれと思いませんでしたか?」とか、「ですよね。じゃあ騙されたと思ってこれだけやってください」とアドバイスできるんですよね。その中でも、ちょっと今、踏ん張れたなと思ったら、そこは褒められるポイントになる。
澤田:いやぁ、すごいです。本の中でも、ホメ出しする最適なタイミングをいくつか載せているんですけど、そのうちの1つが「相手が自信を失いかけている時」。その時にグッドニュースを探して、きちんとお伝えするということが、相手にとっての大きな分かれ道になっていく。
「もうダメだ。自分は失敗だ、やめよう」と思うか、「失敗だ、やめようと思っていたけど、ちょっと希望があるんだったらもうちょっとがんばってみようかな」みたいな。だからそこで適切に褒めることは、実は大きな分岐点の影響を及ぼしている。
澤:あと、ダメ出しに対する耐性がやたら強い人も中にはいる。
澤田:いますよね。
澤:だけどその人たちが教えると、だいたい事故が起きるんですよね。
澤田:そうですよね。自分たちは耐性があるから。
澤:そうそう。みんなそうではないので。
澤田:そうですよね。
澤:あと、「褒める」を「甘やかす」に変換してしまう人も、まあまあいるんですよね。特に昭和のおじさんたちに、そういう傾向が強いような気がするんですけど。実際には褒められたほうが気分がいいのは、だいたい人類共通だと思います。
澤田:人は自分の姿を見ることができないので、誰かが「君はこうだよ」と投げかけてくれる言葉が鏡となって、自分の像を見ることができる。「ダメだよ。あなた」という言葉を投げかけられたら、その鏡に映っている自分は、めちゃくちゃダメな奴じゃないですか。果たしてその鏡は、提供していいんだっけ、とすごく思ってしまう。非常に残酷な行為ですよね。
澤:あと、僕はずっと外資系の企業にいたんですけど、なんとなく外資系って「ドライだよね」「厳しいよね」と言われることがあるんですけど、実はぜんぜんそんなことはなくて。どちらかというとかなりウェットだし、めちゃくちゃ優しい世界でもあるんですよね。
ただ、成績が出せないとか業績が上がらない人は、パッと切られるんです。「それ、冷たいじゃん」と言うかもしれないけど、真逆ですよね。「向いていない仕事を長くやるのは人生の損失である」という、デザイン的な観点がある。
だって向いていない仕事をしている人たちは、本人は成績が上がらないし、会社にとってはデメリットだし、その人は向いていない仕事で人生を浪費している状態なので。「だったらあなたは、向いている仕事を探したほうがいいんじゃないの?」と転換を促しているんですよね。
別に「あなたはこの世に生まれてくるべきではなかった」という話をしているわけではないんです。「だったら向いている仕事を探して活躍すればいいじゃん」という提案ですよね。そう考えると、日本みたいに飼い殺しにしてしまうような制度に比べれば、遥かに優しいと思うんですよね。
澤田:「飼い殺し」でいうと……「飼い殺し」という言葉だけ拾って次に展開する、雑なトークですけど(笑)。
澤:(笑)。
澤田:よくない褒め殺しもあるというか。一見いいことを言っているんだけど、それこそ上司が、部下に自分にとって都合のいい存在であってほしいから、人参みたいな感じで言う言葉もあって、それ、本当に止めたほうがいいと思うんです。
それは「ホメ出し」という名の毒でしかないので。だからいろんな褒め言葉を受け取る立場としても、日々これがどういう類の褒め方、褒め言葉なのかを、ちゃんと見極める能力も大事だと思うんですよね。
澤:そうですよね。本当にその人がずっとそのまま存在し続けて、相手に恩恵を与え続けることが保証されるんだったらぜんぜんいいですけど、単にスポイルしているだけという可能性も大いにありますよね。
澤田:めちゃくちゃいっぱいありますよね。そうです。一見褒めているようで、インチキみたいな言葉もいっぱいある。僕、こんなことを言うのもなんですけど、ホメ本を書くにあたって、いろんな世の中に流通しているホメに関する文章などを読んだんですけど、正直言うとほとんどピンときませんでした。もう自分のことしか考えていない褒め方ですね。自分ももちろん大事なんですよ。
澤:なるほど。
澤田:だけど、「こう褒めておけば仕事が増えます」とか「こう褒めておけば、子どもがいい子になります」って、なんて自分勝手なんだろう、と。僕、「褒めるって違うじゃん」と、ワナワナ震えるくらい怒りがこみ上げてきてしまいました。
自分じゃなくて相手本位で、相手の人生に何かプラスになり得るかを考えて、丁寧に言葉を送ることが「褒める」だと思っているので。本当に偽物の「褒め」は多く流通しているし、気を付けたほうがいいとあらためてお伝えしたいですよね。
澤田:中堅以上の社員の方がそのバイアスを解いていくには、どういう教育内容が必要なんでしょうね。
澤:やっぱり知識を得るだけではなくて、小さくてもいいのでまったく異質な成功体験を積むのは絶対に必要。
澤田:異質な成功。おもしろいですね。
澤:うん。本当にまったく異質なね。会社ではなかなかないであろう成功体験を、どうやって作ってあげるかが必要になる。本当は「そんなの自分で考えろよ」なんだけど、考える力をかなり失っているんだとして、それが問題だと考えるんだったら、それ(異質な成功体験)を敢えて提供してあげるのはすごく大事だと思うんですよね。
澤田:ああ、今の言葉、すごい刺さりました。なるほど。
澤:例えば、会社とまったく違うところで「『ありがとう』って、どれくらい言ってもらっていますか?」と問うたら、おそらくはサッと答えが出てくる人は少ないと思うんです。
「ありがとう」と言われるような行為が習慣化されていなかったり、サッとそういう行動ができないという人がかなり多いんじゃないかと思うんですね。それも会社以外の場で、「ありがとう」と言われるような行動って、する機会がほとんどないんじゃないかと思って。敢えてそれを作ってあげるとかね。
澤田:ああ、そうですよね。でもそういう機会は増えていますよね。例えばウクライナの避難民支援だ、とクラファンが立ち上がって、支援するのもある種小さな成功体験だから。
澤:そうそうそう。
澤田:機会は増えていますよね。
澤:例えば、「副業禁止」が横行していたりするんですけど、あれなんかまさに、そういうちょっとした「ありがとう」をもらうための機会を失っているとも言えるわけですよね。
澤田:ああ、確かに。
澤:そもそも副業が禁止とか解禁という文脈で語られている時点で、ちょっとあれなんだけど。どっちかというとガイドラインでいいかなと思っています。
澤田:うんうん。そうですよね。禁止じゃなくて。
澤:ちなみに、僕がもともといたマイクロソフトという会社は「原則禁止」にしていたんですよ。なんで「原則禁止」という言い方にしていたかというと、なんでもいいわけじゃないよ、という話だった。
例えば深夜のコンビニバイトをしてしまうと、体を壊してしまう可能性があるので。だから「原則禁止」と1回カバーしておいて、マネージャーと相談した上で、こういうクライテリア(判断基準)を満たしていたらOKだよ、というやり方だったんですね。だから「原則OK」という言い方ではなかった。
澤田:それも会社都合ではなくて、一人ひとりのことを考えた上での「原則」。
澤:そうそうそう。
澤田:それはすごくヘルシー。
澤:必ずディスカッションプロセスを経て、それでマネージャーも納得して、要するに「説明責任が果たせる状態だったらやってもいいよ」という考え方ですかね。
澤田:アカウンタビリティ。なるほど。確かに「副業禁止」が、新たな「ありがとう」獲得の防御になってしまっているのは、ものすごくシステム的なエラーですよね。
澤:副業は、自分の会社の器以外のところで「ありがとう」と言ってもらう、つまり社会貢献をする機会を得ることだと僕は思っているので。この本の中でも「褒めるというのは社会貢献である」と書かれていましたけど、社会に貢献する、世の中を良くするために時間と体力を使うのは、素晴らしいことですよね。
その機会をどんどん増やしていくと、結果的には、ポジティブなキーワードを出すことが染み付いてくるのではないかなと思うんですよね。「ありがとう」と言われると、人間、やる気が出るので。
澤田:生きる究極的な喜びは、いくつかに収れんされると思うんですけれども、そのうちの1つは「ありがとう」をもらうことですよね。日本理化学工業というチョークを作っている会社があって、社員の7割の方に知的障がいがあるんですけど、チョークのシェアは日本一なんですよね。
澤:へえ!
澤田:非常に良質な、舐めても体に害のない素晴らしいチョークを作っているんです。はじめにその会社が障がいのある方を雇い始めたら、外部の人が勝手に「かわいそうじゃないか」と。「守ってあげなさいよ。働かせるんじゃないよ」と言ってきた。だけど、当時者たちに聞いたら「僕たちは働きたいんだ」と言っている。
「僕たちの幸せは、やっぱり必要とされること。褒められること。役に立つこと。愛されることなんだ。この4つなんだ。障がいがあろうとなかろうと」。だから「障がい者に働かせるなんてかわいそうだ」と言っている人は、人間の喜びを理解していない。
澤:ですよね。だいたいその人たちは完全な外野ですから。
澤田:外野席の後ろの後ろのほうから野次を飛ばしてくるんですよ。だからやっぱり「役に立ちたい」「必要とされたい」「ありがとうと言われたい」「褒められたい」って、すごく大切な欲求だと思うんですよね。
澤:他者から必要とされている実感があることは、生きる上でもっとも大きな喜びの1つですからね。
澤田:僕、コロナ禍になっていろいろ考えることが増えたんですけど、人にとって贅沢とはなんだろうと、ふとこの間考えていたんです。戦後だと三種の神器ですよね。冷蔵庫、洗濯機、クーラー。
バブル付近は、ブランド品とか高級車。平成はどちらかというとコト消費で、イベント・旅行みたいな。それが今は、贅沢の象徴だと僕が思っているのは、役割と関係性。人は新しい役割と関係性をめちゃくちゃ求めている。
なぜかというと、コロナ禍で他の人と分断されて孤独になった。あるいはウクライナ侵攻によって「自分は無力」だと感じているのが今の人間だとすれば、必要なのは「あなたは必要だよ」という役割と、それによって仲間ができて孤立が癒えること。
ますますこの傾向が強くなると思っていて、人はどんどん役割と関係性を求める。それがいわゆる「贅沢である」ことになっていくと思うんですよね。
澤:それこそ最近いろんなところで話題になっている、恋愛と結婚が贅沢品になったというやつ。
澤田:はいはい。
澤:あれなんかも結局、今までずっとプロセスがアップデートされないままに、恋愛市場とか結婚市場が来てしまっているので、それが今のこの世の中になると贅沢品に映ってしまっている。確かに贅沢品といえばそうかもしれないけど、ここは投資のしどころかなと思うんですよね。
個人レベルもそうだし、政策レベルでもそうかもしれないんだけど、そういったものすらもできないのは、一番人生が味気なくなりますからね。
澤田:まさにさっきも控室でお話したんですけど、フランスだとPACS法(非婚カップル保護制度)があるから。最新の数字はわからないけど、婚外子率、要は結婚はしないけれど子どもがいる夫婦の割合が、50パーセント付近ですよね。日本だと2パーセントしかいない。
それってやっぱり制度とか政策の違いで、フランスだと結婚あるいは子どもを持つことのハードルが低い。日本だと恋愛を経て、同棲を経て、結婚して子どもを産みなさいみたいに固定化されているから、結婚ハードルが高くなって、贅沢品になってしまっているみたいな、よくない状況です。
澤:そのあともすごい大変で、さっき控室でまさに話していたのはそれだったんですけど。フランスでは、そうは言っても子どもをかわいがらない親がいることが前提になって制度がデザインされているから、子どもは保護されやすい状態なんだけど。
日本はしっかりとしたプロセスを経て結婚をし、子どもを得て、家庭で大事にお母さんが育てているものという前提でデザインされてしまっているから、めちゃくちゃいろんなものが歪んでいるんですよね。
だけど、すでにそれらが前提になってデザインされているので、そうじゃない人たちは例外になって、マイノリティ扱いになってしまうんですよね。でも実際にはそれがマイノリティなのかというと、僕は決してそういうことはないと思っていて。どこかしら無理が掛かっている状態ですね。
そんな中で、女性の活躍がなかなかできない社会。当たり前だろうという話であって、全体をちゃんと把握してデザインする能力があまりにも欠け過ぎているかなというのが、僕が感じていることです。
澤田:そうですよね。それは福祉をやっていても感じますけれどもね。日本ってハードのバリアフリーがめちゃくちゃ進んでいるんですよね。どこに行ってもエレベーターがあるとか。それも前提が、障がいがある人が街に出ていった時に、日本人は声を掛けないだろうということかなと思っていて。
澤:確かに。なるほどね。
澤田:しかもハードが整備されたことによって、ますます声を掛けられなくなっているらしいんですよね。「これがあるから平気でしょ」みたいな。
澤:なるほどね。
澤田:タイとかだと、例えば石畳の道しかなかったりすると、むしろ声を掛けないといけない前提になっているから、そういうふうにアフォーダンス(環境が人に与える意味)が設計されている。
澤:なるほどね。それ、おもしろい。
澤田:人間の行動をいいほうに促す社会デザインが、圧倒的に不足しているなと思うんです。
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