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心理的安全性の核心 ー極限を越える医療・航空のチーム論ー(全3記事)

トップの真の役目は“日の当たらない社員”に感謝を伝えること 組織のパフォーマンスを最大化する「心理的安全性」の高め方

さまざまなフィールドを越境しながら人間理解を深め、変化に強い組織づくりの新潮流を学ぶイベント「Unipos Conference 2022」が開催されました。スポーツや航空、医療や教育など、常に臨機応変な判断が求められる分野で活躍するプロフェッショナルを招き、心理的安全性・人的資本経営・組織学習をキーワードに、個と組織の可能性を最大限に解き放つ経営の今とこれからを探索します。本記事では、小児外科医・𠮷岡秀人氏と元日本航空機長の・小林宏之氏のセッション「心理的安全性の核心ー極限を越える医療・航空のチーム論ー」の模様をお届けします。

「家庭的なチーム」になりすぎると、信頼関係が欠如する

浅見義治氏(以下、浅見):𠮷岡さん、(「家庭的なチームの問題点について)いかがでしょうか。

𠮷岡秀人氏(以下、𠮷岡):イメージしやすく言うと、実は「支配的なチーム」と「家庭的なチーム」は同じことなんですね。1つの家庭で考えてもらったらわかると思うんですが、僕らがイメージする「支配的なチーム」というのは、例えば暴力的・支配的な親をイメージしてもらったらいいと思います。

その中で人が働く時には、“親の顔色”ばっかり見て働くことになりますよね。親を喜ばせることばかりに特化して、自分が動くことになるじゃないですか。じゃあ「家庭的なチーム」はどういうチームかというと、子どもが中心になった家庭のことなんです。要するに家庭の中で、子どもたちが親に過度に依存した状態が作られるわけです。

簡単に想像できると思うんですが、親ばかりがお金を稼ぎ、親が子どもの世話をし、準備をし、何もかもするという家庭の状態が起こります。要するに、やるべきことのアンバランスが起こるんです。

本来は子どもがやるべきことを、親や誰かがやっちゃうわけです。本当はこの人の専門で、この人が得意だから、この人がやるべきことをやらないといけないのに、それを誰かやれる人が被っちゃう状態が起こるわけですね。「家庭的なチーム」の一番の問題はここで、仕事の量や質のアンバランスが起きます。

家庭だったら、血縁関係や愛情関係があるからまだ救われるんですが、他人との関係においては、逆に時間をかけて不和が起こってくる。そうなると、家庭とまったく違った方向に振れて、「支配的なチーム」と同じように信頼関係がなくなるんです。

「家庭的なチーム」を作りすぎると、実は最終的にお互いの信頼関係が欠如していくと思うんです。それがリスクじゃないですか。同じ家庭で考えてみたら、支配的なものと家庭的なものは、実は別の方向から見たら同じ状態を作り出していることになるんだろう、というのが僕の意見ですね。

次第に「仕事量」に振り回される組織になってしまう

浅見:「支配的なチーム」は、支配している方とされる方がわかりやすいかと思うので、関係が悪くなるというのはすごく理解ができるんですが、「家庭的なチーム」も同じだというのはとても印象的なお言葉です。それは見えづらいところで同じ状態になるのか、どういうふうに表れる傾向なんですか?

𠮷岡:例えば、子どものことばかり考えている親を想像してもらったらわかると思うんですが、子どもがわがままばかり言うんだけど、なんでも聞いちゃって、子どもに振り回されている親がいるじゃないですか。そういうことが、仕事の現場で起こり得るということですね。

家庭で言ったら「振り回される、お金もたくさん使う」ということになるんだけれども、仕事の場で言うと、それは「仕事量」になります。

浅見:おもしろいですね。小林さん、今のお話で「実際にこういう類似の事例があったよ」というのはありますか?

小林宏之氏(以下、小林):航空界では、そういった事例はなかなか。かなり上下関係がはっきりしていますので、あまり私も散見してはいません。

浅見:おもしろいですね、ありがとうございます。さっきおっしゃっていたように、航空界では毎回違う人と組むというのは、他の仕事とは異なるものなのかなと思うんですが、ぜんぜん知らない人や1回限りの人もおられたりするのでしょうか?

小林:けっこうあります。それが基本ですね。ただ、訓練の場合はもちろん同じ人で1ヶ月フィックスすることもありますが、基本的には空港に行って初めて会う人と飛ぶことが多いですね。

浅見:フライトの中で心理的安全性が作られていき、フライトが終わる時には「チームになった」という実感が持てるものなのか、どういうかたちの形成が行われるのですか?

小林:ほとんど同じ言葉を使っていますし、手順はほとんど訓練で標準化されていますので、初めて飛ぶ人でもほとんど違和感はないですね。

浅見:なるほど、ありがとうございます。

仕事の中で「お礼を言われる人」は限られている

浅見:では、もう少し深い議論にいかせていただきたいと思います。今までは「支配的なチーム」と「家庭的なチーム」についてでしたが、それを束ねるリーダーについて、「率直な発言や健全な衝突を行いながら、目的を達成するチームを作るためにリーダーが取るべき行動は何でしょうか?」という観点でおうかがいしたいと思います。

実際に医療や航空に関してどうやって声を挙げるのか、対立を乗り越える時にうまくいったこと・まったくうまくいかなかったこと、または狙うべくしてうまくいったこと。チームの雰囲気はどうやってできていたのか、という話をうかがえたらと思います。𠮷岡さん、いかがでしょうか。

𠮷岡:僕は、日本にいる時はただの医者じゃないですか。それはみなさんが企業で働く時に社員であるように、同じかたちだったんです。ただ、海外に行って、薬を集めること、交渉すること、道具を買い集めること、病院を作ること、許可を取ること、医師免許を取ること、全部一からやらないといけなかったんです。

最初のスタートは何もかも全部1人でやらないといけなかった。その過程でわかってきたことがありまして、それは「すべては役割なんだな」ということです。

例えば、どんなに世界的に優秀な優秀外科医がいても、病院の便所を掃除してくれる人や駐車場の交通整備をしてくれる人がいなければ、病院は成立しないんですよ。そういう、当たり前のことがわかったんです。

ただ何が問題かというと、お礼を言われる人たちは限られているんです。医療業界で言うと医者や看護師だけ。あとの人は、お礼を言われることもほとんどないじゃないですか。

薬を処方してくれる薬剤師さんがいて、準備までして薬を出してくれるんですけど、薬剤師さんがお礼を言われることはないし、ましてや病院を掃除してくれている人や、酸素を入れ替えてくれる業者の人たちがお礼を言われることはないんですよ。同じように大切な1つの役割なのに、その人たちは日が当たらないんです。

日の当たらない人に「感謝」を伝えるのがトップの仕事

𠮷岡:じゃあ誰がその人たちに日を当てるかといったら、お礼をもらっている人たちが日を当てないといけないんです。それをやるのが最終的には院長の役目だと思っていて、それがうまくできていないと善意が輪になっていないというか、循環しないんですね。

給料だってほぼそうだし、人からのお礼ややりがいだって全部医者や看護師たちが持っていっちゃう。だから僕が思ったのは、そういう組織を作りたければ、例えば会社だったら社長、病院だったら院長が、その病院の中で地位が低い一番汚れ仕事をしている人たちに対して感謝しておくこと。

そして、その感謝を常に伝え続けることだと思っているんですね。それが、一番上に立つ人の仕事だと思います。社長が現場に行って、見えないところで組織を支えてくれる人たちに常に感謝をし、それを伝えて労う。そうすると、初めてすべてが循環し始めるじゃないですか。こういうことをしないといけません。

もっと言うと、便所や廊下を掃除してくれる人、納品業者の人たちが、患者さんたちや家族に「何をしている人ですか?」と聞かれた時、彼らが「人の命を助けるお手伝いをさせていただいています」と胸を張って言えるような組織にしないといけないと思うんですね。

そのキーパーソンは社長であり、所属長である、ということだと思いますね。それに気をつけてやってきています。僕は海外で病院を作っていますが、いつも行ったら必ずやることがあって。それは何かというと、その国で一番地位が低くて、スタッフの中で地位が低い人たちに、必ずプレゼントをすることなんです。

何でもいいと思うんですが、例えばピザや唐揚げを取ってあげて、1人ずつ呼んで「家族と一緒に食べてくれ」と渡すだけでもいいのかもしれないんですが、必ずやるようにしています。

一から医療機関を立ち上げた𠮷岡氏の「覚悟」

𠮷岡:そういう人たちをトップが一番大切にするという意思を見せれば、中の人たち(管理職や一般社員)がその人たちのことを低く見たり、傷つけたりはできないですよね。

お互いに尊敬を生むし、その人たちも誇りに思って働いてくれるし、そういう人たちがやりがいや誇りを持って働ける組織を作るための最大のキーは、トップのあり方だと思っています。

今みたいに、組織の中で日の当たらない人たちにトップが日を当てる。だって、自分はたくさん日をもらっているじゃないですか。だから、その日を分割して分け与えていくことだと思います。

浅見:「日を分ける」というのが素晴らしいですね。リーダーの方がそれをやるというのは、言われるとわかるんですが、最初からリーダーが行うというのはありえないのかなと思っていまして。𠮷岡さん自身は、どうして「リーダーなんだ」と自覚できたんですか?

𠮷岡:言ったら、僕がやってきたことはベンチャー企業みたいなものじゃないですか。1人で病院を作って、今は何百人も働いていますが、人も増えてくるので、常に「自分がやらないといけない」と思っていただけだと思うんですよね。最初から、「リーダーは自分がやらないといけない」という意識だけはあったんです。

最近また強く意識し出していることは、組織が大きくなっていった時に、もし自分が「なんか違う方向に来たな」と思った時には、もう1回ゼロに戻ろうとは思っています。「また、たった1人で始めたあの場所に戻ればいいんだ」という覚悟がないと、欲に溺れたり、別のものに振り回されるんだろうなと思っています。

「いつでも自分はまたあそこに戻れる」という覚悟さえあれば、大きく道を外れることはないなと思っています。それは最近、強く再意識しますね。自分をリーダーと思ったかどうかは別として、最初から「自分が引っ張っていかないといけない」という思いはずっとありましたね。

浅見:ありがとうございます。

リーダーの「リーダーシップのレベル」が、組織全体のレベルである

浅見:リーダーの観点をぜひ小林さんにもお聞きできたらうれしいんですが、お願いしてもよろしいでしょうか?

小林:𠮷岡先生も言っておられましたし、今日のセッションのまとめになるかと思うんですが、組織の運命はリーダー次第ということです。それからもう1つ。組織のパフォーマンスのレベルは、リーダーのリーダーシップのレベル以上にはなれないという法則もあるんですね。

それともう1つ本質的なことを申し上げますと、企業・団体の組織と私たちの体・人体組織は、まったく同じだと思うんです。私たちの体には心臓があって、肺があって、腸があって、いろんな臓器がありますが、それぞれの器官が役割を果たして初めて私たちは健康を維持できます。それと同じように、企業・団体の組織も一人ひとりがそれぞれの役割を持っているはずです。

今年入社したばかりの新人でも、それなりの役割を持っていると思います。一人ひとりが役割をきちんと遂行することで初めて組織は機能して、そしてまた質の高い業務が完遂されるんじゃないかと思います。

リーダーというのは、一人ひとりに「あなたの役割はこういう役割ですよ」としっかり認識させて遂行させる、マネジメントの責任があるんじゃないかと思います。

そして、みなさん一人ひとりがあなたの責任・役割に応じて疑問に思ったこと、不思議に思ったこと、不安に思ったこと、「こうしたほうがいい」といったアイデアがあったら、ぜひ口に出して発言してください、という指導やマネジメントを行うことが重要ですね。

今、求められるリーダーシップのあり方

小林:2番目は、たとえ発言してくれたことが的外れであったとしても、とにかく「ありがとう、後で説明するからね」と言うこと。時間のある時に「先ほどは勇気を出して発言してくれてありがとう。実はあの件についてはこうだよ」「でも、これに懲りずにまた勇気を出して、何でも口に出して言ってください」というマネジメントです。

そして一人ひとりのメンバーもプロとして、不思議に思ったこと、疑問に思ったこと、不安に思ったこと、「こうしたほうがいい」と思ったことは、口に出して発言する義務があるんだという自覚を持つこと。これが、強い組織として成長していく1つの秘訣じゃないかと思います。

したがって今求められるリーダーシップは、役割遂行型、ファンクショナルリーダーシップではないかと思います。それを発揮・定着するためには、今日のメインテーマであります「心理的安全性」が全員に行き渡って、初めて役割遂行型リーダーシップが発揮されて、組織として安全かつ質の高い業務が遂行されるのではないかと思います。

そのカギを握るのは、なんといってもリーダーのあり方、発言、気配りだと思います。先ほど申し上げましたように、組織の運命はリーダー次第、組織やチームのパフォーマンス・レベルはリーダーのリーダーシップのレベル以上にはならない、ということです。

したがって、企業はリーダー教育がかなり大事になってくると思います。私もいろんな企業でお話しさせていただいているんですが、リーダーになってからリーダー教育をするのではなくて、リーダーの一歩手前からリーダー教育が必要になってくると思います。

そして新人であっても、一人ひとりがプロとして、言うべきことは口に出して言えるような心構えが大事だと思っております。

浅見:ありがとうございます。

職種や役職は、ただの「役割」にしかすぎない

浅見:素敵な質問があったので読み上げさせていただきます。「現役客室乗務員です。私の職場でも『心理的安全性』の言葉が毎日のように飛び交っており、組織風土の変革が進められていると実感しています」ということで、客室乗務員の方から来ております。

「医療・航空においては安全が絶対的であり、医師と看護師、操縦士と客室乗務員など、職域や権限が異なるメンバーで共同することが共通しているかと思います。そのような中で、相手側に期待されること(コミュニケーションの取り方など)をご教示いただきたいです」ということなんですが、これを受けて小林さんいかがでしょうか?

小林:「相手側」というのは?

浅見:相手側というのは、実際の客室乗務員の方がどういうコミュニケーションをすると心理的安全性が担保できるのか。要は、リーダー側が「心理的安全性をやってください」という話はわかるんだけれども、それを受けてどういうメンタリティ・行動をしたらいいのか、というのをうかがいたいのかなと推察します。

小林:もし私が機長だとして客室乗務員に言うなら、タイミングさえ気をつけていただければ、いつでも遠慮なく言っていただきたいということです。特に飛行機の場合はクリティカルイレブンミニッツと言いまして、離陸後3分間、着陸に向かって8分の合わせて11分が非常に厳しい状況ですから、その時は余分なことは言わないということになっています。

それ以外については、思いついたことは何でも気軽に言ってください。それだけですね。それをやっていただければ、新人の方であっても、機長にいろいろ物を言っていただければと思っております。

浅見:ありがとうございます。𠮷岡さん、いかがでしょうか。

𠮷岡:僕がさっき言った話とも共通するんですが、医者、看護師、薬剤師、レントゲン技師を、ただの「役割」と認識することです。すなわち医者が偉いとか、他の人たちがその下にあるのではない。ただ役割が医者である、看護師である、ということです。

それは会社でも同じですね。ただ部長が偉いのではなくて、部長というただの役割をその期間演じているだけなので、お互いにリスペクトを持って付き合うことだと思うんですよね。命令するんじゃなくて、必ずリスペクトを持って付き合う。

だから、掃除しているおばさんやおじさんに院長が来ても偉そうに言うわけではない。院長という役割を任されているだけだから、やっている仕事の内容も含めて、お互いにリスペクトを持って発信するということですね。

コミュニケーションの遮断を生むのは「上下関係」

𠮷岡:同じ視線に立って、相手が感じることができれば、自然と伝えたいことは伝えられます。「院長、こういうところを改善したほうがいいと思うんですよね」「ここ、もうちょっとなんとかなりませんか」と、自然に(意見が)出るじゃないですか。でも、リスペクトがなく、立場の上下関係を作るとそれがなくなるんですね。

上下関係によって、コミュニケーションの遮断が起こるんです。ですから「ただの役割を演じている」という認知を浸透させることに尽きると思います。そうすれば自然と心理的安全性ができて、その中で提言ができて、クリエイティビティの高い組織が生まれてくる。だって、みんながその組織を良くするために発言できるんですから。

その組織を好きで愛していれば、みんなが組織を良くしたいと思っているわけだから、発言してくれる。そういう風土を作っていくためには、やはり「役割を演じている」という意識と、相手をリスペクトする意識は必要条件だと思います。

浅見:役割とリスペクトは、私も意識したいなと思いました。ありがとうございます。そろそろ終演に近づいてまいりましたが、ご視聴くださっている方は「ジャパンハート」と検索いただけたらと思います。本日ご登壇いただいた𠮷岡さんのジャパンハートのご支援方法などもございますので、ぜひご支援いただけたらと思います。

弊社UniposのサービスでもSDGsプランを通してジャパンハートさんに寄付ができますので、ぜひそちらもご利用いただけたらなと思います。ではあらためて、本日ご登壇いただいた𠮷岡さんと小林さんに盛大な拍手をいただいて、締めさせていただきたいと思います。本日はどうもありがとうございます。

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