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PHP総研ブックフォーラム 第2回「加速する日本の少子化―男性育休『義務化』施行で日本は変わるか」 山口慎太郎氏 講演パート(全1記事)

男性育休を取得した人は、3年後の「家事時間」が2割アップ 「たった1ヶ月」と侮ってはいけない、育休がもたらす好影響

2022年4月の改正法施行により、男性社員の育休に対して、企業側からの取得促進が「義務化」されることになりました。さらに、来年4月からは大企業を対象に取得率の公表も義務付けられるなど、日本の男性育休のあり方は変化しています。本イベントでは、PHP研究所から発刊された『男性の育休―家族・企業・経済はこう変わる』著者の小室淑恵氏と天野妙氏と、経済学者であり『子育て支援の経済学』著者の山口慎太郎氏が登壇し、男性育休と少子化の課題をひもときます。本記事では、山口氏の講演パートの模様をお届けします。

2022年4月から企業に課せられる、​​男性育休の「義務化」

大岩央氏(以下、大岩):それでは時間になりましたので、始めさせていただきます。みなさん、この度はお忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます。PHP総研の大岩と申します。今回は「PHP総研ブックフォーラム」ということで、PHP研究所で発刊しております書籍の著者やゲストの先生をお招きして、本のテーマについてお話をいただき、みなさんとディスカッションをしていくイベントです。

本日は、2020年の9月に発刊されたPHP新書の『男性の育休』の共著者である、天野妙さん、小室淑恵さんをお招きしてお話しいただきます。また、ゲストには東京大学経済学部の教授の山口先生をお招きしまして、3人でディスカッションしていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

では最初に、簡単に本(『男性の育休』)の紹介をさせていただきたいと思います。2020年の9月に発刊したPHP新書で、立命館アジア太平洋大学の学長の出口治明さん、メルカリ会長の小泉文明さんにご推薦をいただいております。

男性育休にまつわる大きな誤解や、意外と知られていない制度の説明、あとは男性育休の義務化といっても本人の取得義務化ではなく、企業側の制度周知の義務化ということを提言しています。

この本の中で提言されている、企業の社員への周知の義務化が、法改正により今年の4月から法改正で施行されることになりまして、それを記念して今回のイベントを開催させていただいております。ではさっそくですが、山口先生、よろしくお願いいたします。

育休取得によって、企業の生産性がアップした事例も

山口慎太郎氏(以下、山口):ありがとうございます。私からは「『男性育休』の経済学」ということで、少しアカデミックな視点からお話をさせていただきたいと思います。もうちょっと実務寄りの話は、天野さんと小室さんからたっぷり聞かせていただけると思うので、私も楽しみにしていますが、みなさんも楽しみにしていてください。

男性育休取得を促進することのメリットは、非常に多岐にわたると考えています。まず、企業にとってどんな影響があるのか。これはいくつかの研究がなされているんですが、男性に限らず、女性についても当てはまります。

育休を取得することになると、企業側がコスト面を気にして新しい制度改正に及び腰であるとか、あるいは案の段階だと反対するといったことが、日本に限らずヨーロッパにおいても頻繁に見られてきたんです。しかし、実際に社員が育休を取得することで企業業績にどんな影響を及ぼすのかを見た研究によると、悪影響はなかったと結論付けられています。

なんで悪影響が出ないのかについては、業務棚卸しとか、天野さんと小室さんの本を読んでいただくと、事例なども豊富に紹介されているのでご理解いただけると思います。

中には(育休取得で)生産性が上がったとか、仕事のやり方を見直すことによってかえってプラスになったとか、働く時間は短いんだけれど、時間当たりの効率で言うとプラスになったという報告は珍しくないわけです。

また、ご本人や家族に対しても、当然いい影響があるわけです。一般的に男性の育休は、1ヶ月も取れば海外でもまあまあな長さで、日本はもっと短いところではあるんですが、「じゃあ1ヶ月で何ができるんだろう?」と、疑問に思われる懐疑的な方もいらっしゃるかもしれません。

社員が育休を取っても、利益は減らず、倒産確率も変わらない

山口:海外の研究によると、この1ヶ月の間に積極的な子育て参加が形成されて、実は長期的にもプラスなんじゃないかと。もっと具体的に言うと、子どもが中学生・高校生になった時の偏差値が上がるんじゃないかなんていう、興味深い報告もされています。

さらには、先日イーロン・マスクが発言していたこともあるわけですが、日本は少子化で国としてなくなってしまうんじゃないか? という心配がされています。実はこれ、日本に限らない先進国共通の課題ではあるんですが、(育休取得が)この問題解決にもつながってくるのではないかということが研究上の知見からも言えるので、その点についても少しご紹介したいと考えています。

では、「企業、家族、社会を良くする男性育休」ということで、いくつかメリットについて見ていきましょう。

「育休取得は企業業績に悪影響なんじゃないか?」というのは、日本に限らず、この手の問題について先進的であるような北欧においても言われてきました。常に企業は懐疑的で、反対の態度を取ってきたんですが、その議論について決着をつけるべく、ある研究がなされました。

「育休取得で悪影響が及ぶんじゃないか」と疑われているのは、主に中小企業なんですね。従って、研究でも30人未満の小さい企業を対象に行ったわけです。結果として何がわかったかと言うと、社員が育休を取ったところで利益も減らないし、倒産確率も変わらないし、企業業績には基本的に悪影響はないと結論付けられています。

どういうことが起こっているのか、企業内部のデータを見ていくと、同職種の同僚の労働時間が増えて、それに対してちゃんと残業代も払われているので所得が増えた。ちゃんと同僚のバックアップがあったわけですね。

5週間の育休取得が、数年後の「子育て時間」にも影響を及ぼす

山口:なんでこんな対応ができたのかということなんですが、研究の中で言われているのは、育休は「明日から育休を取ります」と言って取得するものではなくて、数ヶ月前に取ることはわかっているので、それに合わせて計画的に対処すれば、十分に対応可能であると言われています。

類似した研究として、病気や事故によって突然欠員が出た場合は、実は利益や倒産確率に悪影響が及ぶことが知られています。だからやっぱり、欠員が出ること自体は企業にはマイナスなんですね。しかし、数ヶ月前にわかっているのであれば、十分計画的に対処可能であることがわかっています。

「じゃあ、具体的にどうしたらいいのか?」というところについては、天野さん、小室さんの本を読んでいただくか、この後のお話でたっぷり聞くことができると思いますので、楽しみにしていただきたいと思います。

ご本人、そして家族に対してどんな影響があるかという点については、カナダのケベック州で行われた育休改革の分析結果が非常に興味深いと考えています。2006年から男性のみが取れる5週間の育休が導入されて、同時に給付金の引き上げや利用資格の緩和といったかたちで、改革パッケージがあったわけです。

結果、何が起こったか。まずは育休取得率が21パーセントから75パーセントへと大幅に上がり、成功したと言っていいでしょう。さらに、平均的な育休期間も2週から5週へと大幅に伸びたわけです。

ここまでが普通の研究で見るところなんですが、この研究の非常におもしろいところは、5週間の育休の3年後に何が変わったのかを追跡調査している点です。3年後の子育て時間を見ると、1日当たり90分から110分に伸びている。家事時間についても70分から85分と、どちらも2割くらい伸びているんですね。5週間しか育休を取ってないのに、その3年後というずいぶん先の話でも、子育て時間・家事時間が大きく変動したわけです。

ですから、日本でも「たった1ヶ月、日本の男が(育休を)取って何が変わるんだ?」という懐疑的な向きも少なくないわけですが、実はこの研究結果を踏まえていくと、人生を変える1ヶ月なんだ、決して軽んずるべきものではない、ということがよくわかります。

新生児と関わることで、男性にも「愛情ホルモン」が分泌される

山口:じゃあ、なんでそんなことが起こるのか。「たまたまじゃないの?」と思うかもしれません。しかし実は、これは脳科学の研究によっても裏付けられています。

みなさん、オキシトシンという言葉を聞いたことはないでしょうか。これは母親の出産や授乳に伴って分泌されるホルモンで、一般には「愛情ホルモン」という言葉で知られています。Googleで(オキシトシンが)どういうふうに作用するかを検索すると、幸福感や信頼感を生み出して、いい母子関係を築くのに使えると出てきます。

ここまで聞くと、やはり「母親は、生まれながらに子どもを育てるのにアドバンテージがあるのかな?」と思うかもしれないんですが、実はこれは、男性でも子どもとスキンシップを取ることで分泌されることが研究でわかっています。

従って、男性の場合は最初はオキシトシンが出ないわけですから、正直、なかなか(自分の子どもを)「かわいい」と思えないところはあるかもしれない。私自身、そういうところもありました。しかし、育休で生まれてすぐの子どもを抱っこしてやると、やっぱり「かわいいな」と感じるわけですよね。そうなると、オキシトシンが出てくる。

オキシトシンが出ると、もっとかわいがりたくなる。かわいがると、もっともっとオキシトシンが出てくる。こういうサイクルが始まって、初めのきっかけさえあれば、長期的な効果が出てくることが脳科学的にもわかっています。実際にケベックの研究からも、3年後に家事時間・育児時間が伸びるという結果が出てきているわけです。

男性が家事・育児に参加する国は、出生率も高い傾向に

山口:さらにおもしろい研究として、育休を取ると、16歳時点の子どもの偏差値が1向上したとノルウェーでは報告されています。

これはおもしろいから、いろんなところでお話ししたいところではあるんですが、研究としてはちょっと微妙なところもあったりして、「絶対にこうなるよ」とは自信を持って言えないんですが、興味深い研究なのでお伝えしておこうと思います。

さらに、男性の家事・育児への参加は、出生率とも強い相関があることが知られています。(スライドの)こちらのグラフは、横軸に男性の家事・育児の負担割合を示しています。0.5が男女完全に平等で、0.5より少ないと女性のほうが多い、男性のほうが家事負担割合が少ないということになります。

(男女共同参画で)有名なスウェーデンに至っても0.44ぐらいですから、わりと男性も(家事・育児を)やるんだけど、やっぱり女性のほうがやっぱり多い。ほとんどすべての世界の国で、女性のほうが家事・育児をしているわけですね。

その中で際立っているのが日本です。たくさんの国がある中で、日本だけが15パーセントと非常に低くなっています。

日本男性の名誉のために言っておくと、労働時間も含めて見ると男女差はないんですが、日本の特徴的なところは、性別役割分業がかなりはっきりしてて、他の国と比べたら「男は外の仕事、女は家庭」というのがかなり強く分かれているんですね。

縦軸は出生率を示していますが、緩やかな右上がりの関係が読み取れます。つまり、男性が家事・育児を負担している地域・国においては、出生率も高い傾向にあるということがわかります。

もちろん、このグラフはただの相関関係を示したもので、このグラフそのものからは「因果関係があるんですよ」とは言えないことは当たり前なんですが、さまざまな調査で「どうもこれは、因果関係があるらしいぞ」と言われるようになってきました。

男性育休は、本人、家族、社会にとっても「いいこと尽くし」

山口:こちらはヨーロッパで行われた追跡調査なんですが、夫婦別々に「子どもを持ちたいかどうか」という、出生意向を聞くんです。当たり前に聞こえるかもしれないんですが、夫婦両方が子どもを持ちたいと思っている場合は、実際に3年後に子どもが生まれていることが追跡調査でわかっています。

一方で、夫だけが望んでいる、あるいは妻だけが望んでいる状況だと、なかなか子どもを生むことにはつながっていないようです。中でも多かったグループは、夫は子どもが欲しいと言っているんだけど、妻が「子どもはもう要りません」と言っているご夫婦が、かなり多数派でした。

「どういう家庭なんだろう?」と、さらに詳しく調べてみると、夫が望んで妻が賛成しない場合においては、夫が家事・育児を担っていないことが多いとわかりました。

従って、夫がより家事・育児を担えば妻の負担が減るわけで、そうなると「子どもを持ってもいいかな」と妻が前向きになるのではないかと言われており、先ほどの右上がりのグラフが因果関係であることを示すような研究と言えると思います。

こんなふうに男性の育休は、会社にとっても、本人や家族にとっても、そして社会にとってもいい。いいこと尽くしではあるんですが、「じゃあ、どうやったら育休(取得)は増えていくの?」というところが疑問になると思います。

上司が育休を取得すると、部下の育休取得率も上がる

山口:男性育休が海外においてどういうふうに増えていったのか、1つおもしろい事例を説明したいと思います。ノルウェーでは男性育休改革を行って、男性育休の取得率が強烈に伸びていったんですが、そのプロセスを詳しく見ていくと、男性の育休取得は伝染することがわかりました。

ある人が育休を取ると、その人の同僚や兄弟の育休取得率が11~15パーセントポイント上昇する。つまり、育休を取るかどうかは、身近な他人の行動に強い影響を受けているわけですね。

だから、ある人が職場で育休を取ったということは、必ず他の人の励みになり、安心して育休を取れるようになるんですね。これは関係性が大事で、交流はあるんだけど義理の兄弟や単に近所の人だと、行動に影響を及ぼすほどではないということです。

一番おもしろいのは、会社の同僚や同じ会社の人と言っても、ただの同僚じゃなくて上司が育休を取ると、周囲の人にとっても「うちは育休を取っていいんだな」ということが完全によく伝わるようです。

この11~15パーセントポイントの上昇はかなり大きい数字なんですが、なんと(上司が育休を取ると)その2.5倍ということで圧倒的な影響力です。なので、会社でリーダー的な立場にある方が育休を取ることの周囲に対する影響は、非常に大きいということがわかります。

こういうふうに、最初は「大丈夫かな」と思いつつも、勇気あるお父さんが(育休を)取った後、周りの人は見ているんですね。うまくいっていることがわかったら、「じゃあ自分も取ろうかな」と取ってくれるわけです。続いて取った人が、今度はさらに後進に勇気を与えるというプロセスが続いていって、ノルウェーでは育休取得がどんどん進んでいったわけです。

大前提として、「育休取得者を不利に扱わない」ことが重要

山口:じゃあ、日本ではどうするか。基本的なことではあるんですが、育休取得者を不利に扱わない。そもそも不利に扱うことは違法なわけですが、合法的な範囲での嫌がらせみたいなことも、あってはならないことだと思っています。

最初に取る人が出なければいけないわけで、制度的には、給付金の引き上げ(が必要です)。例えば、1ヶ月限定でいいから手取りが100パーセントになるように引き上げる必要もあると思いますし、社内においては、育休を取ったことで「イクメン表彰」みたいなものがあってもいいと思います。実際に導入が進んでいる企業では、そうした取り組みがなされています。

育休を取った人がいた後には、「育休を取った方もその後活躍して、公私共に充実していますよ」ということを、どんどん広報で社内に伝えていくことが大事だと思っています。

まだまだお話ししたいんですが、時間も限られているので。もっとお知りになりたい方は、自著の宣伝で恐縮ですが、『「家族の幸せ」の経済学』という本の第4章「イクメンの経済学」に詳しく書いてあります。他にも、子育てに関する一般的な話も書いてありますので、ご関心のある方はぜひお手に取ってみてください。ありがとうございました。

大岩:山口先生、ありがとうございます。先生のご著書は私も拝読しておりまして、非常に目が開かれる本というか、興味深い調査をご紹介いただいておりまして、ぜひみなさんにも読んでいただければと思います。

山口:ありがとうございます。

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