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スマートシティと人類の未来~スマートシティの未来を地球的な視野から紐解く~(全3記事)

人を機械のように制御できるという「錯覚」を持ったのが過ち 人類学者・山極壽一氏が語る、西洋近代の「ゼロサム思考」の先

今年で8回目の開催となった、新たなイノベーションの機会を創出する国際イベント『京都スマートシティエキスポ2021』。本記事では、同エキスポ内で「KYOTO地球環境の殿堂」の特別企画として行われた、人類学者の山極壽一氏、映画監督の河瀨直美氏、そして宗教学者の山折哲雄氏による鼎談の模様をお届けします。西洋近代の発展の過程で生まれた課題や、これからの科学技術との向き合い方について語られています。

どん詰まりを迎えた近代の歴史を再検討する

山極壽一氏(以下、山極):みなさん、こんにちは。本日は京都スマートシティエキスポの特別企画といたしまして、「スマートシティと人類の未来」をテーマにお話しをしていきたいと思います。本日いらしている方々には、スマートシティは聞き慣れない言葉かと思います。

これは、現代の科学技術の中でとりわけ情報通信技術(ICT)やクラウドなどを利用しながら、効率がよく便利で快適な街を作っていこうという試みです。そういった技術を発展させている方々もお見えになっていると思いますけれども、ぜひ私たちの話を聞いていただければと思います。 

本日司会を務めさせていただきます、総合地球環境学研究所所長の山極壽一と申します。専門はゴリラの研究なんですけれどもね。今日の私は人類の外に立って、人類の進化とはなんぞやというところから、人類の未来を考えていきたいと思っております。

もう一方、宗教学者・哲学者で、これまでさまざまな本やマスコミを通じてご発言をなさってこられた山折哲雄先生です。よろしくお願いいたします。

それからもう一方は、さまざまな話題を拾う映画を作られ、先日の東京オリンピック・パラリンピックの映画監督を務められた河瀨直美監督です。

河瀨直美氏(以下、河瀨):よろしくお願いします。

山極:それではまず、世界は、そして日本はどういう時代に立っているのか。今、我々が直面している問題は何なのかについて、過去も振り返りながら少し考えたいと思います。山折先生、どのようにお考えでしょうか。

山折哲雄氏(以下、山折):ひと言で言えば、近代がどん詰まりに来たという状況ですね。近代が始まったのは西欧世界で、特にその中心は地中海文明ですよね。それ以来の歴史の再検討が、緊急に迫られている状況になっていると。これはみなさんも同じご意見じゃないかと思いますけれども、その出発点を山極先生のように類人猿の世界まで遡る見方も、もちろん大事だと思います。

私は、特に西欧世界の人間たちが考えたルネサンス、それから宗教改革、産業革命。そして今日の高度情報革命の時代。近代を考える場合、だいたいこの4つが重要な問題になっています。

これを忠実に学び、実践し、成功してきたのが、アジアの日本なんですよね。輝かしい成果を十分に取り入れながら、今日の日本社会の国造りをしてきたと思いますけれども。それだけにどん詰まりになった現代は、負の遺産が日本を直撃し始めているという考え方です。

ルネサンス、宗教改革、産業革命、そして情報革命で生じた課題

山折:ルネサンスは人間の解放や自立を主張したり、人間最高の時代としてよく知られていますが、あくまでも人間中心の考え方だったと思います。つまり、「人ファースト」の先駆けがイタリアのルネサンスだと思いますね。我々はいろんな方面で、生物だけじゃもうダメだよと、多様性について言ってきました。

生物から脱却して、万物の問題、地球全体の問題だと。無機物、山、海、大気、水、森、あるいは土そのもの。そういうものを含めた多様性でなければいけないということで、私はこれからは万物の多様性と言い方を変えなきゃいかんなと思っています。そういう時代に来ているというのが1つですね。

もう1つが、世界の流行語になっているSDGsという考え方。私は、果たして持続可能な成長がありうるのかという疑問を大変強く持っております。もうサステナブルではなくなったからこそ、気候変動の問題が起こり、温暖化の問題が起こっている。

そういう点で、どうしても世界観、歴史観では、ルネサンスの再検討が必要になる。ルネサンスに続いた宗教改革は、古き宗教であるキリスト教に対して、新しい宗教側からの異議申し立ての運動だったんですけれども。

結局これが今日の世界各地における戦争、紛争、葛藤の原因になっており、次第に勢いが広がり始めている。この危機ですね。まさに文明の衝突の時代に入っている。そこから日本は、比較的逃れて成長を進めることができたけれども、これからはわからない感じですよね。

宗教改革の次が産業革命で、産業革命によって温暖化の問題が危機的な状況になった。それで今、世界各国でいろいろ知恵を絞って、対策を講じているわけですよね。これを従来のように、西洋側からのメッセージを受け止めるだけでいいのかという問題ですね。つまり人ファーストの考え方のままで、持続的な成長や開発をしていけるかという、土壇場に来ている。

最後に高度の情報革命の時代です。これもご承知のように、貧困の深化、差別の過激化、そして極貧層と富裕層の極端な格差。それがコロナの来襲とともに、ますます広がり始めた。だから、情報革命という問題も見直す必要があるだろうと。見直すならどういう方向で見直すかという問題が、日本の社会に押し寄せている。こんなふうに考えますね。

河瀬直美氏が、映画の世界で表現するもの

山極:河瀨さんはこれまで人間性に深く切り込んだ映画を、何本も撮っておられますけれども。今、山折先生がおっしゃられたルネサンス以降の我々人間というものを、もう一度今に至って見直す必要があるという気もしますが、どのようにお考えでしょうか。

河瀨:そうですね。私は本当にこのような研究などをやったことがなく、データを持っているわけでもないんですが、奈良で生まれ育って、奈良という土地が自分自身に与えてくれたものはたくさん存在していますね。

奈良には歴史の中に、建造物や教え、先生が言われている宗教のようなかたちで、私たちにもたらしているものがたくさんあるんですね。これらは、私たちの日常の中に非常に深く刻まれて、地域の人たちが口々にそのような行事のことを語ってくれたり、お祭りごとがたくさんあったりします。

そして自分が表現の世界に入って、今、山折先生が言われたような万物の世界観や先人たちから伝わってきたものを、知らず知らずのうちに受け取って表現に変えてきたとあらためて思うんですね。

人間本意ではない、人間ファーストではない世界観は、実は小さい時から感覚的に持っています。辻を曲がるごとにお地蔵さんがあれば手を合わせたり、何か目に見えないものにお願いごとをしたり、「今日は幸せでありました」みたいなご報告をしたり。幼いながらも、そういった存在が確かにあると認識させてもらっていました。

私は映画を通して、目に見えないものを表現しているつもりです。そしてそれこそが、もしかしたら日本に根付いた文化や哲学みたいなものかなと思っています。

24年前のカンヌ映画祭で、世界が認めた河瀬氏の『萌の朱雀』

河瀬:27歳の時に撮った『萌の朱雀』は、テーマとしては本当に地味で、過疎の進む村での小さな家族の物語ですけれども、カンヌ国際映画祭という世界最高峰の映画祭で、今後最も期待されると言われる新人監督賞をいただきました。世界の人たちが認めたその映画の中には何があったのかなと、あらためて思うんですけれども。

そこにはおそらく、近代社会が見失い、もうなくしてしまったかのように見える、人と人のつながりや生きていくための大切なヒントみたいなものが、隠されて描かれていたのかなと思うんですね。

私は本当に感覚的な人間なので、山折先生のようにはっきりと言葉にできないかもしれないんですが、映像を通して描くことで、世界の人々に言語ではなく感覚のようなもので伝えられたのかなと思っています。

今の時代は、どちらかというと感覚的なものを排除するような、わかりやすさや情報での分析、もっと速く正確であることが良しとされています。そういう中で、私たち生き物や万物と言われるものたちは、もう少し時間をかけてさまざまなものを醸し出し、存在させてきた。そのスピードが、少し速すぎる時代になっているかなと思います。

そういったスピードに付いていけない感覚を持つ私たち人間は、ある意味で地球上で一番強い存在で、あらゆるものを破壊してしまうような強さを持っているんですけど。私は映画を作り始めた頃から、人類がこの感覚でずっと進めていくと、世界のあらゆるものを破壊し、自分自身をも痛めつけて失ってしまうような感じがしていました。

漠然と「何とかできないのかな」と感じているので、主人公や描く世界の中には、この世界で一番いいよと思われているものにスポットライトを当てるんじゃなく、むしろそういうものの影に隠れてなくなってしまったものや、なくなりそうなものにスポットライトを当てて映画を作っているつもりです。

情報革命によって覚えた、人を機械のように制御できるという「錯覚」

山極:たくさんの問題提起をしていただいてありがとうございます。私も、今の現状を見てみると、やはり人類は歴史のどこかで間違ったんじゃないかという思いがしてしょうがないんです。

山極:山折先生がおっしゃったことはその通りなんですけど、もっと昔に遡って、今、河瀨さんがおっしゃられた「言葉」というものが「論理」を作り、「論理」によって世界を解釈し始めた。これはもうプラトン、アリストテレスの頃から盛んになってきたことで、大哲学者を前にして恐れ多いんですけれど。

山折:いえいえ(笑)。

山極:哲学の役割が今、だんだんうまくいかなくなっている。簡単に申し上げますと、20世紀の中盤に哲学は生命科学に乗っ取られたと私は思っているんですね。なぜかというと、哲学はこれまで世界を解釈することと、人が生きる意味について教えてくれていた。

だけど20世紀の中盤に、人間の体がDNAという4つの塩基によるアルゴリズムによって、他の動物と同じように作られていることがわかったので、生物学的に言えば人間の特質性はわからなくなってしまったわけですね。アルゴリズムが一緒なんだから連続しているわけです。

そして20世紀の終わりになると、山折先生がおっしゃられたように今度は情報革命。40年前にインターネットが登場したことによって、また生命科学そのものが乗っ取られてしまった。つまり、人間を機械のようにコントロールできるという錯覚を覚えてしまったところに、この時代の過ちがあるんじゃないか。

そのもとを辿れば、言葉によって哲学や科学を作り、そして科学技術によって産業革命やら情報革命といったものをどんどん進行させてきた。この後戻りができないような人間の一本道が、どこかで振り返ってみると間違っていたかもしれないと思うんですね。

求められるのは、科学技術の発展を支えた「ゼロサム思考」の先

山極:というのは、ルネサンスは人間中心、人間復興とよく言われていますね。ただそれも、言うなればキリスト教的世界観に則っているわけです。山折先生が最後に言われた西洋近代の思想の礎として出てきたわけですね。一神教の世界です。

ただ、日本はもともとアニミズムの多神教の世界であって、人間中心にはなかなかならなかった。それは今でもそうだと思うんですね。万物のさまざまなところに神が宿り、それが縁起としていろんな関係を結んでいる。

まさに現代の生態学が明らかにしようとしたそのものであって、昔で言えば、和辻哲郎が「風土」という概念を出した時に、「人間の精神そのものも自然と切り離せないものだ」と言ったわけですが、そういった精神に再び立ち返る必要があるかもしれない。

西洋近代は、今のコンピューターのシステムがそうですが、ゼロサムなんですね。向こうかこちらかだけの間がない思想で、それは科学技術の発達に見事に貢献したと思うんですが。

もっと曖昧な部分、あるいは向こうとこちらだけではない間の部分や、山折先生が「万物」と言われたように、人間の頭では理解できない部分も入れ込んで、この地球や宇宙を考えなくてはならない時代に来ている気がしますね。

「科学技術に人間が」ではなく、「人間性に科学技術が」寄り添う社会

山極:この10月(2021年10月)のノーベル賞授賞式で物理学を受賞された真鍋淑郎先生。地球研(総合地球環境学研究所)、京都府、京都市、国際高等研究所、国立京都国際会館などが合同で2010年に始めた「KYOTO地球環境の殿堂」という賞は山折先生も受賞されましたけど、真鍋先生は第1回目の受賞者なんですね。

山折:そうですか。

山極:そうなんです。真鍋先生は1967年に気候変動モデルの最初の論文を発表されましたが、なかなか信用されなくて。1988年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)ができ、気候変動に対する報告書を出してきましたが、今年8月の第6次報告書によって初めて、今起こっている地震や津波等々の災害は、地球温暖化によるものであって、原因は温室効果ガスだとはっきり断定しているんですね。

そのもとになったのが、真鍋先生の気候変動モデルです。1997年にCOP3で京都議定書を発出した京都が、真鍋先生を栄えある受賞者に認定したことは、大変意義あることだと思っています。

河瀨:素晴らしい。

山極:まさに皮肉な話ですが、コンピューターのシュミレーションモデルで将来を予測したわけです。つまり、デジタル社会の科学技術を使って、アナログ的な地球の(気候)変動を予測したことに、現代が象徴されている。

山折:なるほど。

山極:今、私どもはデジタル社会を迎えているわけですが、デジタル社会は、河瀨さんが先ほど言われた、人間の頭の中に眠っている知識の蓄積、この知能の部分を情報として取り出して、外付けのデータベースにして人工知能によって分析させるという方法です。

これは極めて効果的だった。だけど、おっしゃるように感情や意識の部分は情報になりませんから、外出しにできずどんどん置き去りにされていく。まさに直観力や情緒的社会性が、あまり顧みられずに使われなくなり始めているのが現代ではないかという気がいたします。

ですから、スマートシティを構想する際は、科学技術だけではなくて人間の情緒、あるいは文化を中心に据えて、科学技術に我々が寄り添うのではなくて、人間性に科学技術が寄り添うようなことを考えていかなければならないと思います。

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