2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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森まどか氏(以下、森):ありがとうございます。続いて落合さんには、先ほど小島さんにうかがった質問とは少し視点を変えてうかがいたいと思います。今回のコロナ禍では、移動や感染に関わる国民の個人情報をいち早く収集できた国が、感染の抑制に成功している印象があります。
一方で、日本は強制力を持ったデータの収集を行わずに対策を行ってきました。もちろん、データの活用だけが感染の抑制に寄与したわけではないと思いますが、一助となっているのではないかと考えられています。
今後データは個人情報として保護されるべきなのか、それとも国や企業が活用できる状態にどんどんなっていくべきなのか。そのあたりの考えについてお聞かせいただけますでしょうか?
落合陽一氏(以下、落合):いくつか前提条件で気になったのは、国民の個人情報をいち早く収集できた国が感染の抑制に成功したかっていうと、どこですか? 中国のことですか?
森:台湾とかですかね。もちろんその後の波がありますが、データを活用することによって(感染の抑制に寄与した)。
落合:必ずしも、個人に対してデータが集められるからといって、コロナウイルスに対して有効だとはあまり思っていないんですが。それとは別として、個人情報としてデータが保護されるべきかというと、間違いなくされるべきだと思っている立ち位置です。
GDPR(EUの一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州の消費者プライバシー法)、すごく大切だなと思ってたりもするんですが。その中で、どこまでが個人情報でどこまでが個人情報じゃないのかが、すごく議論されるわけですけど。
例えば我々が提供してるような、コロナ(の感染拡大)を抑制するためのサービスのことを考えると、人流や気流で測られる物理現象や物理条件は、ある一定の個人情報に当たらないけれど、データ利活用で問題を解決しようとする試みなので。まずはそういったところから埋まっていくんじゃないかなと、個人的には思っているところもあります。
そういった面で、1つはみなさんにご理解いただくコミュニケーションのための手法が必要だなと思っていて。ある種、デジタル庁とかそういったところが、ガバメントのデジタルトランスフォーメーション変えていくところから考えていかないといけないだろうな、とは思っています。
落合:ご質問としては、データ活用と企業との間の適切な関係をどう作るか、という話でしたっけ?
森:適正な関係というか、個人と国、個人と企業などの適正な関係は、どのように作っていくのか。あと、それがどのようにあるべきかをお聞かせいただきたいです。
落合:そのへんの質問は主語が大きくなるとどうしようもないので、「人それぞれ」としか言いようがないんですが。「人それぞれ」というのは、回答の放棄なので、セグメントをいくつか分けて話そうと思います。
小っちゃい自治体であるならば、そこに参加してる人たちの意思の総和でやっていくことはあると思います。企業のサービスの上で自分のデータがどう活用されるかは、「個人がその企業に対してどういうデータを提供したいか」の問題だと思っています。
その上で、国ぐらいの(大きな)まとまりでどうやっていくかというと、国の場合は個人情報に対する考え方って、ある程度センシティブであらねばならないなと思っているんです。適正な環境をデザインする上では、どのコミュニティにおいてどのデザインの利活用を進めるかというレイヤーを、1個1個考えていくのが大切なんじゃないでしょうかね。
森:例えば、マイナンバー制度があります。まだそこまで全員が手続きしているわけではない状況になっていますが、利用する側の私たちが「登録しよう」「使おう」と思わない状況にあるのは、どういったことが背景になっていると思いますか?
落合:デジタル庁でマイナンバーの話をよくやってますが、基本的にはおそらくマイナンバーにどういうインセンティブをくっつけるか、という話で。ただ、ある程度インセンティブが揃ってきてるので、じわじわ進んでいくんじゃないでしょうかね。
森:なるほど。それから、あとは「COCOA」ですね。コロナ(感染者との接触情報がわかる)位置情報のアプリがありましたよね。あのアプリもなかなか利用が進まなかったところがあるんですが。もちろん、COCOAというアプリに意味があったのかという議論もありますが、それはさておきとして。
落合:例えば、諸外国ではワクチンパスポートのアプリってめちゃくちゃ普及してる。なぜなら、あれがないと店に入れないからですよね。COCOAのアプリがないと入れない夏祭りに何個か行ったことありますが、そういったルール作りって自治体に任されてると思っていて。
自治体の人が町内会として、「COCOAがないと私たちは町内会のお祭りにあなたを入れません」と言うのは、自治体に権利があると思いますけれども。例えば、医療機関や学校や一般的な飲食店でその方針がとられるかと言われたら、そこはなさそうですよね。
たぶん、小島さんご専門の話なんですが。そこのルールメイキングは、コミュニティでだいぶ変わっていくのかなと思っています。
森:それぞれのコミュニティにおいて広がるかどうかは、ルールがどうなっているか、それがなければできないことなのか、それがあることによってメリットがあるのかといったことに左右されていくのではないかと。
落合:そう思います。基本的に、全体最適化の問題が解けない話なので。さっき小島さんがおっしゃってたように、市場のルールを決める話とも違うので。「ワクチンパスポートをみんなが入れれば、きっとこういう業種・業態が儲かります」という、単純な話じゃないので。それってレイヤーを分けていろいろ考えてかないといけないねって。ただ、進ませないといけないから、失敗可能な実験は応援しますけどね。
森:なるほど、ありがとうございます。
森:小島さん、今の落合さんのお話いかがですか?
小島武仁氏(以下、小島):そうですね。もう落合さんがぜんぶカバーしてくれたので、僕は何をしゃべろうかと思っちゃったんですが(笑)。今の話にもう2つぐらい付け加えるとするならば、1つはどういう団体、どういうレベルの人が意思決定をするか・権限を持つかが、コロナ禍で非常に問題になったと思うんですよ。
例えば、「自治体がいろいろ決めてる」という現状の話がありましたが、やっぱり自治体のレベルでやると効率が悪いことがたくさんあったな、というのは、みなさんも感じてらっしゃるんじゃないかと思うんですね。
さっきコロナワクチンの配分の話をしましたが、あれって自治体ごとにルールも違うし、ハンドリングがバラバラになっていて、なかなか混乱してしまった。それで、お互いの意思疎通ができない。
おそらく、昔はそれでよかったんだと思うんですね。コロナのワクチンみたいに大規模なオペレーションでやる必要がなかったし、そもそも昔は人がそんなに移動しないから、自治体のレベルでやればいいだろうと。
今だったら、コンピュータで予約をとる時だって、同じシステムをどこで使っても大丈夫なはずなんだけど。結局は自治体がやらなきゃいけないので、各自治体がいろんなベンダーにランダムに発注をして、バラバラのシステムになってしまっている問題があったりします。
これは「情報をどう開示するか」という、主語の大きな話とも関係しますけれども。それ以前のすごく基本的なこととして、効率をよくしていくところがかなり必要なんじゃないかというのが、第1点。
小島:第2点でいうと、例えばCOCOAにしてもマイナンバーにしてもそうだと思うんですが、政府がやってほしいことや、社会で全体的にやってほしいことって、ある程度強制ができない。そういう時にあり得る方法で、比較的よく使われるのは「デフォルトをどうするか」ですね。
よく言われる例で言うと、これは私のマッチング分野も関係があるんですが、日本を含むどこの国を見ても、臓器移植って「臓器が足りない」という問題があります。
それを増やす1つの方法は、単純に臓器移植の意思表示を「イエス」をデフォルトにしておいて、嫌だったら「ノー」と言ってください、というふうにしておく、オプトアウト方式ですね。前提条件をちょっと変えるだけで、場合によっては移植の数が増える。
これのポイントとしては、強制はしてないので、例えば法律的にアウトにならない範囲でできたりとか。そういったテクニック・テクノロジーがいろいろと知られていて、適切に組み合わせていく。強制するとちょっとまずいようなことでも、「全体的にこっちにしたらいいだろう」ということがある時は、こういうこと(オプトアウト方式)を積極的に使っていく。
森:強制ではなく多くの方に賛同してもらいたい時は、あえて「これはノーです」以外の人が、賛同と理解できるようなシステムを作ってデザインしていくことによって、多くの人が利用できるようになるということですかね。
小島:そうですね。
森:落合さん、今のお話いかがでしょうか?
落合:そうですね。デフォルトをどっちにしておくかはけっこう重要なことだなと、お話を聞いていて思いました。あとコロナに関しては、デフォルトでトラッキング可能にしておいてもいいのかなっていう。
例えば、日本はわりと「空気」で対応してきたのが、あまりよくなかったなと。個人的には、戦前戦後のことを考えるとそうだと思いますよね。オプトインなのかオプトアウトなのかを、「みんながやるから」という空気で決めちゃうとよくないので、そこはルール決めしておくのがいいのかなと、すごく思ったところはあります。
森:ありがとうございます。ジェネリック医薬品のイエス・ノーも、途中から「嫌です」という意思表示のほうに印をつけるようになりましたけれども。
落合:自分の専門分野でそれ系(の話題を)話すと、たぶんこれからARグラスやSLAM、カメラがついてくると、だいたいの人間の顔写真はネットワーク上に絶対に送られることになっちゃうんですよね。これ、けっこうキーです。
自分は写真家でもあるので、昔、写真の話をしてる時に、「写真を撮るってことは他人を記号化することなんだ」と言ってる写真家がいて。確かに写真を撮られたら、撮られた写真は自分ともう1個違う「記号」になるから、記号だっていうのはよくわかる話なんですけど。
もはや「写真や映像は記号だ」と言ってられないほど、我々は映像を撮ってるじゃないですか。例えば今、Zoomで送られてる僕の映像はオプトイン・オプトアウト可能ですよね。つまりデフォルトでオンになってるけど、消そうと思えば消せるんです。
そうじゃない画像なんていっぱいあるわけです。例えば、自動掃除機で撮られてる家の内観の映像だったりとか。それはまだ、切ろうと思えば切れるかもしれないけど。じゃあ例えば、ヘッドセットが位置固定するために、4つ付いているカメラで周囲を撮りながら頭の位置を測定している場合、そこで撮られてる映像は個人情報ですか?
たぶん個人情報になっちゃうんだけれど、どうする? っていうルールとか。これだけカメラがいっぱいある中で、「自分は映らないでいい権利」をどう保障するかとか、非常に難しいなと思いました。
森:確かにそうですよね。気づかないうちに自分がいろんなところに拡散していたり、記録が残ったりが当たり前になっている中で、私たちがその社会に慣れていくためには、こうした技術が発展してる時代をどう受け入れていけばいいのか。もしアドバイスなどがあれば、落合さんいかがでしょうか?
落合:気にしない。「気にするな」って(笑)。うちの研究室のセンターがデジタルネイチャーって名前なんですよ。デジタルネイチャーって基本的にはクリエイティブですから、「流れに身を任せろ」ってことですかね。
森:なるほど。
小島:ある意味で、伝統的なプライバシーがオペレーショナイズできなくなりつつあるかもしれませんね。
落合:ほぼオペレーションできないと思いますね。昔は写真や動画は体から切り離された1個の肖像として成立したんですが、今はその肖像がないと機械がオペレーションできなくなっちゃってるので。そうなってくると、もう既存のオペレーションは破綻してる感じはします。
森:そうですね。基準というか、そもそも立っている私たちの場所が変わってきているということですよね。
落合:なので、「写真や動画で撮られることによって人間は記号化する」という考え方は、もはやなくて。光をデジタルで捉えて、ある種のデータのフローの中に載せないと、周りの環境がそもそも機能しない状態になっちゃってるので。「個人情報だ」って(訴えられたのは)、一回もないですよね。
森:受け入れて、そういう世界に生きていることを自覚することが必要。
落合:それから、逃れる手段だけを丁寧に設計しないといけないですよ。さっきのオプトアウトの話です。デフォルトが「イン」なんですよね。昔は写真を撮るってことはデフォルトではなかったんですが、今はデフォルトに写真も動画も撮られるので。それを拒否する権利を与えないと、入出できない家とか困っちゃいますけどね。拒否する権利って大切ですね。
小島:「拒否する権利」って、すごくおもしろいキーワードだなと思って。経済学でよく言う話なんですが、基本的な問題は「誰に権利が属してるのかってよくわからない」と。
よくわからない時は何がまずいかというと、例えば肖像権だったら、「肖像権を侵害されたら困る」というフェアネスのこともあるけど、誰が権利を持ってるかわからないから、みんな怖くてあんまりうまく使えなかったり。
逆に、会社が勝手に自分の権利を侵害して、なにかしらに写真・映像を使ってしまう。そうすると、使われた人が損を被っているのに、写真を使う会社は考慮してくれないから、社会全体としては過剰に使われてしまうとか、そういう問題が起きるという議論があって。
ここの大きな問題は、権利関係がはっきりすると、被害を被った人に会社が何かをするんだったら、それを適切にコンペンセイト(補償)するとか、自律的なことが期待できるわけですけれども。要するに、権利関係がはっきりしないのが大きな問題だと思うんですよね。
「誰が権利を持つべきか」という議論は重要なんですが、それ以前に「誰かに権利をちゃんと持たせられるのか?」っていう。そこの技術がたぶんキーかなと思ってます。
森:誰が権利を持つのか、それから守られる方法。「嫌だ」と拒否をする人が守られる方法を、きちんと認知してもらう状況にするということですよね。
小島:そうですね。
森:そういったことができるようになった前提の、未来の話なんですが。先ほど、ワクチンのお話や臓器移植のマッチングの話を小島さんご紹介いただいたんですが、これからの10年ぐらいで、私たちの暮らしでどんなことが可能になっていくと考えられているか。そのあたりをお聞かせいただいてもいいですか?
こうした技術、それから小島さんの研究などで実装されることによって、未来はまだまだ便利になるのかなという気がするんですが。いかがでしょうか?
小島:そうですね。10年先にどうなるか、正直ぜんぜんわかんないんですが。身近な話で言うと、単純にみんなの満足度がちょっと上がるような変化があるんじゃないかなと思うんですよ。
さっき例を出した待機児童の問題でいうと、今年、去年ぐらいはたまたまコロナ禍で預ける親御さんが減ったこともあるし、待機児童が減りましたけど。未だに問題がある時に、保育予算を増やさなくても、今あるリソースでアルゴリズムをうまく組み替えることで満足度を上げる。
待機児童も減るし、親御さんの希望がもっと叶うようなやり方ができる……なんてことも我々はやってるんですが、それが実装されれば、単純に保育に困ってる親御さんが助かることはありえます。
同様に、職場においても大きな変化だと思うんですが、やっぱり昔ながらの日本の企業って、従業員の部署や勤務地の希望をなかなか叶えてこなかったという批判があると思うんです。できなかった理由はいろいろあるけれど、そのうちの1つが、単純にうまく希望を組み入れてフェアにやることが人手では無理だった、やり方がわからなかった、という感じだと思うんです。
そういう技術はアカデミアの世界では存在していて、実際にアメリカやほかの国の文脈だと使われてる例もたくさんあるんですね。なので、そういったものを導入していくことで、職場でなかなかうまく適材適所に配置されてない不満を減らしていく。
そういう「地についた変化」っていうんですかね。生活のいろいろな面でグラウンドのところからよくなっていくのは、これから期待できるんじゃないかと考えていますね。
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