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『マイノリティデザイン』刊行記念連続トークイベント マイノリティデザイン・デイ1日目(全9記事)

「生きててよかった」と思える瞬間は、何をやってもうまくいく 人を“無敵状態”にする、過去の自分を認める効用

コピーライター/世界ゆるスポーツ協会代表理事の澤田智洋氏が著作した『マイノリティ・デザイン』。本書の刊行を記念したイベント「マイノリティデザイン・デイ」では、著名人を招いたトークセッションが行われました。1日目となる今回は、作家・岸田奈美氏をゲストに迎え、両者が抱える「痛み」との向き合い方を明かしました。

心に起きる“火事”には、人間の可能性がある

澤田智洋氏(以下、澤田):本(『マイノリティデザイン』)に書いたんですけど、僕が今がんばって生きていけるのは、やっぱり息子のおかげで。それはなんでかというと、僕は今、火事場のクソ力というか、“馬鹿力”が超発揮されていて。

マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう(ライツ社)

岸田奈美氏(以下、岸田):わかる。わかる。

澤田:要は、人って「火事になるとタンスを運べる」って言うじゃないですか。

岸田:私はおかんが入院してから、おばあちゃんと弟の介護申請とかを一気にやって。ケアマネジャーの人とかに「こんな短期間でこんなにやってる人、見たことがない」と言われるぐらい、けっこうビックリされるけど。私はもう必死だからぜんぜんわかってないという。たぶんそれはめちゃくちゃ一緒です。

澤田:それって僕は、岸田さんの心が火事になってると思っていて。もう「にっちもさっちもいかない」も含めてボーッ(と燃える)みたいな。それって、すごく人間の可能性だなと思っていて。「火事場のクソ力って自家発電できるんだ」という。

岸田:確かに。自分で燃えるのはどうかと思うけど。寿命縮まりそうじゃないですか?(笑)。それ、大丈夫? 

澤田:いやぁ、長生きするんじゃないかなぁ(笑)。

岸田:本当に?(笑)。

澤田:だから結局、「岸田さんってすごい」という話になるかもしれないけど、すべては一人ひとりの可能性だと思ってるんですよね。

岸田:そうですね。本当にそう思う。

澤田:心に“火事”が起こる。あの人は家族がピンチだとか、あるいは自分がピンチになった時でもいいんだけど。心が火事になる時は、「自分だけでもこんなに力が湧くんだ」ということとか。データベースとして自分はぜんぜんなにもないと思ってたけど、あると信じると実はめっちゃあるじゃん、人ってすごい、みたいな。

自分にとっての「大切な人」が、自分であってもいい

岸田:わかる。インスタを始めると、食べ物の写真や映えスポットがめっちゃ目につくのと一緒で。目的があって切羽詰まると入ってくる情報が変わるから、本当に見えてくる世界が違う。

そのために、「大切な人や運命の人と出会うのがすごく大事」と(『マイノリティデザイン』)に書いてあったと思うんですけど。私にとってはそれが、弟でありお母さんである感じですね。

でも、自分でもいいというのは意外だった。「大切な人や運命の人がいない」って、確かに私もよく聞かれるんですよ。「岸田さんみたいに、特異な経験があるからこういうのを書けるんですね」と周りに言われるんけど、「いや、誰でも書けるよ」とずっと思ってたから。でも、自分でもいいというのはすごく。

澤田:自分でもいい。僕はやっぱり、自分がスポーツが苦手なのが、本当に辛かったんですよね。男の子の中で、学年で2番目ぐらいに足が遅かったんですけど、そうすると当然スクールカーストで最下層だし。スポーツできないのがすべての理由じゃないかもしれないけど、やっぱり先生が僕をあまり好きじゃないのもわかったし。

だから今、いろんな大切な人のために自分の力や命を前向きに削ってるんです。だけど、もっと自分(自身のため)に削ろうと思って。もっと言うと、過去の自分だって大切なクライアントだなと思ったんですよね。

岸田:クライアント、なるほど。プレゼンする相手ってことですね。

過去の自分を救うことで、今傷ついている誰かを救う

澤田:自分の力を注ぎたい相手というか。今の自分を大切にするのが難しければ、過去しんどかった時の自分を大切にする観点でもいいと思っていて。なんでかというと、きっと今この瞬間も体育で傷ついている小学生が全国にいるわけじゃないですか。

岸田:スポーツが苦手でね。

澤田:そう。だから過去の自分に貢献したら、今を生きているその子たちの貢献にもなるわけですよ。自分も「小さな社会」だから結果として社会貢献になっていくし、そういう意味では自分に貢献するのもすごく大事だし。

岸田:あぁ、わかる。私もけっこう、過去の自分を救うつもりで書くことが多いんですよね。

澤田:やっぱり。なるほどね。

岸田:未来の自分というより、過去の自分がこういう言葉が欲しかったなとか。過去の自分を認めることって、生きててよかったって思えることじゃないですか。

「生きててよかった」と思える瞬間が、なにをやってもうまくいく“無敵状態”だと思っているので。いかに「生きててよかった」という材料を作るかが、私はすごく好きなんですけど。

すごくわかります。過去と同じ状況の人って絶対この世界のどこかにはいるので、そういう人に届くとうれしいですよ。自分のためにやったことが人のためになって、「こういうのを悩んでたけど、岸田さんのおかげで元気になりました」と言われたら、そんなにお得でうれしいことはないなって思います。

澤田:やっぱり岸田さんもそうなんですね。

岸田:そうです。

岸田氏が、懺悔と祈りを込めて書くnote

澤田:すべてのnoteが過去の自分に向けられてるのか、それとも今まで書いた中でより強烈に過去の自分を意識したものってあるんですか? 

岸田:過去の自分に対しては、会社員時代に3回休職するぐらい、へこたれては戻ってへこたれては戻ってという状況だったので。みんなと同じように仕事ができない、働いてた時のおっちょこちょいな自分を励ますための文章は、やっぱり日常的に書いてるし。

弟について書く時、やっぱり発音もすごく不明瞭だし私も慣れてないから、過去に弟が言いたかったこととか悔しいことを読み取れなくて、後悔してることがいっぱいあるんですよ。

澤田:なるほど。

岸田:大人になってよーく見てたりとか、周りの人の反応を見てたらわかるんですよね。

私、過去の弟についておもしろおかしく書いてますけど、あれはけっこう「あの時、わかってあげられなくてごめんね」という自分への懺悔だったりもします。

澤田:なるほどね。懺悔も入ってるんだ。

岸田:「あの時、読み取れなくてごめん。でも今はちゃんとこう思ってるからね」という、私へのメッセージでもあり、弟へのメッセージでもあるということ。でも弟は結局それを読めないから、完全に今だけを生きてるんですよ。未来のこととか、いけても1週間ぐらい。未来の感覚って、人によってぜんぜん違うと思って。

澤田:違いますよね。

岸田:おばあちゃんは24時間後までしかわからなくて、弟は1週間後ぐらいまでしかわからないんですよ。

ですけど、弟には過去の話を聞いてもわからないから、弟のためというよりは、これを読んだ日本中の人たちが「岸田さんの弟がこうだったから、こうやってコンビニで対応したら喜ぶかもな」「ダウン症の人を見つけたら、こうやって対応したらいいかもな」という。世界で大変なことって、まだいっぱいあるんですけど。

だからけっこう、「あの時に私が読み取れなくてごめんね」という懺悔の気持ちプラス、「ちょっとでも君の力になれればいいと思って、祈りを日本に発信しとくね」というところはあるかもしれないです。今、言われて初めて気づいたけど。

人の痛みや傷に寄り添う仕事の大切さ

澤田:なるほどね。それって生きる上でもそうだけど、仕事する上でも大事な観点だなと思って。今の話を聞いて思ったのが、ある意味、岸田さんは自分の過去の傷や痛みに寄り添ってるわけじゃないですか。

働くことって、もちろんいろんなやり方やレイヤーがあるんだけれども。誰かの傷に寄り添うとか、その傷が治るまでそばにいるとか、治るどころかそれが新たな価値になるぐらい一緒に考える。そういうのって、大事な仕事だと思っていて。

岸田:そうですね。本当にそう思います。

澤田:これだけみんなが生きていく上で大なり小なり傷ついて、痛みを抱えてるんだったら、それをすっ飛ばしてめちゃくちゃ資本力のある企業の売り上げを伸ばすために仕事をするってどうなんだろうなと思えてきたというか。

岸田:わかる。すごくわかりますよ。

澤田:企業の課題のために働くのって大事だけど、誰かの傷や痛みに寄り添って働くのももっと大事なんじゃないかなと、すごく思った。

岸田:大事だと思いますよ。自分が気がついていることや辛いことって、他の誰かの未来に起こることの先輩なわけじゃないですか。インド航路を見つけた人みたいな、航海の道を見つけた人とかになれるから。

(傷つく出来事が)起きちゃう人もいるんですけど、なんで傷ついたんだろう、その傷をもう二度と起こさない、楽にするにはどうしたらいいんだろうと考えることは、すごく意味があるというか。大事な世界の仕事だと思うな。

澤田:めちゃくちゃもう(同意)。

17歳の義足の少女との出会い

澤田:しかもそれって、働くことと生きることの真理だと思っています。よく障害のある方と仕事をしますが、例えば去年は17歳の義足の女性と仕事をしたんですね。

岸田:17歳。

澤田:彼女はもともと子役をやっていて、ずっとタレントを志望してたんだけど、病気で足を切断することになって。切断したことを友達にも言ってなかったのよ。だけど、僕がプロデュースで関わっている「切断ヴィーナスショー」に去年出てくれて。

岸田:あ、そうなんだ。

澤田:取材がめっちゃ入ったんだけど。

岸田:この子か。すごいかわいいですね。

澤田:その時彼女は17歳だったけど、「後輩たちじゃないけど、義足のちっちゃい子たちに勇気を与えたいです」と言っていて。

岸田:大事ですね。すごい。

澤田:彼女はショーに出るまで義足を隠したがっていたし、自分にぜんぜん自信がなかったんだけど、1個吹っ切れて視界が開けた途端に、「後輩たちにいい社会を残したい」というモードにパッと変わっていて。別に年齢は本質じゃないけど、17歳でもパッとそう思うんだなと思って。

岸田:確かに。それはすごいな。

澤田:だから僕もやっぱり、スポーツで傷つく少年少女を減らしたい気持ちがめっちゃ強くて。

岸田:少年、少女。

澤田:特に障害があると多いですよね。

岸田:そうですよね。見た目ではわかんないけど、病気で体が弱いとか、ぜんぜんありますからね。普通に私も苦手でしたね。どうせ同じ人生なんだから、楽しまなきゃ損というのはあるし。

岸田氏の思う、「生きててよかった」瞬間

岸田:あとはやっぱり、人間の「生きててよかった」という時って、自分のためだけじゃなくて人のためになっていて。労われて感謝される時に、やっぱりすごくうれしいなって思うと思うんですよ。それ(感謝)をし合えたら一番いいと思うんですけど。自分が傷ついたから誰かに感謝されるって、すごい儲けもんじゃないですか。ラッキーだなって。

うちのお母さんも本当に死にかけて入院してて。コロナの対策で1ヶ月、誰にもお見舞いで会えないんですよ。毎日大変なんですけど、「今日めっちゃ無印良品のお茶がおいしくってさー」とか。個室を取ってるんですけど、「大部屋だったらみんな電話するの大変そうだけど、私はたまたま個室に入れてるから電話できるわ」「めっちゃ幸せやねんけど」って。

私が「いや幸せちゃうで」「死にかけとんやで」と言ったけど、「でも、過去にむっちゃしんどい病気をやってるから、ぜんぜん今幸せに思えてしまったわ」みたいなことを本気で言ってるんですよ。

お母さんが病気をしたことってすごいマイナスなんですけど、本人からしたらもう大抵のことでは落ち込まない鋼の精神を手に入れてるから、いいのかもしれないなって思った(笑)。

日常を「かき分けて」気がつく、痛みや幸せ

澤田:わかる。僕の息子も、一時期危なかったんですね。結果、命は大丈夫だったんだけど。やっぱりその地獄を1回味わっているから、今一番幸せな時は家族が揃った時。

どういうことかというと、僕は日中は仕事をして、息子は盲学校に行って、妻は専業主婦なので家にいます。そうすると、3人は日中バラバラの場所でバラバラに活動をしてるんですよね。当たり前だけど、夕方とか夜になると3人が家に帰ってくるから、もう1回家に集合するんですよ。その時に僕、「うわー、集合できて幸せだなぁ」と毎日思ってるんで。

岸田:なるほどね。集合できて幸せ(笑)。

澤田:だって、毎日バラバラのところ行くじゃないですか。だからなにが起こるかわからんし。

岸田:うん。そうね。

澤田:でも、「今日もまた集合できた。おぉ、すごい」みたいな。

岸田:(笑)。それはちょっとわかります。「ご飯食べれた」とか、それぐらいだけですごく……。

澤田:いろんな情報が渦巻く社会だけれども、すごく細かく日常を見ていくと、ちゃんと毎日の中にそういう幸せもあるし。かき分けていくと向き合うべき傷や痛みがあるから、もっともっと日常をかき分けていくべきだと思うんですよね。

岸田:かき分けるっていいですね。

澤田:わざわざ何があるかなんて、やらないじゃないですか。

岸田:わかる、わかる。

澤田:みんな、非日常にいっちゃうから。

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