2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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石川善樹氏:整理すると、従業員のウェルビーイングだけでなく、経営に関わるすべてのステークホルダーのウェルビーイングを経営の中心に置く日本企業が増え始めています。経営にまつわるすべてのステークホルダーは、もちろん株主がそうですし、取引先・お客さん・従業員、最近は地球環境もそうですね。
経営にまつわるステークホルダーすべてのウェルビーイングを、どうやって調和させていくのか。そういう意味で、経営の中心にウェルビーイングを位置づける日本企業が増えています。これは企業だけじゃなく国家でもそうですね。実は日本でも、ウェルビーイングの担当省庁の設置について議論が始まっています。
これを国なり企業なりということで、日本で決定的な流れを起こしたのがトヨタなんです。去年の四半期決算の発表で、豊田章男さんが最後にこんなことをおっしゃったんですね。
(スライドの)赤字のところですが「地球と共に社会と共に、すべてのステークホルダーと共に生きていく」と。これは、力強い宣言なんです。
この数十年、日本企業は株主重視ということでやってきたワケですけれども、(豊田氏は)株主だけでなくすべてのステークホルダーと共に生きていくんだと。私たちの使命は幸せを量産すること、ウェルビーイングを量産することであると。「幸せの量産」がトヨタの新しいミッションであると定義したんですね。
誰もが「トヨタは車を量産する会社だ」と思っていたら、(豊田氏は)違うんだと。その先にある幸せの量産、ウェルビーイングの量産なのであるという。日本の第1(位)の会社であるトヨタの社長がこういう発言をしたことは、実は日本の多くの会社に影響を与えていて。
私もいろんな経営者や役員の方から「豊田章男さん、ウェルビーイングって言っていたよね。日本でもいよいよウェルビーイングが来ているよね」という話を聞くようになりました。
背景をもうちょっとお話しすると、早稲田大学のスズキトモ先生という「会計×ウェルビーイング」という切り口で研究をされている、世界的に有名な方がいらっしゃいます。
(スライドを指して)これは日本企業が生み出した付加価値をどう分配しているのかというグラフなんですけれども、これを見ても明らかなとおり、株主に対する分配が過去30年でものすごく増えたんですね。
つまり配当や自社株買いで株主にちゃんと配当しようよ、分配しようよと。一方で、役員とか従業員は、分配がそこまで増えていないどころか、ちょっと減ってますよね。
これが、私たちの給料がなかなか上がっていかない根本の原因でもあるんですけれども、もうちょっと見ると、下に青い線でR&D(研究開発)があります。やっぱりR&Dをしっかりやっておかないと、会社の中長期的な経営を考えると厳しくなってくるワケなんですが、そこもなかなか分配が進んでいない。
今まで日本企業はどちらかというとバンクガバナンスで、株主をそこまで重視せずにきたので、もうちょっとちゃんとやろうよというので、株主重視になってきたんですけれども。
長い目で見るとバランスが取れているのかもしれませんが、これから30~50年先を考えた時に、果たしてこういう分配状況でいいのだろうかと。やはり経営にまつわるすべてのステークホルダーのウェルビーイングに資するように、経営というものを考えなきゃいけないよねと。そういうことから、ウェルビーイング経営と言われるようになっているわけです。
いったんここで整理させてもらいますと、従来の株主資本主義から、ステークホルダー資本主義へ。特にこの右側の図で核になるのが将来世代ということですね。
企業が中心にあるのではなくて、将来世代のウェルビーイングを核に置いた「ステークホルダー資本主義」を掲げる企業が、最近増えてきたなと思います。
代表例が丸井グループですね。丸井グループは重要なステークホルダーとして、この将来世代を掲げた最初の企業だと思うんですけれども。将来世代というのは、いわゆるジェネレーションZという人たちです。
実は世界人口を見た時に、ジェネレーションZという(それ以前の世代と)ぜんぜん違う価値観を持った世代が、2030年には人口の半分を占めるんですね。だから、彼ら彼女らのウェルビーイングを中心において企業経営をしないと、大きくズレていってしまう時代が、もうすぐそこに来ている。
日本はどうか。いわゆるミレニアル世代やZ世代は、実は2024年に労働人口の半分を占めるんですね。だから日本でも、実は世代交代がすぐそこに迫っています。
Z世代は本当に新しい世代で、やっぱりここのウェルビーイングを取り込んだ経営をしていかないと採用も厳しいでしょうし、なんなら長期的に経営していく上でも厳しくなってくる。そういうことから、将来世代を核に置いたステークホルダー資本主義へと、企業経営がどんどん移ってきているなと感じます。
これは私自身の思いでもあるんですけれども、企業にも国にもウェルビーイングという大きな流れが来ているんですが、良くも悪くもまだ大きなうねりになっていない。具体的なイメージがないのは、おそらくまだ各会社がバラバラに活動しているのが大きな理由です。
例えばサステナビリティも、昔は「木を植えよう」という、すごく単純なところから始まっていますよね。そういう具体的なところから進化していって、最近だと脱炭素(社会)というところまできているワケです。
企業経営も国家経営も、具体的なイメージをつけるところから始めていくと、突破口になるんじゃないかということで、今、ウェルビーイングやウェルビーイング経営を実践する企業が集まった「日本版Well-being Initiative」も始まっています(2021年3月)。
最後に、(今まで)主観的ウェルビーイングの話をしてきたんですけども、あくまでも(指標は)主観ですし「一人ひとり感じ方・考え方は違うよ」と言われちゃったら「みんな違ってほっとけばいい」ということにしかならないんですけども。
「違い」に着目するのではなく、何が共通しているのかという「共通項」を見つけるのが僕ら研究者の仕事なんですね。もちろん一人ひとりを見ていったら、最終的には違いがあるんですけども、なにか共通している部分を見つけることで、主観的なウェルビーイングの改善の足掛かりにしたいということです。
これ(共通項)は国ごとにかなり文化差がある話なので、いったん日本人の事例を例に話をしていきます。先ほど、客観的指標が向上したにも関わらず、日本人は主観・実感としての豊かさをあまり感じられていない、というグラフをお見せしました。
まず「この日本のような状況って、世界でも広く観察される現象なのか?」という問いがあるんですね。日本が特殊なのか、それとも世界でもそうなのかと。
この問いに答えた研究があります。ミシガン大学に、ロナルド・イングルハート先生という「世界価値観調査」を長年主導されている方がいます。イングルハート先生は、人々の価値観や行動を丹念に調査して、それがどういうふうに形作られるのか、推移しているのかを研究されているんです。
そのうちの1つがこの主観的ウェルビーイングで、62ヶ国のデータを使って、主観的ウェルビーイングの推移が日本はまったく変わってないけども、ほかの国はどうなのかという研究をされています。
主観的ウェルビーイングは2つの指標で取られました。1つは「主観的幸福感」で、もう1つは「生活満足度」。見ておわかりの通り、実はほとんどの国で上昇していて、日本みたいに変化しなかった国はけっこう珍しいんですね。なので世界全体を見ると「主観的ウェルビーイングの増大」という圧倒的トレンドがありました、というのがイングルハート先生の結論の1つになります。
なぜ日本は主観的ウェルビーイングという、実感としての豊かさを感じられていないのか・感じにくいのか? という疑問を最後に見ていきたいんですが。「これまでのデータを見ると、主観的ウェルビーイングへと至る道はこうですよね」という話をします。これからお見せするのは、あくまでもこれまでがこうだった、ということで、今後もそうであるワケではないです。
主観的ウェルビーイング、幸せや満足が増すということに決定的な影響を与える要因は「働き方や生き方の選択肢が増えて、自己決定できるようになる」ことだと、これまでの研究から見えています。もちろん幸せや満足に効く要因は星の数ほどありますけども、その中から決定的なものを1つ選べと言われたら、この「選択肢が増えて自己決定できる」ということです。
この要因に影響を与える社会的条件は3つあります。1つが「経済発展」、2つ目が「民主化」になります。イングルハート先生が研究した1980年代から2000年代にかけては、実はいろんな国が民主化していて。今では当たり前かもしれませんが、例えばお隣の韓国が民主化したのも1980年代と最近のことです。
民主化すると、当然(働き方や生き方の)選択肢が増えてくるんですが、3つめの社会的条件が極めて重要です。今風に言うと「ダイバーシティ&ハーモニー」と言うんですかね。オリンピックのテーマでもありますけど、社会的寛容度が高まると「そういう生き方をしてもいいんだ」という決定要因に強く影響を与えるんですね。
「社会的寛容度が高まる」とは具体的にどういうことかというと、古くは女性の権利であったり、最近だとLGBTQ+、移民の方々、あるいは年齢や能力で差別・区別しないという話も出ていますし、もっと言うと収入で差別・区別しないということも出てきてますよね。
ニューヨークのマンハッタンのあるマンションでは、家賃が収入によって変わるところもあるそうです。同じ広さのマンションの家賃が収入によって異なり、そのような売り出し方をしているマンションは税制優遇されるということで。
とにかく差別・区別しない、多様性と調和が「社会的寛容」で、これが高まると当然、いろんな生き方・働き方の選択肢が許されるようになるので「じゃあ自分はこうしてみよう」とチャレンジする人が増えてくるわけですね。そうすると幸せ・満足が増えると。
今、極めて単純化された図をお見せしていますけれども、イングルハート先生が世界各地のデータを取ると、どうもこういう構造が共通項としてありそうだということが見えてきたワケです。
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