2024.10.01
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基調講演「人生における「人」×「本」×「旅」の必要性について」(全1記事)
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出口治明氏:みなさん、こんにちは。僕のほうから30分ほど話をさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
まず、どんな物事を考える場合でも、現状をしっかりと理解することがとても大事だと思っています。例えば家を建てるときに、土台工事をおろそかにして、いくら美しい建物を建てたとしても、土台がしっかりしていなかったら、台風が来たらあっという間に壊れてしまいます。
だから、僕はどんな物事を議論する場合でも、まずベースとなる現状の世界をリアルに把握することが一番大事だと考えています。そのための方法論として「タテ・ヨコ・算数」が必要です。ホモサピエンスは、少なくとも定住を始めたドメスティケーション以降、脳は進化していないというのが定説になっていますから、「タテ」というのは昔の人がどう考えたかということです。
「ヨコ」というのは、世界の人がどう考えているか。ホモサピエンスは単一種で、黒人や白人や黄色人種という便宜的な分類は、住んだ地域の気候の産物だということが100パーセント科学的に立証されていますから。みんなまったく同じ人間です。
ですから、タテとヨコで物事を考えれば、ほとんどの問題は正解が得られるような気がします。例えば僕は中学校で、源頼朝は平政子、北条政子と結婚して鎌倉幕府を開いたと習いました。このファクトからすれば、日本の伝統は夫婦別姓だということが簡単にわかります。
世界はどうかといえば、OECDと呼ばれている先進37ヶ国の中で、法律婚の条件として夫婦同姓を強制している国は、実は日本を除いて皆無です。この単純なタテヨコのファクトがわかれば、夫婦別姓のような考えは、「日本の伝統ちゃうで」とか「家族を壊すで」とかいっているおじさん・おばさんは、単なる不勉強か、イデオロギーや思い込みが強い人である、ということが誰にでもわかりますよね。
フランシス・ベーコンが述べたように、知識は力です。knowledge is powerです。タテヨコに学ぶことによって、いろんなことがわかる。
3つ目の「算数」は何かといえば、エビデンスであり、データであるということ。僕は先ほどの挨拶で、ホモサピエンスは大型草食獣のメガファウナを追って、ビフテキを食べたいがためにグレート・ジャーニーを始めたという話をしました。
どこに証拠があるのか? エビデンスが明確にあります。全世界の地層を掘っていくと、メガファウナの骨が激減する時期に、ホモサピエンスの骨が出てくる。これは誰が考えても、あとから来たコイツが昔からいたメガファウナを食べたにちがいない、という答えになるわけです。ですから、エビデンスはものすごく大事です。
エビデンスに基づかない主張は、ほとんど価値がないともいえます。例えば一時よくいわれた議論に、「欧米の強欲な資本主義の時代はもう限界を迎えている。これからは日本的経営が世界を救うんやで」と。「昔から『三方良し』といってるやないか」と。
データで見てみるとどうなのか。この30年間、日本の正社員の労働時間は2,000時間を超えていて、30年間まったく減少していません。じゃあどれだけ儲かったか。GDPの実質成長率で見ると、1パーセント以下なんですね。
日本と人口や面積がよく似ていて、高齢化が進んでいて、化石燃料も出ないドイツやフランスと比べてみたらどうなのか。日本ではアメリカと比べることが一般的ですが、apple to appleという言葉があるように、似たものを比べないとよくわからないと僕は思っているので、ドイツやフランスと比べてみましょう。
彼らは1,400時間の労働時間で、2パーセント成長を達成しているわけです。このエビデンスを見たら、答えは1つです。長時間働いて儲からないということは、経営がなっていない、マネジメントがなっていないということ以外に、おそらく答えはないと思います。
このように、タテ・ヨコ・算数でいろんな物事を考えていく。タテ・ヨコ・算数で世界をきちんと丁寧に見る。そのことの上に、すべての議論が成り立つんだと僕は考えています。
人間と人間は、互いにコミュニケーションをとろうとします。僕はコミュニケーションとは何かといえば、共通テキストの数だと考えています。今KDDIという会社が、テレビで桃太郎・金太郎・浦島太郎のコマーシャルをやっていますね。
なぜあのコマーシャルが長生きしているかといえば、我々日本人はみんな子どものころに、浦島太郎や金太郎や桃太郎の物語を聞いて育って、お互いに共通テキストがあるから、すぐにあのコマーシャルがおもしろいと理解できるわけです。
浦島太郎の物語、浦島伝説は全世界にありますが、浦島伝説は共通テキストの物語だと思います。浦島太郎が日本に帰ってきて、なぜ絶望したか。それは何百年も経っていて、日本語は通じるものの、共通テキストがすべて失われたからです。人間は言葉が話せても、共通テキストがなければ、コミュニケーションができない。
共通テキストの最たるものは、実はエビデンスだと思います。データやエビデンスは、文化や習慣を越えて互いに理解し合えることです。ですから、ある学者が「知的な基盤社会のベースは、エビデンスベース・ファクトベースに切り替えて、数字・ファクト・ロジックで物事を考えることがすべてである」と語っていましたけれど、この協議会においても、エビデンスがこれからの議論の前提になっていくんだろうと、僕は考えています。
人間はいろんなことを学ばなければ賢くはなりませんが、僕は人間が賢くなる方法は「人」「本」「旅」に尽きると思っています。いろんな「人」に会って教えてもらう。これは小学校や中学校の先生が典型ですよね。みなさんもきっと思い出に残る、小学校や中学校や高等学校の先生が、1人や2人いると思います。人間はいろんな人から学んで、自らを成長させていくんだと思います。
「本」を読むという方法もありますね。本は何かといえば、昔の人や遠くにいる人に教えてもらうことだと思います。身近にいるお父さんやお母さん、学校の先生からは直接教えてもらうことができますが、昔の人や遠くにいる人には会えない。本を読むことによって、いろんな人に教えてもらえる。本を読むことは、著者との対話だと思います。
人と本、この2つの学びはどちらかといえばコンフォートゾーンで、自分が今いる居所で、つまり定住の中で学ぶことですよね。家や学校、あるいは職場。自分のいる場所、コンフォートゾーンで、いろんな人に会ったりいろんな本を読んで、いろんな知識を得る。
これに比べて「旅」は、どちらかといえば、コンフォートゾーンを抜け出して学ぶことだと思います。昔デカルトという、少し鼻っ柱の強い学生がいました。彼は確か21歳前後に大学を去ったわけですが、このときに「学校の先生から学ぶべきものはすべて学んだ。学校にある本は全部読んでしまった。これからは世間という広い世界を旅して、世間という大きい書物から僕は勉強するんだ」といって、大学を去ったわけです。コンフォートゾーンから出ていったわけです。
ですから「人」「本」「旅」は、粗々に述べれば、コンフォートゾーンで学ぶのが「人」と「本」であり、アンコンフォートゾーンで学ぶのが「旅」だといってもいいかもしれません。
人間はホモモビリタス、移動する人であるという話をしましたが、実は移動の自由はとても大きい意味を持っています。今、我々は民主主義の世の中に生きています。民主主義の世の中では、投票に行くことがとても大事だとよくいわれていますよね。この「投票が大事だ」ということも、算数できれいに説明がつきます。
例えばどんな世界であっても、今の政権からおいしいものをもらっている人々、既得権益を持っている人々は20パーセント前後いるんではないか、という研究があります。ということは、この人々は必ず選挙に行くわけです。既得権益を守りたいから。
彼らは後援会を組織します。投票率が日本のように50パーセントぐらいであれば、講演会に推してもらった人は、すでに20票持っているわけですから、あと5票とれば過半数になるわけですから、当選できます。
みなさんが選挙にチャレンジすると、25票とらなければいけない。後援会の人はわずか5票とれば持ち駒が20あるわけですから当選するのに、自分は25票以上とらなきゃいけない。格差は5倍ですよね。短い期間に5倍もとれない、誰もがそう思うから、新しい血が政治に入らない。日本の世襲議員は5割を超えているといわれていますが、先進国で世襲議員が1割を超えている国はどこにもないといわれています。これはすべて投票率が低いからですよね。
投票率がヨーロッパの先進国並みに、80パーセントになれば、日本も明治の時代の投票率は90数パーセントありましたから、不思議ではありません。後援会に推してもらっている候補者は、80パーセントになれば過半は40票ですから、20票上乗せしなきゃいけない。みなさんは40票とらなきゃいけない。大変ですが、格差は2倍です。2倍ぐらいならひょっとしたらがんばれるかもしれない。そうですよね。
だから投票率の低さが世襲議員を生んで、世襲議員は後援会に推されているわけですから、改革をするはずがないということも、このように数字できれいに説明ができます。いかにエビデンスが大事かということ、数字・ファクト・ロジックで考えることが大事だということを申し上げたかったのです。
実は民主主義は、投票だけではないのです。お金による民主主義、つまり税金を納めるかわりに、ガンガン自分の好きなところに寄付をする。あるいは自分が伸ばしたい企業に投資をする。お金による民主主義もある。
もっとすごい民主主義は、足による民主主義です。悪い政治をやっていた地域から逃げ出すということですよね。イタリアのシエナに古い市役所があります。そこの壁画に「良い政治と悪い政治」という壁画があって。「悪い政治」の下のほうには、市民がロバに荷物を積んで逃げ出す姿が描かれています。
これはすごく大事なことで、みんなが逃げだしたら、政権はもたなくなるし、政治を行うこともできなくなります。移動の自由というのは、好きな所に行くということではなく、実はとても深い意味を持っているのだと思います。
旅をするということは、単にアンコンフォートゾーンに学びに行くという意味だけではなく、移動することによって、実は世界を変えるんですよね。今、難民問題がいろいろ議論されています。でも難民という言葉は、実はとても新しい概念です。難民というのは国境線があって初めて生じる問題です。我々が普通に考えている国境線は、19世紀以降のネーションステート、国民国家が国境の管理を厳しくして、初めて生じた現象です。
昔は国境線がなかった、管理できなかった。だから人々はどんどん移動して、その結果国や地域が変わってきた歴史があります。ですから旅というのは、移動するということは、ものすごく大きい意味を持っているんだ、という問題をここでは指摘しておきたいと思います。
「人」「本」「旅」で何を学ぶのかという話を、最後にしておきたいと思います。今日はオンラインの講義ですから、みなさんに手を挙げていただくことはできないんですが、おいしいごはんとまずいごはん、どちらが食べたいですか? たぶんほとんどのみなさんは、「おいしいごはんを食べたい」に手を挙げると思います。
おいしいごはんを因数分解すると、どうなるでしょう。一番平凡な答えは、新鮮ないろんな材料を集め、お肉や魚や野菜をたくさん集めて、上手に調理すれば……例えばミシュランの星がついてるシェフが料理したら、おいしいごはんが食べられる。つまり「材料×調理力=おいしいごはん」という式ができると思います。
もう1つみなさんに質問します。おいしい人生とまずい人生、どちらを過ごしたいですか? おいしい人生だと思います。同じように因数分解すればどうなるか。おいしい人生は、「知識×考える力」だと思います。いろんな材料を集めることがたぶん知識で、それを調理することが考える力です。
いくら物事を知っていても、現実の人生で使えなければ、食べられなければ、役に立ちません。いろんな知識を使うこと、それが考える力だと思います。ですから、おいしい人生は「知識×考える力」だと思います。
「人」「本」「旅」から何を学ぶのか。それは知識だけではない。いろんな人や、あるいは世界を旅して、いろいろな文化や伝統を目の当たりにして、そういった人々の考える「型」や発想のパターンを真似することによって、初めて考える力は鍛えられます。
これは調理力が、最初はレシピを真似して、その通りに作ることから始めるのと同じです。考える型や発想のパターンを学ぶこと。それを学んで初めて、「型破り」ができるんです。なにもないところに、型破りの発想は出てこない。
「人」「本」「旅」から学ぶべきポイントは、単なる知識ではなくて、考える型やパターンを学ぶことにあると、僕は思います。
今日のプレゼンはこれで終わりたいと思います。みなさん、ご清聴ありがとうございました。
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