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「自我作古:未来をつかむ君へ」 パネルセッション第1部(全3記事)

日本の「世界幸福度ランキング」はなぜ低い? 幸福学の第一人者が読み解く“深い事情” 

慶應義塾の創始者である福澤諭吉が残した「自我作古(じがさっこ)」という考え方があります。この言葉が意味するのは、前人未到の新しい分野に挑戦し、たとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓にあたる勇気と使命感を持つことの大切さであり、慶應義塾大学の信条となっています。今回は、現状の社会課題に対峙し未来を切り拓いていく人づくりをテーマに、殿町リサーチコンプレックス(中核機関:慶應義塾大学)が主催する人材育成シンポジウム「未来をつかむ」から、パネルディスカッション第1部の講演をお届けします。本パートでは、創造力のある人材を育成するカギについて意見を交わしました。

昔の名選手は現代サッカーでは活躍できない理由

木村和貴氏(以下、木村):じゃあ宮田さん。

宮田裕章氏(以下、宮田):ありがとうございます。(前人未到の新たな分野に挑戦し、困難や試練を乗り越えていく人材の育成には)やはり個性を伸ばすという、前野さんの主張とまったく共通するところが1つです。また、先ほど鬼嶋さんがおっしゃっていたように、体力が重要だというのもやっぱり無視できないところです。

サッカーはどんどん戦術が変わっていて、昔の名選手は現代サッカーでは活躍できないと言われているんです。今、最高峰の1つ、(イングランドのプレミアリーグの)リバプールのクロップ監督のサッカーは、まず体力なんですね。とにかく走って、プレスをかけまくる。それがあってからの戦術・戦略ということなんです。

新しい創造性を生む上での知性・知識の基礎体力というのはある程度、一定程度必要なので、これまで日本が行ってきた教育も、一定程度重要な部分もあると言えます。ただやはりどちらかと言うと、その先ですよね。我々は体力だけをつけたあとに、均一な歯車を作るところで終わってしまっています。

僭越ながら野球に例えますが、キャッチャーなのかピッチャーなのかというようないろいろなプレースタイルが、その人の持っている個性と、問いを立てる力、仮説の力で伸びていくんだと思います。その一人ひとりの力を伸ばせる部分と、どういうふうにコミュニケーションしていけるかというところだと思います。

「食文化」は日本が世界で最も優れている文化の1つ

宮田:例に出していただいたYouTubeとかInstagramの話だと、これはテレビが登場したときも「今の子はテレビばっかり見ている!」といったようにずっと懸念されていました。そういうことから考えれば、(今の子どもたちは)自分たちで発信できるというオプションを持っている分だけ(よいのではないでしょうか)。

もちろん、ずっと深刻なアディクテッド(中毒)で、しかも(保護者には子どもが)見ているかどうかなかなか管理しづらいということがあるので、いわゆるモバイルフォビア(モバイル恐怖症)みたいなのがすごく社会的な問題としてある一方、表現というところのオプションを我々は持っているということ、そこはやはりポジティブなかたちかなと思います。

木村:そうですね。

宮田:あるいはドレスコードですね。こんな私が言うのもなんですが、さっきもちょっと楽屋で話していましたけど、日本のドレスコードって「いかに目立たないようにし、個性を消すか」みたいなことになりがちだったんです。もちろんドレスコードは必要だし、営業職の人にはドレスコードは大切なので、僕なんかは就職したら1日でクビですけれども(笑)。

ただ、それぞれのドレスコードの中で自分の個性だったり、あるいは何がしたいのかということを表現する。制服というコードの中でもそうで、制限の中で個性を表現する。「いかに個を消すか」だけじゃなくて、個性を表現したり、問いを立てていく部分に関して、やはり我々は褒めていくこと、あるいはそういったいい表現をする人たちを引き上げていくことが、すごく重要だと思います。

木村:確かにそう考えるとみんながクリエイターというか、(みんなが)発信することは創造力が磨かれていくという意味でポジティブですね。

宮田:若干補足すると、まさに「食文化」というのが日本が世界で最も優れている文化の1つなんです。「食」って、本当にみんな大好きだし、作る人もいっぱいいて表現もしているし、アンダー500円の世界、アラウンド1,000円の世界、2,000円、3,000円、1万円、3万円の世界と、それぞれいっぱい層がありますよね。あれはすごく成功した文化の例かなと思います。

学生スポーツの魅力は、選手がチームの秩序を作れること

木村:なるほど。鬼嶋さん、どうですか?

鬼嶋一司氏(以下、鬼嶋):例えばチームを作っていくときに、スポーツの持つ教育的な側面、有効性というのはやはり選手が自主運営をすることで、これは非常に大事だと思っています。東京六大学は野球の「天皇杯」です。日本のスポーツでは、「天皇杯」は1競技に1つなんですよ。プロ野球でもないし甲子園でもない。六大学にしか「天皇杯」はないんです。

そういう歴史の中で六大学の野球の運営というのはマネージャーが一番権限を持っています。理事会には監督や野球部長が出るんですけれども、常任理事会はマネージャーだけなんです。彼らが自主運営をするというところに、六大学の非常に大きな特徴があります。

そういう面で、学生スポーツの場合にはどんなスポーツでも、チームの指導者というのはあまり手を出さないほうがいいと思うんですよね。その中で選手たちが「こういう規則でやろう」「その規則を破ったらこうしよう」と自分たちで秩序を作っていくんです。

ただそのチームが大きく方向を間違えたときに初めて、ずっと見ている指導者が「方向が違うぞ」と言ってやる。そういうところに僕は教育的な側面、有効性があると思います。それは学校の座学、聞いている授業では教わらないんですよね。家庭でも親はなかなか言いませんよね。

やはりそれは共同生活の中で、選手たちが意見を出し合ってチームの秩序を作るというところに非常に魅力がある。だからこそ、これはちょっと創造性とは別ですけれども、その中でやっていいことと悪いこと、咄嗟に判断する。非常にそういう習慣がつくと思います。

木村:なるほど。まさにボトムアップ式というか、主体者が自分たちで考えてやっていくというところを今の話で感じました。

実は時間があっという間に経っていて、あと少しというところなので会場のみなさんから質問を受けて、お答えできればと思います。何かご質問がある方がいらっしゃいましたら手を挙げていただけますでしょうか?

(会場挙手)

そちらの手前の方。マイクが参りますので、少々お待ちください。

世界幸福度ランキング58位の日本の“複雑な事情”

質問者1:本当に楽しいお話が続いていて興奮しております。1つ、どうしても不思議でしょうがないのが、日本ってこれだけ豊かでなおかつ食文化も豊かで、決して飢えている子たちが多いわけでもないにもかかわらず、世界の幸福度ランキングがいまだに58位ということです。

どうしてもこれが信じられない。そもそも、そのランキングの何かがおかしいのか、それともやっぱり日本は何か大きく変える必要があるのか。前野さんは「幸せ」の研究をしていて、権威だと思いますけれども、一体何なんだということをお聞きしたいなと思います。

前野隆司氏(以下、前野):今おっしゃった2つとも正解なんですよ。World Happiness Reportは学者から見るとあんまりいい質問じゃないんです。「最悪の人生を0点、最高の人生を10点としたときに、あなたの人生は何点ですか?」という質問に答えてもらうんですね。

そうすると個人主義的な社会では10という最高点からちょっと引き算して「8かな? 9かな?」って丸をつけるんですよ。そうするとデンマークやフィンランドの人はけっこう10とか9に丸をつけるんですね。そうすると1位になります。私は視察でデンマークとかフィンランドに行ったけど、顔つきはそんなに幸せそうじゃないけど、1位なんですよ(笑)。

一方でアジアの人は「中庸」。最高が10で最低が0だったら5を中心としてきれいな布石を打つんですね。ところが日本人は個人主義と集団主義の間に近いんですけど、なんと5と8にピークのある2山の結果になるんですよね。つまり東洋的に5を中心に答える人と、西洋的に10から引き算で答える人がいるんです。

2山っていうのは正規分布していませんから、学術的には統計的に処理するとおかしいことになるんです。これを平均値にして出すと、先進国というのは欧米が多いですから日本は最下位になってしまう。

ということで、あのランキングは半分は差し引いて考えてください。「謙虚さ」とか「中庸」っていうのを考える。日本人は先進国で最も謙虚だというデータかもしれないというのが1つですね。

ただしWorld Happiness Reportを見ていると、日本は去年(2018年)、今年(2019年)になってついに韓国と台湾に抜かれたんですよ。そういうふうに低めに出てしまう特性があるとしても、トレンドで見ると日本人の幸福度はやっぱり下がりつつある。ということはやっぱり日本人の幸福度は下がっているんじゃないかと見ることもできます。

58位というのは言い過ぎで、別の調査だと、オランダのフィン・ホーフェン先生の調査だとだいたい先進国中で真ん中なんですよ。幸福の国(と言われる)ブータンとかいろんな世界中の国の結果から言うと、私は日本人の幸福度は中間くらいだというこっちのほうが妥当、要するにオランダの調査のほうが適切な順位を表しているんじゃないかと思いますね。

そういうわけで、半分はやっぱり(幸福度が)下がりつつあるということで、もう少し生きがいを感じたり、仕事にやりがいを感じたり、日本人が持っていた和の精神がちょっと低くなっているのをもうちょっとソーシャルキャピタルというのを高めたりと、謙虚に反省して伸ばす面もあると思います。そういう意味ではおっしゃったとおりです。

もう半分は、ちょっと怪しい。怪しいっていうのはちょっと言い過ぎです(笑)。問題がある。半分は謙虚に受け止めるべきであるということだと思います。

質問者1:ありがとうございます。

ミスが許されない医療業界で、イノベーティブな職場環境を作るには?

木村:それでは奥の方。お願いします。ちょっとお時間が来てしまいましたので、こちらの質問で最後にさせていただきます。

質問者2:すみません、中外製薬の〇〇と申します。私も前野先生にお聞きしたいんですけれども、「イノベーションを起こす職場」のところにおいて、マインドセットの再構築ですとか、互いに連携し合うというお話がありました。

実は中外製薬も例えばマインドセットの再構築のために人材セミナーを行ったり、あとは「個々の連携を大事にしましょう」といった話はしたりしているんですけれども、なかなかイノベーティブな職場環境を作るのが難しいです。そういう中で、まず明日から何をするべきなのか。そういったところって、いかがでしょうか?

実は私は職場リーダーというポジションもありまして、もしかしたら日頃の業務、こういったところが過多になっているところがあるので、わかっているけれどもなかなかイノベーティブなアイデアが出てこないですとか、ゴールに向かうにあたって、まず何をすればいいかというのにすごく悩んでいるところです。

先生から何か1つご提案いただけるものがあったら、非常にありがたいなと思います。図々しい質問だったら申し訳ないです。

前野:難しいですね。私は去年、中外製薬にイノベーション研修というのをしに行きましたけれども、それが1つのいい答えじゃないかと思います(笑)。

(会場笑)

前野:今日の殿町(注:神奈川県川崎市殿町。研究開発と新産業を創出するオープンイノベーション拠点となっている)も医療系ですね。やってみると、医療、薬学、薬を作っているところはミスが許されないので、イノベーションだからといって「すごくダメなのかすごいものなのかわからないものを、失敗してもいいからどんどん出してみよう」っていう、カリフォルニアで起こるようなイノベーションには向かない面もあるんですよね。

ですからスタンフォード大学のd.schoolも医療、薬学系だけはバイオデザインといって、「従来の強みを活かしつつゼロからのイノベーションを起こしましょう」っていう、ちょっと違う動きをしています。

ですから今日の話を考えてみると、「本当に失敗してもいいからゼロから失敗しましょう」っていうのをそのまま扱えない分野というのがありますよね。それはやっぱり医薬とか、それから原子炉みたいな安心安全みたいなところですね。「失敗してもいいから適当に原子炉作ってみましょう」ってわけにはいかないじゃないですか。それが1つです。

もう1つはやっぱり医薬系の人と話をするにしても、「我々厚生労働省のやれる業務はここだけなんだ」って言われちゃうと非常にイノベーションを起こしにくいのですよね。例えば子会社を作ったりとか、別会社に出向してやるとしたら、薬×スポーツとか、医療×老後の幸せとか、ちょっと自分の分野以外のところについてアイデアを出していくっていうことをもっとやっていくと、ソリューションがたくさん出るんじゃないかなと思いますね。むしろ宮田さんに答えてもらったほうがいいと思いますがね(笑)。医薬系のイノベーションをどうするかについて、何かありますか?

GAFAをも苦しめる「イノベーションのジレンマ」の突破口

宮田:前野さんがおっしゃったとおり、とくに薬の治験の部分は相当メソッドがギチギチにあって、治験自体は当たるか当たらないかの博打なんですけど、その手前はやっぱり「1,000億円をかけて育てたものだから失敗できないぞ」みたいな、そういう文化があるんですね。

一方で今日は紹介できなかったんですけど、デジタルヘルスとか薬関連分野のものはむしろいわゆる「一発で数百万円」とかで、どんどん「Fail Fast(早く失敗せよ)」のほうが向いているものなんです。なのでこれを同じマインドセットでやると絶対うまくいかない。やはりそれぞれ立ち上げる案件に合わせながら、チームのマインドセットを作っていくというのが1つです。

あともう1つは、これは前野さんがおっしゃったことと被るんですが、Tencentが行っていたような社内ベンチャーというか、挑戦する環境です。

本体だと報告・レポートラインが「どれだけ利益を上げるんだ?」みたいなところになりがちなので、経営そのものを切り離した中でチャレンジすることが重要です。ジョイントベンチャーでもいい。社内ベンチャーだとどうしても守ってしまうので、切り離した中での挑戦というのを積極的にしていかない限りは、やはり打破できないのかなと思います。

これはグローバルを見てもそうなんですよね。GoogleでもAppleでもカニバってるんですよ。Appleも「ヘルスケアのほうにいくぞ」って言っていても、結局Appleがやる限りApple Watchを売らなくちゃいけなくて、今けっこうな失敗なんですよね。Apple Watchから考えるソリューションそのものがちょっといまいちなんですね。たぶんあれは、そこから離れないと成功しないということが言われたりしています。

これはどんな企業でも一定以上の組織になると生まれる弊害ではあるので、そこから飛び出すチャレンジが必要かなと思います。

木村:ありがとうございます。それでは非常に残念なんですが、お時間が来てしましましたのでこちらでトークセッションを終わりたいと思います。いろんな方に集まっていただいていると思いますが、産官学連携していろんな取り組みを起こしていけるといいのかなと思っております。それではみなさんありがとうございました。

(会場拍手)

司会者:ご登壇のみなさまありがとうございました。どうぞ今一度、大きな拍手をお送りくださいませ。

(会場拍手)

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