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人工知能の急速な発達は、社会の何を変えるのか?(全3記事)

人工知能はディープラーニングによって“眼”を獲得した––松尾豊氏が、AIブームの歴史を解説

“知のフロントランナー”と現役大学生が徹底討論する公開型授業『NISSAN presents FM Festival2017 未来授業~明日の日本人たちへ』が、2017年10月15日、東京大学本郷キャンパス工学部2号館212講義室にて開催されました。第8回目となる今回は、松尾豊氏・山極壽一氏・川村元気氏を講師に迎えて、「AIは産業・社会の何を変えるのか?シンギュラリティ後の世界で私たちはどのように生きていくのか。」をテーマに現役大学生と熱い議論を交わします。本パートでは、“人工知能研究のカリスマ”として知られる、東京大学大学院工学系研究科特任准教授の松尾豊氏が登壇。そもそも人工知能とはなんなのか? 20年近く研究を続けてきた知見をもとに、学生たちの疑問に答えます。

AIブームの現状

松尾豊氏(以下、松尾):次に今AIがどういう状況にあるのかということをお話していきたいと思います。今、人工知能がブームになってきていますが、これは60年前から研究されている分野なんです。今回が3回目のブーム。1回目、2回目、3回目というブームで、それぞれテーマが違っています。

第1次AIブームは1950年代から60年代でした。そのときはどういうことが中心だったかというと、賢いということは例えば数学の問題が解けるとか将棋が強いとかそういうことじゃないか。要するに頭の回転が早いことが賢いということじゃないかと考えたんですね。

例えば(スライドを指して)ここに迷路の問題があります。スタートからゴールに行きます。これを人工知能に解かせたいときにどうするかというと、スタートをSと置きます。ゴールをGと置きます。途中の分岐点にAとかBとかCとか名前を付けていきます。

そうするとこういう問題の表現になるんですけれども、次にこれを探索木に直します。Sから始めて、Sから行けるところはAかDです。Aに行ったら、行けるところはBかCです。BかCと書くと。

というふうに書いていくと探索木のどこかでGが出てきます。一旦Gが出てくると逆向きに辿っていくと答えになっているということで、迷路が解けました。ということなんですけれども。

これをいろんなことに応用する。例えば今東大にいます。そこから新宿に行きたいといったときに、電車はいろいろあります。本郷3丁目でもいいし根津でもいいし東大前でもいいし。

どういうふうに行くかというと、今いる状態から次になにをしたらどういう状態に変わるのかというのをまた書いていけば、そのうちどこかで新宿にいる状態が出てくるわけです。そうするとこれを逆向きに辿れば新宿まで行く経路になっている。

こういういろんなパズルが解けたり、ロボットの運動・行動の計画を立てられたり、いろんなことができるのがわかってきた。ということで「これはすごい」と。

これをやっていくと例えばチェスのプログラムができたり、数学の定理もだんだん展開していきますから、「おぉ、これいろいろできるじゃん。すごい!」ということになって、すごく盛り上がったんです。

第一次ブームの終焉と第二次ブームの到来

ところがやっているうちに「ゲームとかそういうものは上手なんだけど、実際に役に立つものってあんまりできないよね」と。例えば病気の診断をするとか、重要なんだけどぜんぜんできないよね、というのがわかってきた。ということで多くの研究者がガッカリして、世の中がガッカリしてブームが去ったというのが第1次AIブームだったんです。

第2次AIブームは、賢いとは頭の回転が早いことじゃない。むしろ知識をたくさん知ってるということでしょと。物知りだということが賢いということでしょ、ということで、知識を入れるというアプローチが出てきました。

有名なのはイライザという対話のシステムがあって、これは知識を入れるまでいかないんですが、どういうのかと言うと。例えば、「My head hurts」「頭が痛い」とユーザーがタイプすると、「Why do you say your head hurts?(なんで頭が痛いの?)」と聞き返してくるんですね。

それから「My mother hates me(お母さんが自分のことを嫌いみたいなんだ)」と言うと、「Who else hates you?(ほかに誰が嫌いなの?)」って聞き返してくるんですね。

要するに、Xと言うと、「Why X?」と返すとか、「Who else X?」と返すというふうに非常に単純なパターンを書いておくだけで対話が成立しちゃう。こういうシステムができて多くの人が熱中しました。

もうちょっと賢いものとして有名なものにMycin(マイシン)というのがあります。これは病気の血液疾患を診断するプログラムです。

例えばこういうルールがたくさんあるんですが、52番のルールの例でIf sight culture is blood、細菌の培地、細菌がどこにいるか、血液にいてグラム染色の結果がネガティブで細菌の形が棒状だったら、これを緑膿菌として判定しなさい、というルールを書くんですね。

コンピュータに定義を覚えさせる

こういうルールを500個くらい書くと、だいたい血液疾患は診断できるようになるんですね。こういうのができて、「おぉ、すごい」と。こういうのはエキスパートシステムと呼ばれました。当時でも研修医のお医者さんの精度を上回ったと言われています。ですからこういうふうに知識を入れていくと、確かに賢くなった。

精度は研修医まではいくんだけれども、もうちょっと先へ行こうと思うとなにが出てくるか。例えば患者さんが「お腹が痛い」と言いました。「お腹って何だ?」ということをコンピュータに理解させるには、「動物には頭と足と手とお腹があって、人間は動物で……」ということを書いていかないといけないわけですね。

要するに常識的に人が知っていることをコンピュータに教えないといけないんです。これがすごく大変で。意味ネットワークとか言われますけれども。それから、Cyc(サイク)というプロジェクトが出てきて。これは人間が知っている一般常識をどんどんコンピュータに入れていこうというプロジェクトで、1984年から始まりました。

どういうことを書くかというと、例えば「ビル・クリントンはアメリカの大統領の1人です」とか「すべての木は植物です」とか「パリはフランスの首都です」とか。こういうのをひたすら書いていきます。ところが、これが何年やっても終わらないんです。20年書き続けても終わらない(笑)。すごく大変だということがわかってきた。

それ以外にも、例えば機械翻訳、自動翻訳ってなかなかできないんですが、これはなぜかというと、「He saw a woman in the garden with a telescope」という文があります。これはどう訳すかというと、普通は「彼は庭にいる女性を望遠鏡で見た」と訳すんです。

ところが文法的にはwith a telescopeはwomanにかかってもいいので、女の人が庭で望遠鏡を持っててもいいんです。それからin the gardenがheにかかってもいいので、男の人が庭で見ててもいいんです。

だけどなんとなく女の人が望遠鏡を持って庭にいるのは変だなという気がしますよね。どちらかと言うと、男が庭にいる女性を望遠鏡で覗くっていうシーンのほうがありそうなのでそう訳しちゃうわけです。

これを正しく訳そうと思うと、男の人が望遠鏡で覗いている確率は何パーセントで、女性が覗いている確率は何パーセントなのか。庭にいるのは男性の確率が何パーセント、女性の確率が何パーセントあるのか。

これは言い出すとキリがなくて、外国人が庭にいる確率は何パーセントなのか、お相撲さんが庭にいる確率は何パーセントなのか。ありとあらゆる確率を知っておかないと訳せないわけです。こういうのはほとんど不可能だということがわかってきました。

フレーム問題と第二次ブーム

ほかにもフレーム問題といって、ロボットを上手に動かそうとすると、どうしてもロボットが変な動きをしてしまう。一例だけ言うと、ロボットに「バッテリーを取ってきなさい」という命令をすると、ロボットはバッテリーが載っているワゴンを引いてきた。ところがこの上には爆弾も乗っていたので、爆弾も一緒に引いてきて爆発しちゃった。というのがロボット1号。

ロボット2号は、ワゴンを引いてきたら、その上に載っているものも一緒に引いてきちゃうんだから、自分が行動すると一緒に何が起こるのかを計算してから行動しなさいよと言った。

バッテリーのところまで行ってワゴンを引こうとして、「ワゴンを引くと爆弾も一緒に引っ張ってきちゃうのか?」だけじゃなくて、ワゴンを引くと、天井の色が変わるのか? 天井が落ちてこないか? 床が抜けないか? ドアが開いて強盗が入って来ないか? いろんなことを計算し始めてその場で爆発しちゃった、というのがロボット2号。

ロボット3号は、「天井とか落ちてこないよ」と。「壁の色も変わらないよ」と。「今からやるのに関連している知識だけ使って考えなさい」と。それ以外は考えなくていいからってやったんですけど。

そうするとロボット3号はまずバッテリーを取りに行こうとする前に、バッテリーを取りに行くということと壁の色は関係あるのか? 地球の重力は関係あるのか? いろんなことを計算し始めて動き出さなかったというのがロボット3号なんですね。

これがフレーム問題の例として言われるんですが、こういうことを人間はなぜかすごく上手にやっちゃうわけですね。結局第2次AIブームというのは知識を入れれば確かに賢くなったけれど、ところがそんなに簡単ではなかった。

人間はなぜかわからないけれどもすごく上手に知識を扱っているし、上手に行動できる。単に知識を書けばいいというものではなかったということがわかってきたのが第2次AIブームのころ。そのあとまた冬の時代が来たんですね。

将棋AIに学ぶ第3次ブーム

今度の第3次AIブームは、機械学習、ディープラーニングが中心です。それはどういうふうにやるかというと、学習させるわけです。

例えば将棋で学習させた場合どうするかというと、プロ棋士の人がどう指しているのかを過去の棋譜データから学習させるということをやります。プロ棋士の人がこういう局面でこういう手を指した、というデータがたくさん与えられると、この関係性を学習していって「こういう局面だとこういう手を指せばいいんだ」ということを自動的に出せるようになるという仕組みなんですね。

普通、将棋は40個駒がありますから、ある局面を表すのに40個の変数で表すことが普通です。ところが最近の強い将棋のプログラムは、変数の数が数百万以上あるんです。

なんで数百万以上あるかというと、3駒の相対的な位置関係を全部変数にするんです。例えば飛車と金と歩があって、この3つでなにかの影響を及ぼしている場合もありますから、3駒の相対的な位置関係というのを変数にしていく。そうすると全部で数百万になる。こうやったほうが強くなるんです。

ところがこの3駒の相対的な位置関係を使えばいいって気づいたのは人間なんですね。研究者の人が数年前にそれに気づいて強くなったということで、機械学習といっても実は変数を作っているのは人間なんです。上手に変数が作れると精度が上がるということなんですね。

「変数」を自ら作れるようになった

こういうことをいろいろ考えていくと、結局今まで人工知能を60年研究して来ましたけれども、今までできなかったすべての問題に共通するのは実は1個しかなくて。それはなにかというと、今までの人工知能は、全部人間が現実世界の対象物を観察して、どこに注目するのかを見抜いてモデルを作っていたんです。

モデルを作ったあとは自動的に処理できたけれど、モデルを作る行為そのものは自動化できてなかったんです。例えばさっきのフレーム問題だと、どういう知識を記述したらいいのかは人間が決めていたんですね。先ほどの将棋の例でも3駒の位置関係を使うといいというのは人間が決めていたわけです。そこが自動化できていなかった。

それを解き始めているのがディープラーニングです。今ディープラーニングで、例えば画像認識の精度がすごく良くなってきている。どういうことかというと、画像認識というのは変数を作るのがすごく難しかったんですね。変数を上手に作れないがために精度がぜんぜん上がらなかったんですけれど、それが今、急激に上がってきている。

(映像を見ながら)こういうふうに、これは映画のシーンですが。これが人だとかこれが車だとかこれがアンブレラだとか、こういうのが検知できるんです。こういうことは従来のAIだと絶対できなかった。なぜかというと、人の顔とか車は見え方が非常に変わりますから、どういう特徴量を作ればいいかというのがすごく難しかったわけです。

ところがそれが今ディープラーニングによってできるようになってきたんです。あとこういうふうにロボットがいろんなものを上手に掴めるようになってきた。これもカメラが置いてあって、このカメラで見ながら上手に持ったり降ろしたりできる。これも従来のロボット、機械には絶対できなかったんです。すごく難しいことだったんですが、今は上手にできるようになってきている。

人工知能における「眼の誕生」

今起きている変化というのは、一言で言うと眼の誕生ということだと思っています。『眼の誕生』という本があります。

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

アンドリュー・パーカーという人がカンブリア爆発について書いた本です。地球ができて46億年くらい経ちますが、その中の5億4200万年前からの1千万年、非常に短い期間の間に現存するすべての種、門と言いますが、これが出揃った期間があって、これをカンブリア爆発と言います。

なぜカンブリア爆発が起こったのかというのは諸説あってまだ決着がついていないんですが、このアンドリュー・パーカーが言った説が光スイッチ説といいいます。つまり、「眼ができたからだ」と。

それまでの生物は眼を持っていなかったので、匂いを頼りにノロノロ近づいていってぶつかると食べるとか、ぶつかられると逃げるという非常に緩慢な動きしかできなかったんですけれども。

高度な目を持った三葉虫というのが現れて、大繁殖したんですね。すごく有利ですから。逆に逃げるほうも目を持つと、見つかったと思って早く逃げようとか隠れようとか擬態しようとかいろんな作戦が出てきた。生物が眼を持つことによって、生物の生存戦略が多様化して、それによって種が多様化したというのが、この光スイッチ説です。

ディープラーニングという発明

それと同じことがこれから機械とかロボットの世界で起こると思っています。これはどういうことかというと、今までのカメラとかイメージセンサーは人間で言うと網膜にあたるんです。

人間も網膜で見ているわけじゃなくて、網膜で映った信号を脳の後ろのほうにある視覚野という部分で処理をして見ている。この視覚野の処理がディープラーニングにあたります。ですから、イメージセンサーとディープラーニングを組み合わせて初めて目が見えるようになる。

じゃあこの目が見えるようになるというのが知能の上でどういう関係にあるのかと言うと、実は目の処理、画像の処理は今までできなかったんです。人工知能の世界では。なぜかというと、先ほど答えにありましたけど、ハードウェアの問題だったんです。計算機の速度が足りなくてできなかった。

ところが今それができるようになってきたということは、実世界の中で、現実世界の中でなにかを観測し、それを処理して、行動になおすというループを作ることができるようになってきたんですね。見て、判断して、行動する。これはすべての生物の基本になっている。人工知能の世界では身体性というふうに言われます。

ここができてきたので、人間の場合はさらにその上に言葉の能力ですね。最初に出てきた、人間がほかの動物よりも圧倒的に頭がいいのは言葉を使うから、抽象化ができるから。言葉によっていろんな状況を想起したり要約したりできるということです。

さらに人間は言葉を使ってそれを社会全体で共有しているので、これのさらに外に社会の構成というのがあるわけです。こういうふうになっている。

ところが今までのAIはこのパターンの処理ができなかったんです。画像を見て判断するというのができなかったので、ここがそもそもできなかったんです。ここができないのに無理やりこっちとかこっちを作ろうとしていたんです。

ところが今のAIはようやくディープラーニングという処理ができるようになってきた。だからここができると、つまり人間の知能の本質というのにこれから迫っていけるはずだということが起こっているんですね。

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