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脳神経科学でグローバル人材開発を考える(全5記事)

恐怖や不安の感情を失うと、生存確率は大きくさがる––人間を支配する「感情」というシステムを知る

2017年7月18日、一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会が主催するイベント「地球人財創出会議」が開催されました。第27回となる今回のテーマは「脳神経科学でグローバル人材開発を考える」。異なる民族、異なる文化と接した時、私たちの脳はどのような働きを見せるのか? DAncing Einstein Co., Ltd. FOUNDER CEOの青砥瑞人氏をゲストに招き、脳神経科学の知見からリーダーに求められる能力を紐解きます。

脳にある2つの「注意機構」

青砥瑞人氏(以下、青砥):人間には大きく分けて2つの注意機構があると言われていて、これは脳的にもまったく違うシステムを使います。1つは「ボトムアップ注意」、もう1つは「トップダウン注意」と言います。「トップダウン注意」というのは、「今この「ト」(スライドの文字を示して)を見てください」と言って、みなさん「見よう」と思えば「ト」は見えますよね。

というのも、自分が脳に「あの『ト』を見よう」と指令を出すことができるのです。それをトップダウン注意と言います。「ボトムアップ注意」というのは、「なんとなく自分の脳内で選択して見ている」という時に働くものです。

この2つは、使っている脳の場所がぜんぜん違います。よく「アクティブラーニングが大事です」というのも、根源はこのトップダウン注意を使っているか、使っていないかなのです。そのディレクションが上手く引けているかどうかは、おそらく教育者や指導者の力量にかかってくるのだろうと思います。こういった仕組みをきちんと考えると、よりアクティブラーニングが「アクティブ」になるだろうと思います。

トップダウン注意を、しっかり意識的に導入することによって、メタ認知が可能です。実際に実験もされています。メタ認知して自分を俯瞰的に見ると、客観的に何か解釈しようという時に働く、前頭前野の中のとりわけ、rlPFCという脳部位が活性化することが分かっています。

何が重要かというと、脳の基本原則として「use it or lose it」とよく言われますが、「使われていれば(use it)その回路は形成され強固になるが、使われていないところは失われていく(lose it)」ということなのです。それが「use it or lose it」の原則です。

それは先ほど言ったような、エネルギーの観点からも説明ができます。いらない神経回路、シナプスを保っておくことは、それだけエネルギーの無駄遣いになるのです。それを刈り込むことを「プルーニング」と言いますが、そういう作業を実は脳が行ってくれているのです。

人間は生後8ヶ月の時が、このシナプスが一番多い。ここからはどんどんプルーニングされて、「いらないシナプスは刈り込む」ということを行う。そのため、若い頃の脳との違いがある。大人になってからの学習で、「なぜこれほど物覚えに違いがあるのだろうか」とみなさん思われますが、小さい子どもはたくさんのシナプスがあるからなのです。「シナプスを強固にする」ということを、がんばって何回も行えばいいのですが、大人になると「無くなったシナプスをなんとか結びつけよう」ということをやるので、学習し、何かを覚えていくという作業に時間がかかる。その違いがあります。

「気づき」が重要

青砥:メタ認知による「自分を意識的に客観的に見る」ことのポイントですが、今まで自分をなんとなく無意識的に見ていたつもりになっていることはたくさんあると思います。ただそれを、意識的なトップダウン、これを「無意注意」「有意注意」と言う人もいますが、「意識的に自分をきちんと見る」ために、「気づき」や「アウェアネス」が大切だとよく言われています。

無意識的に「なんとなく自分を見る」というところから「今自分を見なきゃ」という瞬間に気づかない限り、「有意注意で自分のことをきちんとメタ認知しよう」とはならないので、やはりこの「気づき」という観点が重要です。

有意識で自分のことを認知して初めて、学習という文脈になっていく。これは例えば、自分について学習する時によくあるのですが、「自分の理想像をしっかり立てなさい」「ロールモデルを立てなさい」。よく聞く話だと思いますが、とても大事なことだと思います。

これを目指していくことはもちろん大事ですが、脳の学習の観点から言うと、「しっかり自分のロールモデルを出す」ということに加え、「現在の自分を客観的にしっかり捉える」ということも必要なのです。なぜか?

人間の脳の学習システムは、「差分で学習する」という部分が非常に大きいからです。自分の理想像、かつ現在の自己が分かっているとその差分が生まれるので、そこに対して学習する。この差分の瞬間に出る神経伝達物質が、ドーパミンと言われています。

よく「快感」だったり「気持ちいい」といった分泌物としてドーパミンが挙げられることが多いのですが、実は主たるドーパミンの役割は、その記憶定着効率です。ですからネガティブに、裏切られた時などもドーパミンは出ます。ドーパミンから誘導されるβエンドルフィンが、気持ちよさの誘発に役立ちます。したがって、ドーパミンが多ければ、それだけβエンドルフィン、「快感」というものにも導かれやすいというのは真なのです。

イチローの「メタ認知」

青砥:ドーパミンをそういった快楽物質として捉えている方が多いかもしれませんが、主たる目的は記憶定着や、LTP(長期増強、Long-term potentiation)、神経細胞同士の結びつきを強固にするという役割です。

(スライドを切り替えて)

みなさんも知っている、ゲイツ、ジョブス、ピカソなど、この人たちにまつわる数字があります。この数字が何か、推測してください。……このクイズは絶対に誰も答えられないので答えを先に言いますと、「名言の数」です。「どれだけ名言を残しているのかな?」と名言サイトを調べてみたところ、これだけの名言があった。名言とは何か? みなさんは名言を持っていますか? 持ってそうですけど(笑)。

(会場笑)

名言というものは、なかなか言えるものではありません。自分の名言を言えるということは、よほど自分のことを振り返って、認識されているからこそ、アウトプットとして言葉にできているのだろうと解釈できる。

イチローも、意識的に行っているわけではないと思いますが、経験的にメタ認知をされているとすごく感じます。例えばイチローは、「自分が何をどう感じて、どのように打てているかを説明できた時、超一流の仲間入りができた」と言っています。これは、科学的に見ても素晴らしいと思います。「どう感じているか」、この「感じ」というのは、感情の部分の、感覚の重要性をしっかり捉えていると思われるからです。そこにプラスして認知思考面の、「説明する・言語化する」というところを合わせて、そこが理解できて初めて、「超一流になった」と言っている。これはメタ認知の一例として出しました。

このように、やはりメタ認知は重要だと思うのですが、それを考える上で、この2軸で考えてみると分かりやすいのでご紹介します。1つはy軸として、自分・他人軸で考える。これは自分を見る上でのベクトル、1つの軸として、自分・他人。もう1個は主観・客観の軸で表しています。

この「軸で考えて自分を捉える」という時に、日常生活で多いのは、他人から主観的に「お前はああだ」とか「こうだ」とか、もちろんこれはネガティブなこともあればポジティブなこともあると思うのですが、そのようにある個人の評価がされる。あるいはそれを、客観的に売上という営業成績や、テストの点数などでその人の評価が下される。

これも重要ですが、今の世の中を見渡してみると、どうもこの「外部刺激による評価」が自己を形成しているような流れが強いのではないかな、と。ここにいらっしゃるみなさんは、もしかしたらきちんと自分で内省やメタ認知をされているかもしれないですが、この「他人ベクトルから見た自分」というものが自分を形成し、自己の学習を促進していくというケースも非常に多いなと思っています。

客観的に自分を見ること

この「主観的に自分を見る内省」と、「客観的に自分を見るメタ認知」というのが非常に重要。では客観性をどのように持つのかという問題に対して、神経科学は「自分を観察するにはどういった観点を持てばいいのか」という提案ができるだろうと考えています。

自分の何をどうメタ認知するのか。単純化した人の行動のTEBモデルというものがあるので、ご紹介したいと思います。

人が行動する時に考える要素として、重要なことの1つは「思考」ですよね。みなさんがどのように考えるのか、その要素が、行動に与える影響。思考パターンも行動パターンもいろいろなところで研究されています。

それから、忘れてはいけない重要な要素である「エモーション」、「感情」です。感情が行動に与える影響力は非常に大きいですし、感情が思考に与える影響力も非常に大きい。これらそれぞれが脳内では、まったく違ったところで担われ、機能しています。

「感情」のシステム

「感情」といっても、一語で説明できるような単純なシステムではありませんが、「感情」という要素も視野に入れつつ、人間の行動や思考を捉えていくと、より人間の行動に対する理解が深まっていくのではないかと考えています。

これは古典的なマウスの実験で「快感情」にかかわるものですが、快感をシグナリングしてくれる脳の部位があります。マウスの、脳の該当部分を電極で刺し、スイッチを押すとその電極が信号を送る仕組みです。ボタンを押すと気持ちがいい。この仕組みを作ってしまうと、このマウスはずっとボタンを押し続ける。ポイントは、「大好物のチーズがあろうと見向きもせず押し続ける」ということ。それがそのマウスの行動原理になってしまう。

「でも、これはマウスだからでしょ?」と言われるのですが、現在は倫理的に禁止されていますが、かつては人間でも同じような実験結果が得られていました。

神経回路に電極を差し込み、レバーで強度を変えられるようにしておく。そうすると何が起こるのか。人間でも、「より快を求める」というふうになってしまって、自分の指が骨折するぐらい、レバーを回し続けるという危険な状態になってしまう。一歩間違うと、人間も機械のような行動をしてしまう、というのがこの実験から分かります。

他に恐怖や不安という感情もあります。みなさんは、もしかしたら、「恐怖や不安を感じたくない」と思っている人が多いかもしれませんが、恐怖や不安がなくなると、生存確率が一気に下がります。みなさん分かると思いますが、ナイフを持った人が目の前に現れた時に、不安だとか恐怖を感じられなかったら、死ぬ確率が高まりますね。ですから、そういった一つひとつの感情も、意味があってみなさんの脳内に備わっている、重要な機構なのです。

一方で、未来の楽しいことを妄想してウキウキしたりするのも重要な感情です。何かをやって楽しい、こういうのも必要な脳内の感情システムで、それを求めるために、つい行動しようと思ってしまう。いろんな感情がありますが、感情というのは非常にパワフルだし、必要不可欠なものです。

「情動反応」とは

「感情」というものは今日のキーの1つです。ところで「情動」と「感情」という言葉は、どちらもなんとなく近しいが、明確には区別していない。これは学術分野によっては、まったく分けていないところもあるのですが、神経学的な文脈で解釈する時には明確に分けています。

何が違うのか。例えば……「わっ!」

(会場笑)

今「うわっ!」となりましたよね(笑)。勝手な反応ですよね。これを「情動反応」と言います。ただ、今「びっくりしたなあ」と、そのことを認識できますよね。これを「感情化」と言ったりします。

この「勝手に無意識的な反応をしてしまう部分」と、「それを認識する部分」。これらはぜんぜん違った脳内の部位を使っている。もちろん共通している部分もあるのですが、認知するところと情動反応は別なのです。

自分の情動を認識することが、自分のストレスやネガティブな感情とうまく付き合う上で、とても重要です。最近の論文の中でも、自分がネガティブな感情を引き起こしてしまった時に、それに気づくことができて、その自分の情動に言語でラベリング、タグ付けをする。これだけで、自分の情動反応やストレスが低減するということも分かってきています。

「内部環境変化」とも言いますが、情動というのはそのヒントです。シグナリングとして「何か、おかしいですよ」と情報を流しているけれど、これに気づけるか気づけないかは、また別の脳システムです。

うつ病の患者さんを見ていると、「情動反応はしているが、気づけない」というパターンが多い。どういうことか?

「ストレスないぜ」と言う人に限って、うつ病になりやすいのです。その人は、情動反応は示していてストレスホルモンのコルチゾールが出ているが、その「出ているよ」という内部環境の変化に気づけない。そのための仕組みがうまく作動していない、機能していないということが考えられる。だから、自分の情動反応に気づくということは、とても重要な要素の1つになります。

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