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「コミュニティのないメディアはだめ」 KADOKAWA会長が語る、ニコニコ動画の真価とメディアの未来

10月8日、東洋経済主催で行われたイベント「大変革期に未来を語る! いま、メディアが面白い」に、KADOKAWA会長・角川歴彦氏が登壇。ドワンゴとの経営統合の裏側や、自身がもつメディア論について熱く語り上げました。

メディアという場がなければ、コンテンツはつくれない

角川歴彦氏:角川です。新聞社の人だとか、放送局の人だとか、ジャーナリストの人が多いようなので、どういった話をしようかと思ったんですが、僕は最近メディアとはこういうものじゃないかなぁ、と思うことがありましたので個人的な意見として今日は話したいと思います。

今日の話を聞いていてもメディアというものは社会的に影響が大きいんですよね、テレビや新聞に対して、ネットのメディアはどういう動きをみせてくるのかと。

僕は最近思っているメディア論というのは「メディア産業論」という、メディアといえども産業で成立しているというところから考えていかなければならないと思っています。メディアは結局発明によって世の中に出てきていますよね。

グーテンベルクの活版印刷のときも、これはとんでもないことが始まったなと当時の人は思ったはずです。そして、ちょっと時間がかかったけれども宗教改革があって、出版と印刷というのが生まれてきて、同時に新聞というものが生まれてきます。

それから、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、立て続けにラジオが発明され、テレビが発明されて、そういうものを発明したことによってメディア化していくわけですね。

じゃあ一体メディアって何だろうっていつも考えていたわけです。僕らは、コンテンツ産業に携わっていて、出版、映画、アニメ、ゲームも含めコンテンツをつくるというのは、メディアという場がないとできないんですよね。

KADOKAWAとドワンゴの統合記念に行った「麻雀大会」

メディアという場がないと、コンテンツは生まれない。じゃあ、メディア産業論的に言えば、どういうところからメディアは立ち上がってくるんだろうか。デジタルメディアとしてのニコニコ動画と、出版メディアとしての角川を例にとってみなさんに見ていただきたいと思います。

この間、ニコニコと一緒になるということで川上君(株式会社ドワンゴ代表・川上量生氏)とパーティーみたいなことは必要ないけれど、パーティーに代わる何かをやりたいねぇなんて話したんですよ。ドワンゴと角川がくっついたからといって、プリンスホテルで大きなパーティー会場をつくって人を埋めたからといって意味がないのでね。

何かないのかなぁ、と言っていたときにちょうどその時期に黒川さん(作家・黒川博行氏)が直木賞を受賞して、黒川さんはとにかく麻雀が好きだということで、黒川さんの直木賞受賞記念とドワンゴとの統合記念と合わせて麻雀大会をやろうと……むちゃくちゃな話ですよね(笑)。

でも、それがニコニコ的だという話になってですね。しかも、同じ小説仲間の伊集院静さんと大沢在昌さんが麻雀大会の話を受けてくれて。

これが僕の聞くところによると、ニコニコ生放送はじまって以来の大掛かりな体制だったらしく、なぜかというと麻雀は四角い卓を囲むのでビデオカメラが8台必要になって、あと全体を映すのに2台、合計10台使うというのはめったにないそうなんですよ。

なぜかニコニコのスタッフの人たちが異様に張り切ってくれたんですよね。

(会場笑)

そこで、注意されたのが間違ってもレートの話だけはしないでくださいって(笑)。

(会場笑)

レートの話するなら、ニコニコポイントで言ってくださいとかね(笑)。

でもね、僕が本当に嬉しかったのは、文壇の中でもうるさ方と言われる伊集院静さんと大沢在昌さんが、ドワンゴというお三方からすれば縁がないような会社を受け入れてくれて、一緒になってよかったね、とまで言ってくれたんですよ。

メーカー発想のKADOKAWAと、「ユーザー発想」のニコニコ動画

ニコニコ動画会員の4000万人の人が、ニコニコ動画というプラットフォームでコミュニケーションしているっていうことですね。そして、コミュニケーションからはコミュニティが生まれるんです。

角川もサブカルチャー系で、ニコニコもサブカルチャー系で、サブカルチャーを好きな人同士で同じ価値観を持っているんです。そのコミュニケーションをしている人が、同じ価値観をもってコミュニティをつくる。そして、そこに場が生まれるんですね。

僕のメディア論から言うと、コミュニティのないメディアは成立しないんですよ。それで言うと、テレビから流れるニュースはコミュニティじゃないと思うんです、でもニコニコから流れるニュースは一種のコミュニティなんですよ。

ドワンゴと統合するってなったときの記者会見で、川上君が少し反発したのは、記者の人が「ネットのドワンゴさんに、角川がコンテンツを提供するんですね」と言ったのに対して、川上君は「ニコニコでもコンテンツ作っているんで」と。

もう1つ、彼が言っていたのは、「角川さんも明確な形でコミュニケーションをしているわけじゃないけど、『週間ザテレビジョン』を買ったり『東京ウォーカー』を買ったりしてお金を出すことで、コミュニケーションを図っているプラットフォームとして同じなんです」と。

このプラットフォームという言葉を使うと、新聞社の人たちは途端に分からない顔になるんですが。角川もアナログでプラットフォームをつくっていて、ニコニコもデジタルでプラットフォームをつくっている。プラットフォーム同士なんですね。

だけども、決定的に違うのは、角川のプラットフォームはどこまで行っても「メーカー発想」なんですよ。でも、ニコニコのプラットフォームは「ユーザー発想」なんですよ。しかも、技術も持っている。

メーカー発想をもっているプラットフォームと、技術を持っているユーザー発想のプラットフォーム……このプラットフォームを持つもの同士が一緒になったらどうなるかというのが今回のテーマなんですよ。

雑誌が売れなくなったのは、流通の変化が原因

僕が思うプラットフォームというのは「人」「物」「金」が集まる場所なんです。だから、書店もプラットフォームなんですよ。作家が書いたものを、出版社が本にして、取次店に納めて、読者がお金を出して本を買ってくれる。

こう考えると、ニコニコのすごさっていうのは1社の法人だけでこのシステムをつくっちゃっているんです。

そのニコニコと角川が一緒になって、ユーザー目線のプラットフォームをつくっていく。これをなかなか世間がわかってくれないんですよ。「角川ブランド先が見えない」とかって書かれるんですよ、おかしいでしょ?

(会場笑)

こういうプラットフォームをつくりたいという中に、僕の考えているメディアがあるということをわかって欲しいんです。最初に言いましたメディア産業論としては、メディアを語る裏側に「流通」があるんです。明らかにメディアにも流通がある。新聞は配達員が配るわけですし、出版も書店を通して物が動くわけです。

ところが、大きな革命が起こったのはインターネットです。インターネットでこの物流の流れが変わっちゃったんですよ。だから、雑誌が売れなくなった。雑誌が売れなくなった最大の原因は物流なんです。

みんな雑誌を読まなくなったんじゃなくて、モバイルに行ったんです。見てください、全員が駅でスマートフォン見てるでしょ、前までは文庫を読んでる人や週刊誌読んでる人がもっといたんです。

ですから、同じようにテレビの10年、20年先は本当に危ないと思いますよ。テレビが今、ファーストスクリーンだと思っているけど、セカンドスクリーンになっちゃう危険が高いと思います。パナソニックも東芝もソニーもテレビで困ってるんですから、そういうところに乗りかかっているテレビって怖くてしょうがないですよ。だからテレビの人たちも早くスマートフォンみたいなところへ行かなきゃダメですよということを言いたいんです。

モバイルを通さないことが失敗の原因

でも、みんな見て見ぬフリですよね。僕がこうやって言うと、答えがあるみたいに聞こえるかもしれませんが、答えはないんですね(笑)。

ただ、3ヶ月前に角川がドコモと組んで「dマガジン」という電子雑誌の読み放題サービスを始めたんですが、今70誌からスタートしたんですが、出版社は角川とドコモがやるんならちょっと様子を見ますってな感じで。

スマホで雑誌を見るとワクワクするんですね。もちろん権利の関係上、雑誌のすべてのページが見れるわけではないんだけど、みなさんdマガジンを見てみてください。

今、3ヶ月で会員数が52万人ですよ。ドコモの人も驚いていて、iPhone6が出てまた伸びているんです。今、ドコモの新規契約の45パーセントの人がこのサービスの会員になるそうです。ドコモから見れば大ヒットですよ。

だから、雑誌は読まれるんですよ、もちろん雑誌にはまだまだ問題がありますけど。つまり、消費者が物を買う、コンテンツを見る、メディアに接する、このすべてをモバイルを通して行う……それなのにそこを通さないというのが間違っているんですよ。僕が物流の問題と言ったのはここなんです。

20世紀と21世紀のメディアの違い

マスメディアという言葉はテレビが生まれてから出てきた言葉で、そこに雑誌とか新聞が便乗してマスメディアというものができた。100万という部数以上であれば、僕はマスメディアと呼んでいいと思うんですが、インターネットでは100万という数字が当たり前で、SNSでは1000万とか1億という数字が出ている前では、100万という数字が色あせて見えますよね。

だから、最近僕はマスメディアのマスという言葉を使いづらくなってきている。20世紀のメディアと21世紀のメディアでは違う文法を使わないといけないんじゃないかと思うわけです。

20世紀というのは知識社会だった。この知識社会では、世論をリードするのは知識人でした。でも、これからは「知識から情報へ」時代がシフトする。僕は、情報社会が来ると言われた1980年代の頃までは「情報なんてくだらない」と思っていたんですよ。

日本は知識があって、そんな情報なんてなくても大丈夫なんだと、アメリカみたいな多様な民族がいてはじめて情報はいるんだと思っていました。でも、大きな間違いでした。今、どれだけ情報というものが重要になってきているか。

Web2.0の時代、ソーシャルメディアの時代には、ユーザー発想がメディアにも求められます。そこで、もう1回メディア論というものを考える必要があるなぁと思ったのでみなさんに本日お話をさせていただきました。

(会場拍手)

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