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RunGraphの開発プロセス(全1記事)

自主制作のなかに「きっかけ」がある--デザイナーが気づくべき“自分のほしいもの”を作るメリット

「グッドデザイン=良いUX?なのではないか」という観点から、2016年12月1日にグッドデザイン賞を受賞したプロダクトの裏側や観点を探るイベント「グッドデザイン賞受賞プロダクトのUX開発手法 UX & Service Sketch」が開催されました。本パートでは、走った距離などを記録しつつ、それをTシャツなどにデザインできるサービス「RunGraph」のデザイナー・森田考陽氏が「ほしいものを作る」の大切さについて語りました。

走った記録をプロダクトにするサービス

森田考陽氏(以下、森田):はじめまして。ワウの森田考陽といいます。インターフェイスデザインをやっています。

今日お話しさせていただく、このRunGraphのように実際にリリースされるモバイルのアプリケーションだったり、サービスのデザインをしたりとか、あと車メーカーさんや家電のメーカーさんと一緒にUIの先行開発だったり、プロトタイプのデザインなんかをお仕事でやっています。

まず、今日は初めにRunGraphがどういったアプリかをみなさんに知ってもらいたいので、こちらのムービーをご覧ください。

(動画再生開始)

ナレーション:RunGraph、それはあなたの走りの記録を美しいアートにする。方法は簡単。まずは、お手持ちのスマートフォンで。アプリを立ち上げ、ランニングスタート。走りのさまざまなデータをスマホに記録していきます。

ゴールしたら、16種類の多彩なデザインテンプレートにビジュアライズ。時間や距離、速度、高低差、歩数などのデータから、あなたのランニングアートが生まれます。テキストをタイプしてSNSで簡単にシェア、印刷の素材や色を選んでプリント注文もできる。自分のランニングライフをRunGraphで思いっきり表現してみよう。

そして、RunGraphはモバイルアプリからクラウドへ。スマホがなくても、マラソン大会の公式記録と連動。参加者一人ひとりの記録をプロダクトにできる。オーダーメイドなので無駄もありません。さまざまな大会の公式グッズとして採用され始めています。マラソン大会だけでなく、タイムを競うスポーツ、イベントにも対応します。Map your run, make your art. RunGraph.

(動画再生終了)

森田:というのが、RunGraphなんですけど。今回、グッドデザイン賞を受賞したのはこのiPhoneのアプリになるんですが、走った記録をビジュアライゼーションしてTシャツとかプロダクトにするというサービスを、今見ていただいたようにアプリ以外のかたちでも提供しています。

今日はこのRunGraphがどうやって企画されたかをご紹介しつつ、ワウでの取組みなどのお話をできればと思っています。テーマは「欲しいものを作る」です。よろしくお願いします。

「参加賞のデザインをなんとかしたい」がきっかけ

まず初めに、RunGraphを作るきっかけからお話したいんですが、RunGraphは私が所属しているワウともう1社、フロンテッジさんという会社の2社で、共同で運営しています。ざっくりと両者の役割を説明すると、フロンテッジさんというのは広告代理店で、企画だったりプロデュースなどを担当してくれています。

私のいるワウは、自分たちのことをビジュアルデザインスタジオと名乗っていまして、CGを使った映像だったり空間の演出、インスタレーション作品の制作や、今回のRunGraphのようなUIのデザインだったり、プログラムの開発を行っています。最終的なTシャツへのプリントの部分では、イメージ・マジックさんという協力会社にお願いしています。

このフロンテッジさんにいる、クリエイティブディレクターをしている村越(豊)さんという方から相談があって、RunGraphを作るきっかけになったんですけれども。村越さんは、マラソンやトレイルランニングを楽しんでいる人で、今年も例えばベトナムのイベントだったり、スペインのレースなど海外のレースにも遠征している、かなり本格的なランナーの方です。

トレイルランニングというのは、山道を走って競争するような種目なんですけれども。村越さんが以前に参加したことのあるマラソンイベントで、参加賞としてTシャツをもらったらしいんです。しかし、なかなか、外に着て出かけるにはハードルが高いデザインになっていて(笑)。

(会場笑)

村越さんからの相談というのは、「こういった参加賞のデザインをどうにかしたい」でした。村越さんとワウとは、もともとCMとかの制作の付き合いがあったんですけれども、我々がオリジナルで作っているアプリのことを知っていて、声をかけてくれたそうです。

私自身はロードバイクを趣味にしてるんですけれども、自転車のイベントもランニングのイベントと同じで、イベントのデザインだったり、参加賞のデザインというのはいまいちパッとしないものが多いんですね。なので、例えばこういうもらったTシャツなどは、基本パジャマとか、あまり外に着ていかない服として使っています。

みなさんご存じだと思うんですけども、最近ランニングやサイクリングを趣味としている人というのがすごく多くて。人気のあるレースやイベントなんかだと、例えばエントリーの倍率が5倍だったりとか、参加者が1万人を超えるような大きいイベントもあります。スポーツのウェアだったりギアというのは、どんどんデザインがかっこよくなってるんですけれども。

それに対して、イベントとか参加賞のデザインというのは、まだまだ改善の余地が残ってるんですよね。私自身、こういったもののデザインを自分でやりたいとよく思ってたんです。実は、私は10年ぐらい前にこういう自転車とかマラソンなどのスポーツイベントを運営する会社で働いてまして、こういった参加賞とかイベントのデザインを実際に自分でしていた経験があります。

自分で言うのもなんなんですけど、まあまあかっこいいデザインのものを作っていたと思います。当時参加してくれた人へのアンケートを取って、「なぜ、このイベントを選んだんですか?」という質問をする項目があったんですけど、「参加賞のデザインがいい」という答えがちょこちょこありました。もちろん、こういうスポーツイベントに参加賞だけ目当てで参加する人というのは、ほとんどいないと思うんですが。

少なくないニーズがそこにはあるのに、ぜんぜんしっかりとしたデザインが提供されていないエリアだったわけですよね。なので、村越さんから相談があった時点で、すごくデザインの可能性みたいなものを感じました。村越さんはランナーで、私自身もサイクリストということで、ターゲットとなるユーザーが自分自身です。

価値ある記録=体験や感情といったストーリー

RunGraphは自分の欲しいものを作って、自分が参加するイベントに採用してもらうという目的からスタートしました。けっこう、仕事と趣味をミックスした公私混同な動機なんですけれども。好きなことをして、それがビジネスになるならすごくいいなと思って始まったわけです。

じゃあ、自分が参加するイベントとかなら、どういったものが実際にほしいかというのを考えました。せっかくトレーニングを積んで出場するレースだったりとか、一緒の趣味の仲間と参加するイベントだったら、単純にグラフィックがかっこいいデザインではなくて、なにか意味のある特別なデザインがいいんじゃないかと思いました。

ランニングとかサイクリングをしている人は、このスクリーンに映っているような腕時計型だったりとか、スマートフォンだったりとか、サイクルコンピューターと呼ばれる機械を使って、自分が走った記録、距離とか速度とか心拍といった情報を保存している人がすごく多いと思います。

こういった機械は、基本的にはトレーニングの質を向上するために取ってるんですけれども、走り終わってから自分の記録を見返してみると、ただの数字の羅列の中にその時の体験だったりとか、感情みたいなものがすごく鮮明によみがえってくることがあります。

例えば、このグラフは私がよくトレーニングで行く峠のベストラップのグラフなんですけれども。

裏の青いベタ部分が標高を表していまして、赤い線が心拍数で、黄色い線が速度になっています。距離でいうと12キロぐらいで、600mぐらい駆け上がってくる峠なんですけれども。パッと見はただのジグザグの激しいグラフなんですが、自分にとってはすごい価値のある記録の1つです。

どういうことかというと、例えばこの赤い区間なんですけれども、心拍数が徐々に上がっていって、急にガクッと落ちているのがわかると思います。

この日はたまたま知らない人が前を走っていたんですけれども、その人が自分よりちょっとだけ早い人だったんですね。前半で徐々に心拍数が上がっていくのは、無理をして必死についていこうとした結果なんですけども、この半分を過ぎたぐらいでその早い人に完全に置き去りにされてしまった結果、心が折れて(笑)。ペースが落ちて、一緒に心拍数も落ちていくというグラフです。

もう1つ、この黄色の右端の部分なんですけれども、最後の最後でグッとスピードが上がっています。これは、後半ダラダラ走ってたわりには無理して飛ばしてた前半のペースのおかげで、途中で「あれ、これベストタイムじゃん。更新できそうだな」と気付いたわけです。

残り数100mの時点で気付いて、急にやる気が出た結果ラストスパートして、最後グッとスピードが上がっています。

こんな感じで、自分にとって価値のある記録というのには、その時の体験だったり感情といったストーリーが存在しています。例えば「この坂がどうだった」とか「何秒ベストタイムを縮めることができた」とか、誰かに伝えたいとか教えたくなるような体験というのがかっこよくデザインされていると、それはけっこう自分にとって価値のある、欲しいものになるんじゃないかなと思いました。

そこで、実際に走ったデータを使って、さまざまなビジュアライゼーションのアイデアを出しました。わかりやすいグラフ以外にも、例えばタイポグラフィを使ったものだったりとか、GPSの位置データを使ったものとか、いろんなサンプルを作って、それが実際にプログラムに実現可能かどうかなどを検証していきました。ほぼ最終形のデザインも、最初の段階でかなり出たものがそのままブラッシュアップして残っているような感じです。

開発費を獲得できず、自前でアプリをリリース

実際にこういうプロトタイピングをした結果、こういうサービスを実現できそうだという目処がたった時点で、スポーツイベントを運営している会社だったりとか、メインスポンサーを務めているようなスポーツメーカーにアプローチをかけてみました。「あなたたちがやっているスポーツイベントで、このRunGraphを採用しませんか?」と。

アプローチをかけた結果、みなさんけっこうこのアイデアに対してはすごく好意的な反応だったんですけれども、なんの実績もないサービスをいきなり採用してくれるようなところはなかったんですね。なので、やっぱり実際に動くものだったりとかできあがったものを見せてみないと、なかなかゴーサインは出ないんじゃないかということで。

本当だと、スポーツメーカーさんだったりとか運営会社さんに開発費用を出してもらって作りたかったんですけれども。自前のアプリとして、まずはリリースすることを目指しました。一気に端折るんですけれども、iPhoneのアプリを作ってリリースしました。デザインもプログラムも弊社の中で作っています。アプリはすべて今は無料で使うことができて、App Storeの健康・フィットネス部門で1位を取ったこともあります。

競合アプリとしては、NIKE+だったりRuntasticのように世界的に展開している有名なランニングアプリがいくつかあるんですが、国内だけでいうと、ダウンロード数だったりとかアクティブユーザー数もまあまあ悪くない状況だと思います。このアプリは、今スクリーンに写っているようなTシャツを実際に作ってもらって、買ってもらうと、その売上の一部が我々の手もとにお金として入ってくるというビジネスモデルです。

このTシャツが1枚3,980円なんですが、これがびっくりするぐらい売れていません……。

(会場笑)

もともと、このアプリ自体で収益を上げようと思っていたわけではないんですけれども。やっぱりアプリを作った手前、ちょっとだけ期待していたんですが、そんな期待は木っ端みじんに吹っ飛びました。やっぱりこういう実際に着る服というのは、肌触りとか発色がどうかとかわからない。ただスマホの画面だけに写っているものには、なかなか3,980円という金額は出せないのだと思います。

でも、RunGraphの計画的には大丈夫なんですよね。アプリを作って、このRunGraphがちゃんと運用できるサービスであることを証明したりとか。実際に作ったTシャツなんかを持って、前回ダメと言われたスポーツイベントを運営している会社だったりとか、スポンサードしているメーカーさんなんかに行ったら、実際のスポーツイベントで採用してくれるところがちょこちょこと出ています。

例えばですけど、右の写真は去年と今年、日本三大駅伝の1つである、全日本大学駅伝で採用されました。これは特別なデザインで、参加した大学の区間ごとのタイム差、順位をビジュアライズしたデザインで。駅伝なので8人で挑むので、8区間あるので8人分なんですけど、みんなが横に並ぶと一連でつながって見えるようなデザインになっています。

ほかには、左の写真のマグカップのように、FunTrailsというトレイルランのイベントで、これも2年連続採用されていて、マグカップだったりTシャツに自分のタイムがプリントされた商品が作れるものを展開しています。これは、ほどほどに売れているんですけれども。

その理由としては、大会の会場のスタート地点だったりフィニッシュ地点のところに、実際にこれを手に取って見れるブースというものを置いていまして。それがやっぱり購入の敷居を下げたというか、安心感につながっているのかなと思います。徐々になんですけれども、もともとの目的であった、自分の欲しいものを作って自分たちが参加するイベントに採用してもらうということが達成されつつあるのが、現状のRunGraphです。

「欲しいものを作る」の効果

最後になんですけれど、私の所属しているワウという会社では、クライアントワーク以外にも自主制作というものをすごく大事にしています。インハウスではないデザイン事務所にしてはかなりめずらしいと思うんですが、誰かに頼まれてなにかを作るのではなくて、自分たちの作りたい映像作品を作ったり、自分にとって使いやすいアプリケーションを開発したりしています。

これは一見利益を生み出さないような取り組みに見えるんですが、実は逆です。例えばなんですけれども、この写真は2009年に発表した「工場と遊園地」というオリジナルのインスタレーション作品で、宮城県の美術館に展示するために自主的に制作したものです。まだ、あまりインタラクティブなインスタレーション作品が少なかった時代(の作品)なんですけれども。

このモノクロで構成した幻想的な世界観のなかに、赤い風船だったり青いボールみたいなものが出てきて、見ている人が触って弾いたりして遊べるような作品になっています。これをどこかで見た人からいろんなオファーがあって、同じような作品をモスクワだったり、札幌とか六本木などで展示する機会にも恵まれました。

そんななかでも特徴的だったオファーが、このスクリーンに映っている右側の、電子ペーパーを使ったSmart Canvasという腕時計です。あの作品の世界観を腕時計のデザインにしたいというオファーが、セイコーエプソンからきました。当時、ワウが作った作品の中で一番大きいサイズの作品が「工場と遊園地」だったんですけれども、それを逆に一番小さいサイズとして展開していきたいというのは、すごく新鮮な体験でした。

もう1つ、左の画像は、東京駅の八重洲口で今日から公開されている「Light on Train」という作品です。これも「工場と遊園地」の世界観を発展させたもので。この作品はさらに大きくて、幅が200メートルもある作品になっています。今日からクリスマスまでの期間、夕方の17〜22時まで八重洲口で見れるので、もし行く機会があればぜひご覧ください。

この「工場と遊園地」みたいに、真剣に自分の欲しいものを作っていくのは、最初はすごく妥協ができなくて大変なんですけれど、やっぱり自分たちデザイナーとして作りたいものを作るというのはすごく楽しいですし、最終的にすごく魅力的な作品に仕上がることが多くて、充実感があります。そして、それをたまたま見てくれた人たちから「一緒に仕事がしたい」と言われたりとか。

今まで関係を持っていなかった違う業界の人から仕事のお誘いがあったりとか、仕事のスケールが大きくなったりというのを何度も体験してきました。RunGraphのアプリもそうなんですけれども、iPhoneアプリを作ったことによってイベントに採用されたりとか、こうやってグッドデザイン賞をもらって、今日こういう場でしゃべる機会をもらえたりとか、同じようにすごくよい効果が生まれていると感じています。

みなさんもふだんの生活や仕事とか趣味を楽しんでいるなかで、欲しいものがない時があると思うんですよね。そういう時に「自分だったらこうするのに」とか、「こういうのがあったらいいのに」と思ったものをぜひ作ってみるといいなと思っています。

なにかを始めると、それがきっかけで新しい自分の世界が広がっていくみたいな体験を我々はよくしているので、ぜひそれをみなさんにも体験してもらえるといいなと思っています。ありがとうございました。

(会場拍手)

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