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下村健一氏、トライセクター・リーダーを語る(全6記事)

「we」と「you」の違いは大きい--下村健一氏が民主党政権に見た“コミュニケーション不全”

TBSキャスター、首相官邸、大学など、セクターの壁を越えて活躍してきた下村健一氏が登壇。民主党が政権交代した時に犯した最初の間違いや、震災時の対応について触れ、コミュニケーション不全の問題について語りました。

民主党政権は第1ボタンを掛け違えていた

下村健一氏(以下、下村):そして、この報道のセクターから最後に見ていたのが政権交代でした。前々回の総選挙の意味ですけども、「一人ひとりの投票が本当に政権を替えたんだな」と、私は見ていてまず感じました。

当然ながら、これは日本の歴史上はじめてのことだったんですね。GHQによる政権交代とか、細川政権ができたときみたいな国会内多数工作での政権交代はあったけど、一人ひとりの投票で変わったというのは、本当に革命的な出来事だったわけです。

ですが、あっという間に挫折しちゃった。「民主党の担い手たちがダメだった」とみんな言いました。一面では、その通りでしょう。でも私はここで問いかけたいです。本当にあれは御輿だけの問題だったのか。担ぎ手側の問題はなかったのか。

担ぎ手、つまりあの御輿に政権を委ねた、2008年夏の総選挙で民主党に投票した人たち。その人たちの投票後にはなにも問題がないのか。新政権を生んだ国民は、生んだ瞬間に新政権の育成を手放してしまった。なぜなのか。

私は当時、報道しながらこういうふうに見てました。「第1ボタンの掛けちがい」。鳩山政権が最初に国民に向けたメッセージに、もうすでに第1ボタンの掛けちがいがありました。2009年8月30日の深夜、総選挙の開票で政権交代が確定した直後という、一番新しい第一声ですね。

そのときに鳩山さんは「国民のさらなる勝利に向けて」というメッセージを発したんですが、この談話で「国民のみなさん」という言葉が9回登場しています。ついこないだまでの野党の時代は「私たち国民」という立場だった鳩山さんが、突然「国民のみなさん」と言ったんです。ここに第1ボタンの掛けちがいがありました。

政権をとった瞬間「we」から「you」に

ちなみに、同じく民主党政権としてその7ヵ月前に誕生したオバマ政権。オバマ大統領は就任演説で、国民を指す言葉として「we」を60回くらいその演説のなかだけで使っております。「you」じゃなくて「we」。この違いは、英語と日本語の言語特性の違いだけでは片付けられない大差ですよね。

政権をとった瞬間に「you」になってしまった日本の民主党と、引き続き「we」と言い続けたアメリカの民主党。この違いがとっても大きかったです。

つまり、これによって政権交代というものの意味を、日本社会は見誤ってしまった。生まれて初めて自分たちの手で実現した政権交代だったけれども、いきなり感じ取り方が変わってしまったんだと思います。

そもそも、国民感覚から乖離した政権を、私たちの側に取り戻すのが、政権交代ですよね。これは、何党から何党になるときでもそうです。自民から民主になったときもそう。民主から自民に戻ったときもそう。

なのにあの時は、なぜか達成された瞬間に私たちの新リーダーから他者呼ばわりされてしまった。「国民のみなさん」と言われてしまった。「さあ、私たちの政権ですよ」と言われなかった。これに国民側も呼応しちゃったんです。

自らの票で選んだ政権なのに、また「権力」=あちら側の存在と見るようになってしまって、それから先は「50年続いた政権に代わった生まれたての赤ちゃんなんだから、しばらくは守って育てよう」という感覚になかなかなれず、3歳のよちよち歩きで「もうこいつらダメだ」といって完全に手放してしまいました。

最初は花瓶台に座ることから始めた

そのよちよち歩きがダメダメになってきてる真っ最中に、私は首相官邸に転身しました。ここからは3つ目のセクターのことです。まあ、私は完全に着任から異分子ですよね。マスコミから来たんですもん。マスコミから来ていきなり首相官邸に入って、しかも内閣広報室から呼ばれて、一番奥の院の総理執務室という部屋にもしょっちゅう出入りしてました。

これはもう、官邸の人たちから見たら異分子もいいところです。全員ではないですが、多くの人からバリバリに警戒されました。トライセクターでいろんなセクターを経験される方は等しく経験されることですけども、異分子臭ですね。

「あいつ違うだろう」と鼻をつままれている状態から、どうやって自分を脱臭させて新しい世界になじんでいくか。これは、本当にその世界でなにかを為そうと思ったら、絶対に乗り越えなきゃいけないハードルになります。

私の場合は、そうやって総理執務室のミーティングに呼ばれるたびに、席に座らず部屋の隅っこにある花瓶を乗せた台にお尻を乗せて座ることから始めました。

一番謙虚に隅っこの花瓶の台に座って、何日かして「下村さん、こっちに座りなよ」と誰かが言ってくれたら、初めて一番端の席に座りました。それからだんだん「もうちょっとこっちに座りなさいよ」って言われたら移る。

そういうことを繰り返していって、半年余りかけてようやく案件によっては菅さんの隣に座って説明するというところまでいきましたけれども。最初からいきなりドンと「俺は総理に呼ばれてきたんだ」といかないで、一番端の花瓶台から始めたってことはすごく大事だったと今でも思ってます。

そうやってやっと存在を認知されたら、3.11が起きちゃったということです。

結局、震災が起きてしまって私のミッションは被災地、あと原発避難の人たち、あるいは放射能が心配な一般の人たちにどう情報を届けるかということに、その瞬間から完全にシフトしてしまいました。

官邸ホームページに省庁横断の対策情報コーナーを作ったりTwitterをすぐに始めたりと相当なことをやったんですけど、やっぱり肝心な被害者には届かない。それで枝野官房長官と災害FMラジオをやったり、避難所掲示用の壁新聞を官邸で作って自衛隊に持っていってもらって配ったり、いろんなことをやりました。

震災の時にビビってしまった専門家たち

このとき情報と一緒に求められたのは安心のデリバリーだったんですけども、残念ながら菅さんは「リーダーの言葉」をうまく発することができませんでした。

9.11の後のブッシュ大統領は非常にうまいことやりました。ガレキの上に立って、消防士と肩を組んでポーズを取って、頼れるリーダーを演出しました。

テロを防げなかった大統領と震災を防げなかった総理大臣だったら、絶対前者のほうが責任を問われていいんじゃないかと思うんですけども、米国民はそれで喝采して支持率は跳ね上がりました。

日本のリーダーの方は、国民の心に届けるスピーチ原稿を我々が書いても「オレは詩人じゃないから」とカットしてしまい、まったく安心のメッセージを届けることができなくて、どんどん支持率を下げていきました。

あのときは、いろんなセクターの人たちが首相官邸に集まりました。つまり東京電力という民間の人たち、それから原子力の専門家・学者たちが首相官邸、総理執務室に詰めて「いったい次になにが起こるのか」というアドバイスを総理にして、「何キロメートル避難したらいいのか」というような政策決定を刻々とおこなっていました。

犯人探しをするつもりはありませんが、事実として、この人たちが本当にダメだったんですね。専門家はまったく質問に答えられないし、東京電力も方針を示さない。ダメダメの連続で、自分がなにか言ったらそれによって政策(例えば避難範囲)が決まってしまうという究極の状況だったので、科学者たちは明らかにビビってました。

実際、避難によって入院患者が死ぬということが起きてましたから。自分が「何キロ」と言ったことで人が死ぬという状況には、科学者は遭ったことがないですから。自分の所属していたセクターで経験したことのないことに直面して、まったく機能が停止してしまいました。

「イラ菅の語気に圧されてなにも言えなくなっちゃった」とか、「お前は幼稚園児か!?」というようなことも実際に起きましたし。

とにかく頭が真っ白になって思考停止してしまうベスト・アンド・ブライテストの人を見ていて、私は本当に……残念だけど、この段階で日本に原発というものはまだ早かったんだなと思わざるを得ませんでした。

火の恐さや扱い方を知らない子どもが花火を持っちゃったんだな、と思わざるを得ない状況が、あのときの総理執務室にはありました。

唯一彼らが明言していたのが、「爆発はしません」。それが、あのざまですから。そのときに完全に信頼のメルトダウンが起きて、首相官邸は「東京電力も専門家たちの言うことも信じられない」という疑心暗鬼におかれてしまった。そういうことがありました。

今日は、この話は本題とは違うので……とにかく、違うセクターを経験したことでその辺のことが非常に見えたということです。中には成功したものもあったんですけども。

全セクターでの共通体験から見えた教育の課題

あ、放送時間がきた(注:当初の予定だった30分が経過)。

官邸で任期満了して今は教育の世界に入ってますけども、ここでやろうとしていることはすべてのセクター間・セクター内のコミュニケーション不全……松本サリン事件のときにもメディアで感じたし、市民運動をやってる頃にはチラシを受け取ってくれないという駅前での寒さを身にしみて感じたし、そして首相官邸では国民に情報がどうしてもうまく伝わらないということを感じた。

そのような「コミュニケーション不全の解消」が最優先課題だと見定めて、今はそれだけに特化して教育の世界で労働しています。

情報化社会というのは、限られたボールをやり取りするだけのキャッチボールであった時代は完全に去ってますから。そうすると、今までのキャッチボール技術じゃダメなんですね。四方八方から飛んでくるボールをエラーせずに捕球して、そして暴投せずに投げる「メディアリテラシー」という技術が本当に必要になってます。

このメディアリテラシーを、いま全国の教室の一斉授業でやってます。「メディアの情報に踊らされないための4つのハテナ」というタイトルです。

さらに最近はバージョンアップして、小学生でも発信するようになってますから「発信するときに気をつけるべき4つの呪文」というのも話してます。「この4つのおまじないを唱えてから発信すればもう大丈夫、地雷は踏まないよ」という言葉なんですけども。

いずれも今日お配りした資料に関係あるんですけども、本を出しました。その本に詳しく載ってます。『10代からの情報キャッチボール入門』という本なんですけれども、この本で全国の人に伝えようと思ってます。

10代からの情報キャッチボール入門――使えるメディア・リテラシー

そしてこの本のエッセンスが、小学校の国語教科書にも入りました。それがお配りした「想像力のスイッチを入れよう」というものです。

これは見開き6ページにわたって光村の教科書に載ってまして、なぜ今日この話をしてるかというと、実は来月(2016年1月)に初めてこの教科書が全国の教室で授業を迎えます。カリキュラムがそこまでやってきます。来月から日本中の子どもたち、小学5年生が「この4つの言葉を開きながら情報に接すればもう踊らされない」という学習を始めてくれます。

教科書に一度採用されると4年間は載り続けますから、ざっと計算してこれから4年間で少なくとも200万人の子どもたちがこれを読んでくれます。

200万人というのは、結構なかたまりだと私は思ってます。大人たちがこれから巧みな情報に踊らされてバーッと流れようとしているときに、ここで学んだ4つのキーワード、例えば「まだわからないよね」「他の見え方もあるんじゃないの」と親に向かってつぶやく子どもが200万人生まれたら、もしかしたら日本社会はちょっと変わるかもしれない。

そう思って今、4つ目のセクターで活動しているところであります。とりあえず最初の報告は以上です。どうもありがとうございました。

(会場拍手)

少子高齢化はどんな政策でも免れない

金野索一氏(以下、金野):ありがとうございます。じゃあ引き続き進めさせていただきます。今、下村さんがやられてきた相当興味深いこと、しかも現場で実際にやられてきたことをお聞かせいただきましたけども、具体的な話をこれからどんどん聞いていきたいです。

トライセクター・リーダーというのが今日のテーマなんですけども、この話は結局少子高齢化……みなさん、政治だと自民党・民主党も、世界中のいろんな主義主張もあるわけですけども、中国だろうがインドだろうが、結局ある程度社会が豊かになってくると(問題点が)少子高齢化になるわけなんですよ。

少子高齢化がこのトライセクター・リーダーを必然にしているということをまず頭に入れていただいて、次にいきたいと思います。

要は、働いてる人が少なくなっている。税金で支えなければいけないシニアの人が多くなっている。ということは、パブリックセクターの収入が減る。税収が少なくなるわけですから。今までと同じように、なんでも税金を使ってお役所でいろんなサービスをするとか世の中を機能させていくというのは、もう無理だという状況なんです。

これはどういう国でもどういう政策でも避けられない。少子高齢化を免れている国はひとつもないですから。どんな国がどんな政治のやり方をしていても、豊かになれば少子高齢化になる。

どんな国でも、パブリックセクターは小さくならざるを得ない。ということは、NPOなり企業なりの力を合わせて社会をどうよくしていくか。なんでも「役所がやることでしょ。そっちでやってください」ということではない。

それだけでは世の中は成り立たないというところから、3つのセクターがある意味で競争しあったり助け合うということをしないといけない。そうしないと社会が成り立たないというのが重要な視点なので、そのことを把握してもらった上で。

今日はキャリアとして3つのセクターを経験された下村さんのお話をいただいたんですけども、強烈な現場の話をしていただいたマスメディアの論点からいきたいと思います。

日本のテレビ・マスメディアの問題点……3つのセクターがいろいろ連携して力を合わせてやっていこうというときに、情報というかお互いのコミュニケーション、システムの問題、マスメディアの問題があると思います。この辺はまずどうでしょうか。

マスメディアが抱える課題

下村:金野さんが今おっしゃったとおりで、人口が減っていくということでイメージすれば簡単ですよ。

3つのセクターがある。図で描くと、その3つのセクターの円は、人口が減っていくことで真ん中にギューッと集まってこざるを得ないですね。それぞれのセクターとしてあるボリュームを維持したかったら、真ん中では3つの円が重なりあうしかないでしょう。その重なりあったところに必然的に登場してくるのがトライセクター・リーダーだと、私も思います。

であるのだけれども、今いただいた第1問、テレビなど日本のマスメディアはその大きな構造にまだ気がついてません。

実際にマスコミの世界にいて痛感するのは……とくに大企業のメディアに社員として入る人たちは、かなりトライセクターという発想から遠いですね。つまり自分の会社だけで生きていて、ほかのセクターについての共感力というかそういうものが本当に低いです。

とくに、市民運動というものに対してはものすごくアレルギー反応というか。「それは一部のエキセントリックな人たちの行動でしょ?」というような古典的なとらえ方をする人がまだまだ多いです。新しく入ってくる新入社員の中にもまだいます。

やっぱりマスコミは大企業ですから、そこに入ってきていい給料をもらってやっていくという中で、一度も学生時代に市民運動をやったことがないという学生がまだまだいっぱいいるんです。

最近はようやくボランティア活動とかで変わってきてはいますけども、まだ結構多いです。そういう世界を知らないというか、エキセントリックな世界だと思っている学生が多い。

今年(2015年)はSEALDsなんかも出てきて、新しい学生の動きとして注目はされてますけども、今3つの大学で教えていて実感することがあります。

やっぱり安保法制が可決された瞬間から、学生たちの間でも「まだSEALDsやってんの? あいつらのワガママなんじゃないの?」という、彼らを揶揄するような空気がスーッと入ってきてます。

それくらいほかのセクターに属する人、とくに市民運動セクターに対して、マスメディアの一人ひとりのプレーヤーが共感できてない。マスメディアの構造というよりも、それがすごく大きい問題ですね。

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