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『ハゲタカ』に学ぶ経営と交渉術(全5記事)

日本人は承認欲求が高すぎる--ビジネスで信頼関係を築く「嫌われる勇気」とは

グロービスの経営理念である、能力開発、ネットワーク、志を培う場を継続的に提供することを目的として、グロービスのMBAプログラムの学生・卒業生、講師、政治家、経営者、学者、メディアなどを招待して開催されるカンファレンス「あすか会議2015」に、作家・真山仁氏、プロノバ・岡島悦子氏が登壇。本パートでは「ルールをつくるか、ルールに使われるか〜『ハゲタカ』に学ぶ経営と交渉術〜」をテーマに、『ハゲタカ』シリーズに取り入れられている小説の手法や、相手の感情を揺さぶる交渉術について語りました。

「ハゲタカ」シリーズから学ぶ交渉力

岡島悦子氏(以下、岡島):何かを実行していく上での「交渉力」みたいな話もしたいなと思っていまして。まさに『ハゲタカ』シリーズすべてが鷲津のM&Aというところからきていると思うので、交渉がすごく重要なんじゃないかと感じるんです。

真山さんにこの間うかがった限りで(想像すると)、「どんなカードを持っているか」ってことを登場人物のなかにかなり仕込んでらっしゃるんじゃないかと思うわけです。交渉力っておそらく比較優位性みたいなものじゃないかと感じていて。

真山仁氏(以下、真山):あとはタイミングでしょうね。

岡島:どんなことを考えて、キャラクターたちの交渉力のストーリーを作っているのかを教えていただきたいなと。

真山:登場人物を設定するときは、「どういうことに関して手段を選ばず、逆に何は絶対守るのか」ということを決めています。法律は破るけど、実は結構友情は守る人とか、なりふり構わないけど、決められた法律は絶対に破らない(人とか)。

そういうことの根底にあるものを取材で探っていきます。現実のファンドや投資家というのも、約束には厳格なタイプが多いんです。

日本のマスコミは、「ハゲタカ外資が好き勝手やってる」と言いますけど、ハゲタカ外資と呼ばれようが、投資ファンドと呼ばれようが、ファンドの目論見書に「こういうことはいたしません」と書いてある約束を破ってしまうと、全部お金が消えていってしまうので、そういうところはフェアにやっています。

岡島:次のファンドも集められないみたいなことになるわけですよね。

真山:交渉に関していうと、(登場人物のジミー・)クランシーのように最初から押し続ける人もいれば、ずっと静観してて最後に一手だけ打つ人もいます。

鷲津についていうと、私がM&Aで結果を出している人間なら違うのかも知れませんけど、経験のない人間が考えるわけですから、ワンパターンにならないよう気をつけています。(キャラ作りは)戦国時代の武将の戦略みたいなもんです。

今回は桶狭間でいくのか、水責めでいくのかみたいなことを考えていきます。ひとつだけ作者の有利な点は、すべての登場人物は私の思い通りに動くんですよ。

(会場笑)

岡島:ある意味、この世界の中の神ですよね。

小説に取り入れられたミステリーの手法

真山:これもズルいところなんですけど、小説の中で嘘をつくのはダメですが、隠すのはいいんですよ。つまり、「言わない」「見せない」「書かない」。

『グリード』でもそうですが、「そんな早い段階から下工作してたのか」というような部分が実はあるんですけど、そこはあえて書かない。よくよく読むと、あのときがそうだったのかとわかるように伏線を隠す。これはミステリーの手法です。

皆さんが『ハゲタカ』シリーズをおもしろいと思っていただけるのは、私がかなりのミステリー好きで、その手法を経済小説のなかに取り込んでいるのが目新しく映るのだと思います。

岡島:(伏線を)隠すみたいなこともたくさんやってらっしゃるし、一方では登場人物の人たちがわりと捨てるものを(ハッキリ打ち出してますよね)。

鷲津でいうと「別に日本人やアメリカ人に嫌われても大丈夫とか、でも投資家との約束は守る」みたいな形で人物が立っていくっていう。

真山:さっきのダークサイドのところで「嫌われる勇気」みたいなのが出てましたね?

岡島:アドラー心理学みたいなのが流行りですけどね!

人に好かれたい人は自信のない人

真山:「この人に好かれたいな」と思うときに、相手に好かれるようなことばかり言うと必ず嫌われますよね。「いいや、別に」って引いたぐらいで自分に正直に振るまっている人のほうが好かれやすい。やっぱり(人って)最初にいいとこを見せると、あとは欠点しか見えなくなるんですよね。

岡島:期待値が上がっちゃうんですね。

真山:だから逆にいうと、本気でやるときはもう嫌われてもいいつもりで、でも嫌われながらさりげなく「あなたのこと見てますよ。このビジネスすごく大事なんですよ」という態度を見せるほうが、結果的に信頼関係ができます。人に好かれたいと思う人は自信のない人だと私は考えているのですが。

岡島:でもですね、(日本に住む)1億2000万人、みんな何となく自信がなくて、私も含めて承認欲求過剰に感じることがあって。

真山:(だから)「自信がない」と言える人は強いですね。私にインタビューする記者の方たちが取材中にずっと「えぇ、わかります!」「そうですよね!読みました、わかります!」と言い続けるのが最近はとても気になります。「あなたは今日30分の間で何回『わかります』って言いましたか?」っていう人が多いんですよ。

それがあまりにも多いと、わかってるなら来なくていいよねって。「わからないから取材するわけでしょ?」と問い質したくなる。「資料読みました!」(って言われても)、「資料読んだなら、そのまま書いてください。それ、一番確かですから」って(返すしかない)。

きっと多くの人は、「資料に書いてない何かがきっと原動力になっている」、プラス何かがあるから(取材に)来てるんですけど、「勉強してないのか?」と言われるのが怖いので一生懸命「わかります、わかります!」と返すのでしょう。まさに承認欲求ですね。

また、何でも人を前提づけして話す人も少なくありません。例えば、「真山さんは原発推進派ですよね?」と聞いてくる。「違うけど?」と返すと沈黙するんです。

その後にまたズラッと決めつけたような質問が出てくるので「誰がそんなこと言ったの?根拠は?」と今度はこっちが攻めていくと、あたふたして何聞いていいかわからなくなるんですね。

岡島:それ危険だし、多いですよね。

真山:「相手がどういう人か」を決めて取材する人は、多分普段からそうなのでしょうね。「ラッキー、そういうふうに思われてるんだ、そう思わせとこ」というズルい人もたくさんいるし、ビジネスでそのようなことになれば、もう(相手の)思うつぼです。

岡島:この後で質問コーナーをたくさんやるんですけど、皆さんのハードルが一気に上がっちゃったわけですよ。もう承認欲求みたいな質問しちゃいけない。「私は外務省にいまして」とかそういうの要らないから!

(会場笑)

岡島:なので、今から質問を温めておいていただければと思います。

交渉におけるタイミング

岡島:もう1個うかがいたいのは、交渉における「タイミング」って話なんですよね。

先ほどおっしゃっていたように、伏線をいっぱい仕込んでおくみたいなことをやってらっしゃると思うんですけど、この「交渉におけるタイミング」についてもうちょっと教えていただければと。

真山:『ハゲタカ』を例にすると、鷲津は交渉の際に最初結構譲歩したところからスタートします。「ここでうんと言ってくれたら、あなたに1億円あげる」とか。

でも、そこで決まらず(交渉相手が鷲津に)ゴチャゴチャ反論してもめて、結局最後はやり込められるんですが、ここで「参りました」となったときには鷲津は1円もあげない。

自分たちがいろんなものを出さなくても、その人がこちらになびくのであれば約束を守るんですけど、多くの人は「もっといい話があるんじゃないか」と思って交渉しますよね。だからすぐには受け入れずに粘るほうがいいと思っている。

ビジネスにおける情報の価値

真山:『ハゲタカ』の中で、鷲津は何度も「ビジネスは情報だ」と言います。情報力はものすごく重要で、相手の思考から何からそういうことをちゃんと調べておく。

『ハゲタカ』シリーズは確かに経済の小説なんですけど、よくよく見ると情報戦の部分が非常に大きくて。鷲津には何でもわかる(顧問の)サム(・キャンベル)がいて、この人に聞くと翌日には必ず出てくる。

これは小説だからできるのであって、現実にはとても大変なこと。ただ物語中で何となく(サムが)「なぜわかったか」のさわりぐらいは説明するから、読んでいる人は「なるほど、これなら(答えが)出るだろうな」と感じるんです。

これは取材のときでも同じで、それなりに著名な人に会う前には2日間ほど徹底的に(その人のことを)調べまくりますけど、実際の現場では「あれ読みました、これ読みました」「そうですよね!」って言わない。

「いや、なるほど。知らなかったなぁ」と言いつつ、「どこまで出してくるかなぁ」と待ちながら聞いていく。そして取材の流れが“ここだけの話モード”に入ってきたら勝負ですね。そこに踏み込めるかどうかです。

岡島:この『ハゲタカ』シリーズを読んでいると、情報っていうところを非常に考えさせられるというか。「情報収集」もあるし、「情報分析」もあるし、メディアを使っての「情報操作」ってこともやってらっしゃいますよね。

真山:人の感情や世論の反応って、実は冷静に見るとわりとシンプルなんです。「ダークサイドは感情だ」って言いましたが、つまり、怒らせた者、泣かせた者勝ちなんです。結局、そういうところにどうやって持っていくか。

例えば、Aという企業とBという企業の合併交渉をしているときに、情報戦略のひとつとして世間の目を使うことがあります。「これ、一緒になったほうがいいよ」という世論があると、当事者たちは株主の顔もあるので、つい空気に流されていくということは(やっぱりあるんです)。搦手から攻めているようで、実は本丸を攻めている、ムード作りのようなものですね。

交渉手段としての相手の怒らせ方

岡島:この「怒らせた者勝ち」っていう話がすごくおもしろいなと。一方で、心のスイッチというか、私も含めて「怒らせるのが怖いな」と思う人たちがすごく多いと思うんですけども。

怒らせるスイッチ、人によっては「メンツを汚す」「権力を剥される」といろんなことがあるんじゃないかと思うんですけど、そこはどういうふうに描かれようとしているんですかね?

真山:怒らすとだいたい面倒くさくなってうまくいかないから、「怒らせにいく」ってことは絶対勝ちにいく自信があるときか、感情的になってもらわないと崩せない相手(に対してだけです)。

『ハゲタカ』を例にとっていえば、サミュエル・ストラスバーグのような、伝説の投資家としていろんな誹謗中傷を今までに浴びている人だと、ちょっとやそっとのことじゃ怒ってくれなくて、変にいくと捻られて終わるわけですよね。

だから、怒らせる以上は、最後に感情を爆発させて、そこで針で刺せるかどうかっていうぐらいに相手をとことん追い詰めないといけません。

岡島:でも、やっぱり、心理描写というか、それぞれのモチベーションの源泉をすごく探りにいっておられます。

(例えば)「暁光新聞社がどこか」っていうのは別として、北村みたいなジャーナリストの人に、新聞社のなかでの出世みたいなことにまったく興味がないという性格を与えています。

(北村って)「あなた、それでは全然新聞社では出世できませんよ」って言ってもぜんぜん怒らないっていう設定ですよね。ただし、フェアネスとかジャスティスとかなにか正義感みたいなものはすごく持っていて。

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