【3行要約】・生成AIの普及で人間の役割が問われる中、技術者でも最終確認は人間が行う必要があります。
・対談では、現在の「弱いAI」から「強いAI」への発展可能性と、AIが哲学や思想を持てるかという根本的な問いが議論されました。
・ビジネスパーソンは、AIに単純作業を任せ、メタ認知や東洋思想的な本質性といった人間固有の領域に集中すべきです。
前回の記事はこちら 「言葉遊び」が武器になる、文系・表現者の時代へ
門拓馬氏(以下、門):次のページをお願いします。今って理系の人口が7万人とか8万人とかで、就職のしやすさという点でも理系のほうが圧倒的に強い。ロジカルシンキングが強いから理系の人が採られやすいみたいな傾向は、やはりとてもあります。
だけど今後は、「言葉遊びができる文系の人が、来るんじゃね?」みたいに思っています。ぜんぜん関係ない話をするんですけど、僕は、Mr.Childrenが死ぬほど好きなんです。昨日『ミュージックステーション』に出ていて、歌詞を見ながら「あっ、すごくいい歌詞だな」って思っていたんですけど、形式的に見ると文法も何もないし、ぐちゃぐちゃなんですよ。
でも、すごくそういう言葉遊びでも伝わる。そういう抽象度の高さのセンスを持って、日本のビッグバンドになっていますから。たぶんそういう、表現者のほうが、すごく強くなっていくんじゃないかなと思っています。
今まで、結局何が起こっていたかというと、文化資本が評価されていなかった。文化資本というのは、すごく歌がうまいとか、評価されないけれど清廉な文字が書けるとか、そういうお金にちょっと換算しにくいものです。アーティストの人も一部しか、評価されなくて、食いぶちがないみたいな。それはどうしても資本主義に接続しにくいからという文脈だと思います。
でも、そういう人がAIを使うと、「こういう表現の仕方をしたらいけるよ」とか考えてくれるので、すごいツールが出てきたなと、3ヶ月ぐらい前から思っていました。
宇野礼於氏(以下、宇野):本当にそうですね。これまでそこの部分って人間しかできなかった。人間がそこの技術を持っていて、かつセンスや隠れた才能みたいなものを自分で組み合わせなきゃいけなかったんですけど、そこをAIが補完してくれたり、あるいは発掘してくれたりするようになっていくというということですよね。
門:そうなんです。なので、魔法使いみたい(笑)。そういう呪術性や魔法使い性みたいなのを、僕はAIにすごく感じていて、「おもしろい世の中が来るな」「早く発展すればいいのに」って思っています。
先ほどの講演で、新しい技術が出てきた時には拒否反応が起こるという話をしました。「ずるいよね」とか「ルールが乱れます。秩序が乱れます」とか、クレジットカードやスマホが出てきた時も同じようなコメントが出てきました。
そこに本当に負けないように、自分に対して向き合うことも重要なんだろうなと思っております。次のページ、お願いします。
AIで「脳の疲れ」を手放す
門:なので、基本的に脳が疲れることは、「AIに任せれば?」と僕は思っているんですよ。(人間は)もっと別のところにリソースを使ったほうが、ぜんぜんいいんだろうなと(思っています)。クリエイティブの時代が来るんじゃないかなって、思っています。
これもよく議論されますが、宇野さん的には、最終的に人間がやれることは何だと思っていますか?
宇野:私もそれをずっと考えているんです。これは共感できる部分もあれば、人や役割によるんじゃないかなと思っている部分もちょっとあります。
例えば日々、私自身が関わっているIT業界で考えると、今、システム開発など、いろんな生産性がAIを使うことでものすごく上がっています。AIにプログラムやコードを全部書かせられるようになっています。
でも、それが最終的に正しいかどうかは、やはりわからないし、最後は、自分が責任を取らなきゃいけないので、結局確認しなきゃいけないんですね。
そうすると、大量に作られた成果物をいかに早くチェックできるかという能力が高い人はどんどん進んでいくし、そこに時間がかかってしまうと、もはや人間の側が仕事を進める上でのボトルネックになっているな、という感じがあるんですよね。
門:いや、それ超わかります(笑)。人間がボトルネックになっていますよね。いかに人間が考えてAIにデータを渡せるか、みたいな。部下としてAIを使う、みたいな認識をされる方はたくさんいると思うんですけど、僕は逆にしたほうがいいなと思っているんです(笑)。
自分で詰まらせているから、「早く出さなきゃ」みたいな感じの認識の使い方のほうが、きっといいんだろうなって思っています。
あと、AIと人間が、最終的に違うところは、やはり身体性だと思っているんですよ。体があるかないかは本当に大きいことで、身体性から感じられるものはAIは感じられないし、この身体性があるから哲学や思想が持てる。ここが(違いとして)大きいと思うんですよね。AIって哲学や思想を持てるんですか?
宇野:いやぁ、そこはどうなんでしょうね。ただ、私は2つの考え方があるだろうなと思っています。AIが持てるのかどうかっていう話と、人間が何を持っているんだろうなというのがあるなと思っています。
それこそ今の生成AIでも、そういった文脈をしっかり与えてやれば、たぶんそういう話ができると思います。
でも、本当にAI自身が哲学などを持っているかというと、ちょっとよくわからないというところがあって。そもそもそれが何なんだろう、というのは思いますね。
AIは哲学という「判断基準」の芯を持てるのか
門:めちゃくちゃおもしろいですね。たぶん、哲学や思想と呼ばれるものは、自分がこれから生きていく上での物事の判断基準になると思うんですよ。
例えば僕の哲学でいうと、とにかく僕は次世代のために仕事をしなきゃならんと思っているんですよね。「ならん」というか、やったほうがいいと思っています。社会が良くなる方向に、やはり何でもやったほうがいいと思っています。
とにかくポジティブに社会が転がるようにするには、どうしたらいいのか、というのを考えているんですよね。
これがたぶん僕の中の思想の1つで、哲学の1つです。他にもいろいろ持ってはいるんですけど、強いのはこれだなと思っています。
これをAIが持つと、出力が死ぬほど偏るよねというのもあり、AIって思想や哲学を持っていないよなって、今のところはすごく思っています。
(AIは)「いやいや、こうですよ」とか、その時々の文脈知で意見が変わるじゃないですか。その時々の文脈知で変わるということは、よりどころとする何かがないんですよね。人間でいうと芯がない、みたいな感じです。
たぶんそれは、まだ難しいのかな。そもそも(思想や哲学を)持てるのかな、どうなのかな。
AIに「人格」を持たせるほど偏る
宇野:そうですね。今、ChatGPTとかGeminiとか、いろんなAIが出てきていますが、若干そこの人格というか、性格みたいなものが違うなと感じることがたまにあります。
そこって、各社がどういうふうにトレーニングするかによって、前提として「こういうルールを持っておく」とか「こういう考え方を持たせる」といった部分が、少しずつ変わってきている気はするんですよね。
でも、そこが強くなり過ぎると、先ほどおっしゃっていたとおり、「このAIはもうこういう人だから、こういう考え方しかできない」みたいに、ある種なっていってしまう可能性があるので、そこのバランスがものすごく難しいだろうなと思います。
門:そうなんですよね。本来的なAIって、やはりビジネスじゃないですか。結局ビジネス文脈の目的が降りてきているはずなので、AI個別に哲学を持たせることって、人が集まらない、みたいな感じになるので、けっこう不利になるはずなんですよね。
今のGoogleやOpenAIの動きを見ていると、その思想はないと思っているなと、けっこう思っているんですよね(笑)。
弱いAIから強いAIへ
宇野:そうですね。さらに発展していくと、例えば中にいろんな人格を持たせる、みたいな感じになっていくのか。それとも、ASI(人工超知能)みたいなところで、そういうのを全部包含した、すごいものを作っていくのか。今後の方向性が気になりますね。
門:いやぁ、そうなんですよ。本で読んだんですけど、今世の中に出ているAIはまだ弱いAIで強いAIはまだぜんぜん出ていないみたいに書かれていたんですよ。「そうなんだ」って思ったんですけど(笑)。
AGI(汎用人工知能)とかASIとか……本気を出せば10年ぐらいでけっこう変わっちゃうような気がするんですけど。
宇野:そうですね。私も正直知りたいです。1年ぐらい前までは、今のTransformerという技術を使った今の生成AIが、スケーリング則とかで、ものすごく賢くなっていくことがわかっていて、それをひたすら目指していました。
最近、スピードが落ちているわけではないんですが、もしかすると一部、今の仕組みでの上限が見え始めているんじゃないかなって、ちょっと思っています。
最近報告されていた研究で、今のTransformerベースの生成AIが、過大評価されているというか。今後も今と同じスピードで本当にどんどん進んでいくかというと、そうじゃないんじゃないか、みたいなことを発表している論文があって、ちょっとおもしろいなと思ったんですね。タイトルは忘れてしまったんですけど。
門:へぇ。おもしろいですね。
宇野:私自身は、まだまだビジネス活用や社会実装という意味だと、もっといろんなところに応用できるとは思うんですけれども、知能とかそういった意味でいくと、もしかすると上限があるのかもな、という気もしています。
門:これはおもしろくなってきたぞ(笑)。
宇野:もし、上限が見えてきたとすると、今のインテリジェンスみたいなところの理解が一歩進むんじゃないかな。だから、今、生成AIがどこまで賢いかというのは、正直人間自身もまだわかっていない気がしています。
門:そうですよね。
宇野:そこがわかってくると、その次は何なのかというのも見えてくるんじゃないかな。
門:いやぁ、めっちゃおもしろいな。これ、一生話せるな(笑)。
(会場笑)
AIが「無になれ」と言い出す未来?
門:西洋の人たちが作っているので、今は積み上げの賢さみたいな感じでいっていると思うんですけど。東洋思想は、逆じゃないですか。積み上げていないし、むしろ捨てるじゃないですか。クリティカルシンキングで一発でボーン、みたいなことを言うじゃないですか。
例えば孟子とかは、お弟子さんから「人を見抜くにはどうしたらいいですか? 人の本質を見抜くにはどうしたらいいですか?」と聞かれた時に、「ピンチになった時にキレる人は駄目」と答えた、みたいなのがあったりする。
そのぐらいまでの合理性というか、本質性まで極まっていく、というふうに僕は考えると、孟子とか孔子みたいな感じのことを言うAIが出てくるのかな、とか思ったりして。
いろいろワーッと言った後に一言、「無になれ」と言ってくるみたいな(笑)。そういうのも想像して、ちょっとおもしろいなと思いました。
宇野:いやぁ、そうですね。どこまでも進んでいくと、最終的には、宗教や哲学の本質的なところにたどり着いて、すべてが無になるというか、そういうところに行ってしまうのか。
ふだんはいろんな指示を与えて使っていて、明確に指示を与えたり、ある程度範囲を切れば、その中では本当に何でもできるんですが、やはりその一段階上のメタ認知が、まだ現状できない。
門:できないですよね。
宇野:人間はポイントポイントで見ると、どの点でもAIに勝てないんですけど、やはりメタなところは、何かまだ違うんだろうなと思っていました。