“100年後の姿”をいきなり問われてもわからない
他にも「質問で劇的に変わるんだ!」っていうことを、我々はコンサルティングの中で日々体感しています。その他でいうと、これも同時期の2018年頃の事例です。これも私が現場でファシリテーターとして問いかけをしていた時代の実績で、
シチズンさんの事例です。

シチズンさんは2024年にブランド100周年を迎えます。つまり、1924年に最初の時計を作ったんですね。メチャクチャかっこいい懐中時計の第1号機を1924年に作って、それ以降の100年間でとんでもない量のモデルの時計を作ってきました。100周年の節目で「次の100年に向けて、シチズンはどういう時計を作っていくべきなのか?」「シチズンらしい時計とは、いったい何なのか?」みたいなことを全社で考えたいという課題があったんです。
いわゆるブランドの理念やアイデンティティをどう構築していくのか、ということが課題になっていたわけです。当時、我々がご相談をいただきまして、ファシリテーターとして伴走させていただきました。
やはり、現場で働かれている方は、とにかく短期的な目標があったり、「今、目の前の時計をどう作るか?」ということに目がいっています。「100年後、シチズンはどんな時計を作っていくべきだと思う?」って聞いても、「いやぁ、ちょっとわからないですね……」って、普通は答えられないわけですよね。
議論を引き出す質問を設計する
この時に何をやったかというと、まず、過去の6,000モデルが、シチズンミュージアムという博物館に展示されているんです。(スライドを指して)これが1924年のかっこいい懐中時計です。「ほしいなぁ」と思って。最近、100年ぶりにリニューアルされたんです。まぁ、それはいいんですけど(笑)。
従業員の方々に、ちょっと期間を取ってもらって、(過去の)時計をあらためて振り返ってもらいました。「こんなモデル、あったな」「これ、知らないなぁ」「あぁ、懐かしい」「これ、子どもの頃に見て憧れたんだよね」とか。

その上で、「6,000モデルの中で、あなたが『シチズンらしい』と思う時計を3つ選ぶとしたらどれですか?」ということを、宿題の期間を何週間か取って選んでもらったんです。
これはけっこう楽しいんですよ。「どれにしようかな?」「2つは決まったんだけど、あと1個はどうしようかな?」「僕、もう決まりましたよ!」「マジっすか⁉ 何にしたんですか?」「内緒です」みたいな(笑)。
そんなことをやりながら3つ選んでもらって。ワークショップで集まって「せーの!」で、みんなに見せるんです。これがね、どよめくわけですよ。「えー! それ?」「あぁ、わかる! 自分も迷ったんですよね」とか、ああだこうだ言いながら時計を見せ合って、すごく楽しい。いくらでもしゃべっていられる。
良い議論から、企業の“らしさ”が浮かび上がる
大盛り上がりする中で、だんだんキーワードが出てくるわけですよ。「いやぁ、わかるよ。シチズンってそういうゲテ物を作っちゃうよね」「え? ゲテ物って、どういうことですか?」って若い人が聞いて。
「わからないかな? シチズンって、こういう技術を付けたいと思ったら、デザインの定石を破って、真ん中にドーンとセンサーを付けちゃったりするんだよ」とか。
洗練されたデザインじゃなくなっても、そこがシチズンらしい。これがゲテ物っていう意味で「あぁ、わかります!」みたいな話が出てくるんです。
頃合いを見計らって「いやぁ、みなさん。いろいろなキーワードが出ていますね。次の100年に残したい『シチズンらしさ』って何ですかね?」「シチズンとして、次の100年に残したい、シチズンらしいデザインって何でしょうか?」という問いで対話してもらいました。
これがめちゃくちゃ本質的な、具体と抽象を結ぶようなとてもいい対話になって。そこから出来上がったものをですね、図鑑にしたりとか。
2024年にシチズン展というミュージアムで、この結果を公表したりとか。Webサイトで「シチズン 100周年 デザイン」とかで調べていただくと、このプロジェクトの成果物が全部出てきます。
こんなことをやったんですが、ここでも『問いかけの作法』に書いている問いかけのテクニックをたくさん使っています。
問いかけの主語を使い分ける
第4章の「組み立てる」。「どうやって問いを組み立てるのか?」というところで、「問いかけは、主語が大事なんだ」という話をしています。
人によって使いがちな主語の傾向って違うんですけど、一人ひとりの個に向き合って意見に耳を傾けたいという思いが強い人は、ミーティングとかでも「〇〇さん、どう思います?」というふうに、個人の主語で質問することが多かったりします。
一方で、組織・事業の主語が強い人は、あまり一人ひとりの個別性に興味がなかったりします。人間の内面に目を向けるよりかは、速く成果を出したい。ミッションについて考えたい。会社としてのやるべきことをやりたい。
(なので)、ミーティングでも「このプロダクトは」とか「この会社は」とか「うちの部門は」というふうに、大きい主語を使うことがあります。同じミーティングでも「〇〇さん、どう思いますか?」って聞くのと「うちの会社として、どうするべきだと思いますか?」「部門として何をやっていくべきですかね?」と聞くのって、ぜんぜん違うじゃないですか。
まず、何の主語で質問をするのかは、参加する人にめちゃくちゃ影響を与えるんですよね。この辺りは4章で詳しく書いています。なおかつ、ここに時間軸を入れてあげる。過去、未来を入れてあげると、質問の方向性が大きく4つ出てきます。
まずは身近なところを深る質問から始める
大きい主語の過去に目を向けることは、歴史を問うこと。個人の過去のことを聞くのは、経験を問うことです。「前職は何をやってたんですか?」みたいな質問ってありますよね。逆に未来は、願望を問うことなんです。
「3年後、どうしたいですか?」とか「引っ越すとしたら、どこですか?」とか。(最後に)大きい主語の未来を聞くことは、ビジョンを聞くこと。「どうすべきなんだろうか?」「このプロダクトは、どうなるんだろうか?」みたいな。
そう考えた時に、先ほどのシチズンの問いかけでは、この(質問の)軌道に工夫を凝らしています。
いきなりビジョンを聞くとうまくいかないんですよ。先ほども言ったように、みなさん目の前の仕事をしている中で「100年後にどうしたらいいと思いますか?」って聞かれても「ちょっとわからないですね」となってしまうわけですね。
上手なファシリテーターは問いかけのプロセス、軌道を設計するんです。このミーティングでは最終的に右上(「次の100年に残したい“シチズンらしさ”とは」)を扱いたいなという時は「じゃあ、どこから聞こうかな?」って考えるんですね。
このワークショップの時はかなり先の未来を考えるから、助走としては同じぐらい過去の「100年前のことを考えるべきだよな」ということで、「100年前から何を作っていたんだろう?」「こんなのがあるのか」「私がここで3つ、選ぶとしたら何かな?」という同じ時間の幅(を取りました)。
個人の「今・ここ」から組織の未来へ
これ、気をつけないといけないのは、歴史を調べて未来のビジョンを考えさせると、みんなすごく壮大なことを言い出します。「本当に思ってます?」みたいな意見しか出てきません。
なので、いったんめちゃくちゃ個人の「今・ここ」のこと(を考える)。「今、あなたが選ぶならどれ?」。これ、答えられない人はいないです。「悩むなぁ……」って人はいますけど、選べない人はいません。というふうに、1回グッと引きつけることで助走になって、ビュンッと(右上の最終的な答えに)飛ぶわけですよ。
そうすると「シチズンとしてのゲテ物って、技術と○○の融合だよね」というふうに、すごく抽象的ないい答えが出てくるわけです。これがファシリテーションの工夫であり、問いかけの工夫です。
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