【3行要約】・ネガティブな感情に巻き込まれ冷静な判断ができなくなる……この問題が職場での心理的安全性の構築を妨げていると指摘されています。
・臨床心理士・公認心理師の青木美帆氏は、思考と現実が結びついたままでは建設的な行動が取れないとし、まずメタ認知で自分の感情を把握することが重要だと説きます。
・脱フュージョンの3つのワークで思考との距離を取り、自分が大切にする価値観を明確にして、それに基づいた行動を重ねていくことが求められます。
前回の記事はこちら ネガティブ思考との距離を取る3つの方法
青木美帆氏(以下、青木):ここから実際に「脱フュージョン」をやってみましょう。説明を聞くだけだとピンとこないと思うので、練習していただきたいんです。次はワークの時間です。

一見すると「え? これをやるの?」と笑ってしまうような内容かもしれません。でも、この“バカバカしい”と思えるワンクッションを置けるかどうかが、感情に巻き込まれずに自分の大事なものへ立ち戻れるかの分かれ目になります。今日はぜひ真面目に、一緒にやってみてください。
脱フュージョンの方法はいくつもありますが、今日は代表的な3つを紹介します。自分にとってやりやすそうなものを1つ選んでやってみてください。
1つ目は「その思考は役に立つかどうか」を自分に問いかけるワークです。例えば、「あぁ、北村さんに嫌われたかもしれない」「もうダメだ」「ジェイフィールにいられない」と思ったとします。
その時に、自分に問いかけてみてください。「その思考って、私にとって役に立つのかな?」と。たいていの場合、その思考は自分の気持ちを削ぐものだったり、必要以上に不安を増やすものだったりします。「あ、あんまり役に立たないかもしれないな」と気づけたら、それだけで距離が取れるんですね。これが1つ目の「役に立つかどうかワーク」です。
2つ目は「感謝ワーク」です。モヤモヤやネガティブな思考を“擬人化”して扱います。先ほどの例なら、「うわぁ、北村さんに嫌われた、もうダメだ」と思った時に、「そうやって注意してくれているんだね」「心配してくれているんだね、ありがとう」と、まるで心配性でおせっかいな友だちに声をかけるように感謝を伝えるんです。自分を守ろうとしてくれている思考に「ありがとう」と言うだけで、少し心が緩みます。
そして3つ目は「変声ワーク」。これは私がよく使う方法です。アニメのキャラクターや芸能人など、好きな人物にそのネガティブな思考を代わりに言ってもらうというものです。
私の場合、マツコ・デラックスさんによく登場してもらいます。「あぁ、そんなことをしたら北村さんに嫌われると思ってるのね。でも、嫌われてもいいじゃない」みたいに(笑)。頭の中でそういう声を想像すると、自然とクスッと笑えて、重たかった気持ちが少し軽くなるんです。
この3つのワークに共通しているのは、ポジティブに言い換えたり、出来事の意味を変えようとすることではないという点です。大切なのは「受け入れる」こと。少しでも笑えたり、圧倒される感覚が弱まったり、「出来事」と「思考」の間にほんの少しでも距離を感じられたら、それでもう成功です。
ネガティブ思考に陥らないための脱フュージョン
青木:この3つのワーク、どれも少し練習してみないと感覚がつかめないと思うので、今からみなさんにも実際にやってみていただきます。ここからは個人ワークの時間です。
やることは2つです。

まず、最近あったネガティブな出来事、もしくは自分の中でよく出てくるネガティブ思考を1つ書き出してみてください。次に、その思考に対して先ほど紹介した3つのワークのうち、どれか1つを試してみます。「役に立つかどうか」「感謝ワーク」「変声ワーク」のどれでも構いません。自分にとってやりやすいものを選んでください。
北村祐三氏(以下、北村):チャットにワークシートを共有しましたので、ダウンロードしてご記入ください。
青木:ありがとうございます。やってみると、すぐにピンとくる人もいれば、「うまくできない」「意味がよくわからない」という人もいます。それで大丈夫です。後ほどグループで対話する時間を取りますので、そこで「こういうこと?」と相談してみてくださいね。
私も、自分が思ったような反応を得られなかったり、褒めてもらえなかったりすると、「あぁ、ダメだったかな」「もうやりたくないな」とネガティブな思考になりがちです。でも、そういう時こそ脱フュージョンを意識してネガティブ思考に巻き込まれないようにしています。それでは、みなさんもいったん2分間、個人で考えてみてください。
もしうまくできなかった人は、これからのグループワークで周りの人に聞いてみてください。「自分はこんなネガティブ思考がよく出てきます」「それを脱フュージョンでこう捉えてみました」など、気づきを共有してみましょう。
北村:では、ここから5分間、グループに分かれて対話してみてください。
青木:私も各グループを回りますので、質問があればその時に声をかけてください。では、いってらっしゃい。
……みなさん、お帰りなさい。ルームをいくつか回らせていただいたんですが、「みんなできなかったらどうしよう」と少し心配していました。でも、どのグループもしっかり取り組んでくださっていて、すばらしかったです。
私はどちらかというと左脳型ではなく、論理的な思考はあまり得意ではないので(笑)、個人的には3つ目の「変声ワーク」が一番しっくりきます。楽しく取り組める方法です。回っていると、男性の方は「①の思考は役に立つかどうかワーク」がやりやすかったという方が多かったですね。
課題に直面した時に良い解決策が自然と浮かんでくる人の特徴
青木:ここで1つ、関連する研究結果をお伝えしたいと思います。私たちはつい「状況を良くしよう」「なんとかしよう」と考えがちですが、実は「どう良くするか」を考えるよりも、まず自分が今どんな感情を抱いているのか、どう物事を捉えているのか。つまり「メタ認知」ができるかどうかで、その後に浮かぶ“解決の質”が大きく変わることがわかっているんです。
自分の感情や物事の見方を把握できればできるほど、良いアイデアや解決策は自然と湧いてくる。焦って「ちゃんと考えなきゃ」「対処しなきゃ」と思うよりも、このワンクッションを置くことが大切なんです。焦らずに、自分の気持ちと捉え方を把握することが、より建設的な行動への第一歩になります。
今回の脱フュージョンも、まさにそのためのステップです。「解決思考」に急がずに、まず現状を受け止め、自分の心の状態を見つめる。これができると、物事の見方がぐっと変わっていきます。
そしてこの後は、さらに大事な「自分の価値観」に基づいて行動するステップに進みます。

ここまでのプロセスを踏まえて、ラス・ハリスさん(
ACTを体系化した心理学者)が示しているように、私たちはまず「思考と現実を切り離す(脱フュージョン)」ところから始めます。
思考と現実が結びついたままだと、どうしてもネガティブなパターンの中にとどまってしまいます。だからこそ、まず切り離す。そして「今、自分はこう感じている」「こう捉えている」と受け入れ、現実から逃げずに“今”とつながるのが「コネクト」の段階です。
この「今とつながる」意識を持ちながら、自分の思考や感情をただ観察する。そのうえで次に行うのが「価値の確認」です。これからみなさんと一緒に、「自分の人生で何が大切なのか」を考えるワークをしていきたいと思います。
このACTのプロセスは、全部で6つのステップがあります。最後は「自分の価値観に基づいて行動する」というところにたどり着きます。今日はそのうちの①「思考と現実を切り離す(脱フュージョン)」、そして今から行う⑤「価値の確認」を扱っていきます。
自分が仕事で大切にしている価値観を見つける4つの質問
青木:ここから、みなさんにもう1つワークをしていただきたいと思います。テーマは「あなたの大事なもの」、つまり価値観です。人生全体で考えてもいいのですが、今日は職場でのことを中心に考えてみてください。みなさんが仕事の中で大切にしている価値観を掘り出していきます。
これからお伝えする4つの質問に答えてみてください。

1つ目。「あなたはどんな資質を職場に持ち込みたいですか?」。明るさや推進力、専門力など、どんな強みを発揮したいかを考えてみてください。
2つ目。「どんな自分になりたいですか?」。もし制限がないとしたら、どんな自分でありたいか。理想の自分像を思い浮かべてください。
3つ目。「どんな人間関係やチームを築きたいですか?」。上司、同僚、後輩、顧客など、関わる人たちとどんな関係を築きたいのかを考えてみましょう。
4つ目。「どんなスキル・知識・資質を開発して、どのように社会や周囲の役に立ちたいですか?」。自分の成長をどう周りに還元したいかを想像してみてください。
短い時間ですが、3分ほどで一度考えてみてください。もし考え切れなかったら、宿題として後で続けてもらって大丈夫です。
その後、また同じグループで共有の時間を取りたいと思います。10分間で、それぞれの答えを話してみてください。「私はこう考えました」「こういうチームを作りたいと思っています」といった内容をシェアして、ぜひお互いに共感したり、応援し合ったりしてもらえたらと思います。
心理的安全性は“マネージャーの努力”だけでは作れない
青木:少し時間が足りなかった方もいたかもしれませんが、いかがでしたか。話してみて気づいたことや感じたことを、いくつかお聞きしたいと思います。お一人だけ、ご紹介しますね。Aさん、お願いします。
参加者A:はい。みなさんの話を聞いていると、価値観って本当に人それぞれだなと感じました。三者三様で違うけれど、どれもその人らしさがあって、良い・悪いではなく、すべてが尊いものだなと思いました。
青木:そうなんですよね。まさにそこが大事なところです。そういう感覚になれると、何が正しいか、どちらが勝ちかといった二項対立の考えから抜け出せるようになります。前回ご参加いただいた方は思い出していただけると思うのですが、そこを超えると、いろんな意見を受け入れたり、重ね合わせたりできるようになる。その状態こそが、他者とのつながりを深める第一歩なんです。
では、最後に今日扱ったACTやワークを、どう組織の中で生かしていけるかという話をして終わりたいと思います。

私たちは、マネージャーであってもそうでなくても、常に何かとフュージョンしてしまっている状態にあります。だからこそ、「みんなそうなんだ」という前提で物事を見たり、人と関わったりできるようになると、見える景色が少し変わってくると思うんですね。
それに、ネガティブな思考や思い通りにいかない状況に直面しても、「あ、今自分はこう感じているんだな」と立ち止まれるようになる。そうすると、少し安心できるようになりますし、その安心感が能動的な思考や行動であったり、「心理的安全性」の土台につながっていくと思っています。
今はマネージャーの方に「心理的安全性を作ってください」と求められることが多いですが、私は一人のマネージャーだけでそれを実現するのは難しいと感じています。メンバー一人ひとりが、自分から心理的安全性を作る力を持てることが理想だと思っています。
そしてもう1つ。自分も相手も、無理にポジティブ変換をしなくていいということです。無理に前向きにしようとすると、かえって反動で落ち込んでしまうこともあります。お互いに受け入れ合い、それぞれが大切にしているものを軸に考え、行動を重ねていく。そんな組織になっていけたらいいなと、私自身も感じています。