【3行要約】・ビジネスシーンで予期せぬ出来事に直面すると、瞬間的にネガティブな感情に支配され、冷静な判断が難しくなります。
・心理学の専門家・青木美帆氏は、特に頭の良い人ほど「コントロール思考」の傾向が強く、感情をコントロールしようとしがちだと指摘します。
・青木氏は「出来事と思考や感情を切り離す」脱フュージョンという方法で、ワンクッション置いて自分の価値観から行動を選び直すべきだと語ります。
前回の記事はこちら 自分が「コントロール思考」かどうかを知る
青木美帆氏(以下、青木):(
人が瞬間的にネガティブな反応をしてしまうことについて)もう少し詳しく説明していきますが、その前に、みなさんにも一度ご自身の傾向をチェックしてもらいたいと思います。「自分はコントロール思考になっているかな?」それとも「状況に合わせて流れに乗り、うまく対応できるタイプかな?」と振り返ってみてください。
私が質問を読み上げるので、「a」か「b」を選び、自分がどちらのタイプかを判断してみてください。aが多いか、bが多いかを最後に確認します。お手元のノートに正の字を書いてもいいですし、ワークシートがある方はそこに記入していただいても大丈夫です。
では、始めますね。1問目。「a 感情コントロールは必要だと思っている」「b 感情をコントロールする必要はない」。どちらでしょうか?
2問目。「a 不安は良くないものだ」「b 不安は良くも悪くもない。ただ心地よくない感情にすぎない」。自分に近い方を選んでください。
……このようにして9問まで回答していただきましたが、結果はいかがでしたか? 「aが多かった」という方、手を挙げてみてください。では、「bが多かった」という方はいかがでしょう? bが多い方もいらっしゃいますね。
実は私は「全員aが多いんじゃないか」と思っていましたが、そうでもないようです。ちなみに北村さんは全部aだったそうです(笑)。
北村祐三氏(以下、北村):オールaですねぇ。ちょっと成績が良い気がしていました(笑)。
青木:aが多い方は、「コントロール思考」の傾向があるということです。状況が変化した時に「こうしなきゃ」「ああしなきゃ」と頭で考えてしまうタイプですね。特に頭の良い方ほどこの傾向が強いとも言われます。ご自身が少しコントロール寄りだなと感じた方は、まずその傾向を自覚しておくといいと思います。
「出来事と思考や感情を切り離す」という考え方
青木:これを踏まえて、みなさんにぜひ身につけてほしいのが「出来事と思考や感情を切り離す」という考え方です。

出来事と思考、感情を切り離すことができるようになると、ようやくニュートラルな状態に戻って、自分の大切なものや価値観に基づいて考えられるようになります。ここがとても重要なポイントです。
ポイントは3つあります。1つ目。「思考というのは自分が勝手に作り出したストーリーにすぎない」ということ。ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)を提唱した先生も、「思考とはただの言葉の羅列だ」とまで言っています。つまり、思考は脳が自動的に作り出すフィクションのようなものなんですね。
2つ目は、その思考を「コントロールしようとするのは難しい」ということ。脳が勝手に作り出すものだからこそ、無理に抑え込もうとせず、まずは切り離して見ることが大切です。
そして3つ目が、出来事・思考・感情を切り離すことで「自分自身に立ち戻り、自分の価値観から物事を見られるようになる」ということ。ここでワンクッション置けるかどうかが、とても大きな違いを生みます。
例えば、あるプロジェクトで思うような結果にならなかった場合を考えてみましょう。「失敗した」と思うのは、すでに“思考”の段階に入っています。本当は「Aという結果になった」という出来事があるだけなんです。
ところが、「失敗した」「誰かに悪く思われたかも」「次もうまくいかないかもしれない」といったストーリーを脳が次々に作り出してしまう。ポジティブな人なら「次はこうしよう」と考えるかもしれませんが、それもまた1つのストーリーにすぎません。
脳はいくつもの可能性を想像し、その中の1つを「現実」だと錯覚してしまう傾向があります。その瞬間に、私たちは思考に巻き込まれ、焦りや不安を感じるようになるのです。ですから、「あ、これは1つの思考にすぎないんだな」と気づくこと。それが最初のステップになります。
「もうダメだ」のネガティブモードに有効な「脱フュージョン」とは
青木:そしてもう1つ。もし自分がネガティブな状態になっていると気づいたら、「脱フュージョン」をやってみてほしいんです。これは「出来事と思考と感情を切り離す」という意味で、自分自身を取り戻すための大切なワンクッションになります。

スライドの左側にあるのが「フュージョンしている状態」です。これは、私たちがふだん無意識に行っている、思考・感情・イメージが全部一体化している状態のことです。脳は、出来事と思考、イメージや感覚を区別できないので、それらを全部混ぜて認識してしまいます。
例えば、みなさんちょっと想像してみてください。今、目の前に大きなレモンがあります。みずみずしいレモンを切って、ギュッと搾って、その果汁を飲むところを思い浮かべてください。今、口の中に唾液がじわっと出てきた方、いませんか? 「酸っぱい!」と感じた方もいるかもしれません。私は今、ただ言葉を並べただけなのに、みなさんの体には反応が起きましたよね。
これは、脳が思考や言葉と感覚をフュージョンさせているから起こる現象です。でも、意識すれば「これは言葉のイメージであって、実際にレモンを食べているわけではない」と気づくことができます。これが「脱フュージョン」、つまり切り離すという行為なんです。
ポジティブな思考や自分に害を与えないものであれば、フュージョンしていても問題はありません。ただし、「ああ、もうダメだ」「嫌われたらどうしよう」といったネガティブな思考に巻き込まれると、脳はすぐにネガティブスパイラルに入ってしまいます。だからこそ、そうした状態に気づいたら「脱フュージョン」を意識してほしいんです。
これはネガティブになることを否定するものではありません。「少し距離を取って現実を見直す」ことが目的です。たとえ少しでもいいので、「自分が感じていること」と「実際に起きていること」を分けて見られるようになる。それが脱フュージョンの大きなポイントなんです。
ワンクッション置くことの意義
青木:次に、脱フュージョンのポイントについてお話しします。これは「ポジティブ変換」や「意味づけ」とは違います。なぜなら、それらは思考をコントロールしようとする行為だからです。コントロールしようとすると、結局いつもの思考パターンの上で動いてしまい、根本的な変化にはつながりません。ここが最初の大切なポイントです。
脱フュージョンでは、「出来事に対してどう感じているか」をただ観察することを目指します。例えば、「あ、今自分はこんなふうに感じているんだな」と、少しぼんやり“薄目で見る”ようなイメージです。「今、自分の中でこういう感情が起きているな」「こういう反応をしているな」と気づくことで、感情を受け入れやすくなります。
つまり、何か出来事があって「大変だ!」「もう無理だ!」と脳の反応のまま考えるのではなく、いったん立ち止まって「今、これが起きている」「自分はこう感じている」と認識する。そして、「自分にとって大事なことは何だったっけ?」と立ち戻る。このワンクッションを置くことで、感情に巻き込まれずに新しいストーリーを自分の手で紡ぎ直せるようになります。
これが脱フュージョンの本質です。自分の反応を否定せず、ただ少し距離を取って観察する。その小さな一歩が、感情に振り回されずに自分の価値観から行動を選び直す力につながっていきます。