【3行要約】・効率的な会議運営や働き方改革への関心が高まる一方、日本特有の上下関係や敬語文化が障壁となることがあります。
・デンマーク在住の針貝有佳氏は、デンマークでは「失敗」を学習機会と捉える文化があり、会議も必要最小限の人数で実施されるなど日本とデンマークの違いを説明。
・雑談も会議も明確な目的設定から始め、読書会などでチーム全体の意識統一を図ることが、真の働き方改革につながると語りました。
前回の記事はこちら 「無理しない・無理させない」を「ほどほど」に誤解させないポイント
河北隆子氏(以下、河北):質問はまだまだたくさん来ています(笑)。「家族そろって夕飯を食べたのはいつだろう(遠い目)」なんてコメントもありますが(笑)。
「
『無理しない、無理させない』を日本でも導入すると『ほどほどにこなす』になってしまうのではないかと感じます。自律が大事だと分かっていても難しい。組織文化の違いがある中で、どう実践していけばいいのでしょうか。針貝さんの視点からご意見をうかがいたいです」というものです。
針貝有佳氏(以下、針貝):そうですね。もし可能であれば読書会のような場を設けていただくのがいいと思います(笑)。もちろんそれ自体が負担になってしまうこともあるかもしれませんが、やはり1人でやろうとするときついんですよね。
自分の働き方を工夫することはできますが、チームや組織を変えていこうとするなら、みんなが同じ目的を共有する必要があります。そのために本や講演の機会をうまく使って、意識を合わせることが大切だと思います。
河北:ありがとうございます。では少し話を戻して。「デンマークでも1960年代までは長時間労働だった」とうかがって少し安心しました(笑)。「そこから16時退社が進んだのは、国を挙げての施策だったのか、それとも文化的な素地があったのか」という質問も来ています。
針貝:これは非常に複合的ですが、大きな流れの1つに女性の社会進出があります。女性たち自身が社会に強く働きかけましたし、社会全体としても女性が活躍できる仕組みを作っていこうという方向に動いていきました。女性が働くとなると当然「子どもはどうするのか」という問題が出てきますよね。そこで保育施設の充実が進みました。
ただ、日本と違うのは閉園時間です。デンマークの保育施設は基本的に午後5時に閉まります。以前はもう少し長く開いていた施設もあったのですが、今はむしろ短くなっている。なぜなら保育士や幼稚園の先生自身も家庭があり、生活があるからです。そして社会全体で「子どもとの時間を持つことが大切だ」という価値観を共有し、子どもを社会全体で育てていこうという考え方が根付いているからなんです。
河北:なるほど。社会と企業と個人が切り離されていない感覚がありますね(笑)。
針貝:そうなんです。切り離されていないんですよ。ビジネスパーソンも家庭では父親や母親であり、保育園の先生も1人の生活者である。職場にいる社員も「社員」という役割だけではなく、一人ひとりが趣味や関心を持ち、やりたいことがあり、プライベートや友人関係がある。その上で貴重な時間を使って職場に来てくれている、というふうに考えるんです。
日本人とデンマーク人の違い
河北:これが普通に日本でも根付いたらいいなと思いますが、そういう社会を作っていくためには学校教育も大きいですよね。先ほども少し触れられていましたけれど、日本の教育にも取り入れたらいいと思う点はありますか?
針貝:デンマーク人の働き方やマインドセットがどこから来ているかといえば、やはり教育なんです。例えばマクロマネジメントの考え方も、教育の仕組みそのものがそうなっていて、生徒が自分で学びたいことを学び、先生はその学びをファシリテートする存在なんですね。上司と部下の関係が、そのまま先生と生徒の関係に近い。教育のあり方が働き方に大きな影響を与えていると感じます。
河北:なるほど。国民性という面もあると思いますが、作られていく部分もありますよね(笑)。日本人とデンマーク人を比べて違うなと思う点はありますか?
針貝:いろいろありますね。真逆だと感じることも多いです。もちろん日本の良さもありますから、どちらか一方ではなく、うまく混ぜ合わせるのがいいと思います。例えば、スタートダッシュはデンマーク的にスピーディに進めて、最後の仕上げは日本的に完璧にやる。そうしたら理想的かもしれませんね(笑)。
敬語社会で“部下が話せる上司”になるコツ
河北:デンマークは上下関係を問わず意見を出し合って決めていく文化ですが、日本は敬語があるくらいで、無意識に上の立場の人を敬う習慣がありますよね。日本でこうした文化を取り入れるにはどうしたらうまくいくと思いますか?
針貝:そうですね。敬語の存在は大きいと思います。デンマークの企業で働く日本人の方がおっしゃっていたのですが、「日本人と話すと壁を感じる。それは敬語のせいではないか」と。その方は管理職でしたが、部下が必要以上に気を使っていると感じるそうです。だからこそ彼自身は壁をなくすように心掛けて話していると。
やはり上の立場にいる人から「ここは大丈夫だよ」と開いて見せることが大事なんだと思います。心理的安全性の話にもつながりますが、「安心して話していいんだ」というサインを出すことが大切ですよね。
一方で、新人であっても過剰に気を使い過ぎないことも必要です。お互い人間であるという共通点を見つけて、自己開示をしていく。「自分はこういう趣味があって」「こういうことが好きなんです」と話すことで、上司も「ああ、そういう人なんだな」と理解してくれる。そうした小さなきっかけが壁をなくしていきます。そういう意味でも雑談の力はとても大きいと思います。
河北:例えば、目的が明確で役割もはっきりしている。だから年齢や職位、上下関係ではなく、何が必要かを見極めて、それにどうコミットできるかが大事になってくるということですよね。
針貝:はい。その点で、日本とデンマークの違いを強く感じるのは「失敗」に対する考え方です。デンマーク人の頭の中には、失敗という言葉がないんです。間違えるということは、学んでいるということ。つまり成功に一歩近づいているということだから、むしろいいことなんですね。だから「失敗」という概念自体がない。
河北:なるほど、それは大きな違いですね。
針貝:一方、日本では正解と不正解がはっきりあって、間違うことを恐れてしまう。その意識の差がすごく大きいと思います。
河北:そうですね。失敗も学習の一部であり、前進するためのプロセスだと考えられるかどうかで、だいぶ違ってきますね。
“人数だけ多い”と驚かれる日本の会議
河北:では次の質問にいきます。「情報量の多い人や構造的な理解が速い人の意見が強くなって、そうでない人の意見が議論の土俵に載らないことがあります。デンマークでも同じようなことは起きていますか?」という質問です。
針貝:そうですね。もちろん立場や経験によって、全体像を見やすい人の意見が説得力を持ち、耳を傾けられることはあります。ただしデンマークでは、それでも必ずみんなの意見を聴くというプロセスを大事にします。「なるほど、この人の立場からはこう見えるんだな」というふうに解釈するんですね。
河北:ありがとうございます。では次の質問です。「会議にはどのくらいの人数が参加しているのか。企業規模が小さいと少人数なのか?」というものです。
針貝:そうですね。企業規模によって大きく異なりますし、大企業であれば会議の数も多くなります。ただ、例えばデンマーク人が日本企業で働いて驚いたというエピソードによく出てくるのが、同じ部署から複数人が参加したり、秘書やサポーター的な人まで一緒に参加していることです。
デンマークではそういう参加の仕方はなくて、部署ごとに責任を持つ人が1人参加するというのが基本です。そのため、日本の会議は人数の多さにまず驚くし、発言しない人がいることにも驚く。「この人たちの時間を奪っているんじゃないか」と感じるそうです。
河北:なるほど。ありがとうございます。では次の質問です。「マルチにいろんなことをすることが求められて、1人に多くの役割が与えられる場合でも、デンマークのような働き方を実現するには何から始めたらいいのでしょうか?」。
針貝:デンマークでは上下関係がフラットなので、まず状況をしっかり伝えることが前提にあります。自分のキャパを超えた仕事が降ってきたら、「今こういう仕事を抱えているので、ここまでは手が回らない」とか「どちらを優先すべきですか?」と上司に伝えて整理するんです。無理に「やります」とは言わない。タスクを共有して優先順位を一緒に考える。それが当たり前になっています。
河北:なるほど。ありがとうございます。
雑談も会議も「目的」から始める
河北:では最後の質問にしましょう。「風通しも良く、雑談もあるけれどイノベーションが起こらない。志向性が欠けている場合、業務をプロジェクト化すると意識は高まるのでしょうか? 特に年代が上の人がプロジェクトに拒否反応を示すことが多いのが悩みです。デンマークの事例があれば教えてください」というものです。
針貝:カジュアルな場での会話がただの居場所づくりに終わってしまうと、イノベーションは生まれません。会社は目的を追求する組織ですから、「何のためにこの組織があるのか」「何のために社員がいるのか」「自分は何のためにここにいるのか」という目的意識が必要です。
デンマークでは雑談も会議も、必ず「この目的のために」という視点があるからこそ成果につながります。目的志向を欠くと、ただのダベりになってしまうんですよね。
河北:ありがとうございます。たくさんの質問に答えていただき、本当にありがとうございました。あっという間に時間になってしまいました。いくつか拾えなかった質問もありましたが、ご容赦ください。デンマークは今朝の6時過ぎですよね?
針貝:はい、そうです。
河北:そんな時間にご登壇いただき、心から感謝いたします。
針貝:いえいえ。
河北:みなさん、今日のお話を本や資料でも振り返りながら、ぜひ考えていただければと思います。ありがとうございました。それではこれにて終了します。どうぞ針貝さんに大きな拍手をお願いします。
針貝:ありがとうございました。