【3行要約】・会議の効率化や心理的安全性の確保が課題となる現代の職場環境。
・デンマーク企業では「全員が話し、全員が聴く」文化とサンドイッチモデルで建設的な対話を実践しています。
・デンマーク文化研究家の針貝有佳氏は、リーダーは“否定せずにその場で返す伝え方”を身につけ、開放的な環境作りを進めるべきだと指摘します。
前回の記事はこちら 「無理しない、無理させない」の原則
針貝有佳氏:デンマーク社会では、コミュニケーションも特徴的です。「自分も我慢しているから、あなたも我慢して」というスタイルではなく、「自分も休むから、あなたも休んでね」「自分も楽しむから、一緒に楽しもう」といったポジティブなやり取りをします。

社会や組織の根本にあるのはシンプルな原則です。それは「無理しない、無理させない」。これは誰かが言葉にしているわけではありませんが、私が観察すると必ずこの原則に沿っています。自分も無理をしないし、相手にも無理をさせない。その結果、お互いに良いエネルギーを保ちながら、高い生産性を持続的に実現しているのです。
こうして働き方改革が進んでいるデンマークですが、さらに先を行く取り組みもあります。「テイク・バック・タイム」という会社の代表のペニーレさんは、「脳は休むことでクリエイティブになる。だからこそ生産性が上がる」と話していました。この考え方から、企業や自治体に週休3日制の導入を推進している、と。
ただ「休む」と言っても、本当に休めるのかを聞くと、「余白を作るには、とにかく無駄を徹底的に減らすこと」と返ってきました。会議、慣習、システム、メール、規則、タスク、確認作業、人間関係、承認、手続き、書類、意思決定プロセス……。こうした業務のあちこちに無駄が潜んでいる。まずそれを洗い出して省いていくことが大事だということです。
その上で必要なのは「自分の仕事の役割を明確にすること」。自分が何を担っているのかをはっきりさせると、優先順位が自然と見えてきて、優先度の低い仕事を削ぎ落とすことができる。これが余白を生む鍵だと話していました。
多様な視点から生まれるデンマーク流イノベーション
続いて、イノベーション大国としてのデンマークについてです。ヨーロッパの中でもイノベーション指標は非常に高いのですが、なぜか。その背景には「より良い社会・環境をつくる」という長期的で多角的な視点があります。
製薬会社ノボ ノルディスク日本法人社長のキャスパー氏はこう語っています。「昨日と同じことを繰り返すのではなく、未来のニーズを予測し、新しい解決策を提示していく。その姿勢こそが大事だ」と。さらに「ライバルと競争するのではなく、先頭を走る意識を持て」とも強調していました。
イノベーションと聞くと、私は以前は「特別な人のひらめき」で生まれるものだと思っていました。でもデンマーク企業の考えは違います。イノベーションは、さまざまな立場の人がそれぞれの視点から発言し、その視点をつなぎ合わせることで生まれる。単発の「すごい発想」ではなく、多様な視点の掛け合わせから新しいものが生まれる。それがデンマーク流のイノベーションなのです。
上下関係を薄めて課題を見極める
またデンマークの特徴として、組織に上下関係があまりありません。年齢、性別、勤務年数、部署、役職などに関係なく、すべての意見が大切だと考えられています。お互いを尊重し合い、活かし合う組織づくりがされているのです。
例えば、子育て中の社員の意見はファミリー向けの商品開発や働き方改革に役立ちます。若いインターン生の斬新なアイデアも、大きなプロジェクトに採用されることがあります。
こうした背景から、デンマークでは「ダブルダイヤモンドメソッド」という問題解決の手法がよく使われています。もともとはイギリス発祥ですが、デンマークの企業や起業家に深く浸透しています。

このメソッドは「問題発見」から始まります。まず世の中の課題を洗い出し、その中で最も解決すべき問題を定義する。ここで大切なのは多角的な視点です。1人で考えるのには限界がありますが、多様な人々に意見を求めることで、本当に大きな課題が浮かび上がってきます。
次のステップは「解決策の創出」です。できるだけ多くのアイデアを出し、その中から最適なものを選んで商品やサービスにしていく。ここでもやはり多様な視点が重要です。複数の立場からのアイデアを組み合わせることで、より良い解決策が見えてきます。
全員が話し、全員が聴く会議
こうした考え方が根付いているため、デンマークは会議も特徴的です。チームに眠る知識や意見、アイデアを引き出すことを目的にしているのです。管理職が行き詰まった時には、メンバーを集めて「こういうことで困っているんだけど、何かいい考えはある?」と問いかけます。そこから多角的な視点を得て、最適な意思決定をするのです。
ここで大切なのは、年齢や立場に関係なく全員が発言し、全員が耳を傾けること。これによって当事者意識が高まり、仕事へのモチベーションも上がります。また、会議の場でオープンに議論するため、根回しなどの余分なコミュニケーションが不要になります。その結果、全体の負担が減り、やり取りがスムーズになるのです。

こうしたオープンなディスカッションを可能にするために欠かせないのが、心理的安全性です。
私は建築事務所のイノベーション部門でトップを務めるコーア氏に話をうかがいました。デジタルやIT分野の専門家で、オックスフォード大学で博士号を取得している方です。私は当然、最新のテクニックや仕組みについて答えが返ってくると思っていたのですが、意外にも「大切なのはみんなが安心して話せる環境だ」とおっしゃったんです。イノベーションの基盤はそこにあるのだと。
否定せずその場で返す伝え方
では、心理的安全性をどう確保するのか。デンマーク人の話をまとめると、年齢や立場に関係なく全員の意見に耳を傾けること、相手を否定せずにその場で建設的な意見を返すこと、そして意見は後回しにせずその場で伝えることでした。
こうした文化があるからこそ、組織の中で自由に発言できる安心感が生まれます。ソフトウェア企業のCEOも「ミスを指摘するカルチャーなんて要らない。そんな文化があれば誰も挑戦できなくなる」と語っていました。失敗は学びのプロセスであり、安心して意見を言えるからこそ前に進むことができるのです。
さらにデンマークでは「サンドイッチモデル」と呼ばれる話し方がよく使われます。

問題点を指摘する時には、まず「ありがとう」と感謝の気持ちを伝え、次に改善が必要な点を述べ、最後に「大丈夫、きっとうまくいくよ」と応援の言葉で締めくくる。感謝と応援に挟むようにして指摘を伝えることで、相手を傷つけず、前向きな改善につなげる工夫がされているのです。
そして職場環境についても大切にされています。デンマークでは「閉鎖的で堅苦しい職場では生産性は上がらない」と考えられています。形式や手続きに縛られるのではなく、開放的で風通しが良く、カジュアルでリラックスできる環境でこそ、人は自分の力を発揮できる。そうしてお互いの良いエネルギーを循環させながら、生産性を高めていくという考え方が根付いているのです。
コワーキングスペースを運営しているアンブリットさんは「何よりも大切なのは、いいエネルギーの流れをキープすることだ」と語っています。その考え方を反映したコワーキングスペース「BLOXHUB」では、カジュアルさを大切にした空間づくりが行われています。
異業種の人々がリラックスした雰囲気の中で好奇心をきっかけに会話を交わすことで、思いもよらないブレイクスルーが生まれるという発想です。そのため、この場では朝食会などを開いて異業種交流を促進しています。