144通りの努力神話の組み合わせ
荒木:ですよね。でも、いや実は、いろんな変数によって私たちの努力が報われるとしたら、AがダメだったらB、BがダメだったらC、C1がダメだったらC2みたいな。そんな変数があると、世の中をいろいろとガチャガチャできるわけですよね。
入江:今回の本の中でも書かれていますが、4・9・4を掛け合わせていって、いろんなパターンがあるということは、本当にさまざまですよね。
荒木:さまざまなパターンがあります。厳密にすればすごい、4×9×4で144通りのストーリーの作り方がある、答えの出し方がある。別にそんな数学的なアプローチでやっている本ではないので、今のは単なる数字遊びの話なんですけれども。それぐらい多くの変数がある、可能性がある。そういうふうに捉えてもらえれば、いいんじゃないでしょうかね?
入江:たぶん今までだと、自分の凝り固まった努力神話を誰かに相談したり、誰かと話したり、本を読んだりすることで、「こういうケースもあるんだ」「映画を観て救われた」とかあると思うんですけど。
荒木:うんうん。
入江:それを一気に知れるというイメージかなと思うんですけれどね。
荒木:そうなんですよね。なので神話は、そういう意味ではけっこうラディカルな? つまり、極端な神話も当然入っています。
例えば「宝くじ型神話」とかね。これはもう、とにかく運しかないみたいな神話ですけど。それだけ聞くと、そんな感覚を持ち合わせるのは危険だったりするじゃない。「努力なんてほぼ意味ないよ」「結局、この世の中は運が決めているからさ」みたいな。だから動画をいくら作ったって、バズるかどうかは運次第みたいな。
入江:そうも捉えられますもんね。
世間は「努力が報われる」という考え方に辟易している

荒木:そうなんですよ。もちろん努力はするんだけど、結果は運。そこまで開き直っている人は、たまにいますよね。これは努力を否定するのかみたいな感覚にもなるんだけど。一方で、そこまで割り切ると、だいぶ楽になる人もいるんですよ。つまり、結果責任みたいなものにずっと囚われ続けていると、雨が降っても「俺の責任か」みたいな。
入江:(笑)。
荒木:そんな状態になっちゃうわけですよね。「いや、この世の中は運だよ」というその神話を、たまに中和剤として使ってあげる。そうすると「あ、確かにそうだよね」「どうしようもないよね」と。あ、そうだ。その神話を表す題材として『イカゲーム』を使ったんですけど。
入江:あぁー。流行りましたね。
荒木:シーズン1の、あのガラスが割れるストーリー、わかります? 2分の1の確率で、どちらかのガラスが必ず割れる。あれとかは、もう完全な運ゲームですよね。
入江:そうですね。
荒木:どれだけがんばって、どれだけそこまでのストーリーが(あって)、その人が真剣にやっていても、2分の1の確率で死んでしまうという話は、もう身も蓋もないんだけど。でもこの世の中はそういうところもあるよねみたいな。
入江:そういう部分があるから、ああいうストーリーが流行ったんでしょうしね。
荒木:そうなんですよ。もう努力で報われるみたいなものに辟易としているような世相もある。それで「俺がこれだけうまくいっていないのは、やはり世の中が間違っているよ」みたいな。そういうところに対して『イカゲーム』は光を当てた作品だと思うんですけれども。まぁ、あの世界観が好きかどうかは置いておいて。
でもやはり、そういう側面があるということは、ちょっと(頭の)片隅にね。だから、9個のうちの1つの神話ですけど、そういう考え方もあるんだということで、時に採用してみるといいんじゃないかなという気もしますね。
お金や肩書きといった報酬に本当に意味があるのか?
入江:どうしようもなく追い込まれたら採用したい考え方ですね。印象的だったのが、以前、荒木さんとお話しした時にも出たんですが、「空(くう)型神話」という考え方。
荒木:はい。
入江:空(カラ)という字で空型。
荒木:これは僕のおすすめ神話ですね。この空型とは何かというと、まさにその仏教の思想の「空」なんですけれども。空という概念は、色即是空の空ですよね。だから、この世の中にあるもの、かたちあるものは、かたちがあるように見えているだけであって、その実体はないのである。一方で、実体がないように見えて、あるように見えるのである。そういうことなんですけど。
つまり、何が言いたいかというと、努力とか報酬、報いみたいなものは、僕らが勝手にそういうふうに意味づけているだけであって、実体は何もないのかもしれない。だから報酬なんて、その典型じゃないですか。
お金をもらいましたというのは、わかりやすい報酬だけど、「お金って何か意味があるんですか?」「どれだけもらえれば、意味が出てくるんですか?」とか。もしくは肩書きとか昇格。「これだけがんばったから昇格できました!」とか「昇格できませんでした」みたいな。努力が報われた、報われないとかあるけれども。
「その報いは、本当に何か意味のあるものなんですか?」と言われたら。会社がいきなり明日倒産したら、その肩書きそのものの意味がなくなってしまうかもしれない。「僕らがあれだけ執着していた部長の肩書きは、いったい何だったんだ?」ってね。それぐらい移ろいやすいものであって、報酬なんて実はあってないようなものなんじゃないかという考え方ですよね。
報酬に執着せず肩の力を抜く
荒木:だからけっこう執着を手放すみたいな。そんなことになっていくわけなんです。そうすると、いろいろがんばって「ああでもない」「こうでもない」とやっていたけど。その見方もあるけど、いろんな考え方があるよねという。肩から力が抜けるみたいな。これもちょっとした、そんな効果をもたらす神話だったりしますよね。
入江:人を客観的に見ていると「え、そんなことで、そこまでならなくても……」と思えるんですけど。自分に起こるとつい執着してしまったり、視野が狭くなるので。そういう時に、この本を手に取って冷静になるというのもいいですね。
荒木:おっしゃる通り、そういう使い方をしてもらえれば。ただ、今の話では脱力系が多かったんですけど。もちろんそれだけではなくて、先ほど言った自動販売機型と、あと「階段型」。踊り場を経て、また上がる、踊り場を経て、上がるみたいな。こういう、しっかりと立ち上がるみたいな神話。
まぁ、これはわかりやすいですし、好きな人も多いと思うんですけど。当然、時にそういう神話を採用してみる必要もあるかもしれないですし。
入江:確かに、どれかだけに偏ると、ちょっと(危ない)というケースも多いのかなと思います。同時に、同じ努力をしていたとしても、その努力をいくつかの神話で見られたらベストなのかなぁと思いました。
思いもよらない「副産物」が得られることも

荒木:おっしゃる通りだと思います。そういう意味では、僕自身もこれは発見の連続だったんですけど。努力がいくつかのパターンに分かれるなというのは、もともと思っていたんですよ。人が言う努力を、今回の本では量の努力、質の努力、設計の努力、そして最後に選択の努力という4階層に分けているんですけど。
量の努力と質の努力は、みなさんもなんとなくパッと思い浮かぶと思うんですよね。量をがんばるのは大事。でも、量だけがんばっていても、いいわけじゃない。質を上げなきゃダメだみたいな。そういうところはあると思うんですよね。それ以外に、まだ上に2階層あるというところで、これ自体がなんとなくレイヤー構造になっているなと思っていたんですけど。ここのイメージはもともとあったんですよね。
それで報酬、リターンの構造も、やはりなんとなくイメージがあったんですよ。つまり、短期的にすぐにわかりやすいものが返ってくる報酬もあれば、長期的にやがてゆっくり返ってくるような報酬もある。それで、「副産物」と言っていますけど、予想もしなかったリワードが返ってくるのもある。
そうするとこれは4×4で、直接、間接と、時間。「すぐ」と「ゆっくり返ってくる」というのもある程度イメージがついた。だから、ここの努力と報酬みたいなイメージは、もともとぼんやりとあったんですけど。しかし、これは果たして「どうつながっているのか?」ということに答えていないと気づいたんですよね。
執筆は「予想のつかない旅」だった
荒木:実は、この真ん中をつなぐ接合に、たぶんみんないろんな持論があるんだと気づき、最後に「あぁ、なるほどね」とその神話にたどり着く。自分で書きながら「なるほどね」って思いましたね。
入江:荒木さん自身も、この本を書く中で、あらためて気づきや学びがあったんですか?
荒木:おっしゃる通りです。だから、毎回僕の執筆の旅はゴールが決まっていなくて。どうなるんだろうみたいな、まさに旅なんですよ。それで「あ、ここに行くんだ!」みたいなのが毎回あるんですけど。今回はなかなか予想のつかない旅でしたね。
入江:たどり着きましたね!
荒木:たどり着きましたね。まぁ、ちょっとした達成感はありますけど。しばらくすると、もうちょっと違うように書けたのかなとか、出てくるんでしょうけどね(笑)。
入江:いや、でも十分に学びがありますし。この本を手に取って、多くの人の生きやすさや人生に影響を与えるようなものがあるだろうなと思います。
荒木:そうであってほしいですね。
壁にぶつかっている人、先行きに不安を感じている人へ
入江:最後に、今までのお話の中にもありましたけれども、どんな方に読んでいただきたいですか?
荒木:やはり壁にぶつかっている人には、わかりやすく力になれるかなという気はしますね。だから僕がこの本を書くきっかけにもなった、その若いメンバーのように「がんばっているのに、ぜんぜん成果が出ないんです」みたいな人が読むと、けっこう多くのヒントが得られるんじゃないかなと思います。
あとやはり、ミッドライフクライシス、中年の危機と言われますけれども。この時代は、ものすごくいろんな変化があるじゃないですか。成功体験があるぶん、「え!? もう今までどおり努力していてもうまくいかないんじゃないか?」みたいな不安を抱えている人にとっても、何かヒントがあるんじゃないかなと思っています。
今壁に当たっている人もそうですし、ぼんやりと先行きに不安を感じているとか。あるいは、今ものすごく絶好調で、「努力は間違いなく報われるぜ!」みたいな。そういう強い持論を持っている人も、ぜひ読んでほしいです。要するに、全人類ということですけど(笑)。
入江:(笑)。確かに。これが当てはまらない方は、いないですもんね。
荒木:いないですね。
入江:どん底の方も、絶好調の方も。年代問わず、読むことで学びがありそうです。
荒木:これね、マーケティング的には「全人類」は絶対ダメなんですよ。
入江:確かに! ターゲットがちゃんと絞られていないと(笑)。
荒木:ターゲットをちゃんと絞って、「あなたです!」「あなたしかいません!」みたいなのが王道なんですけど。これは全人類。
入江:全人類でOKですか?
荒木:OKです。
入江:(笑)。わかりました。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。今回は『努力の地図』の著者、荒木博行さんにお越しいただきました。ありがとうございました。
荒木:ありがとうございました。