新規事業チームのリーダーのあり方
司会者:続いての質問です。「
新規事業を生み出す際に組織に心理的安全性が必要とのことでしたが、そのような組織に必要なリーダーについてお考えを教えていただきたい」というご質問です。
柴田雄一郎氏(以下、柴田):これは
本の中にも書いてありますが、参考書として『オーセンティック・リーダーシップ』というものがあります。これは、自分のそのままの姿、ありのままの自分でいこうという考え方です。
なぜそれが重要かというと、新規事業をやる時にはわからないことがたくさんあります。自分で把握できないこともある。でも、それをわかったふりをしていると、後で本当に大きな問題につながってしまいます。
だから、知らないことは「知らない」と言えること。間違ったら「間違えました」と言う。「すみません。じゃあ次行きましょう」「自分が間違った。ごめん、次はちゃんとこっちをやろう」と言えること。そういう正直なリーダーでないと務まりません。
「自分が言っていることは間違っていない。絶対にこっちに来い」と言っても、次の日になって「右に行け」と言っていたのが「左に行け」になってしまったら、「昨日は左って言っていたじゃないですか」となります。それが重なると信用を失います。
だったら最初から「どっちかわからないけど、左か右かな」というように率直に言えることが大事です。「わかった。よし、行こう」と言うのは、決断力や判断力であり、自信でもあります。
わからないことを正直に「わからない」と言い、それを踏まえて「よし、行こう」と言えること。まずは正直であることが大切です。そして、現場にしっかり下りてきて、一緒に取り組めるリーダーであること。
「やらせる」「やらせておけばいい」と考える人は、新規事業では進歩できません。一緒に、同じ目線で並んで進められる人こそが、これからのリーダーとして重要だと思います。
新規事業の成果を伝える方法
司会者:また少し趣向が変わったご質問になりますが、「新規事業において、ペインの解消ではなく、いわゆる“楽しさ”や“うれしさ”といったゲインを与える系のアイデアは、アイデア出しの段階では盛り上がるものの、その後の検証が難しいと感じている」という声がありました。そのあたりのやり方やヒントがあれば、ご教示いただきたいというご質問です。
柴田:これも、やはり反応を見るしかないですよね。どれだけ楽しいかという点が重要です。僕がよくやるのは、デモを作ってみることです。雑なもので構わないので、それを実際に試してみて、反応を直接見るようにしています。
例えば、それを実際に使っている様子を映像に撮って、提案時に動画を見せることもあります。誰が見ても「これは楽しそうだ」と感じられるレベルの反応が引き出せれば、それは確率が高いということになります。
一方で、頭の中だけの説明や、わかりづらい資料を見せて「これ、いいと思うんですよ」と言われても、なかなかピンとこないんですよね。相手がその体験を“やったような気になる”くらいまで、デモンストレーションができると伝わり方がまったく変わってきます。
今は特に、これまでにない新しい事業をつくるフェーズなので、口頭だけで「例えば、ゲームだったら、こう戦って勝つんです」と言われても、「うーん、それはちょっとわからないな」となるケースが多い。
だからこそ、できるだけ現実に近いものをつくって、それを体験してもらい、その反応を見て検証していくというのが大事なんだと思います。そのレベルまでやれているかどうか、そこが1つのポイントではないでしょうか。
法律、業界のルール…実は制約が多いほどアイデアは生まれやすい
司会者:続いての追加の質問です。100年以上の歴史を持ち、特定の業界ではトップシェアを持つメーカーに勤めている方からのご質問です。
「業界的に今後は衰退していくことが予想され、さらに法令の縛りも強いため、なかなか自由にアイデアを出せずに苦戦している」ということでした。ただし、その企業では法令を変えていくような働きかけも行っているとのことです。
いわゆる伝統ある企業において、新規事業をどのように生み出していくべきかというご趣旨のご質問かと思います。いかがでしょうか。
柴田:逆に言えば、制約が多いということですよね。これは、もしかしたら製薬会社のようなケースかもしれません。冗談ではなく、本当にそのくらい制約が厳しい業界なのだと思います。ただ、実は制約が多いほどアイデアは生まれやすいという見方もあるんです。
というのも、制約がない状態で「自由に考えていいですよ」と言われても、なかなか良いアイデアは出てきません。一方で、「この法律があるからこうはできない」とか「業界のルールとしてこうなっている」といった制約があると、今は直線的に見て「これは無理だ」と思いがちですが、少し角度を変えて見れば「こうすればいけるのではないか」と思えるような視点が出てくることがあります。
実際、そういった視点は業界の中にいると見えづらいものです。だから私の場合は、制約の多い業界の方とお話しする際には、「これはできないのですか?」といった問いを繰り返すようにしています。「なぜそれができないのか?」を突き詰めていくと、意外と「実はできるのでは?」というケースが多くあるからです。
この「なぜできないのか」という問いが足りないまま、「これはできないものなんです」と話が始まってしまうと、そこからは何も生まれません。「なぜできないのか」「こうすればできるのではないか」「ああすればどうか」といった問いを繰り返していく中で、これまでの業界視点だけでは気づかなかった道筋が見えてくることがあります。
ものの見方を固定化させるバイアス
例えば私自身、現在は建築業にも関わっていますが、もともと建築の専門知識はまったくありません。だからこそ「なぜそれができないのか?」と素朴に問い続けることができます。その結果、「これはできないと思われていたけれど、実はやり方次第では可能だった」といったケースに多く出会ってきました。
そのうえで重要なのは、その制約が本当に法律上無理なものなのか、それとも「無理だと思い込んでいるだけ」なのかを見極めることです。そうした思い込み、いわばバイアスは非常に強力なので、それに気づけるかどうかが、ものの見方を変える鍵になります。
固定概念にとらわれていると、新しい解決策はなかなか出てきません。「法律があるから無理だ」と外部要因のせいにしてしまう前に、自分たちのアイデア発想や、トレードオフではない第3の選択肢、つまりオルタナティブな見方ができているかを問い直すことが必要だと思います。
失敗を経験することも必要
司会者:お時間も差し迫っておりますので、最後の質問に移れればと思います。
経営者の方からのご質問かと思います。「経営者は見守ることが重要ということは理解しつつも、どう見ても小さいアイデアを追いかけているケースもある。その場合、やめる・やめないの判断基準を教えていただけませんか」というご質問です。
柴田:小さいか大きいかという課題と、やめる・やめないという判断は別の話だと思っていて。小さいアイデアしか出てこないのは、それを小さくしてしまうような環境になっているからだと思うんです。もっと大きな発想ができるようにファシリテーションしなきゃいけないということです。
それから、やめる・やめないの判断については、僕はむしろやめずに失敗してもらったほうがいいと思っていて。もちろん傷の大きさにもよるんですが、いったんやってみるということも大事です。
小さなことから始めて成功体験を積んでいくほうが、慣れていない人には向いていると思います。いきなり大きなことをやって失敗すると、立ち直れなくなることもありますし、それだけ負債も大きいので。
ですので、スモールスタートから始めるのはいい選択だと思いますし、大きければいいという話でもない。判断基準があるとすれば、一度やってみて失敗するという経験も必要だ、というのが僕の答えです。
人口減少時代の新規事業の方向性
柴田:もう1つだけ。最初にいただいた質問の中に、おもしろいものがあったので、それに少し触れたいと思います。たぶん学生さんかなと思うんですが、人口を増やす新規事業を目指しているという話がありました。政治についても触れつつ、「税金を使わずに」という言葉もありました。
でも僕は、「人口を増やせばいいのか?」という問いを持っていて。人口が増えれば本当にいいのか? 経済成長することが本当にいいのか? というところからスタートしてもいいと思っているんです。本当に「成長」が正しいのか? ということですね。僕はむしろ、節度ある豊かさをつくっていくべきだと思っていて。
今日、
経済が衰退する、やばいといった話をしましたが、それは「成長させろ」と言いたいわけではなくて、「豊かに暮らすにはどうするか」を考えたい。人口が増えることで、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗る生活がずっと続くより、みんながゆっくり座れる電車のほうがいいじゃないですか。
人が少なければ、お互いに寄り添って助け合える。そちらのほうがいいという考え方もあると思うので、それはちょっとこの方に伝えておきたいと思いました。以上です。
司会者:ありがとうございます。すでに多くのご質問をいただいておりますが、時間となりましたので、Q&Aは以上とさせていただければと思います。本当にたくさんのご質問をありがとうございました。それでは柴田さま、最後にご参加のみなさまに一言お願いいたします。
柴田:今日のセミナーの資料はお渡ししますが、もっと深く知りたいという方は本も読んでいただけるとうれしいですし、感想などSNSでシェアいただけたらありがたいです。よろしくお願いします。
司会者:ありがとうございます。それでは、以上をもちまして本日のセミナーを終了とさせていただきます。最後までご視聴いただき、誠にありがとうございました。